お風呂

「私たちの故郷をめちゃくちゃにした暗黒の魔法使い……絶対に倒さないとだね」

「まあ、あんたがいれば心強いのは確かだけど、これじゃ先生の唯一の生き残りの弟子というポジションが……」

「ラトリス、私、あんたの船に乗るよ! というかそれ以外の選択肢なんてないよ! 船に乗れば、オウル先生といっしょにいられるし、この尻尾ももふもふできるし!」


 そういうわけで、ナチュラルにクウォンがリバースカース号の乗組員加わった。

 

 レモール島を出るまえに、俺たちには投票会議をおこなう運びとなった。


 ラトリスが『影の帽子』の収納された宝箱を宝物庫におさめる手前で、皆が船に託す願い案をだした。ラトリスは俺に任せると言ってくれたが、俺だけで考えるよりも船員の意見をみたほうが良いと、俺はかえした。


 リバースカース号の進化は万能の魔法だ。

 貴重な機会だからこそ、不満の残らないかたちでおこないたい。

 投票会議はそのためのものだ。


「たくさんのボール? 干し草の山? この案をだしたのはだれ?」


 ラトリスは集まった案のなかから、あまり真面目に考えられてなさそうなものをつまみだし、船長室のおおきな机をかこむ乗組員をぐるっと見渡した。

 そして、前足をのっけて顔をだしているドッゴとその隣のコッケで目がとまる。

 

「くぁあ!」

「こけっ!」

「たしかにあなたたちにも船員としての投票権があったわね、ごめん、あなたたちも真面目に考えた結果だもんね」

「あー! いまドッゴたちの意見を軽視しようとしたでしょ! この子たちも大事な船員だってこと忘れないで、有意義な意見をだしてくれるんだからね!」


 クウォンはコッケを抱っこして、弱者の権利を主張する。

 

「船長! 船がおおきくなって働きものが足りてないのです! どうかゴーレムを追加してくださいなのです!」

「船長、この船は攻撃力が足りてないと思う。カノン砲をのっけよう」


 ひとりひとつ案を出し、集まった案は以下の通りだ。


 ・浴室の追加

 ・連絡用シマエナガ追加

 ・伝説の剣みたいな

 ・働きものゴーレム増員

 ・カノン砲の搭載

 ・たくさんのボール

 ・干し草の山

 

「浴室! そのアイディアはなかったです、流石です、オウル先生、常識にとらわれない発想と先々まで見据える慧眼! それに比べてクウォンの要望はあまりに私的すぎて、短絡的と言わざるを得ないわね。馬鹿なの?」

「オウル先生の案が良いのは認めるけど、私の案もだいじなものでしょ! 暗黒の魔法使いを倒すためには、きっとすごい武器がないとダメなんだから、魔法のちからでその武器をつくっちゃえばいいんだよ!」

「オウル先生がいれば暗黒の魔法使いなんて、こう! シュッ! 一撃よ。伝説の剣みたいな、ものは必要ないわ」

 

 白熱した会議ののち、俺の案に7票入り、「浴室の追加」が可決された。


 航海はつねに我慢との連続だ。

 食べ物も、衛生状態も、そのほかたくさんの制限がある。

 もし魔法のちからでそれらを取り除けるのなら優先順位は高いように思えた。


 もっともこれは俺だからこその発想なのかもしれない。

 俺は前世の記憶があるから、快適な設備の搭載された船を知っている。

 だから生活に快適さを求めるし、それが船に搭載されているイメージがある。


 でも、彼女たちにはそもそもイメージが存在しない。航海の常識がしっかりしてるからこそ、固定観念が突飛な発想を抑制してるのだろう。

 

 その観点で言えば、前世の知識をもつ俺は想像力において、魔法という常識外のちからと相性が良いのかも。船の進化に関しては一日の長がある。


 願いは形をもち、船の進化の形を決める。

 べきべきと音を立てて、船体が変化していく。

 

 変化がおさめる。後部甲板から見えるかぎりでは若干、船がデカくなり、マストもやや太くなった。


 船内をみんなで探索すると、浴室を発見できた。


 一人で腕を広げて、足をめいいっぱい伸ばしても大丈夫な大きな浴槽。浴槽のすぐわきには透明感のあるガラスがある。開閉しないタイプのはめ殺し窓だ。採光を取り入れる機能のほか、雄大なオーシャンビューが望める。やたらと高級感がある。


 俺のイメージ通りのわりかし大きな洋風の白いお風呂場だ。

 セレブの豪邸にあるような浴室をイメージしていたが、完全に反映されている。浴室だってプラスティックっぽい素材だ。厳密にはなんの素材かわからないが、触り心地などは、俺の脳内のイメージと完全に一致している。


 時間倉庫やキッチンの時といい、願いを叶える魔法とはかくも偉大なものだ。

 

「おお、これは、なんて立派な! すごいくない!? こんな浴室見たことないよ! うわー! なんかあったかい水がでるー!?」


 シャワーからお湯をだし、びしゃびしゃになりながらクウォンははしゃぐ。


「オウル先生の想像力はとどまるところを知りませんね、わたしが船の進化をやってたらもっと貧相なものになってたに違いないです」

「評判は上々だな。よかったよ、俺の案がうまくいって」


 新しい設備を備え、船はブルーコーストへ向けて動きだした。

 浴室は案の定、みんなの航海生活をおおきく快適なものにした。


 ただ、問題もあった。

 レモール島を出てから4日目で温水がでなくなった。


「皆さま、使いすぎでございます。浴室の水を温かいものにするために、おおくの魔力が使われております。”追い風の魔法”や”海霧の魔法”などを使うために、リバースカース号はいつでも一定量の魔力を備えておかなければいけません。気を付けてくださいませ」


 ミス・ニンフムに普通に怒られた。

 

 この船が普通の船の3倍もの速度で移動できるのは、常に追い風をうける魔法のおかげだという。お風呂で温水を使いすぎると、そっちにまで影響がでるんだとか。この前、商船を強襲したときに使った海霧だってそうだ。魔力が溜まってないと使えない。魔力が日々、すこしずつ回復するらしいが、現状、日々回復する魔力も貯蓄魔力もすべてがお風呂のために消えたという。なるほど、怒られるわけだ。

 

 彼女にたずねて確かめたところ、給水能力に問題がありそうだった。温水を魔法で作りだす効率が悪いんだとか。これは次回のアップデートに期待だ。


 2週間後、航行能力低下の影響で当初の想定よりやや時間はかかりつつも、賑やかなリバースカース号はブルーコーストに到着した。

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