交易所のゴタゴタ

 ──少し前


 ラトリスは船長としてリバースカースの資金繰りを司っている。

 そんな彼女は近頃の財政について不安を感じはじめていた。


(リバースカース号の航海資金は1年以上まえにレバルデスの倉庫から頂戴した財を売り払ってつくったシルバーでまかなわれてる。でも、流石に資金が心もとなくなってきた。街で補給するのにはどうしたって貨幣がいる。どうにかシルバーを作らないと)


「売れそうなものはそこそこありそうね」


 ラトリスは満足げな笑みで、積荷の羊毛をぐわっと抱きしめて持ちあげた。

 レモール島にいるたくさんの羊たちから収穫され、洗われ処理された綺麗な羊毛だ。ウブラー海賊を壊滅させたお礼として、彼らはリバースカースに大量のレモンと羊毛をくれたのだ。


 量としては羊毛のほうが断然多い。

 それはラトリスの提案からだ。


(レモンより羊毛のほうがずっと高く売れるもんね)


 海賊として海で生きていくためには、物の価値に造詣をもっていないといけない。

 レモンを自分たちで消費する分にとどめ、羊毛を大量に積んだのにはそういうわけがあったのだ。


「セツ、ナツ! それと暇そうなクウォン! 羊毛を売るから手伝いなさい!」


 ラトリスは眠りこけるクウォンを蹴っておこした。

 船員みんなで大仕事だ。


「こんなたくさん買い取ってくれるところなんかあるの?」

「わたしだって数日なにもしてなかったわけじゃないのよ。ちゃんとアテは探してあるわ」


 レバルデス世界貿易会社の交易所ではさまざまな商品の取引が行われている。

 ラトリスはそんな交易所でレモール島で仕入れた羊毛をシルバーに替えようと取引をすることにしたのだ。


 もっとも、普通の通商をおこなう場合、それは商人でなければなしえない。

 身分の明らかな者だけが、身分の明らかな者と取引をできるのだ。


「ふーん。でも、海賊の積荷なんて買い取ってくれるやついるのー?」


 眠たそうな顔でクウォンはベッドから這いでた。

 下着姿のうえから服をいそいそ着込んでゆく。


「ブルーコーストは商人ギルドがめちゃくちゃ力をもってるわ。気色悪い搾取構造が成熟してる。だから、海賊なんてとてもとても取り合ってくれないわ」

「じゃあだめだ! おやすみ!」


 ふかふかのベッドに戻ろうとするクウォンをラトリスはひっぱりだす。


「でも、このラトリスはやり手だから、交易所で海賊に加担して、闇取引をしてるやつをちゃーんと見つけたの。向こうに有利な取引になるけど、まとまった羊毛を船からおろせるわ。手早くね」

「わかった、行く! 起きるよー!」


 かくしてラトリスたちは羊毛を800kgだけ交易所に持ちこむことになった。

 なおラトリスは容姿が特徴的なため、地味な色合いのマントを纏っている。


 このような面倒なことは敬愛する師オウル・アイボリーの手はわずらわせない。

 ラトリスやクウォンがもつ自然な共通認識だった。ゆえにオウルには「今日は交易所にいってきます」くらいのことを伝えて、仕事をすることにした。


「全部売ればいいのに! まだまだ羊毛あったじゃん!」

「あんたって本当に剣術馬鹿よね」

「えー、私なにか変なこといった?」


 クウォンはぷくっと頬をふくらませ、不満げにラトリスを見やる。

 

「クウォンさん、島の特産品はそこから離れた場所でシルバーに交換するのが一番価値が付きやすのですよ!」


 セツは荷車を引きながら笑顔で、交易の基本を教えた。


「羊毛はまず腐らないし、何年も持ち歩くことができる品なのです! ブルーコーストみたいな羊さんが普通にいる大陸側で売るより、羊さんたちがいなくて羊毛が生産できない島で売ったほうが価値をおおく見積もってもらいやすいのです!」

「わお、セツって頭良いんだね! よかったね、ラトリス、こんな賢い子が仲間になってくれて!」

「わたしだってわかってるって」


 ブルーコースト港湾の一角にあるおおきな倉庫に交易所は設置されていた。

 一行は到着するなり、ラトリスについていき、うずたかく貨物の積まれた陰にはいっていき、その先で怪しげな男たちを見つけた。


 武装した護衛にまもられる奥には、いかにも金持ってそうな綺麗な服装の男がいる。中年で髭をはやし、丸いサングラスをかけ、笑みをうかべる口元には三日月のように輝く白い歯をみせている。いかにも悪の親玉みたいな風貌だ。


「ねえねえなんか雰囲気やばくない?」

「こいつらは海賊と取引する片足こっち側に突っ込んでるようなやつだよ。怪しいのは当たり前」

「でも、なんか……」

「あんたはなにも言わなくていいから。大丈夫大丈夫、任せて」


 クウォンは口をへの字に曲げながらもラトリスに任せることにした。

 

「来たか、もふもふのラトリス」

「はいこれ羊毛。昨日、指定した量、指定した時間にもってきたわよ」

「ふむふむ、なるほどぴったりだ。お行儀がよくてけっこうだ、お嬢ちゃん」


 商人は羊毛を確認するなり、小綺麗なあごひげをしごき、笑みを深めた。


 ラトリスたちの周囲を男たちがそれとなく取り囲んでいく。短銃にサーベルを手にした身なりの良い男たちは、しかし、暴力的な香りを放っていた。


「ありゃりゃ、だから言ったのに」


 クウォンはそれ見たことかとばかりにラトリスの横顔を見やる。

 セツははわわっと口元を震えさせ、ナツはそんな姉を背に、棍棒を抜き放つ。


「なんのつもりドン・マッシュ」

「もふもふのラトリス、お前は海賊のわりにお行儀がいいな。名を馳せど正体はただの生娘よ。我が商会がまさしく求めていた商品だ」

「商品?」

「羊毛はいただく。積荷もいただく。お前はレバルデスに突きだす。船ももらう。どうだ、素晴らしい取引だと思わないか、もふもふのラトリス」

「それ取引になってないんだけど」

「ははははっ! そうだとも、これは取引じゃない。もう闇に片足つっこんだんだ。毒を喰らわば皿までも! 海賊なんてみんなクズさ、なにをしたって良いだろう。お前たちが奪うように俺も奪い私腹を肥やす。そこにちがいはありゃしない!」


 物陰から白い制服きた男たちが姿をあらわした。

 サーベルを剣帯ベルトに差し、長銃を持っている。その数20人は下らない。


(装備が高そう。海賊狩り? いやちがう、あの紋章、都市長の傭兵だ)


「ねえちょっと、そっちの制服たち。こんなことしてよいわけ? 海賊のわたしもたいがいだけど、海賊と取引しようとしてたこいつもいろいろ問題あるんじゃないの?」

「はっ、さてな。なんのことだかわからんな」

「それでも都市に自治をあずかる兵士なの?」

「海賊が説教すんじゃねえ。なにより、俺たちは正義よりシルバーのほうが好きなんだ」


 制服の男たちはドワッと愉快げな笑い声を響かせた。


「お前にかけられた懸賞金は、こんな羊毛売り払うよりよっぽど良い稼ぎになるしな! それが世の中のためってもんだろう~?」

「欲張ったね、ドン・マッシュ。片足だけで済ませておけば良いのに」

「ふっはっは、威勢の良い娘よ。嫌いじゃない。顔はよい。しかも、もふもふときた。もしそれなりの誠意をみせるのなら、考えを改めてやってもよいが、具体的には奉仕をしてもらうという意味だが──」

「はぁ、羊毛は諦めるしかないわね」


 ラトリスはちいさくため息をつき、剣帯ベルトにはさんでいた短銃をぬくと、なんの躊躇もなく商人ドン・マッシュの身体に鉛玉を撃ちこんだ。


「ぐぁああ!!」

「か、会長!?」

「こ、このクソ獣人め、ためらいなく撃ちやがったァ……!?」


「それ逃げろーいっ!」

「流石は船長なのです!」


 クウォンは近くにいた傭兵を蹴りとばし、活路を開く。

 セツがあとに続き、ナツは羊毛を棍棒で殴ってまき散らす。

 ラトリスは2名ほど剣で斬りつけて怪我を負わせ、皆のあとに続いて走りだした。


「海賊どもが逃げるぞ!」

「どいつを追いかければいい!」

「ラトリスに決まってるだろっ!」

「ラトリスってどれだ!?」

「一番もふもふしてるやつだッ!」


 銃声が響き渡り、ラトリスたちを追いこしていく。弾が当たらないことを祈りながら、海賊たちは射線を切って交易所のそとへ飛びだした。

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