もふもふ海賊

 ユーゴラス・ウブラー。暗黒の秘宝におさめられた魔法を駆使する危険な海賊だったらしいが……さすがはクウォンだ。昔から魔力をもちいた剣術もピカイチだったが、今の彼女はあの頃よりも遥かにレベルアップした段階にいるようだ。


 すさまじい戦力ですべてを薙ぎ払った。

 怪我しているので心配だったが、杞憂だったみたいだ。


 一方の俺は雑魚狩りとしてしっかり職務を全うした。別に魔法をつかうわけでもない、魔力に目覚めているわけでもない一般甲板員を倒しまくった。けっきょくのところ『武器をもった素人』なので、危うげなく無力化することに成功した。恐いのは銃くらいだ。あれだけはちゃんと見ておかないと当たる可能性がある。


「ありぇねえ、この首狩りのシュミットが、こんなおっさんに……」


 最後のやつはたいそうな二つ名をもっていた。


「道を間違えたみたいだな」

「たのむ、嫌だ、死にたくない、たすけてくれ……頼むよ……」


 生物とは死と生の狭間で揺らぎ続けている。

 前世では感じていなかったその営みを、自然豊かな島の生活で俺は学んだ。

 食べるために動物を殺す。身を守るために脅威を排除する。


 島での生活は穏やかで平和だったが、この世のありのままの残酷さがあった。呪われひとりぼっちになったあと、俺はより自然と一体化し、営みのなかで、ほかの動物たちと平等の条件のもとで生き抜いてきた。


 闘争には原理原則がある。

 斬っていいのは斬られる覚悟のあるやつだけだ。


「覚悟はできず、か」


 俺は海賊にトドメを差した。

 慈悲というわけじゃないが、苦しませず逝かせた。

 

 俺たちは生き残ったウブラー艦隊の船員たちを拘束し、島の自治を行っているという自警団に突きだした。自警団はレモール島の男たちで組織されていた。大国がもつような騎士や、法機構、執行者をもたない小規模のコミュニティにおいては、彼ら自警団こそが警察であり、弁護士であり、検察であり、裁判官である。


「あんたたちがウブラー一味を仕留めてくれたのか!」

「魔法使いを相手によく戦えたな。その勇気、賞賛するぜ」

「銃や剣があろうと、俺たちじゃあいつらをとめられなかった。逆らえば家族を狙われるしで、質の悪い連中で……本当にありがとう!」


 自警団は武器を備えているようだったが、ウブラー海賊の略奪をとめることはできなかった。 かつておおくの者が戦いに参加し、怪我をし、時に命を落とした。

 そうしてレモール島は従順にさせられていった。なにより彼らは恐かったのだという。暗黒の秘宝の所有者にさからうことで、呪われることが。戦いにおいて魔法が強力なものである以上に、呪いに挑むという行為自体にかなり勇気が必要らしい。


「本当にありがとう、もふもふ海賊よ!」

「え? ちょっと、なによ、そのファンシーな……」


 自警団の屈強な男たちは筋骨隆々な腕をつきあげた「もーふもふっ! もーふもふっ!」と声を揃えて、俺たちをたたえてくれた。


「もふもふのラトリスが率いる海賊たち。もふもふ海賊でそっちのお嬢ちゃんが言ってたが?」

「いいでしょう? 私が考えたんだよ! 船長のラトリスはもふもふだし!」


 クウォンはにひーっと満面の笑みでいう。

 ネーミングセンスに十分な自信があるらしい。


「もふもふ要素わたしだけじゃない」

「あとあの狼獣人の双子ちゃんもいるよ!」

「それはそうだけどさ……ねえ、今からでも辞めない、絶対もっとかっこいい名前にしたほうがいいって」

「大丈夫だよ、だってドッゴがいるし! ね! オウル先生!」

「ん。確かにな。いいんじゃないか。もふもふ海賊。可愛くて」


 ラトリスは愕然としていたが、意外と悪くない気がした。クウォンは特徴をつかむのが上手い。もふもふ海賊。すごく良いと思う。


「うぅ、オウル先生までそんなこと言って……」


 ラトリスは最後まで納得してない風だったが、自警団の連中にはすでにもふもふ海賊で定着したらしく、自警団の詰め所の外で子どもたちも「もふもふ! もーふもふ!」と嬉しそうに手を叩いて喜んでいた。

 

「たくさんもてなしたいところだが、ちょいとあんたらに都合の悪いことがあるかもしれねえ」


 自警団のリーダーは神妙な顔をして、ラトリスを手招きする。詰め所の窓の近くには鳥かごがあり、そこに白いまるっとした鳥がお行儀よく止まり木にとまっている。


「あれは?」


 ラトリスが自警団のリーダーと話してる一方で、俺はクウォンにたずねた。

 

「この子はシマエナガだよ!」


 クウォンは明るい声で言って、そのバスケットボールサイズの白い鳥を撫でた。

 

「近年発達したシマエナガ郵便を担う働きものなんだよ! 遠い場所から手紙をとどけてくれるの! 可愛いから見つけたら撫でててあげてね!」

「ちーちーちー!」


 シマエナガか。可愛い鳥だ。撫でておいた。もちもちだった。

 

「オウル先生、はやいところ島を離れたほうがいいみたいです」

「なにかあったのか?」

「どうやら、レバルデスの狩猟艦が寄港するみたいでして。シマエナガで船から連絡があったみたいです」


 話によれば、狩猟艦というのは海賊狩りたちが乗っているとのこと。武装艦であり、遭遇すれば船を沈められかねないとか。


「俺たち良いことしたのに怒られるのか」

「その、わたしのほうで問題があって。レバルデスに目をつけられてるんですよ。いろいろごたいついた過去がありまして……」


 ラトリスは海賊業をやっていたのだった。レバルデスの貿易船や倉庫から略奪して、冒険資金を稼いでリバースカース号を手に入れるところまで漕ぎ着けたって話だったが……まあ、ブラックリスト入りしててもおかしくないな。

 

 やや急ぎ足だが、レモール島を離れることになった。クウォンの目的は果たしたし、悪党をしばいて気持ちが良いし、もっとも大事なメギストスの次の行き先についても、羅針盤はすでに道を示している。やることはやった感じだ。


 入り江に隠したリバースカース号に帰ってきた。


「お礼にこんなにたくさんレモンと羊毛をもらっちゃいましたね」


 島の特産を中心に、おおくの物資をお礼の品として受け取ることができた。

 俺たちは何回か往復して物資を積みこんだ。いろいろ料理に使えそうな食材をもらえた。善い行いはしてみるものだな。


「おかえりなさいなのです! わあ! それが新しい暗黒の秘宝ですか! 船長!」

「お姉ちゃん、触っちゃだめだよ」


 セツは興味津々に写し機で『影の帽子』を撮影し、ナツはそんな姉を後ろからお腹に手をまわして制止し、ラトリスは宝箱をもってきて秘宝を放りこんで封印した。


 次に向かうはブルーコースト。そこに闇の足跡が続いている。アンブラ海ではもっとも発展している港湾都市だとか。都だ。ついに都なのだ。言葉にも表情にもだしはしないが、この島育ちのオウル・アイボリー、だいぶワクワクしてたりする。

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