ホーンドホエール基地のゴタゴタ
いくらでも積もる話はあった。
でも、レイニは懐中時計をみやり「そろそろ戻らないと」と言ったのをきっかけに、俺たちの再会パーティは終わりを迎えた。
酒場の外にでると、陽が傾きはじめていた。
ずいぶん長いこと話し込んでいたらしい。
「物資の補給は騎士団でやってあげる」
「そんなことできるの?」
「できるよ。私は団長だから」
航海資金の不足で交易所でゴタついたことはレイニに伝えたところ、彼女は俺たちに手厚い援助をしてくれると申し出てくれた。
「ひとつ確認しておきたいことがあったんだ。オウル先生は海賊ってことでいいの」
「まあ、そうだな。まださしたる悪さはしてないが」
レイニは腕を組んで「んー」とうなる。
「オウル先生がラトリスみたいなトラブルマシンと同じ船に乗っているのは不安。クウォンとラトリスだけで暗黒の魔法使いを追えばいいよ。大事な使命だから投げ出さないように。オウル先生にはブルーコーストに残ってもらう」
「ちょっと、なんで先生のこと引き抜こうとしてるのよ」
ラトリスは俺の腕をつかんで、ずいっと引っ張ってくる。
レイニは反対側から手を握ってきて抵抗する。
「オウル先生のことが心配。先生の素晴らしい剣術を知ってるでしょ。王国海軍で指南役につけば、アイボリーの源流の凄さを世界に教えれる」
「俺の剣術はそんな価値のあるものじゃないけどな」
「先生は自分のすごさがわかってない」
「それは同感!」
クウォンはうんうんっと頷く。
「だからって、先生を王国海軍なんかにとられたくないわ。先生はわたしといっしょに旅にでるって決まってるの」
「ラトリスが勝手に言ってるだけ」
「その論法で言ったら先生が残るのもレイニが勝手に言ってるだけじゃない」
「先生にいまの混沌とした海で旅してほしくない。近頃は本当にあぶないんだ。海賊も、怪物も、呪いも。おかしな事件も多い。オウル先生は10年もあの島に置き去りにされてた。もっと楽に生きてもいいはず」
レイニの表情は真剣なもので、どこか悲しげでもあった。
ラトリスは勢いを失い、耳をしょぼんっとさせる。
俺はラトリスの手を強く握った。代わりにレイニの手をそっと離す。
「レイニありがとう。俺の身を案じてくれてるんだよな」
「ん。先生も良い歳なんだし」
「うぅ、屈託のない意見、身に染みるよ」
確かに海賊になってはしゃぐにはやや歳を喰いすぎてる感はある。
「でも、俺なら平気だ。もうリバースカースに乗った。覚悟はできてる。メギストスを討って、奴が俺たちから奪ったものの対価を支払わせる。これは俺の望みでもあるんだ」
船の持ち主の意志であり、受け継いだラトリスの意志であり、俺の意志でもある。使命だけじゃない。復讐だけじゃない。俺はあの時踏み出したらあったかもしれない旅の、その続きをなぞっている。俺の選択だ。
「それに十分、楽な生活はしてる。知ってるか、あの船はすごいんだぞ? 温かいお風呂もあるし、ご飯をつくれるキッチンもあるんだ。レイニも乗ってみるといい。まあ、海賊として生きるのは不安もあるが、それはうまくやるさ」
今度はレイニが落ち込んだ顔をする。
「オウル先生の意志は固そう……先生にはぜひ王国海軍に来てほしかったけど、でも、先生の道を邪魔はできない。ん、私が諦める」
同時に2つの選択肢は選べない。
俺はもう選んだんだ。ごめんな、レイニ。
しんみりとした空気が漂う夕暮れのなか、俺たちの横を白い制服をきたものたちが足早に通り過ぎようとした。
そのものたちの先頭、見覚えのある青年が俺と目があった。
あれ、お昼の逃走劇で、俺が海に投げ落としたやつじゃないか。
これはまずいですな。よくない感じだ。
「あっ! お前!! いたぞ、あいつだ! もふもふのラトリスもいるぞ!」
青年は叫ぶ。まさかこんな形でばったり会ってしまうなんて。
「ん、お前は……! 海軍の──」
兵士たちはレイニを見て動きをとめた。
レイニは兵士たちをみやったのち、すっとポーチから手錠を取りだすと、ラトリスの手首にかけた。ラトリスは「へ?」と目を丸くする。
「……団長殿、そちらの海賊たちをどうするおつもりで?」
「この海賊たちの身柄は私がおさえたよ」
「彼らは都市長の名のもと身柄を拘束するように言われています。こちらに身柄を引き渡してください」
「それはできないかな」
「なんですと? なぜですか、もふもふのラトリスは海賊、その仲間も同罪! 先ほども傷害事件を起こしたばかりなのですよ!」
「私は王の名のもとに騎士をあずかり、王国内のあらゆる不義をさばく権限を与えられてる。あなたの言っている罪科の是非はわからない。私はいま食い逃げの現行犯として、かれらを逮捕したから、あとの処理はこちらに任せてもらう」
レイニは事務的な口調で、淡々と兵士へいうと、俺たちひとりひとりに手錠をし、導くように連行した。されるがままについていく。
後ろをふりかえると、都市長の兵士たちは、特にあの青年は不服そうな眼差しでこちらを睨みつけてきていた。
レイニって本当に偉いんだなと、小学生みたいな感想を抱いた。
「ここまで来れば平気かな」
しばらくのち、レイニは手錠を解除してくれた。
「危なかったー! さっすがレイニだね!」
「なかなかやるじゃない」
「ありがとう、助かったよ、レイニ」
「くあぁあ~!」
「こけっ!」
レイニは胸を張って誇らしげな顔をした。
「しばらくは騎士団にいたほうが安全。特にラトリスとか目立つ」
「ん? ここは……」
大きな埠頭と赤茶けたレンガ造りの建物がずらりと並ぶ。
砲門を備えた立派な戦列艦が夜の海に並んでいる。
「ん。海軍基地。ホーンドホエール、だよ」
俺たちは角鯨の騎士団の本部に連れてこられていた。
──ポーの視点
角鯨の騎士団、副団長ポーは団長レイニの遅い帰還に苦言をていそうとしていた。
丸メガネとぴっちり固めた前髪がよく似合う、見た目通りの真面目な男は、ただいま団長の残していった期日が間近にせまった仕事に追われていた。
(もふもふのラトリスを探しにいくとか言って書類仕事をほったらかしにして行ってしまわれた。団長にはもっと忍耐力が必要だ)
レイニに代わって書類を整理していると、扉がいきなり開け放たれた。
「ポー様! やばいことが!」
「ノックをしないか、ノックを」
「ノックなんて言ってる場合じゃないです! レバルデスから要請でして、怪物商が連れてきたモンスターが倉庫から逃げ出し、この基地に逃げ込んだそうで!」
「やつらは馬鹿なのか?」
ポーはすぐたちあがり、剣を差し、銃と剣帯ベルトに挟みこむ。
団長が不在のいま、角鯨の騎士団を動かすことができるのはポーら副団長たちだけだ。複数いる副団長のなかでもポーは最も信頼がおかれているため、必然と彼が海兵たちを動かす運びなった。
海兵たちは銃と剣をひっさげて、基地の南側へ駆け、補給物資倉庫を包囲した。
ポーと連絡係が合流する頃には、倉庫の閉ざされた搬入口には大砲が7門向けられ、海兵たちが長銃を構えて狙いをつけていた。
「脱走したのはミレンストレナ・キマエラという固有種らしいです。なんでも賢さが高いらしくて、第3等級相当のファイアーボールを使うんだとか」
「ファイアーボール? 冗談だろう。その怪物商は街を破壊するつもりなのか?」
「商人いわく『貴重な怪物だ。傷つけず捕獲していただきたい』とのことです」
「そいつの脳天に鉛弾を撃ち込んでやれ」
近年、貿易技術の向上にともない、本来その地では見られない怪物や動物を運んできては見世物にすることが富裕層の娯楽になっていた。大きな財を成せるのなら多少の危険をともなおうと、欲深な商人はいとわないのだ。
ズドォォオ────ン!
激しい爆発が倉庫の搬入口をふっとばした。
内側からの爆発で、木製の扉は砕け散り、残骸が飛び散って、多くの海兵が顔を焼くような熱さにひるんだ。
かなり距離の離れていたポーでさえ、思わず手で顔を覆ってしまう。
燃え盛る搬入口から、赤いおおきな翼をそなえた怪物が姿をあらわした。
双頭の片方が獅子の顔、もうひとつは山羊の顔、尻尾は邪悪に舌をチロチロさせる蛇で、地面をこするひずめはロバか馬のものだろう。
魔法使いの非人道的な知的好奇心を満たすためにつくりだされた怪物だ。
呪いに満ち、目にいれただけで足がすくむようになっている。
醜き混種の怪物は、耳を塞ぎたくなるような咆哮をあげた。
海兵たちは逃げだしたい気持ちを押さえて、ポーの射撃号令にあわせて、引き金をひいた。大砲の弾もいっせいに放たれる。
キマエラが動きだすのはすこしだけはやかった。
巨体のわりに素早い動きで、大砲のたまとすれ違うように接近してくる。
弾は数発命中したようだが、巨大な体躯をほこる怪物にたいして、即刻命を奪うほどの威力は見込めない。
「退避ぃい!!」
蜘蛛の子を散らすように海兵たちは銃を捨てて逃げだした。
人間より数倍デカいそれに挑む勇気のあるものはいない。
ポーを除いては。
「化け物、私が相手だ……!」
短銃の引き金をひく。キマエラの分厚い筋肉へ弾を撃ちこむ。
鉛玉がバスンッと肉に呑みこまれ、ちさな血しぶきをあげた。
キマエラは「なにかしたか?」とでもいうように、のそっとポーを見やった。
人類の叡智が生みだした機構と火薬と撃鉄のなんと無力なことか。
ポーは銃を放り捨て、ロングソードを抜きはなった。
怪物と騎士は相対し、にらみ合う。
否、実際のところは睨みあってなどいない。
戦いの高揚感と、死に至るほどの緊張感が、ポーに時間を間延びさせて感じさせているだけにすぎない。キマエラは羽虫をつぶすみたいに、瞬時に襲い掛かった。
つかみかかるキマエラの手。
かわすポーは、刃で腕を肘から先斬り落としてやろうと剣をふりおろした。
分厚い筋肉に刃がひっかかり、剣がとまった。横なぎにふられる怪物の腕。ポーは力に振り回され、ロングソードがへし折れる音とともに、大きく吹っ飛ばされた。
「うぁっ、くそっ!」
人間の勇気をあざわらうように、キマエラはとどめを刺そうと地を蹴り、ポーを踏みつぶさんとせまった。
「前通るぞ」
ひょこっとポーの視界端からおっさんが現れた。おっさんは手に刀を抜いていた。怪物の衝突直前、薄い刃の腹でキマエラの山羊の頭の方の角を受け止めた。
どう考えてもそんな細い刀で受けきることはできない。大型の分厚い剣と人間離れした力があってはじめて、このサイズの怪物に人間は抵抗を許されるのだ。
不憫なるポーは「この名前の知らないおっさんと一緒にひき殺されるんだ」と思い、諦めかけた時────不思議なことがおこった。
キマエラの頑強な巨体が、軌道を逸れ、スリップしたようにド派手に転んでいってしまったのだ。
「大丈夫か?」
「ぁ、ぁぁ」
「どこか怪我してるか?」
「ぁ、あぅ、だい、大丈夫、です、私は大丈夫、ありがとうございます……っ」
平然と安否確認してくるおっさんに、ポーは言葉をかえす。内心、何が起こったのかまったく理解できていなかったが、ひとまず助かったらしいとはわかった。
「とりゃあ────! おりゃぁあ──!」
「死になさい、化け物!」
向こうで赤いもふもふした狐娘と亜麻色の髪の少女が、キマエラをしばきまわして、血みどろになりながら息絶えさせているのが見えた。圧倒的な暴力が怪物に襲い掛かるさまは、見ているだけで身の毛もよだつものだった。
「こ、これはいったい……」
「ポー、よかった、無事みたい」
「団長! うぅぅ、団長、こ、恐かったです……」
「よく頑張った。褒めてあげる。よしよし。とりあえず、騒ぎの話を聞こうか」
レイニは冷静沈着な表情で、シームレスに事態の収拾へとりかかるのだった。
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