王国海軍騎士団長

 パッと見てすぐには反応できなかった。

 なにせ10年も経ってるんだ。生きてるかもわからなかった。


「うわああ! レイニだぁああ!?」


 クウォンが人一倍デカい声をだしてのけぞると、ドッゴが興奮しだして尻尾をぶんぶん振りまわしながらあたりを駆けまわりはじめる。

 

「ど、どど、どうしてここに……!」

「なんでお前がそんな驚いてるんだ?」

「え、あぁ、いやその、実は内陸で剣の学校いったって言ったじゃないですか? そこにこの子といっしょに行ってて……」


 クウォンはもにょもにょと口ごもる。

 この子は正直でまっすぐな性格なので、大抵、都合の悪いことがあるとこんな感じなる。なにかあるなこれは。


「オウル先生とラトリスがいるのは察してた。ベンデッド経由でブルーコーストに噂が届いてたから。でも、クウォンまでくっついてくるとは。これは大漁」


 レイニは我が意を得たりとした表情になり、こちらに近づいてくるとトンっとおでこをぶつけてきた。頭の重みを俺に預け、緩く握った拳で胸をたたいた。


「私、信じてた。先生が生きてるって」

「いろいろと運がよくてな。ラトリスが助けてくれたんだ」

「ラトリスが、ね」


 レイニはラトリスのほうを見やる。


「生きてたんだ、レイニ」

「ラトリスのほうこそ。ずいぶん暴れてお尋ね者になってたみたいだけど」

「それは、まあ、有名なことは悪いことじゃないわ」


 はぐらかしたな。


「レイニはどうしてここに? それにその立派な制服は……」


 俺はレイニをそっと離して、彼女の制服を手で示す。

 彼女は誇らしげにマントをパサッとはためかせた。


「騎士団長、だよ」

「え?」

「角鯨の騎士団の騎士団長。レ・アンブラ王国の保有する海軍兵力をあずかってるんだ」


 なんだ、って……?


「え、ええっと、そうか、ふーん」


 俺の灰色の脳細胞が素早く計算をはじめた。懸賞金をかけれるほどの海賊ラトリス。その船に乗り、海賊となった俺とクウォン。そして、王国のもとで平和を守る騎士団に属するレイニ。俺たちは交わってはいけなかったのだろう、と。


「俺たちは別に海賊とかやってないけどな……本当に海賊とかじゃなくてだな……」

「オウル先生、たぶんその誤魔化しはあまり意味がないかと」


 ラトリスはたははっと苦笑いをする。


「ふふ、大丈夫、別に先生たちを捕まえたりしないよ」


 レイニはあっけらかんと言って、くすりと笑んだ。


「立ち話もなんだし、この店にはいろう。この酒場のステーキは絶品」


 俺たちは酒場に足を踏みいれ、そこで酒を片手に再会を祝うことにした。


「フェリルボス剣術学院を卒業してね、王国騎士団にはいったんだ」

「フェリルボス? ん? たしかクウォンもそこに行ってたんじゃなかったか?」


 クウォンを見やると、彼女は気まずそうに木杯をかたむける。


「その子は途中で逃げた」


 レイニはむすっとしてクウォンを見た。


「い、いや! 別に逃げたわけじゃないって!」

「オウル先生、その子、いっしょに騎士団いこうって約束してたんだ。なのに『このままじゃダメな気がする! 修行にいく!』って言って学校を中退したんだ」

「卒業したって言ってなかったか?


 クウォンを見やる。視線をそらした。


「その子が学校を卒業できるわけない」


 レイニは力なく首を横にふる。


「だって、剣術学院っていうから、剣だけで良いのかと思うじゃん! なんであんなにいっぱい勉強しなくちゃいけないの! 私は剣術を極めるためにいったのに!」


 反撃ののろしをあげたクウォンは、レイニへくあっと噛みついた。

 なるほど。だいたい事情は見えた。クウォンは勉学は大嫌いだったもんな。


「私はちゃんと卒業した。中退クウォンとは違う。それで、キャリアを積んで、王国騎士団にはいって、希望して王国海軍に就いた。それで海の騎士になった。去年から騎士団長になった。海軍は3つの騎士団からなるから、いまは3分の1だけ。いずれトップにのぼりつめるつもりだよ」

「無限に成功しつづけるつもりかよ」

「褒めて、先生」

「本当にすごいな、レイニは」

「んふふん♪」


 エリート街道を突き進んでるって感じだ。すごいなぁ。


「オウル先生ならそうしたほうが喜ぶと思って」

「俺が?」

「うん。先生は島の平和を守ってた。その剣で。みんなに信頼されてて、弱いものを決して見捨てずに……私もそうやって道場に通うようになった。守るために。私のいまは、全部あの時からの積み重ねなんだ」


 レイニは真面目な子だった。属性的には混沌としていたラトリスより、秩序を重んじる性格だった。寡黙で、ひたむきに剣に向き合って。

 あのちいさかったレイニがいまでは騎士に、それも海の騎士か。ブラックカース島にいた頃は、レ・アンブラ王国の海軍の話をたまに商人たちが話してくれた。王国海軍はレバルデス世界貿易会社とともに海の平和を守っているんだって。


「全部、オウル先生の教えてくれた。剣も心も」


 レイニは言って穏やかに胸に手をあてる。


「俺は別に……。レイニがこんな立派になって、俺も鼻が高い。こんな俺でも、成功の一助をなせたなら嬉しいよ」


 弟子が躍進していて大変に喜ばしい。心から祝福する。

 己の信念をもち、それを貫く。本当に立派だ。


 だからこそ、肩身がせめえんだけどな。

 ラトリスは世界を旅して7つの海をまたにかけた海賊になって、クウォンは紛争地帯を渡り歩いて数々の国々から救国の英雄あつかいされ、レイニは南アンブラ大陸最大の王国が誇る海の騎士団、それを預かっているという。


 みんなが躍進していた頃、俺は無人島でサバイバルしてただけだ。


 もう、恥ずかしいというか、情けないというか、弟子たちに顔向けできん。頼む、いっそのこといじってほしい。いじってネタにしてほしい。そんなキラキラした眼差しで見られたら、おちゃらけたくても、恰好つけたくなってしまう。


「てか、レイニ、あんたこんなところでわたしたちとつるんでていいの?」


 ラトリスは周囲を見やる。レイニのことをチラチラとみる視線は意外とある。ブルーコーストの人間は、彼女が王国の騎士だとわかっているのだろう。俺も前世で警察とか街を歩いてたりしたら、悪いことしてなくても「あっ警察」と、なんとなく視線をやってしまうものだった。それに似たやつだろう。いるだけでギョッとするんだ。


「よくはない。だって、海賊もふもふのラトリス、だもんね」

「でしょ。本当なら目をあわせた瞬間にわたしのことお縄につけたいんじゃない?」


 ラトリスはさっきからずっと警戒心を緩めていない。

 レイニの挙動に注意をはらっているのは、彼女たちが同じ故郷で育った旧友であること以上に、海賊と騎士という立場のせいだろう。


 レイニが立派な騎士になって、平和を守るため、アイボリーの剣術を使っているのは本当に嬉しいことだ。

 ラトリスが俺を助けるために海を大冒険し、名を馳せる海賊になったのも凄いことだ。

 

 でも、そこに一抹の哀愁を感じる。

 子供はいつか大人になって、それぞれの道を歩きだす。

 そんな当たり前のことを、俺は脳裏でしみじみと反芻する。


「王国海軍とレバルデスの海賊狩りのあいだには、協力関係があるし、私たちは互いの力を尽くして平和を守ってる。海賊は駆逐する。それは使命」


 レイニは静かな声で淡々とラトリスの目をみて言う。


「でも、私は形式的な人間じゃない。ラトリスよりずっと真面目だけど、だからこそ、紙面の規約や、手配書の罪状だけで相手をどうこうしない。ラトリスが多くの海賊のように外道になったとは思ってないよ。行動に問題があって、喧嘩っぱやくて、目的のためならルールを平気で破るだけ。でも、いつだって正しいと思うことをやる。ラトリスはそういうもふもふ」

「なによ、そんな褒めても、別になにもあげないわよ」


 ラトリスはふわふわした尻尾をパタパタ振りはじめる。尻尾のほうは素直だ。


「疑ったことは数えきれないほどあった。いつか悪の道に落ちてしまうんじゃないかって。無法者を長くつづけていれば、だんだんタカが外れる。でも、ラトリスには信念がある。遠くの海から聞こえてくる風の噂を聞くたびに、私は影で応援してた」

「なにが目的? そんな褒めるなんて怪しいわ。シルバーが欲しいの?」

「ラトリス、素直じゃないね~!」

「わたしの名前、大声で呼ぶな、剣術馬鹿」

「オウル先生をたすけた出したってことは、本当に魔法の船を手に入れたんだ」

「まあね。大変だったけど」

「だよね。レバルデスもずいぶんその船を欲しがってたみたいだし。王国海軍もずっと昔から捜索をつづけてたみたい。最後に手に入れたのがラトリスだなんてびっくり」


 立場が違えど、その根底を理解し、またこうして笑顔で机を囲める。

 胸が熱くなる。うぅ、ちょっと、まずいな、本当に涙がっ。

 年取ると涙腺がもろくてかなわん。


「くああ~」

「こけ」

「うんうん、お前らもそう思うか」


 酒を口に運ぶ手がとまらない。

 弟子の成長は最高の肴だ。

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