火薬神父ギーデック・フランシスコ

 リバースカース号のまわりにぞろぞろと白い制服たちが集まってきた。

 皆、屈強だ。身体がおおきい。暴力を生業にしている者の香りがする。

 でも、見るからに海賊ではない。そんな風体ではない。

 都市治安維持隊にも見えなくはないが、それも少しちがう。


 前のふたりは特に雰囲気が感じがちがう。

 服装がほかの制服どもと違ってアレンジされてる。


 片方はもっとも体格がデカく、丸メガネをかけ、髪は短髪している。首からは十字架のついたネックレスをしてる。中年。俺と同じくらいにみえるが、体格が向こうのほうが遥かにデカく、エネルギッシュにみえる。俺も別にやせ細のつもりはないのだが、比べると自分がくたびれて見える。

 注目するべきは彼が担いでいる長斧だろう。すごい得物だ。まるで処刑台で海賊の首をおとす処刑人みたいではないか。ほかにも何やら物騒な火器がコートの内側に見え隠れしているが……。宗教家にしてはずいぶん暴力的な香りを漂わせている。

 

 もうひとりは顔にタトゥーの入った黒髪の長髪だ。髪の毛がわかめみたいに伸びきってて不気味な印象を受ける。こちらもずいぶんなマッチョだ。年齢は若くみえる。こっちは前者の暴力的な宗教家とくらべて、剣も銃もみえるかぎりでは携帯していない。ただ、不思議なもので、なにも持っていないからといって、このタトゥーの男が平和主義者じゃないことは伝わってしまうんだ。


「あんたら何者だ?」


 俺はタラップを降りながら声をかけた。

 後ろの男たちが長銃で狙いをつけてくる。

 

「落ち着けよ、そんなカッカするなって」


 俺は軽く手をあげ、争いは好まない姿勢をしめす。


「いきなりやってきて銃を向けるとかなんのつもり! 失礼なやつは絶滅させるのがうち等の流儀だから、さっさとソレおろしたほうが良いよ!」


 クウォンは声を荒げたが、相手方は恐がってる様子はない。

 

「お前が無双のクウォンか。まだ生娘じゃねえか。船長からは危険人物だと聞いているが、はっ、見たところたいそうな怪我をしているようだな」

「ははははっ、威勢だけは良いが、すこし自分の状況をかえりみたらどうなんだ」


 制服の男たちがゲラゲラと笑い、互いを見合った。


「俺たちはレバルデス世界貿易会社治安維持部のものだ」


 タトゥーの男はつぶやき、舐めるような視線で俺とクウォンを見てくる。

 

「海賊狩りと名乗ったほうがわかりやすいだろう。抵抗するなら戦闘状態に突入したのち、お前たちを手段を問わず無力化する、海賊」

「はっはっは、あぁ、どこもかしこも海賊ばかりだぁ」


 タトゥーの男を差し置いて、メガネの男は一歩前へ出てきた。

 丸いレンズの奥、その瞳はもうこのあとの状況を選んでいるように見えた。


「俺たちはなぁ、お前たちみてえな海のカスどもを掃除しなくちゃいけねえ。それが世のため人のためだ。でもよ、カスにだってカスなりに言い分がある。素直にお縄につくこたないんだろう? じゃあ、死ぬしかねえよなぁ?」

「俺たちは何の罪で捕まるんだ? 令状とか、そういうの必要ないのか?」


 そもそも、貿易会社に逮捕だのなんだのする能力あるのかな。


「海賊にいちいちそんなもん必要ねえんだよ。リバースカース号、そいつぁ”もふもふのラトリス”の船だ。そこに荷物積んでるてめえらは仲間ってわけだ。よし、証拠十分、連行されるか、抵抗して死ぬか選んでいいぞ」

「オウル先生、ぶっ倒すしかないよ! レバルデスの海賊狩りは海賊に容赦ないことで有名なんだ! 会話なんかできやしないよ!」


 無法者には鉄槌をあたえるのは理解一致ではある。俺も全力な民衆だったころは犯罪者に厳しくぶつかってほしいと思ったものだった。理不尽なくらいでもな。

 じゃないと正義は務まらない。頭ではわかる道理だ。

 いまはその理不尽な正義の矛先が俺に向いてる。


「海賊になった以上、しゃーないか」


 これが自由と冒険の代償というわけだ。ならばこっちはこっちで自分たちの航路を力で切り開くほかあるまい。俺は肩をすくめ、腰の刀に手を伸ばした。



 ──ギーデック・フランシスコの視点



 ”火薬神父ギーデック・フランシスコ”は容赦のない海賊狩りだ。

 敬虔な聖職者は悪を討つために、治安維持部執行科の身をおき、海賊を滅ぼすために武器をとった。実際のところ、前職よりこっちのほうが向いていた。


 オウルは刀を抜き、クウォンは「よっしゃ!」と言ってクレイモアを片手で豪快にぬいて肩にかついだ。

 

 照準をすでにあわせていた長銃隊が一斉にひきがねを引いた。

 海賊が武器を手にする。それは抵抗の証だ。

 その瞬間、彼らは殺しのライセンスを付与されるのだ。


「いいぜいいぜ、そうこないとなぁ」


 ギーデックは丸メガネの位置をなおし、口が横に裂けるくらいの笑みを深め、三日月のように白い歯をのぞかせた。


「オブシディアン、俺に”無双”をやらせろ」

「いいだろう。だが、こっちが片付いたら加勢する」


 相棒とのごく短いやりとりを終え、戦力の配分が決まった。もっとも長髪の男オブシディアンはこのギーデックという戦闘狂をよく知っていたため、どうせ名のあるところを獲りにいきたがるのはわかりきっていた。なので無駄な議論はしない。


(シャルロッテ様からはふたりでかかるように言われたが、まぁいい)


 放たれた銃弾の弾幕を、クウォンは潜るように素早く動いてかわし、オウルはこそっと埠頭に並んでいる積荷の影に隠れてやりすごす。


 突っ込んできたオウルを迎え撃つのはギーデックだ。体格差はもはや大人と赤子だ。上から押さえつけるだけでクウォンが潰れてしまいそうである。

 

「ぶるぅぅぅぅらぁあああああ────ッ!」


 ギーデックはレンズを白光りさせ、咆哮をあげると、担いでいた長斧を片手でふりあげ、走りこんでくるクウォン目掛けて叩きつけた。

 小娘はすいっとかわす。身軽な動きで。分厚い斧の刃が地面をたたき、火花がバチンッと明るく輝き、コンクリートの破片が飛び散った。


 クウォンのクレイモアでその横っ面をぶっ叩こうとする。


 ギーデックのもう片方の手に剣が握られているのが見えた。分厚い身体とはためくコートで視認しづらい角度を実現している。ギーデックは隙をさらす攻撃で後の先を誘い、もう片方の剣で誘いに乗ってきた実力者を狩ろうとしたのだ。


 隙を生じぬ二段構え。逆手にもった剣が空を斬った。クウォンはクレイモアをぎゅっと握り、ふりかぶりをとめて、おとなしく回避していた。


 すこし距離をとると、ギーデックは追撃してきた。

 地を蹴り、長斧を凄まじい腕力でもって、片手で水平に薙ぎ払う。

 これも見切って避けるクウォン。大振りの攻撃だ。ここなら攻撃をかえせるだろう。そう思って踏み込もうとした次の瞬間、発火が起こった。


 硝煙の香りと、耳をつんざくような破裂音。水平に薙ぎ払われた長斧の頭から火が噴いて、通常ではありえないタイミングで推進力の加算を得た。ギーデックはコマのようにもう一回しつつ、深く踏み込み、おかわり回転斬りで、クウォンの細い腰をまっぷたつにしようと恐ろしい処刑道具をぶんまわした。


 数々の海賊に後悔と恐怖を刻んできた火薬神父のとまらぬ猛攻。

 暴力と計算がくりだす死の舞踏が旋風をまとって致命を描く。


「あっぶないことばっかして!」


 クウォンは背後へ飛びのいて、張り巡らされた罠を回避しきった。

 と、思った瞬間、ギーデックが腕を伸ばして、懐から散弾銃を取りだしたのが見えた。バレルを切り詰めたコンパクトなサイズのそれは、コートの内側に隠すのに最適だ。そして、危ない攻撃をおおきく後ろへ避けた相手にたいしても有効だ。


(斧の薙ぎ払いは前後の回避を要求し、銃弾の回避は左右の回避を要求する!)


「ぶち千切れろォ、ライップン!」


 引き金がひかれ、無数の鉛玉が放たれた。

 あっさりとステップひとつでかわすクウォン。

 常軌を逸した反応速度、それに耐える肉体強度。

 思わずギーデックの喉から「ぁぁぁ──っ」と絞りだしたような声が漏れた。


(さすがはシャルロッテ様に警戒をうながされる獲物だぁ。タフな狩りになる)


 ギーデックは散弾銃をストンッと手放す。

 狂気的に見開かれた瞳の裏では、装備と継続戦闘能力の勘定が行われている。


(短銃が4丁、スキャッターが7丁、燃焼加速剤が3つと8つ。問題はない、十分に動きをとらえられるはずだぁ)


「あんた面白い武器使ってるね! そんなの内陸じゃ見たことないや!」

「そいつはそうだろう、レバルデスの特権だぁ」


 クウォンは目をキラキラさせ、彼の機能搭載武器に興味をしめしていた。


 火薬神父の戦いはいつだって苛烈で容赦がない。

 恵まれた体躯から放たれる剛力、鉄塊のごとき斧術、火薬による暴力的加速、使い捨て散弾銃、癖の強すぎる扱いの難しい武器の隙を補うことを重視したミクロとマクロにおいて充実した戦闘スタイル。そのすべてが狩りに効果的だ。


 強烈な爆発は海賊を委縮させ、断罪の斧は狩人に血の喜びを覚えさせた。

 多くの海賊が彼の手によって狩猟されてきた。しかし、今回の獲物はちがった。


「ちょこまかぁとぉ~! しゃらくせえ!」

「とう! やぁ! ていっ!」


 隙を埋める剣も、断罪の斧も、火薬も、散弾も、ひとつとして届かない。


「ぁぁ! 匂い立つなぁ、こいつは良ィイ獲物、だぁ……!」

「に、匂う? 私、ちゃんとお風呂はいってるから!」


 クウォンはくんくんっと「匂ってないよね?」と心配そうにする。

 ギーデックは最後の散弾銃を放り捨てて、斧の頭部分の機構を作動させた。分厚い刃の背中からマガジンが排出され、ぷしゅーっと蒸気が溢れでる。複数回の燃焼加速により、機構は放熱と加速剤のリロードを必要になってしまったのだ。


「お前ほどの強者は初めてだ」

「そうでしょ、私、ちょー強いから!」

「”無双のクウォン”。噂を聞いた。救国の英雄だとか?」

「ん、ふふん、もしや知られちゃってたかな? やっぱり私って有名人?」


 得意げに胸をはるクウォン。


「あぁ、シャルロッテ様から聞いてる。別に有名人じゃねえと思うがな。海にはてめえなんかの知らない大物がいくらでもいる」


 会話で引き伸ばし、ギーデックは斧の機構へ火薬をねじこむ。


「へえ! それは楽しみだね! 強い奴を倒すために海に出てきたようなもんだし、ふふふ、わくわくしてきたや!」

「マジで言ってんのか? そんな理由で海賊に? 英雄扱いされるなら、もっと良い暮らしなんかいくらでもあっただろうが」

「でも、強いやつと戦って勝つほうが楽しいから! それで有名になることのほうがずっと面白いよ! みんなに褒めてもらえるもん! アイボリー剣術の凄さを世にとどろかせることができるしね!」

「はは……そうかそうか、そんなんで海に出てるなんて、イカれたやつだ」

「そういうあんたこそ。なんで私たちを倒すの」

「海賊だからだ。海賊はみんなぶっ殺す。そういう仕事さ」

「ふーん、でも、危ないでしょ? このあとあんたは私にぶっ飛ばされちゃうんだし、痛いし、怪我もするよ?」

「強気な小娘だなぁ。俺は平和が好きなんだぁ。平和のためには海賊を殺すしかない。海賊を駆逐するには、祈りより火薬のほうが役にたつのさぁ」

「ふーん、なんだか辛そう、もっと楽しく生きればいいのに!」


 クウォンは理解に苦しむという風に言う。

 ギーデックは眉間にしわを寄せた。


「おしゃべりはここまでだ」

「準備はもういいんだ? じゃあやろっか!」

「わざと俺の時間を与えたとでも? おもしれえ」

「うん! だいたい楽しめからもうそろそろいいかなってね!」


 クウォンはクレイモアを担いで、にひーっと笑みを浮かべた。


「覚悟しておいたほうがいいよ、今から殴るからさ!」

「覚醒者なんだろ。聞いてるさぁ。試そうぜ、魔力と火薬、どっちが強ええか」


 再装填が完了し、いざ仕切りなおさんとギーデックは長斧を両手持ちに切り替えて、一気に踏み込み、おおきく薙ぎ払わんとする。再び機構が火を吹き、ギーデックの剛腕でぶん回される処刑道具に大きな加速をくわえた。


「いいよ、向こうも終わったみたいだし」


 薙ぎ払う斧へクレイモアが正面から叩きつけられた。

 斧の柄が砕けて折れた。目を見開くギーデック。


 ギーデックが両手で握り叩きつけた長斧が、クウォンが片手で衝突させたクレイモアに負けたのだ。クウォンはなんでもないと言う風に、返す刃でギーデックの脳天へその重たい剣腹を叩きつけた。


「ていやーっ!」


 ゴーン! っと重たい音が響いた。

 丸メガネが割れ、ギーデックは地面にたたきつけられる。

 

「ごはぁっ!?」


 地面に顔面をぶつけ、失いかけた意識をかろうじて保つ。

 だが、ダメージは甚大だ。風前の灯のごとく揺れる視界をこれ以上維持できない。


「ぁ、ぁう、ぁりぇ、ね……馬鹿げて、やがる……っ」


 ギーデックの心中に湧いたのは”化け物”だ。

 化け物が可愛い皮をかぶってる。

 この感覚を彼は知っていた。

 シャルロッテと手合わせした時と似ている。

 越えられない絶対的な実力差をみせられてしまったあの戦いと同じなのだ。


「ごほっ、待て、俺は……ま、だ……」

「はい、私の勝ちねー! 無双のクウォンとアイボリー剣術に負けたってことちゃんと忘れないでね!」


 元気な声で言って、クレイモアを担ぐ少女。敗者は薄れゆく意識のなかで、上司に謝罪しつつ、その背中を見送ることしかできなかった。

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