弟子が海賊狩りになってた
シャルロッテ、姿は変わったが、面影が十分にある。間違いなくあの子だ。容姿だけじゃない。彼女の剣気もずいぶん懐かしい。
この子は島で悪さをする者には容赦しなかった。腹が空いたらほかの子のご飯を盗んだり、漁師の魚をくすねる悪い子にはよく正義を執行していた。その悪い子というのは大抵の場合ラトリスだったので、ふたりはよく対立していた。
ラトリスとシャルロッテがぶつかっている構図はかつては幾度となく見たものだったが、10年ぶりに見た彼女たちの衝突は、俺のことを動揺させていた。
「そんな……どうして……」
シャルロッテは剣先をおろし、絶句した表情を浮かべていた。
「先生は死んだはずです、あの島で」
「馴染みの故郷だ。取り残されたって意外と大丈夫だったんだ」
俺はラトリスを見やる。半眼になって得意げな顔をする彼女。
「ラトリスに助けられてな。つい最近のことだよ。いまは彼女の船で旅をしてる。クウォンもいっしょにな」
シャルロッテはチラッと視線を横にやり、クレイモアを地に突き立てているクウォンを見やる。クウォンは油断ない顔でシャルロッテのほうを見つめている。
「……それでは、
「そういうわけだ。おかげで寂しかった。でも、最近は外でみんな元気にやってるってわかって嬉しいよ。ラトリスも、クウォンも、レイニだった。それにシャルロッテも。いろいろ大変だったって話は聞いてるぞ」
できるだけあの時の口調と変わらないように接する。
「大変なことはたくさんありました」
どういう風にこの子と話してたっけと考えながら。
埃被った思い出を掘り起こしながら。
「狭い世界から外へでて、多くを知りました。この海は呪いで穿たれている。絶望の穴が空いているんです────」
俺が言葉を選んでいるのは、この子が恐かったからだ。
さっき剣を交えた。剣は心だ。その練度を高めるほど、刃には明瞭に剣士の意志がのる。さっきのあの太刀筋……シャルロッテはラトリスを斬るつもりだった。
「怪物は脅威を増し、海賊がその勢力を高め、航路は分断されて、ようやく繋がれた世界が孤立していく────」
恐ろしいと感じたのだ。
海賊狩りであることもそうだ。
きっとこの子は変わっているのだろう。
そんな予感があった。だから繕う。失わないように。
シャルロッテは深く息を吸い「ふぅ、はぁぁ」と、長く呼吸をはいた。
「オウル先生、私は現在、レバルデス世界貿易会社にて同社の利益ならびに世界秩序を守る立場にあります」
「すごい会社で働いてるんだな。その制服、よく似合ってる。海賊を倒して海の平和を守っている。そうだろう? 話は聞いてるよ。すごく重要な仕事だよな」
「はい、その通り、とても重要なことです」
「シャルロッテらしいよ」
「秩序を守る大切さ。弱きを守る心。正義も慈悲も、私はあなたから学びました」
島では俺と義父は剣をつかえて、腕っぷしがあったから、個人間の紛争、喧嘩、そのほかトラブルがあれば仲裁したし、裁判みたいなことをして解決する場合は、意見を求められることも多かった。彼女はあの時の俺を覚えてくれているのだろう。
「秩序はたしかに大事だ。みんなで気持ちよく暮らすためにな。ところで、優しさの面で言うと、幼馴染のラトリスにここまですることはないんじゃないか?」
「これも優しさです。その子だけは私が手をくだします」
「あぁー……ラトリスのことマジで捕まえるつもりなのか?」
「その子は数多くの法を犯しています。レバルデスの利益をおおきく損なわせました。なにより海の平和を守るためには海賊は駆逐しないといけません」
シャルロッテは冷ややかな眼差しで見てくると、その優美で処断をためらわない刃をゆっくりと構える。
「オウル先生、あなたも海賊に身を堕としたのですか。否定するのなら……私からオウル先生への拘束ならびに制圧の執行義務はありません」
これは……否定したほうがいいんだろうか。
「わかった、俺は海賊じゃない」
「え!? ちょ、オウル先生!?」
俺に失望したような声が背後から聞こえてきた。
後ろのラトリスがどんな顔しているのか振り返ってみれない。
「そうですか。よかったです。では、大人しく捕まるつもりがないラトリスを制圧するので、そこをどいてくださいますか」
「ここで俺がどかなかったら、どうなるんだ?」
「海賊逃走補助は威力執行妨害にあたります」
「もっと簡単に言うと?」
「先生も拘束します。そして、抵抗するのなら……制圧します」
うーん、上手いこと言葉遊びでかいくぐれないかと思ったが、これは無理そうだな。言葉の節々から厳粛な態度がうかがえる。シャルロッテはもはや故郷の仲間だとか、同門のよしみとかで助けてはくれなそうだ。
「なあ、シャルロッテ、ラトリスは確かに素行は悪いが、外道じゃないことは知ってるだろ? もちろん、泥棒は悪いことさ。でも、俺も海に出たから知ってる。あーなんだっけ、そう、ベンデッドや、ユーゴラス・ウブラーとか、その配下の悪いやつらを見てきたが、あんな海賊たちといっしょにはできないはずだ」
「できます。海賊ですから。海賊は百害あって一利なしです」
「こんなにもふもふなのにか?」
「もふもふでもダメです」
「わかった、それじゃあ、こうはどうだ。俺たちはいまメギストスっていう、クソ悪い魔法使いを懲らしめるために海を渡ってるんだ。こいつはな、俺たちの島を呪った諸悪の根源で、ほかにも暗黒の秘宝をつくりだしてばら撒いたり、怪物を凶暴化させたり、とにかくやべえやつなんだ。俺たちじゃないと止められない」
俺は身振り手振りでどうにかラトリスの正義を訴える。あと俺の正義も。
「では、その危険人物メギストスのことはレバルデスで対応します。持っている情報を開示してください。あと先生たちにしか止められない理由も」
「えーっと、それはぁ……」
「オウル先生、羅針盤のことはあの裏切り者に言っちゃだめです。どうせ寄越せとかいってきます。リバースカース号も奪おうとしてるんです。どっちが泥棒なんだか」
ひそひそ声で俺の耳元に語りかけてくるラトリスの声は嫌悪感にまみれていた。
「極悪狐、先生をたぶらかすのはやめてください。迷惑ですよ」
苛立ちげに言うシャルロッテに「たぶらかしてないわよ、裏切り者」と、ラトリスはすげなく返す。
「先生はやはりお優しいですね」
シャルロッテは穏やかな声でいった。目元は悲しげだ。
「かつてと変わらない。私たちはあなたにみんな助けられました。ラトリスのようなクズにも手を差し伸べています」
「クズはそっちよ、この裏切り者」
「どっちが……。アウトローの素質があるからと、あれだけ警告・忠告・助言をしたのに、私の期待を裏切って、海賊をつづけて、ついには大犯罪の数々、とどまるところを知らない無法者になりさがりましたよね」
「なりさがってるのはどっちだって言ってんのよ。レバルデスはあんたが信じてるような正義でもなんでもないってのに」
ラトリスは島を出る前に言っていた。レバルデス世界貿易会社の商人たちが島民を奴隷として売り払ったと。みんな離れ離れになったのはそのせいだと。
「奴隷取引なんて事実は存在しませんよ、ラトリス。陰謀論で先生に誤った認識を植え付けるのはやめてください。彼らは公正な取引をしただけです。財がないなかで、自分たちがだせる価値で生活を買った。それだけです」
「その結果が使い捨てられるように労働させられること? うるさいからって船底に押し込められた年寄りたちは夜に海へ捨てられたのよ?」
「あなたの妄想でしょう。私はレバルデスのおかげで教育、保護を受け、仕事までもらえました。商人だってやさしくしてくれました」
「それはあんたが美人で、可愛いかったからよ! レアケース!」
「なんと言おうとレバルデスだけが正義であり秩序です。大陸を繋ぎ、島々を繋ぎ、航路を確立し、港を建設し、交易で世界中の人間の生活を豊かにし、治安維持もおこなう。呪いに穿たれ乱れる世を正せるのはレバルデスの巨大な正義の鉄槌だけ。なんでそれがわからないのですか。あなたたち海賊はレバルデスがようやく繋いできた秩序と発展を荒らす害悪でしかない……っ、呪いに真に打ち勝つためにレバルデスにはできることがたくさんあるのに、それの邪魔をしているのも海賊です!」
シャルロッテはビシャリと言い放ち、ラトリスを指差した。
「先生、その危険人物と一緒にいてはいけません。いまなら引きかえせます」
海賊を糾弾する指先はくるりとかえされ、俺へ差し伸べられる手にかわる。
ラトリスは俺の腕をひっぱって「先生は渡さない」とかえす。
「オウル先生なら知ってるはず、いつだってルール、ルール、ルール言って、頭が固いのなんの。自分で考えるのが苦手だから、賢いふりして本当は馬鹿なんです。そもそも海賊の大半はレバルデスの船の水夫たちですし、もっと水夫を大事にしてれば海賊なんて増えないのに、自分たちで自分たちの首を絞めてるだけなんです」
ふたりの言い合いは終着点を探すのがとても難しいように思えた。
少なくともヒートアップした状態ではとてもとても……。
「海賊は悪党ばっかだけど、悪いやつばかりじゃない。レバルデスだって同じよ。良いことしかしてないと本当に信じてるのなら、もうあんたは救いようがない妄想癖があるとしか思えないわ」
「海賊風情がなにを言おうと響きませんよ。他人のものを盗まない。暴力をふるわない。脅迫をしない。普通のことを、普通に守ってから意見してください」
「オウル先生、この裏切り者は頭が馬鹿になってます、手遅れすぎます」
「先生、その極悪狐はここで狩ります。それが世のためです。どいてください」
俺は首を横にふる。
「シャルロッテ、悪いが、ここはどけない」
「先生……」
「世のためよりラトリスのために、俺の剣はあるんだ……あとクウォンの剣もな」
俺の隣にクウォンが踊るように並び、クレイモアを肩に担いでみせた。
「はぁ…………残念です」
剣気が鋭くなっていく。地が焦げ、力の波動が湧きだす。
10年前の時点でワンチャン負けそうなくらい強かったけど……いまの彼女、見るだけでわかる、何段階も進化している。正直に言うと勝てるかわかんない。
「俺もだよ」
ちいさく息を吐き、俺は刀を握る手に力をこめた。
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