異質な剣技
ブルーコーストの街を駆ける。
背後からは追手がせまってくる。
「もう、最悪なんだけど、せっかくの羊毛が……っ」
「そんなことより船長、私たちは追われているのです!」
「うわーこれラトリスのせいだよ! だからわたし言ったじゃん、あいつらやばい雰囲気してたって!」
「うぅ、わ、わかってるってば。一昨日初めて会ったときはもっとクリーンな感じで、話がわかるって顔してたのよ」
「うわあ、撃ってきてる、あいつら容赦なさすぎるって!」
「狙いはどうせわたしだから、あんたら適当なところで路地裏に隠れてて。わたしだけでなんとかするから」
ラトリスはそう言い、あえてフードを外し、もふもふのお耳をさらした。
作戦は功を奏し、クウォンはセツとナツとともに路地裏に避難、兵士たちはラトリスだけを追いかけてゆく。
(うーんと、どうしよう。船に逃げるわけにはいかないし、どこかで適当に撒かないとなぁ。なるべく倉庫から離れたいところではあるかな。ここら辺はレバルデスの縄張りだろうし、海賊狩りもうろちょろしてるし)
サーベルを手にして駆ける先頭の兵士が、横から射貫かれた。
酒瓶という予想外の投擲物によって。兵士たちは乱れ、崩れる。
「ラトリス、逃げろ!」
オウルによる港湾を見渡せるベンチからの援護射撃だった。
ラトリスは内心で感謝を述べ、すたこらっさっさと逃げようとし……前から向かってくる兵士たちに気づく。どうやら回り道をされてしまっていたらしい。
数は倉庫で勘定したときより増えていて、その数は30名以上いるように思われた。
「なるべく怪我させるつもりはなかったんだけど、立ちふさがるなら仕方ない」
ラトリスは剣を抜く。オウルは踊るように加わってきた。
ラトリスの背中を守るように位置どる。
「ラトリス、目を離した隙にすごいことになってるな」
「すみません、全部わたしが悪いんです。ちょっとドジを踏んでしまって」
「なに失敗はだれにでもある。気にすることたぁない」
「くああ!」
「こけっ!」
「ドッゴもコッケもこう言ってる。大事なのは、まあ、諦めないことだ。例えば無人島に10年閉じ込められようとも、前後を得体のしれない制服を着込んだ立派な兵士たちに囲まれようとも、諦めなければ道は開ける」
オウルは視線をつらーっと流し、相手の脅威度を勘定する。
「こいつめ……よくもやってくれたな」
酒瓶を当てられ兵士は髪をかきあげて言った。
端正な顔立ちの青年だった。若く、誠実で、勢いがある。そんな印象だ。その兵士はまわりの者より綺麗な制服を着ている。いまは白い生地に赤いシミが盛大についてしまっている。表情はオウルへ向けられ、怒りに満ちていた。
この青年は己が選ばれし人間だと知っていた。
だれよりも才能があることを知っていた。
若くして兵士長という地位につき、自分より年上の男たちを率いているのが証拠だ。人望、才能、大義さえ、すべてはこの青年のもとにある。
(下衆な海賊めが。もふもふのラトリスと、あのおっさんはその仲間か? 覇気のない顔だ。見ればわかる。清掃員だとかそういうのがお似合いの才能のないやつの顔をしていやがる。たいしたことはないだろう)
「大人しく投降しろよ。お前たちは完全に包囲されてるんだ」
「疑問なんだけど、その言葉でおとなしく投降した海賊っているの?」
「品性もなく、無礼で、厚顔無恥。他人に迷惑をかけることしかできないゴミカスの分際で、俺に生意気な口をきくんじゃねえよ、獣め」
兵士長はサーベルを手にラトリスへ斬りかかった。
それを合図にまわりの兵士たちもいっせいにかかる。
もっとも標的はふたりだ。
30名以上いても、ごちゃつきすぎて同時には攻撃できない。
周囲を囲もうとも、せいぜい8名程度が同時に攻撃を加えるのが限界だろう。
ラトリスは兵士長がつきだしたサーベルの先を受け流し、反対側にいた兵士へ誘導する。「ぐああ!? 兵士長!?」「馬鹿が! そんなところにいるな! 邪魔だ!」可哀そうな兵士は、兵士長に蹴り飛ばされた。労災がおりることを願おう。
ラトリスとオウルは互いに背を預け、積極的に突き出されるサーベルを受け流しては、同士討ちさせることで、攻防一体の対処をしていた。示し合わせたわけではないが、それが今の状況だとよさそうだ、と互いに同じ見解にたどりつき、同じ技術をつかって、同じような対処をするようになったのだ。
ラトリスとオウルは動的に動きまわり、絶え間なく変化する兵士がつくりだす人垣のなかに、活路を探す。
(この兵士たち、訓練されてるようだが……剣の練度は不足してるみたいだ)
オウルは兵士たちを評価しながら、ついに道をみつけ、タックルして兵士を押しだし、突破口を開通させた。ラトリスと阿吽の呼吸で人垣をぴょんっと飛びだした。
「兵士長、負傷者が多すぎます!」
人垣を構成し、バリケードをなしていた兵士たちは、太ももが、脇腹、腕やら肩やらからに刺し傷、切り傷が負っており、海賊たちを追いかける気力はすでにないようだ。
「無能どもが!」
兵士長は叫び、腰を落とし、狙いをつけて跳躍する。
人が多すぎて機動力を活かせなかったが、自分の部下たちがいなくなったことで、皮肉にもその実力を発揮できるようになったのだ。
オウルの背中へ、サーベルの一太刀が振り下ろされる。
背後からの攻撃、オウルはギリギリでかわし、兵士長に地面をたたかせた。
「一足で追い付かれた? 足腰強いな……」
「先生、ここはわたしが」
「いや、追われてるのはラトリスだろう? 逃げたほうがいい。すぐ追いかける」
「それじゃあこの前のお店で。お肉の」
「なるほど、了解だ」
ラトリスはフードをかぶり、もふもふのお耳を隠し、ささっと駆けていってしまう。
兵士長はサーベルをもちあげ、短銃をぬき、ラトリスの背中へと発砲した。
火花が散り、金属片が飛び散る、オウルの刀が鉛玉を斬りはらったのだ。
「悪いが、相手は俺だ」
「どけよ、おっさん!」
(このおっさんに多少、剣の心得があるのはわかってる。でも、俺の敵じゃない)
(後ろの兵士たちに追い付かれるまで10秒もなさそうだ。手早く処理しないと)
兵士長は短銃を投げ捨て、深く踏みこみ、サーベルを突き出した。オウルはわずかな体重移動と、微妙な刀身の傾きでもって、サーベルを後方へ受け流す。
兵士長は足を地面に打ちつけ、急停止すると、腰裏の剣帯ベルトに刺してあった短剣を抜き放ち、至近距離でオウルの鎖骨あたり目掛けてふりおろした。
オウルはもぐりこむようにして兵士長の担いだ。
力で持ち上げたわけではない。どちらかというと兵士長が勢い余って、勝手にオウルの肩に担がれたと言う方が正しいだろう。高度な剣術と柔術の融合からくる、回避と投げを同時におこなう動きだった。
「へ?」
上体のバランスが不安定になった状態で、兵士長は簡単にもちあげられ、そのまま近くの手すりの向こう側へぽいっと投げ捨てられる。
ぼしゃーん! 策の向こうは港湾だ。水しぶきがあがるのをオウルは見下ろして確認し「おお、この高さ、痛そうだな」と若者を憐れんだ。
(あいつは若い。自信家で、手柄をあげようと躍起だ。俺を手早く仕留めようとする。体力の差は歴然。青年は俺より体がおおきく、パワーがあって、かつ素早い)
相手から攻撃してくる分には、いくらでも”利用できる力”が生まれる。
オウルから力を発生させることは不得意な一方で、元気のよい相手だったら、それをさばくことに意識を向けるだけなので、かえって物事は簡単になるのだ。
もっともそれはオウルの意識のなかでだけの話ではあるが。
余人には理解はできず、納得できず、実践できない剣術理論だ。
「兵士長が海の落とされた!」
「くそ、追いかけろ、逃がしたら商人どもにどやされるぞ!」
兵士たちが復帰しようとしている。
オウルは刀を鞘におさめ、すぐに現場を離れた。
兵士長は桟橋にしがみついて、うえを見上げた。
そこにオウルの姿はもうない。騒がしい兵士たちの声が聞こえるだけだ。
(やつの刀にサーベルをとらえられた瞬間から、すべての力の流れが言うことを聞かなくなったみたいな……体重も、踏み込みも、剣の重ささえ……強く押すほど、強く弾き飛ばされるような……)
兵士長はぞわりっと身の毛もよだつ不気味さを感じた。この鳥肌は海水の冷たさのせいではない。一度、触れたからこそわかる、異質な技のせいだ。
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