ブルーコースト

 湾に面した通りには派手な看板と店がずらっと並んでいる。フライパンを握って笑顔のおっさんが描かれてるので、たぶんレストランか何かなのだろう。

 港湾には無数の船が無秩序に入り乱れ、U字型の海と陸の隣接帯は停泊スペースをめぐる船たちでみしっとしており、リバースカース号ははいりこむ埠頭を見つけるのにそれなりの時間要した。この船は3本マストの大型帆船に比べると、ずいぶん背が低いため、こうも密集されると、まったく視界がとれなくなってしまうのだ。


「ブルーコースト、帰ってきたー!」


 クウォンはタラップを駆け下りて、ぐーっと伸びをする。

 セツはあちこちへ写し機を向けては、パシャパシャと撮影をしていく。

 

「メギストスの足跡はまたこの地でとどまったみたいです」


 ラトリスはくるくる指針がまわる羅針盤のフタを閉じる。


「レモール島では2週間で針が定まったよな」

「ええ。メギストスがこの地にとどまった期間によるでしょうが、近いうちに魔力の足跡はまた見つかると思います」

「オーケー。んじゃ、俺は市場とかいろいろ見てこようかな。あとはメギストスの聞き込みとかもしてこよう」

「ありがとうございます、先生。わたしはセツとナツを連れていっておきます。フィルムを現像したり、買い足したいと言ってたので。ああしたものを扱っているお店はおおきな街にしかありませんから」


 陸にあがれば、いくらでもやりたいことが噴出してくる。


 俺の場合は、ひとまず食材の確保だ。新鮮なものをおろせそうな店を見つけておく。出港の直前にあわてて店を探すのでは間に合わないのでな。船上で鮮度の高いものを食べるには、こうした準備が欠かせない。


「くああー!」

「こけっ!」

「よし、お前たちは俺といこうな~」


 ドッゴの頭に上にコッケが乗っかるいつものスタイルで俺たちはブルーコーストへ繰りだした。ナウでヤングな街。田舎から上京した時のような興奮でみるものすべてが新しかった。年齢を考えて、露骨にはしゃいだりはしないようにしなければ、走りまわっていた可能性もありけり。


「安いよー! 今朝帰った船から新鮮な魚がはいてるよー!」

「新鮮な魚か。いいじゃないか。見せてくれるか」


 レモール島でももらったレモンをこの2週間頑張ってつかって料理をしてきたが、どれだけ頑張ってもすべてを使い切ることができなかった。時間倉庫の保存能力は扉を閉じている間、現実時間の2分の1に設定してあるので、まだ腐ることはないが、それでもブルーコーストの滞在期間の末に、次の航海まで連れていくのは危ない。


 レモンを使ったレシピを考えながら、いくつか食材を買いこんでおく。

 

「見たことない魚だな。ここからここまで2匹ずつくれ」

「毎度あり、旦那!」


 島では見なかった食材たちに心躍った。

 もっとも魚系統は、俺も多少知識が増えている。

 

 航海中、俺たちはよく釣りをしているのだ。クウォンやラトリスがたくさん食べるために、海上でできる食料調達で食料消費速度に抗っていかないといけないのでな。


 釣り成果は微々たるものなのだが……楽しいのでオーケーだ。


 そんな具合に、俺は連日、市場に顔をだし、食材を手に入れ、船にかえってキッチンにこもり料理をしたり、新作レシピをみんなに振舞ったりした。

 食事処へみんなと足を運んで新しい味覚の発見をしたりもした。狭い世界で完結していた俺の技能はおおきく進化している。日々、成長できるのは楽しいことだ。


「幸せな時間だなぁ~」

「くああ~」

「こけぇ」

「うんうん、お前たちもそう思うかぁ」


 幸せというのはなにか。

 具体的な定義はわからない。俺は学者じゃないからな。

 でも、朝から酒を飲んで、気の向くままに飯をつくり、弟子にふるまって美味しいと言ってもらえる生活は間違いなく幸せと言えるだろう。


 また一口、酒瓶をかたむけて酒精強化ワインを飲む。


 酒はもともと好きなほうだったが、島で生きてた時は作れなかった。材料が限られていたし、俺が作り方を知らなかっためだ。リバースカース号ではラトリスがかなり飲む方なので、船が時間倉庫を手に入れてもかなりの量の酒を積んでいる。なので毎日酒を飲める。

 

 長い禁欲禁酒生活で押さえつけられていた酒欲がリバースカース号により解放された。


 今では毎日ウィスキーとワインを1本ずつ空にしている。


 何の制約もない自由な生活と言うのは最高なものだ。

 こうして自分の好きなことだけしてやっていける。


 労働者ならどうだ。まずこうはいかない。決まった時間に起きて、決まった時間に仕事場にいき、気に喰わないことも我慢しないといけない。


 冒険者なら、怪物と戦い、命をかけ、日銭を稼ぐだろう。それも悪くない。ちょっと興味はある。自由と冒険。この歳だがワクワクする。


 航海に参加して気が付いた。

 俺はやはり、というかこういうのを望んでいたのだろう、と。

 今までは生きることが目的だったが、今は楽しむことを目的に生きれてる。

 

「海賊になって正解だったかもな。まあ、でも、いまはシルバーがあるから良いだけなのか? 金がなくなった時が困難と試練の時なのか?」

「くああ?」

「こけ?」

 

 ふわふわした頭でひとりごとをつぶやきながら、ぶらついているとなにやら人だかりが出来ている。何事だ。なんか楽しいことでもやってるのか?


 群衆のひとりに紛れ込んで俺もパーティに混ぜてもらうことにした。


 大きな広場の中心、木製の台が目についた。その台のうえには髭もじゃの男が手足を拘束されて、鉄製の台のうえに首を横たえている。ちょー虚無顔だ。

 すぐ横には巨大な斧をもった大男がいる。


「裁判所の判決を読みあげる。度重なる海賊行為および度重なる殺人行為ならびに闇の魔法所持および使用につき、海賊ベンデッド・フリージャーを公開斬首刑に処する」


 大声で読みあげるのは立派な法服をきた男だ。

 読み終わるなり、紙をくるくるまいて小さくする。


「この海賊はアンブラ海の平和を長年にわたり脅かし、罪なき人間を手にかけ、他者の財を奪って私腹をこやしてきた。今日、レバルデスは海の平和をひとるたぐりよせるだろう。では、なにか言い残すことはあるか、ベンデッド・フリージャー」


 処刑台のうえの海賊はうつろな目で顔をあげる。

 ふと目があった。ベンデッドの眼差しに生気がもどる。


「あいつだ、海賊がいる……! あいつはラトリスの仲間だぁぁ!」


 群衆がベンデッドの視線のさきへふりかえる。やばいと思いつつ、俺も「え? だれだれ?」とみんなと同じように動く。


「あいつなんだ! 卑怯者め! あいつを殺せ、あいつのせいで、俺は!」

「もうよい」


 法服の男は処刑台のうえの大斧をもった男にへうなづく。

 処刑人はうなづき、ゆっくりと大斧をふりかぶり、そして仕事を終えた。

 処刑場に響いていた海賊のさいごのあがきは、空虚な残響となった。

 群衆はどよめいたあと、パラパラと拍手をしていた。

 

 海賊ってやっぱ恨まれてるのな。

 あいつこの前、俺とラトリスがしばいたやつだろ?

 裁判もうやったの? もう死刑しちゃうの? はえーって。


 でもあいつは極悪だったからこの結末は打倒ではあるかな。


 捕まればもう料理はできないし、酒も飲めないし、すぐ処刑される。

 自由の冒険には代償がつきものだと忘れてはいけないな。


 処刑場を離れて、気分を直すためにどこか飲み直すのに良いロケーションを探す。

 

「よし、ここら辺は港湾が見渡せていい具合だな」

「くああ~」

「こけこっけ」


 ベンチに腰をおろすとドッゴが膝に顔を乗せてくる。

 余っている食材から今夜の昼と夜の飯をどうするか考える。

 ん、なんだ、向こうが何やら騒がしいな。まさかまた処刑でもはじまったか?


「だれか走ってくるな。赤い髪ともふもふ……ん?」


 もふもふした狐娘がサーベルやら銃やらを手にした兵士たちに追われている。あれはまずい。海賊が捕まればどうなるのかさっき結末をみたばかりだ。


 俺はポケットからスリング紐をとりだし、酒瓶をくくりつけ、2回転させたのちに投擲した。高速で飛んでいった酒瓶は見事に兵士たちの先頭に命中し、盛大に砕けた。


「くあああー!!」

「こけえ!」

「あっ、オウル先生!?!」

「ラトリス、逃げろ!」


 俺は威勢よく叫んだ。

 さらば穏やかで幸せな日々よ。

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