剣術指南役

 騒動のあと、俺たちは基地の宿舎に通されていた。


「ここがオウル先生たちの部屋。隣がラトリスたちね」

「わーい! ベッドがふかふかなのです!」

「お姉ちゃん、はしゃいじゃだめ」


 セツとナツがずだーっと隣の部屋に駆け込んでいく。

 

「オウル先生はひとり部屋? 危ないからわたしが護衛につくわ」


 意気揚々とラトリスは荷物を抱えて入ろうとするが、クウォンとレイニに両脇をおさえられ、隣の部屋に連れていかれた。


「一番この子が危ない」

「間違いない! まったくいたずら狐なんだから! もふもふしてるからってなんでも許されると思ったら大間違いだよ! おしおきにたくさんもふもふするから!」

「ちょっと尻尾勝手にさわんないでよ!」


 静かになったので、俺はこじんまりとした個室で腰をおろす。


 ラトリス率いるもふもふ海賊メンバーは、レイニのはからいで王国海軍基地での滞在を許可された。リバースカース号も入港してよいということで、さきほど避難させてもらえた。頭があがらない待遇だ。


 騎士団が海賊に肩入れしたことして大丈夫なのか、とも思ったが、その点は問題はないらしい。レイニの理論武装としては「海賊もふもふのラトリスはレバルデス世界貿易会社が懸賞金をかけているだけ」というものだった。


 王国海軍と貿易会社はともに海の平和を守る立場にあるし、海賊を駆逐する使命をもっているが、ちがう組織なためレバルデスの賞金首を、王国海軍が追いかける動機は明確にはないんだとか。


「ブルーコーストの都市長は、交易で力をつけた商人ギルドのギルド長だよ。だから、彼はレバルデスには頭があがらない。王国の貴族のくせに、王属直下の海軍ではなく、レバルデスにばかり尻尾をふるんだ。金のことしか頭にない嫌なやつ」

 

 レイニ評は以上の通りだ。どうりで都市長の私兵と、王国海軍騎士団長のレイニは険悪な雰囲気だったわけだ。もともと軋轢があったのだ。


 そんなこんなで俺たちは基地での滞在が決定した。


 基地にやってきた翌朝。

 陽が気持ちよく海を照らしている。

 輝く波と海鳥の鳴く声、海兵たちは訓練に励む。


 筋骨隆々の勇敢な海兵たちが、俺のまえに整列している。

 揃いも揃って着ている紺色のシャツは王国海軍の文字とデフォルメされた角鯨が描かれている。たいていみんなピチピチで筋肉の溝すらシャツに浮きあがっているので、胸のうえの角鯨たちも息苦しそうにしている気がした。


 彼らのまえでレイニは俺へ手を向けた。


「今日からしばらくの間、剣祖オウル・アイボリー氏に角鯨の騎士団の剣術指南を行なっていただくことになった。みんな奮ってオウル氏の神業から学ぶように」


 盛大な拍手が沸き起こった。

 俺は緊張でガチガチになり動けない。

 アイボリー道場の全盛期よりも多いように見える。


 これは俺の仕事だ。


 滞在の見返りとして、ホーンドホエール基地にいる間、海兵たちに剣術指南をすることを、レイニに依頼されたのだ。俺のような辺境の島の剣振りが、正規兵になにを教えられるのか、不安を抱きつつも、たくさん世話になるので、俺はこの依頼を受けたのだ。俺が支払える価値など剣くらいしかないのでな。


「団長、お言葉ですが、その、彼は海賊なのではないですか?」


 前列に並んでいる女性海兵はぼうしのつばの影から鋭い視線をとおしてくる。


「言葉を慎むんだ、アーノン」


 同じく前列の真面目そうなメガネの男は、レンズを白光りさせクイッと直す。

 ポーとか言ったか。昨晩、彼の命を救ったとき名乗られたっけ。


「レイニ団長が決めたのだ。何より、かのお方は私たちの命の恩人だ。私たちを救ってくれた。そこいらの野蛮な海賊とおなじに扱うなど失礼なことだ」

「あのさ、前提がおかしいんだけど。恩人? 勝手にあたしまで含めないでくれない? 怪物に情けなくぶっ殺されそうになったのは、あんたでしょ?」


 アーノンと呼ばれた女の子、ちょっと言葉が強い。

 ほら、ポーなんて黙っちゃったじゃん。


「こほん、それはそれだ。恩があるのは変わりない。キマエラが倒せなかったら、死人が出ていただろうしな……」


 ポーは言葉尻をすぼめ、レイニのほうを見やった。

 救援要請だ。素人の俺でもわかる。負けたな。


「アーノン、オウル先生は私の剣の師でもある。信頼していいよ」

「それは昔の話なのでは。団長はあのフェリルボスで力をつけた。そのことはあたしも知るところ。あたしはおかしいと思うんです。どうしてそんな……なんでもない普通の男に、それも海賊に、あたしたちみたいな正規の王国兵が指導されるのか」


 それはそう。俺もそう思う。


「レイニ、やっぱり、やめておこう。あんまり歓迎されてないみたいだ」

「オウル先生は黙ってて」


 レイニはむぅーっとして胸をちょんっと突いてくる。オウル、黙ります。


「いいことを思いついた。体験すればいいよ、アーノンも。そうしたんでしょう」

「団長は話がわかるや」

 

 アーノンは言って「降りてこいよ、おっさん」と、壇上の俺へ視線を向けてきた。

 ちょっとこの子、恐めですね。


 

 ──アーノンの視点



 たいていの場合、剣とは力そのものをしめす。

 力とは太古の約束であり、生物の絶対法則だ。

 剣でもそれは変わらない。力の強いことは正義だ。

 デカいやつは強いし、ちいさい奴は弱い。

 そして女は男より弱い。

 

 しかし、人間の戦いは進化しつづけている。

 武器はより洗練され、戦術も戦略も発展をつづける。

 

 スリング投擲で石を投げていた時代から、弓で矢を飛ばすようになり、複雑な機構と火薬で鉛をはじき出すにいたった。


 剣も力だけではなくなった。

 アーノンは剣の論理をフェリルボス剣術学院で習った時、感動を覚えた。

 絶対的な原理原則には、ときに例外があるのだと。


 論剣。皆は彼女をそう呼ぶ。

 

 野次馬たちが人垣をつくる。

 オウル・アイボリーは壇上から降り、袖をまくる。

 腰の刀をポーに渡し、木剣を受け取り、軽く素振りする。


「ちょっと重たいな……」

「どうした海賊、はじまる前からいい訳かよ?」


 アーノンもケッ笑い、木剣を手に取った。


 普段と同じくスタンダードに正眼の構えをする。

 精密な歯車がぴたりとかみあわさる。肉体と剣の重さが連動する。

 この少女は粗暴なふるまいとは裏腹に、剣にはとても真面目で、緻密なコントロールをすることで知られているのだ。


「アイボリー殿、アーノンは凶暴な女です。私もたびたびメガネを破壊されるほど。お気を付けください」

「ご忠告たすかる」


 心配そうなポーへ礼をいい、構えるオウル。

 レイニは緊張感のある空気のなか、「よーい、どん」と気の抜けた合図をした。


 角鯨の騎士団斬りこみ隊長は、素早く踏み込んだ。

 アーノンの剣先があがる。振り下ろすのであろう。

 オウルはそこまで見てから、ちょいっとさがる。

 相手の攻撃点をずらすのだ。


 アーノンの攻撃は空を斬る。

 オウルは間合いからぴったり外れていたらしい。

 

(まぐれだろ。当たってたらどうするんだよ)


 アーノンは構わず、地を蹴った。

 オウルはアーノンの踏み込みと手元を見つめ……動きをきめて、再び避ける距離を決めて、ちょいっとさがる。再び空ぶりが発生する。


 そんな攻撃と回避が何回か行われたあと、アーノンが深く踏み込むようになって、ようやく剣と剣がぶつかった。


 ぶつかればアーノンの独壇場だ。

 論剣とは剣の術理、重さ、勢いのなかで最適な動きを選ぶ能力だ。

 剣がふれあい、絶妙な時間差で、魔力を解放する。


 論剣のアーノンは論理を極めるなかで、才能にも恵まれた。

 論理において彼女は至上なうえで、魔力の覚醒さえ味方した。

 フェリルボスで主席卒業を果たしたのには理由があるのだ。


 彼女はまだ無色の剣気だ。その魔力に属性をもつには至っていない。

 だが、腕力はもう人間のそれではない。


 非力な女から、人間を越えたパワーへと瞬間的に移行する。

 筋肉の弛緩と緊張、その切り替え速度と論剣があわさると魔法が起きる。


(恥かかせてやる)


 アーノンはオウルの剣のうえで、自分の刃を滑るように移動させ、剣先へ力を押し当てた。まるで人間ひとりの腕力が、一気に数倍になったような温度差に、オウルは目を見開いた。当然、気づきが遅すぎる。


 オウルの剣は、明後日の方向へ、ぽーんっと弾き飛ばされてしまうだろう。そして彼は情けない敗北をし、たじたじになるのだ。団長レイニも目を覚ます。


 アーノンの想像のなかでは2秒後の景色まで決まっていた。


 しかし、そうはならなかった。

 なぜなら彼女が相手にしている男はオウル・アイボリーだからだ。


「巻き技、ぁ……」


 ちいさく吐息のような声をもらし、オウルは剣の動きを同調させた。

 アーノンの剣飛ばしの運動の方向性にあわせて、まるで強風のなかの羽毛がごとく、柔らかく力をあわせた。剣は飛ばず。オウルは剣をくるくるまわし、自身も片足を軸に一回転しながら危機的な攻撃をしりぞけた。


 アーノンは心臓が跳ね、体温があがった。

 今までこの手品を初見でかわされたことはなかったのだ。


(適応された? そんなはずがない。初見で反応することはできない。魔力の緩急まで使ってるんだ。団長でも「あっ」って顔して剣飛ばされてたのに)

(すげえ腕力。女の子の力じゃねえわな。なんだよ、魔力使えんのか。非力な女の子がこんあ屈強なやつらのなか頑張っててすごいなって思ったのに)

 

 勝手な先入観を勝手に裏切られたオウルは悪態をつきながら、近距離で剣の打ち合いを受けてたった。

 

 アーノンは剣のことごとくを受け流されてしまう。ありえないことが起きていた。普段は相手の剣をコントロールするのは、アーノンなのに、いまはそんな彼女が自分の剣が自分のものではないような、気色悪い感覚にはまっているのだ。


(だめ! よくない! 仕切り直す!)


 アーノンはオウルの太ももあたりを足蹴にする。

 受け止め、優しく押しかえすオウル。

 今度は横なぎのひと振りを冴えない横っ面へ。


(これは集中不足っと)


 オウルにはわかる。相手の剣の強気と弱気が。アーノンのその一撃は、剣技を破られたことを隠すような、お茶を濁すような、とりあえず一旦距離をとって落ち着きたいような……そんな弱気があった。ゆえに乱れがある。


 オウルはアーノンの剣を受ける。

 アーノンは不気味な手ごたえに襲われた。

 まるで空気と打ち合ってるかのように、まるで抵抗がないのだ。


 それどころか持っていかれる。

 オウルは舐めるように、アーノンの剣の前側から、後ろ側に剣を動かした。

 アーノンの剣を、後ろから小さいスナップでキレよく打つ。

 バチンッ! アーノンの手から木剣がふっとんでいった。


「うし! 綺麗に決まったな」


 オウルはちょっと嬉しそうにうなづく。

 アーノンはそんな彼へ、信じられないものを見る目向けていた。


 彼女は剣の論理を崇拝しているからこそ、気づけるのだ。

 その練度は果てしなく高いことに? 理合の極みをいま体験したことに。


「……参りました」


 アーノンはぼそっとつぶやいて頭をさげた。


「副団長が謝ってるところ初めてみた」

「俺もだ。明日は雪でもふるのか?」

「すごい、アーノン副団長から剣を奪うなんて……」

「どういう理屈だ? なんで副団長は飛ばされたんだ?」

「俺たちは何十回飛ばされても対処できないのに、あのおっさん初見で見切ったっていうのか?」

「んなことどうでもいいんだよ。大事なのはアイボリー殿がすげえ剣術家だってことだろ?」


 ざわめく野次馬たちと拍手のなか、オウルは剣術指南役として受け入れられた。


「うんうん。良い感じ。勝負あり、だよ」

 

 ご機嫌なレイニは腕組みしながら深くうなづいた。






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明けましておめでとうございます

作者のファンタスティック小説家です

今年も作品を執筆投稿していきますので、どうぞよろしくお願いいたします!

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