影の帽子ユーゴラス・ウブラー

 定期的に恐怖を刻みつけ、狩場を育てておくのは海賊業においては、それなりに定石となりつつある稼ぎ方だった。かつては無鉄砲で考えなしで乱暴者で……そんな海の無法者たちは、いまは効果的に、安定的に財をつくる方法を学んだのだ。


 ユーゴラス・ウブラー率いるウブラー艦隊はそうして、狩場であるレモール島を締め付けすぎず、適度に回収できる場とみてきた。


 すべてを崩した元凶にウブラーは最大の報復をすると決めていた。

 目の前に復讐対象がいるとわかれば、止まるはずもなかった。


「やつの船は港にあるか?」

「どこかに隠したみたいで……っ」

「ふん、俺の艦隊に喧嘩を売る馬鹿だが、多少は頭があるみたいだな」

「や、やつは1カ月前にいきなり姿を現したんです、俺たちの仲間をボコボコにしめやがって、あいつらクウォンとかいうやつに目をつけられたとかで、もう悪さもできなくて……! そのあと俺たちの船に乗り込んできて、海賊を引退しなかったら全滅させるとかのたまって!」


 3番艦の船長は震えながら、港のほうを何度もふりかえっていた。

 

「も、もちろん、口だけで言って、こうして今日まで耐えましたさ、提督の帰りをいまかいまかとお待ちしていて!」


(俺の海賊団を解散させようとしてたのか? ベンデッドを殺すばかりじゃなく?)


「やつらのほうも提督を倒すとかなんとか言ってまして……たぶん、呼んだら普通に来るかと思います」

「どこまでも舐めたやつらみたいだな。良いだろう、もふもふのラトリスを呼び出せ。お前たち! 銃に弾を込めるのを忘れるな。見つけ次第、すぐに撃ち殺せよ」


 ウブラーの配下、ジェネレイド号と3番艦の船乗りあわせて70名以上、皆が武装を整えはじめよとし……彼女の声は埠頭に響いた。


「いた! あいつらに違いないよ!」


 亜麻色の明るい髪をした少女は、自由に動くほうの手でウブラーたちを指だす。

 

「あ、あいつらだぁ……っ!」


 海賊たちに緊張が走る。

 馬鹿な獲物があらわれたはいい。

 でも、流石に早すぎて、彼らも心の準備ができていなかった。


 どよめくなか、ウブラーだけはどんより濁った殺意の眼差しで獲物どもをねめつけていた。


 亜麻色の髪の少女。腕を怪我してるようで片腕にギプスをはめている。デカい剣を腰からさげているが、それがふりまわせるはずもない。銃も持ってなさそうだ。


 その背後、覇気のない冴えないおっさん。見るからに雑魚。


 もうひとりいる。赤い髪。コートに、ブーツ、もふもふの耳、ぶわっと広がってる尻尾。獣人。剣帯のあいだにはさまった短銃などなど。恰好のくたびれ感からもわかるベテランの船乗り感。


「あいつだ、あの獣人が”もふもふ”にちがいねえ」

「あれ? 私よりラトリスのほうに興味あるのかな?」

「知らないわよ。ほら、人違いだったらまずいからちゃんと確認しておきなさいよ、剣術馬鹿」

「おほん。あんたがユーゴラス・ウブラーだね?」

「だったらどうした。そっちにいるやつは、もふもふのラトリスだな?」

「あれ、やっぱり、あんたに興味にあるみたいだよ」

「なんでわたしなのよ」


 亜麻色髪の少女──クウォンは、ラトリスのほうを向いて、話をふる。ラトリスは「どうせぶっ倒すんだし、さっさとやっちゃわない?」と話をせかす。


「それもそうだね! よっしゃ、とりあえずぶっ倒しちゃおっか! こっちはずっと待ってたんだからさ、あんたが帰ってくるのをね!」


 クウォンは剣帯ベルトから豪快な所作でクレイモアを抜き放つと、ザッと駆けだした。まさか一番重傷者なやつが最初に突っ込んでくるとはだれも思わない。


 海賊たちは銃を抜き、バカスカ撃ちはじめた。

 

 クウォンは素早くひとりをぶった斬るっと、その襟をつかんで即席の盾として鉛玉の雨をしのぎ、可哀そうな死体をひとつ作りあげると放り捨て、次の獲物へ襲い掛かった。


 動きは大胆かつ自信に溢れ、猪のごとき突進力は止まるところを知らない。


 猪はもう一匹いた。ラトリスもまた旋風のような刃でもって、海賊たちが銃からサーベルに持ちかえる前に2人ほど仕留めていた。


 戦力は圧倒的だ。

 

(雑魚じゃ相手にならねえ。俺かシュミットで殺すしかねえか)


 ウブラーはすぐ隣に控えているウブラー艦隊の略奪班長シュミットを見やる。


 長年連れ添った信頼のできる男だ。

 この相棒は学もないし、品もないが、たぐいまれなる戦闘能力をもっている。


(貿易会社もこいつの危険性に気づきはじめて、半年前に懸賞金が2000万にくりあがった。まっこう勝負の強さでいえば、ベンデッドや俺よりもやべえやつだ)


「シュミット」

「俺はどっちやりやす?」

「あっちのギプスしてる女を殺せ。俺がラトリスをやる」

「了解っすわ」


 シュミットはサーベルを抜きクウォンへ斬りかかった。


 クウォンのほうは足がとまった。

 

 ウブラーはまっすぐ大将首を狙って突っ込んでくるラトリスのほうを迎えうつべく、つばの広い羽根つき帽子に手で触れた。邪悪なちからが目を覚ました。ウブラーは濁った瞳を歪め、黄色い歯を剥き、足もとの影をグッと伸ばした。


「影……?」


 ラトリスは異変に気付き、すぐにその場を飛びのいた。事前にユーゴラス・ウブラーが暗黒の秘宝の所有者であることはわかっていたため、なんらかの魔法をつかってくることも想像できていた。


 ゆえに異変を察知するなり回避できた。

 地面を伸びる影は地面から針のようにつきあがった。

 

(あのまま行ってたら穴だらけだったかも)

(反応の良い生娘だ。だが、何の問題もない)


 ウブラーの影は変幻自在の刃であり、槍であり、鞭だった。

 

 海賊たちが入り乱れるなか、それらは確実にラトリスだけを狙い、縫うように、這うように、視界をまわりこむように、いやらしくせまる。


「ははは! 逃げ惑うだけか! もふもふのラトリス! 殺してやるぞ、後悔と屈辱のなかでなぁ! この俺を怒らせたことを泣いて謝るのなら、ペットにしてやることを考えてもいいがなぁ!」


 ラトリスはあたりを見ながら、影から繰りだされる攻撃を避けつづけ、やがて射程の外へ逃げてしまう。『影の帽子』の力が及ぶのは15mが限界なのだ。


「クウォン、あのよくわかんない攻撃、よくわかんないけど、あんまり遠くまで届かないっぽいわよ」

「おっけ、じゃあ、こっからやっちゃおっか!」


 暗黒の秘宝がもつ魔力を侮ってはいけない。

 ラトリスはそれの強さを知ってるからこそ安全にたちまわっていた。

 無理をする必要はない。リスクを少しでもとる理由がない。


 なぜならいま、こちらにはあのクウォンがいるのだから。

 

 クウォンはにぱーっと笑み「オウル先生、見ててね!」と叫ぶと、クレイモアを蹴りあげて肩にかついだ。

 

 覚醒した魔力が、彼女が練りあげた剣気の属性へと色を変えていく。


 風が収束し、クレイモアは嵐を宿した。巨大な圧力が剣にまとわりついて、光を屈折させ、周囲の地面を削り、髪をいちじるしく乱しつくす。


巨人狩りグレイテストカット──! やああ──!」


 クウォンが肩にかついだクレイモアを、下段から埠頭をまっぷたつに裂きながら、天空へささげるように一気に斬りあげた。


 陸地から埠頭の終わりまで、実に帆船ひとつ分くらいは斬りこんだだろうか、内陸の戦争で彼女に”無双”を感じさせ、だれも逆らいたくないと感じさせた巨大な嵐の剣技は、ちんけな海賊たちを吹っ飛ばし、延長線上にいたウブラーの片腕をたやすく斬り飛ばした。


 ウブラーの身体は嵐に巻き込まれ、錐もみ回転しながら、落ちてくる。

 暗黒の秘宝『影の帽子』は風にまきあげられ、ふわりふわりと漂う。

 ラトリスは落ちてくる帽子をしっかりとキャッチする。


「どう? 帽子は大事だからってちゃんと頭は狙わなかったんだよ?」


 クウォンは晴れやかな顔でクレイモアを地面につきたて、額の汗をぬぐう。

 ラトリスは不服そうに「まあ、どこも破れてないけど」と言って、しぶしぶと幼馴染の絶技の破壊力と精度を賞賛した。


 ウブラーは激しい痛みと涙をこらえきらなくなり、苦悶の声をあげ、あっという間に壊滅した海賊団を見渡す。


 いましがたの常軌を逸した斬撃で、多くが死に絶え、多くが気を失い、見るも無残な有様になっていた。


(俺の、俺の海賊団が……っ! 俺が、俺が、ここまで築きあげた組織が……!)


「なんで……どうして、ギプスの娘がノーマークなんだ、シュミットは、シュミットはなにをしてたんだ……っ!」


 ユーゴラス・ウブラーの懐刀。彼さえいれば、クウォンはノーマークになるはずがなく、それどころか送り込んだ5秒後には死んでるはずだったのに。なのになんで今こんなことになっている。


 ウブラーは痛みと屈辱で狂いそうになりながら、周囲をきょろきょろ見渡し、シュミットを見つけた。冴えないおっさんの足元、血溜まりのなか横たわっていた。

 

 理解しがたかった。

 ウブラー艦隊最強の剣士シュミット。

 それがあの冴えないおっさんにやられたのか、と。


 何の変哲もない彼はその顔に汗一つかいていない。頭のうしろをぽりぽり搔きながら、刀をシュミットの遺体の服で綺麗にぬぐうと、鞘におさめた。やりきった顔でもない。ただ粛々といつも作業をこなす労働者のような雰囲気である。


 彼にとっては、あの変哲のないおっさんにとっては、シュミットは倒して達成感をえたり、生き残れたことへの感謝を感じること強敵ではなかったのだろう。


「馬鹿な……そんなはずが……なにも、んなんだ……」


 ウブラーは絶望のなかで意識がうしなった。

 お前が築きあげてきたものなど、別になんでもないのだ、と。

 得体のしれないその普通のおっさんに言われているような気がした。


 2日後、レモール島にレバルデス世界貿易会社治安維持部執行科の海賊狩りたちがやってきた。カノン砲をずらりと備えた威圧的な同社の狩猟艦は、海の平和を守るものたちの移動要塞であり、海賊たちに死を与える法の代行者である。


 海賊狩りたちは港ですでに壊滅したウブラー艦隊の海賊たちを捕縛し、3番艦モルモラット号と、1番艦ジェネレイド号を拿捕した。


「シャルロッテ様、ウブラーが意識を取り戻しました」

「そうですか。では、話を聞きましょう」


 海賊狩りたちの長、狩猟艦の船長は黄金の髪の美しい少女であった。

 シャルロッテと呼ばれる彼女は、厳粛な声音で、死にかけのウブラーを尋問した。


 ウブラーはすっかり情けなくなった声で、震える言葉をつむぎだした。


「もふもふのラトリスと、クウォンと呼ばれる絶技の使い手、ですか」

「それだけじゃない、一番、不気味なのは、あいつなんだ、あの、あいつなんだよ……俺の、俺の、シュミットが負けるはずがない、のに……」

「シュミット?」

「ウブラーのもとにいた剣士です。ずいぶん腕がたったようですが……そういえば、死体が見つかってました」

 

 海賊狩りたちはまことしやかにささやかれる噂を面白がった。


 いわくレモール島の衝突において、ウブラー艦隊の略奪班長を倒したのは、もふもふのラトリスでもなければ、無双のクウォンでもなく、何の変哲もないひとりのおっさんらしい……と。

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