懸賞金
大きな牛の看板が掲げてある酒場のまえにきた。
ここは先日、みんなでステーキを食べた店だ。飯はかなりうまい。
「くああ~」
「こけっ!」
「んっ、そっちにいるのか?」
ドッゴの導きのままに酒場の横道へ足を運ぶ。
「あっ、オウル先生、よかった、逃げきれたんですね」
路地裏の影にフードを深くかぶった人物がいた。
マントの裾から赤いもふもふがはみだしている。
「尻尾がふわふわしすぎて後ろのほう膨らんでるぞ」
「たしかにちょっとシルエットが不自然かもです」
ラトリスはマントの上からふりふりと尻尾を動かした。
ふくらみがモコモコ動く。
「お怪我ありませんか、オウル先生?」
「兵士の雰囲気はなんとなく掴めた。あれくらいなら大丈夫だ」
「たしかにオウル先生ならあの程度はわけないですね」
「なんで追われてたんだ? なにか盗みでもしたのか?」
「わたしが物を奪うのはレバルデスと同業者たちからだけです。あるところから盗るのがポリシーなので」
「それじゃあ、いったいなにが」
ラトリスは交易所でのゴタゴタを話してくれた。
「はぁ、悪い商人もいたもんだな」
「申し訳ないです、オウル先生。こんな面倒ごとに発展してしまって……」
ブルーコーストは交易で栄えた都市だ。商人ギルドの長である都市長はすなわちもっとも大きな力を持っている存在であり、そこに目をつけられたとなると、かなりまずい状況であると、素人目にみてもわかる。
「気をつけないといけないな」
「メギストスの足跡がまだ定まっていないので、しばらくは潜伏する、ということになるかと。諸々の状況をかえりみても」
「積荷もないしな。いまのリバースカースじゃたいした距離移動できないんだろう?」
魔法使いの羅針盤の指針、船の物資残量、航海資金。
俺たちはブルーコーストでまだやるべきことがある。
いますぐにこの港湾都市を離れることはできない。
「あぁ! ラトリスいたあ!」
叫ばれドキッとする。
ふりかえればクウォンがいた。
「わたしの名前呼ばないでよ、バレたらどうするの?」
「ごめんごめん。オウル先生もいるし、その様子だと無事逃げられた感じ?」
「まあね。そっちは? セツとナツはどこいったの?」
「ふたりはリバースカースに戻ったよ、船が危なくなったらすぐ動かせるようにしておくってさ!」
賢い子たちだ。
「それより見てこれ!」
クウォンは手に握っていた紙切れをずいっと見せてきた。
それは指名手配書のポスターのようだった。
────────────────────
発行元:レバルデス世界貿易会社
WANTED
『もふもふのラトリス』
罪状:海賊行為
DEAD OR ALIVE
【懸賞金】
3000万シルバー
【特徴】
獣人、狐族、赤毛、もふもふ
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デカデカとラトリスの写真が載っている。
かなり幼い容姿をしている。髪が短い。昔の写真だ。
「綺麗に撮れてるな」
「そうじゃなくて! オウル先生、この子、レバルデスに3000万シルバーも懸賞金かけられてるんだよ! いったいどれだけ極悪なことをやったんだか!」
クウォンは非難する眼差しでラトリスを見やる。
「そんなもふもふしてても、すっかり心は悪に染まっちゃったんだ!」
懸賞金3000万シルバーとなると、先日レモール島でしばいた”影の帽子ユーゴラス・ウブラー”の2600万シルバーより高額だ。ってことは、ウブラーよりもっと凶悪な海賊だとレバルデスには思われているということだろうか。
「誤解だってば。わたし別に悪いことしてないもん。あるところから物を盗って、それを市民に還元しただけよ」
「市民に?」
「前々からレバルデスには目をつけられてて、でも、あんまりマークはされてなかったんだ」
ラトリスは孤高の海賊であり、組織的な脅威がなかったことや、船や倉庫を襲っても、そもそも大した量を盗めないことなどから、常習犯であれど、犯行が目立たず、海賊業をはじめてしばらくは脅威扱いはされてなかったらしい。
「ちょっとした事件を起こしたら、気が付いた時には懸賞金をかけられてて……」
「ちょっとした事件?」
「オウル先生、絶対この子がやらかしたのはちょっとじゃないと思う!」
「商人たちは奴隷を買ってきては、こきつかうんです。奴隷たちは貧しいまま、行く当てもなく働くしかない。奴隷だけじゃない。労働者はみんなそうです。1日のほとんどを工場で過ごして、そこで製品をつくらされて、儲かるのはギルドの上澄みだけ。労働者の生活は変わらない。これもレバルデスが作ったシステムなんです。やつらはを人を人と思ってない。だから、レバルデスの倉庫を爆破してやったんです。それで市民を招き入れて、富を分配しました」
ラトリスは自慢げに言い、「まあ、冒険資金を手早く集めるためでもありましたけど」と最後につけ加えた。
「そしたらレバルデスが本気になっちゃって」
「そりゃなるよ! 倉庫を襲ったことがあるって言ってたけど、そういう意味だったんだ! ちょー暴れてるじゃん」
「でも、もう6年くらい前の話だよ? あれが一番おおきい事件だったし、さすがにもう時効でもいいんじゃない? というか暴れてるうんぬんでクウォンに言われたくなんだけど」
ラトリスは海賊ではあるのだが、悪意に傾倒している子ではないと知ってる。素行不良ではあるが、根は良い子なのだ。優しい子なんだ。
でも、正直、3000万という数字には俺も一瞬だけラトリスを疑ってしまった。
今はホットしてる。よかった、高額懸賞金が良心を失った結果じゃなくて。
レバルデスは損失をこうむっただろうが、ラトリスは彼女の信じる正義のためにやったんだ。決して外道を歩んでつけられた懸賞金額ではない。
「しかし、この張り紙があるってことはやっぱり、ラトリスは見る奴が見ればすぐわかっちゃうのかもな」
「そうでもないですよ。市民の多くは海賊の指名手配書なんてたいして見てないですし、なによりそれは古い写真ですし」
ラトリスは言ってポスターをくしゃくしゃにして放り捨てる。
「ん、そういえばドッゴはどこに?」
路地裏で話し込んでいて、ドッゴとコッケがいなくなっていることにまったく気づかなかった。勝手にどこかにいくような子たちではないのだが。
「くぁあ~!」
「こけっ!」
「あっ、帰ってきた」
大通りのほうから舌をだしてはぁはぁ言いながらドッゴが駆けてくる。
しっかりとコッケも頭のうえに鎮座している。
その背後、ドッゴたちに導かれるように青い制服の者がやってくる。
見るからに装備が整っている。剣帯ベルトに剣をさげ、見えるところに短銃を差し、厚手のマントをなびかせて、ブーツで土を湿った路地の石畳みを踏んだ。
「なにしてんだよ、ドッゴ……っ」
「くああ~! くああ~!」
状況から察するにラトリスを追いかけていたやつの仲間である可能性は高い。
青い制服とマントをなびかせるその女の子は整った目鼻をしていた。
静かな表情に紺色の髪が落ち着きをそえる美人だ。
蒼い瞳は俺とラトリスとクウォンに順番に視線をうつした。
「まさかドッゴのほうから見つけてくれるなんて。良い子」
女の子は言って、すぐそばのドッゴの顎を撫でてやる。
ドッゴは気持ちよさそうに目を細め、鼻をふがふが鳴らしている。
「ん?」
薄れた記憶のなかに、目の前の女の子とかさなるものがあった。
既視感。変化した容姿のなかに、あの頃の面影を見出し、ハッとする。
覚えてる。あの子だ。
アイボリー道場に通ってた寡黙な女の子だ。
「やっぱり、生きてた、オウル先生」
「レイニ、なのか?」
「うん、よかった、覚えててくれた」
青い制服の女の子──道場の組手において、インチキ、ルール違反などと散々言われていた問題児・飛剣のレイニはむふーっと満足げに笑んだ。
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