黒曜石の魔法使いオブシディアン

 目がキマっちゃてるメガネのほうにはクウォンが向かってくれた。まわりの長銃隊もあっちに意識が向かってるみたいだ。俺が対処するのはこっちのタトゥーの男のほうでいいだろう。


 半顔を幾何学的な模様でおおってる過激な思想とかもってそうな男だ。

 メガネのほうほどじゃじゃないが、こっちも筋肉モリモリだ。


「俺たちはたしかに海賊だが、船長は金持ちからしか盗まないってポリシーをもってる。先日は人助けもした。そこらへんどうにか評価してもらえたりしないのか?」

「問答は必要ない」


 タトゥーの男は肩と首をまわし、手のなかに黒い石の棍棒をつくりだした。

 光沢があり、艶々した黒い石だ。尖ってる部分も多く殴られたらかなり痛そうだ。


「これは黒曜石。俺の意志であり、海賊を狩る誇りの輝きだ」

「言ってること意味わかんねえけど、とにかくそれで人を叩くのはおすすめしない。年長者からの助言な」


 タトゥーの男はまっすぐ殴りかかってくる。振りおろされる黒曜石の棍棒を避けると、いましがたいた地面が蜘蛛の巣状にべきべきッと割れていく。反応速度も達者なようで、地面を打った棍棒は避けた俺へ、跳ねあがるように追撃してくる。


 魔力に覚醒してるな。それどころか魔法使いだろう。

 パワーも速さもある。卓越した戦士だ。


「魔法はいつ相手にしてもドキドキするな」


 追撃を刀でいなす。棍棒を受け流し、生まれた隙へ肩関節を峰打ちした。

 棍棒をもっていた腕がぷらーんっと揺れる。

 男は俺を蹴りこんでくるが、相手が足を上げる前にそれを踏みつけて、逆にこっちが押しやってやる。タトゥーの男はバランスを崩し、たたらを踏んで後退した。


 パワーも速さもあっちが上だ。でも、相手には節約志向がない。動きの節約志向とは、限りある運動能力をいかに効率的に運用するかの思想だ。


 その一点において、俺はこの肉体派魔法使いを上回っている。


 男は「貴様……只者ではないな」と険しい表情でこぼした。


「多少は剣術をかじってるさ」

「多少? ふん。ラトリスは強力な傭兵を仲間に加えたか」


 タトゥーの男は肩関節をハメなおし、上着を脱ぎ去った。

 ムキムキの上半身があられもなく晒される。その半身には顔面の半分に掘られているタトゥーと同じような幾何学的な黒い模様が刻まれていた。


「海賊、お前に多少の敬意をはらってやる」

「裸体を見せることが敬意? あぁ……けっこう変わってるんだな」

「俺は第一級魔法使いオブシディアン。名乗れ、海賊」


 どうやら彼はこれを決闘と扱うことにしたようだ。


「アイボリー剣術のオウル・アイボリー。特に肩書きとかはない」

「よかろう、アイボリー。俺はいまからお前を殺す。いま降伏するのなら命は助けてやる。長い時間を牢獄で過ごすだろうが、生きてまた出てくることもできるかもしれない。これがオブシディアンの見せる最大の優しさだ」

「お前、友達にあんまり優しくないって言われないか?」


 タトゥーの男──オブシディアンは黒い棍棒を地面に突き刺した。

 俺の足元から黒曜石の槍が突きあげてくる。前へ転がりながら避け、転がる勢いを殺さずに斬りかかる。

 オブシディアンは片腕を黒曜石で覆い尽くすように纏うと、俺の刀を受け止めてきた。刀がちょっと歪んだを感じる。これだから魔法使いと戦うのは好きじゃない。


 俺は硬い黒曜石の鎧のうえを滑らせて、液体のような剣技でもって、オブシディアンの横顔を切っ先で斬りつける。頬と耳がピッと斬れ、鮮血が飛散する。

 片足を軸にした円運動で、彼の側方にまわる。ラリアットみたいにふられる剛腕に刀の背中で受けつつ、そこでパワーをいただき、押してもらった分の勢いを殺さず、端正な顔立ちを顎下から柄の尻で打ちあげた。


 フラつく身体。このまま気絶しそうだが、ダメ押しをしておこう。

 倒れる前にたくましいの腕をとり、足をはらって背負い投げて地に打ちつける。

 筋骨隆々の肉体はピクリとも動かなくなった。これで良い。


 魔法を使う怪物はブラックカース島じゃ珍しくなかったが、人間の魔法使いとははじめて戦った。思ったよりやれるもんだ。島での経験が活きたのかな?


 周囲を見渡して、海賊狩りたちが全滅しているのを確認する。

 流石は”無双”。俺がひとり倒す間にみんなやってしまったみたいだ。


「オウル先生! あいつ面白い武器持ってたよ! 火薬と仕掛けの武器!」

「それよりクウォン、ラトリスのことが気になるんだが」


 王国海軍のレイニがいるのにレバルデスの海賊狩りたちが基地の埠頭にいることがおかしいのである。ラトリスのほうもトラブルになってる可能性がある。


 俺とクウォンが本棟のほうへ向かうとすぐに争いの音が聞こえてきた。


 埠頭を蒼い稲光が駆けぬける。

 なにかの冗談かと思うほどの瞬間での移動距離と速さ。

 俺は目を見開き、輝く刃がもふもふ少女へ襲いかかるのを目撃した。

 地を焦がす熱き刃はそれを打ちかえすように振りぬかれる。


 ゴン! 激しい衝突音が響きわたった。

 属性を抱くほどに練りあげられた剣気の衝突は、その刃が衝突するだけで地に亀裂を走らせ、埠頭に停泊する艦船を激しく揺らし、風を吹き荒れさせた。


 高密度の魔力が拮抗し、刃が振れない鍔迫り合いがわずかな時間つづいたのち、雷光を宿すハンティングソードと灼熱を纏うブロードソードは、双方が勢いよく反発する磁石のように、衝突点から真反対にふっとんだ。


「うわあ!」


 バランスを大きく崩したのはラトリスのほうだった。

 向こうは……弾けた衝撃をうまく受け止め、体勢を保ち、すぐさま追撃してくる。

 俺は走りだし、ラトリスへ襲いかかる迅速の剣を、刀で受け流した。


 あまりに速く突っ込んでくるものだから、俺の跳ね返しも高い効果を発揮した。神速でせまっていた彼女は、明後日の方向へびゅーんっとふっとんでいった。

 並ぶ戦列艦一隻分以上は吹っ飛んだだろうか。俺のパリィは相手の出力が高いほど、その反撃の作用も大きくなるが……対人でここまでの運動力を跳ねかえしたのは久しぶりだ。


「あっ、オウル先生! 助けてくれたんですか!?」

 

 ラトリスは尻尾をパタパタさせて、目を輝かせてくる。

 利き腕を負傷しているほか、全身、切り傷でボロボロだ。

 ここまで相当、頑張っていたようだ。


「もう大丈夫だ、ラトリス」


 俺は彼女のもふもふの耳をゆっくり撫でて、いましがた剣撃を跳ね返してはじき飛ばした少女へ向き直った。


 金色の髪、お人形さんみたいな透き通った碧眼、パチパチしてる長いまつげ。

 道場のなかで浮くくらいに品があり、そして剣の腕も異彩を放っていた。

 彼女は幽霊でもみるような驚愕した眼差しでこちらをみてきていた。

 その服装、そうか、君は海賊狩りになったんだな。


「オウル……先生……?」

「大きくなったな、シャルロッテ」


 俺は刀の切っ先をおろし、努めて穏やかな笑顔をつくって教え子の名を呼んだ。

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