無双のクウォン
クウォン。アイボリー道場ではみんなから最強と言われていた子だ。懐かしい日々が想起する。実直で、剣にまじめで、だけど勉強は好きじゃなくて、困ってるひとがいたら見捨てられない。ラトリスが剣で悪さをしていれば、この子が立ちはだかったことも多かった。
「ご、ゴースト!? もしかしてオウル先生の姿に化けて私をばかそうと!?」
「いいや、俺は本物のオウルだ。オウル・アイボリーだぞ」
「そんなはずがない! オウル先生はとうの昔に死んじゃったんだ! おじさんがゴーストじゃないというのなら証明して!」
「なにをすれば信じてくれる?」
「うーんと、ゴーストはドッゴのことを知らないはず……道場で飼われてたカラフルの変な生き物の名前を答えて!」
いま独り言でドッゴの名前だしたが……。
「ドッゴだ」
「うわああ、本物のオウル先生だ!」
これで疑いを消し去るチョロさ。逆に心配になる。
「オウル先生、どうしてここにいるの!? 先生はブラックカースで怪物のごはんにされて死んじゃったはずなのに!」
クウォンはぐわっと泣きだし、勢いよく抱き着いてきた。嗚咽を漏らしながら、泣きじゃくる。俺は彼女の明るい亜麻色の髪をそっと撫でた。
「運よくあの島での生活に適応できたんだ。慣れれば意外と大丈夫だった」
「でも、あの島には呪いがあって、船で往来できないって聞いたのに……!」
「みたいだな。そのせいでつい先日、助け出されるまではあの島にいたんだが、魔法の船が迎えにきてくれてさ」
「魔法の船?」
「ん、ちょうど、船長がきたみたいだ」
向こうからラトリスが駆けてくる。赤いお耳と、筆先みたいなモフモフ尻尾を揺らしてやってくる。そのままクウォンに飛びつくと俺から引き剝がして地面に転がった。その後ろから追従してきたドッゴがぶるんぶるん尻尾をふって大興奮する。
「くぁあ~! くああ~!」
「うわあ! なにやつ!? ってドッゴがいる! 久しぶりだね! よーしよし!」
「くああ~!!」
「やっぱり、もう会ってた……っ、港で”無双のクウォン”が上陸したって聞いたからみにくれば……こら! オウル先生に無断にくっつくことはリバースカース号の掟によって禁じられてるのよ! くっついちゃだめ!」
ラトリスは毛束をぶわーっと逆立て、クウォンを威嚇した。
「うわ! ラトリスだ! そのもふもふ見間違えるはずがない!」
クウォンは目をキラキラさせ、ラトリスにがばーっと抱き着いた。クウォンのほうがやや背が高いため、彼女は赤いもふもふ耳に顔をこすりつけ楽しそうにした。
「もふもふだ~、すごいすごい、オウル先生にラトリス、ふたりにこんな場所で再会できるなんて! 海に戻ってきて正解だったよ!」
「うぐぅ、離しなさいよ、剣術馬鹿……っ」
ラトリスはクウォンの胸のなかで、苦しそうにもがき、どうにか押しのけて距離をとった。この空気感。懐かしい。昔からクウォンのほうが体がおおきくて、ラトリスはもふもふだったから、こうして良いようにされてしまう。
そうやって、負けず嫌いのラトリスはいつも悔しそうにもふられてしまうのだ。
「ラトリス、クウォンがこの島にいるの知ってたのか?」
「はぁはぁ。えーっと、はい、さっき港でメギストスのことを聞きこみしてたら『無双のクウォンっていう可愛いのにめちゃくちゃ腕がたつ剣士がきてて』みたいな話を聞き及びまして」
「無双のクウォン? カッコいい二つ名じゃないか」
「ふっふっふ、そうだよねそうだよね、オウル先生もカッコいいと思うよね~!」
鼻のしたをこすりながら、クウォンは満足そうに鼻を鳴らす。
「いろいろ話をしたいところだけど、とりあえずはこの場を離れたほうがいいね。海賊たちが起きちゃうかもしれないし」
クウォンは近くでへたりこんでる老婆をたたせてやり、気持ちよくこの場から逃げるように告げる。そののち、より内地に俺たちを導いてくれた。
レモール島はブラックカース島とはちがい、大陸としっかりとした経済的な繋がりをもっているため、街の繁栄のしかたが大きく違っていた。
「10年前とずいぶん違うわ」
「ラトリスも久しぶりに来たんだ? ふふん、それじゃあこのクウォンが、良いお店の選び方を伝授してあげる! 知る人ぞ知る、冒険通のお店の選び方だよ!」
得意げなクウォンに連れられて、俺たちがやってきたのは、入り口に怪物のおおきな頭骨が飾られている店だ。
「ここがレモール島冒険者組合! けっきょく組合の酒場がいつだって信頼できるんだ、覚えておいて損はないよ、ラトリス」
「それくらいわたしだって冒険してきたから知ってるわよ。ちょー普通のこと得意げに言わないでくれる? 10年経っても馬鹿のままじゃん」
いい感じだな。
ラトリスもようやく自分を出せてる気がする。
本来、かなり粗暴で不良じみた性格だったと記憶してる。
いまの彼女は大人になったせいか、俺に対しては過剰に気をつかっている節がある。クウォンくらいの気心の知れた子がいると彼女もやりやすそうだ。
クウォンとラトリスがやいやい互いに牽制しあってるのを、俺はドッゴを撫でながら微笑ましく見守る。これが一番幸せだな。
席について、酒と食事が届けば、クウォンからたくさんの質問をぶつけられた。
俺は特に面白くもない島での生活を手短に話してあげた。いや、まじでなにも楽しいことはなかった。絶対、面白いのはラトリスやクウォンの話なんだ。
「へえ~、それじゃあ先生とラトリスもつい最近、再会したんだ! まるで運命みたい! この広い海でまた会えるなんて!」
「ラトリスとクウォンは、互いが生きてること知らなかったのか?」
「一応、わたしは知ってましたよ。内陸で名を馳せる剣士がいるって噂は、ブルーコーストにも届いてましたし」
「え!? そうなの!? わたし海でも有名なの!?」
興奮気味に喰いつくクウォン。
「別にそんなじゃない? よその話題だし、わたしが耳にしたのもブルーコーストの退役軍人からたまたま聞いただけだから」
「そっかぁ。まだまだ海では名声が足りないみたいだね」
ラトリスが主に海でさまざまな冒険をしている一方で、クウォンは大陸にあがり、そこから内地へと向かって各地を転々としていたという。
「島を脱出したあと、道場のみんなは”オウル先生死亡派”と”オウル先生生存派”に別れてて、それでわたしみんなに現実を見ろって言われて、ちゃんと先生にお別れをしたんです、本当に申し訳がたちません。ラトリスは信じて助けようとしてたのに」
「死んであたりまえの環境ではあったから、それは仕方ないさ」
外から観測されるブラックカース島はよほど絶望的な場所だったとみえる。
「でも、先生のためにいろいろしてたよ!」
別になにもしてなくても責めたりしないけどな。
「アイボリー道場の卓越した剣術を証明するために、レ・アンブラ王国のフェリルボス剣術学院にいって、そこでアイボリーの剣がすごいことを教えてあげたんだ! 卒業したあとは私の剣術はまだまだだって思ったから、剣聖オウル・アイボリーがいたことを伝えることもかねて、小国がたくさんある紛争地帯をわたり歩いてたくさん修行したの! 名のある強者もたくさん倒したよ!」
「なんか凄いことしてるな、クウォン……」
「ねえねえ知ってる? 小国を救うと王様とか貴族様が、願いを叶えてくれるんだよ! それでわたしね、アイボリー剣術を伝える道場を……えーっと、6つも建てた! あとオウル先生の銅像もたくさん建ててもらったよ! 全部、オウル先生の偉大さを伝えるためにがんばったんだ!」
どう考えても俺ごときよりクウォンの偉大さが優ってしまっている件について。
そもそもクウォンは俺を過大評価しすぎだ。
ラトリスもそうだけど。俺は偉大でもなんでもない。
まじでただのおっさんなんだ。
彼女たちに誇ってもらえることは嬉しい反面、情けなさとか恥ずかしさがある。それはまるで若い天才がニュースに取り上げられてる一方で、故郷でちょっと面倒みただけの他人が「あいつはわしが育てた」と腕組みしているみたいな気持ちだ。
そんなのみじめだろう。虎の威を借るというか。
広い世界に羽ばたき活躍している弟子なんだ。
断じて俺ではない。
「たまたま海に寄ったら、最近は海にもたくさん強者がいるらしくてさ。悪いことしてて、強いなんて理不尽なやつらだよね! でも、倒したらシルバーももらえるって聞いてさ。私にとっては良いことしかないって思って、だから、いまはこうやってこのアンブラ海で一番強いことを証明しようと思ってるんだよ!」
彼女は修行の旅の最中というわけだ。向上心の塊だ。
「いまの狙いはね!」
クウォンはワクワクした口調で語りだした。
アンブラ海には近年、名をあげてきた凶悪な海賊がいるという。
ユーゴラス・ウブラーと呼ばれるその男は、暗黒の秘宝『影の帽子』をつかって、瞬く間に商船を拿捕をし、商船の水夫たちを堕落させ、海賊勢力を築きあげた。
同じ海で活動していた”焼けつく鎖のベンデッド”を下し、配下に加えたことで、その勢いはますます増し、3隻もの武装艦をひきいた艦隊にまで成長したとか。
「調べた限りだと、このレモール島で最近、狩りをしてるらしいんだ。悪いやつらだよ、定期的にレモール島にきては、略奪をして、埠頭でぶいぶい言わせてて。だから成敗してやるの。ここで待ってればウブラー艦隊が帰ってくると思ったんだ」
「ん? そういえばさっき戦った海賊たちウブラーがなんとかって」
「そうそう! あいつらウブラー海賊の一味にちがいないよ。だから、私の狙いは間違ってなかったってさっきすでに証明されたんだよ!」
どうりで手がはやかったわけだ。まじで一瞬で剣抜いてたもん。
その後、話を聞いたところ、クウォンはウブラー艦隊が帰ってくるまでこの島で待ち伏せをするのだという。もうこの島に寄り憑かないようにこらしめるんだとか。
「でも、クウォン、その腕で本当にいくつもりなのかい?」
「あぁこれは大丈夫だよ。だって私の剣はオウル先生が教えてくれた剣だもん!」
それは何の保証にもなってないんだが、気づいてないようだ。
「クウォン、もし君のポリシーに反さないのなら──」
こんな怪我している弟子が極悪海賊を倒そうというのに、傍観者に徹するわけにはいかない。
レモール島に滞在して1カ月後。
港にいかめしい海賊船が寄港した。
──ユーゴラス・ウブラーの視点
ウブラーは機嫌が悪かった。
彼の右腕”焼けつく鎖のベンデッド”が仕事を果たせず、1シルバーの儲けも得なかったばかりか、レバルデス世界貿易会社に身柄を拘束されたというのだから。艦隊がそれぞれ別行動した矢先の悲劇であった。
「舐めたマネしやがって、”もふもふのラトリス”め……」
ウブラーは黄色い歯をぎしぎしと鳴らし、黄金と宝石で彩られた指輪がずらりとはめられた毛むくじゃらの拳を握りしめ、船長室の机をバンっと叩いた。
あの事件のせいで勢いづいていたウブラー艦隊はおおきく力をそがれてしまった。
大型の帆船をひとつ失ったばかりか、そこに乗っていたすべての船員も失ったのだから。暗黒の秘宝も、実力者も消えた。艦隊の損失ははかりしれない。
「船長、最近、機嫌わりいな」
「当然だろ。あんまり近づかないほうがいいぜ。いらぬ祟りを買う」
騒動からしばらくたったのち、緊張感が漂うウブラー艦隊1番艦ジェネレイド号は状況を立て直すために、3番艦と合流するためレモール島に帰ってきた。
ジェネレイド号の威圧的な船首と雄大な帆が見えた時、埠頭の漁師たちは怯えだし、皆、今日の仕事をひきあげて、嵐が過ぎ去るのを待つように家に帰りはじめた。
ユーゴラス・ウブラーは残虐な男だ。
レモール島は彼の刻んだ恐怖をしっかり覚えているのだ。
ジェネレイド号が帰港した時、3番艦の海賊たちはお出迎えのために埠頭に集まっていなかった。艦隊の提督たるユーゴラス・ウブラーが帰ってきたら、出迎えるのは下っ端たちの役目だ。ただでさえ機嫌が悪かったウブラーは、埠頭が近づくにつれ、その眉間のしわを深めていった。
船が港についたのち、見覚えの水夫たちが慌ててかけよってきた。
ウブラー艦隊3番艦の船長とその船員たちだ。
「提督! よくぞお帰りになりました!!」
3番艦の船長が歯抜けの口元に作り笑顔をうかべて言った。ウブラーは短銃を抜いて、撃鉄が炸裂させた。3番艦の船長の、その背後にいた船員のひとりが苦痛の声をもらし崩れ落ちる。血がどくどくと流れる。まわりは不運な仲間を憐れんだ。
「出迎えが遅いぞ、なにしてやがる、ボケが」
「ひいぃ、も、申し訳ございません、これには訳があって……提督、実はとんでもないやつに襲われてて……っ、もうどうしたら良いか……っ」
3番艦の船長は瞳を震えさせ、救済を乞うようにウブラーを見上げた。
「やつです、やつらなんです、もふもふのラトリスが、この島にいるんです……!」
「ラトリス、だと……?」
ウブラーは目を剥いて、その顔に深い怒りをにじませた。
「”もふもふのラトリス”を殺す。絶対に逃がすな」
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