正潮流と破潮
クウォンは「本当にシャルロッテとやるの?」と、いまだ煮え切らない様子でたずねてくる。
「わたしは見逃してやってもいいけど、向こうがその気なんだからやるしかないわ」
「ラトリスは態度が悪いから説得できないんだよ。私が試してみる!」
「あんたじゃ絶対無理だと思う」
ラトリスが半眼になって首を横に振るが、クウォンは「やってみないとわからないよ!」と、意気揚々とシャルロッテへ向き直った。
「なんか話してたけど、結局、喧嘩ってことだよね?」
「クウォン、もう話は終わりです」
「待ってよ! あたしとも話そ?」
「あなたと話すと疲れるからあんまり話したくないです」
「じゃあ、勝手に語りかけるよ!」
「……」
「言い分はわかんなくないけどさ、ボコボコにしたなら、ラトリスのこともう許してあげなよ! 気も晴れたでしょ? こんなにもふもふなのに可哀想だと思わないの? あたしたち久しぶりに会った幼馴染なんだからさ、もっと仲良くしようよ!」
「そういう話じゃないです」
シャルロッテの顔に明確な不快感が浮かぶ。クウォンのこと苦手そうだ。
「あっ! そうだ! シャルロッテもリバースカースに乗ればいいよ! みんなで船旅するのにすっごく楽しいんだよ! あの船、すごい魔法がいっぱいあってさ!」
トンッと軽い跳躍、シャルロッテが動いた。クウォンとはマジで話をするつもりがないらしい。あるいは彼女を排除するタイミングはここしかないと思ったか。
蒼雷が空気を焦がすと同時に、それは目にもとまらぬ速さで斬りこんでくる。
クウォンがバコーンッ! と弾かれた。問答無用を行動で示す姿勢はかわらない。可哀想なクウォン。衝突音で刃で受けれたとわかるので、無事だとは思うが……こりゃとんでもない。膂力の化身たるクウォンがぶっとばされてしまっている。
速度の重さだ。
なんたる英雄の剣。
何十年修行してもマネできまい。
遅れて衝撃波がついてくる。シャルロッテが生物の限界を超えた速さで動いたせいだ。その突風にすでに吹っ飛ばされそうになるが、腹にぐっと力を入れ、重心を落とし、足腰しっかり、よし耐えられた。
俺のすぐ隣、クウォンがいましがた立ってた位置、ハンティングソードを振りぬき終わった姿勢で、彼女の碧眼と視線を交差させる。
間合いをとることはできない。俺の足より彼女のほうが300倍は速いだろう。
この場で受ける覚悟を決め、骨で大地を掴む。
振りぬかれる蒼雷一閃。ちゃんと斬るつもりの剣だ。
俺は受け流し、シャルロッテの体幹を崩させながら、斬りかえそうとする。
初撃と感触がちがった。力の方向が逃がされている。よって体幹が崩れない。隙が十分ではなく、対応されて、蒼雷纏う刃が切り返しでせまってくる。
ちゃんとしてる。俺を剣を知っているうえで、どうすれば良いかも知っている。
この子には俺の剣はバレてる。
俺の剣は受け流すこと前提の理合の剣だ。
それへの解答は同じくアイボリーの剣術にある。自分の体幹と相談して、俺が彼女の攻撃を受け流しても、跳ね返しても、崩れないように余力を残してる。
相手の攻撃をいなして、隙をつくって反撃する。
どこまでも基礎でしかない。意外性はない。
やってることはいつも同じ。それしかできない。
だから、負ける気がしたんだ。
だって教え子たちは同じ技術をみんな持っているんだ。
そのうえで彼女たちは天才なものだから、俺を軽々越えていく。
シャルロッテの迅速の剣を受け流し、彼女が剣を手元に引き寄せるタイミングで、俺も剣を押してやる。最初の受け流しで崩れ切らなかった相手を崩す二段目の技──それが『引き潮』。これでどうにか崩れろ。
シャルロッテの剣をあらぬ方向へバンッ! と押してやった。
でも、彼女の体幹は崩れない。それどころか俺の剣が受け流されてる。
彼女のハンティングソードはまるで羽毛のようだ。押したら、その分だけ奥へいく。結果、俺のほうが崩れかかってる。
「あっ」
「引き潮、おかえしします」
前へ行きすぎた体幹を戻すタイミングで、俺が押していたシャルロッテの剣が、勢いよく戻ってくる。俺は力の方向を前後を横へ逃がす。約束を破るような姑息な手段だ。「うぅ、先生、引き潮で勝負しようって言ったのに……!」まだ幼かったシャルロッテに泣きながら俺を糾弾したことがあったな、とかふと思い出した。
真面目なシャルロッテは眉根をひそめ、しかし、理合を諦めない。
なるほど、意地でもアイボリー剣術で俺を倒そうとしているようだ。
理合とは剣と剣が触れ合っている状態で、動きたい方向を制御することだ。
シンプルに言えば力のコントロール、アイボリー剣術のすべてだ。
運動能力でも腕力でも勝てるわけないが、理合ではまだ勝負できる。
手元の速度でもギリギリ負けてはいない。
と、思ったのも束の間。彼女の剣と意志を象徴するような蒼雷をまとう剣撃が、飛び跳ねるように加速して、俺の手首をとりにきた。
「
バチ切れです、か。
前言撤回だ。裏切られた。理合で勝負しようって言ったじゃん。
剣を通して「先に裏切ったのは先生ですよ」という苦言が伝わってくる。
俺は神速の剣撃をいなす。
基礎的な受け流しの技術で。
この速度の剣なのに、体幹がまるでブレない。
二度目、三度目の剣をいなしても全然崩れない。
俺は攻撃をいなしつづける。決して受け止めることなく──受けとめたら刀が折れる──、ハンドスピードのインフレーションに彼女を巻き込んでいく。互いの剣はほとんど離れることなく、まるで磁石でくっついているかのようだ。
それはラリーを続けるほどにペースが速くなるバドミントンのように、あるいは先頭走者の速度についていってしまうせいで自分のペースを乱されるランナーのように、わかっていても逃れられない意地でぶつかる攻防だ。
間隙に訪れる待望の一呼吸が、剣がふれあう衝撃が、柄から伝わるその練度の高さが、肌を痺れさせる蒼雷が、破裂しそうな心臓が、熱く俺を高めてくれる。
これがアイボリー剣術応用編の技『正潮流』。
『引き潮』のしつこいバージョン。相手の攻撃に逆らわない。そして離れない。大海を旅する潮の流れのごとく、ひたすらに相手に合力し、その背中を気持ちよく押してやる。わかっているほどこの連鎖からは抜けにくい。強引に抜けようとすると流れを無理やり断つ必要がある。その際、体勢が崩れやすい。
この子には有効な技だ。理合をわかってるからな。
でも、そのうえでお前の技量なら抜けれる。
それだけの技を剣をひしひしと感じる。
いつだってそっちは辞めれるぞ。
選択肢はそっちにある。だって、そっちが速いんだ。常に攻めてるのはそっちだ。ペースがよくないと思ったら、一旦離れて呼吸をいれて、仕切り直せばいい。
どんどんハンドスピードが増していく。
シャルロッテは俺を振り切ろうとさらに速度をあげる。
「はぁ! はぁっ!」
キツさを選んだか。そうだと思った。
お前は負けず嫌いだからな。
でも、気づいてるか?
これは互いにキツイがフェアじゃないんだ。
俺はただ力を右から左へ移動させてるだけ。お前が剣を振る力をもらって、リサイクルしているだけ。俺自身の腕力はいまこの瞬間、戦いに介在していない。おかげで戦いになってる。すべてが不足してる俺が、なぜかまだ倒されないで済んでる。
俺とお前の剣がぶつかるたびに、無尽蔵にペースがあがるのは、全部おまえの力なんだ。わかるか、シャルロッテ、お前でさえこのハンドスピードを知らない。
それに俺の経験上、攻守の疲れは質がちがう。
守りは精神的に疲れる一方で、攻めは肉体的に疲労する。
一長一短だが、肉体疲労のほうが雑味がでやすい。
その刹那のなかに無意識の領域が生まれる。
シャルロッテの剣は至高だ。最高だ。これほど高みにいる。
魔力を覚醒させ、属性剣気にすら到達し、理合をちゃんと扱えている。
でも、この分野に関しては、まだすこしだけ俺のほうが上だ。ほんのすこしな。
俺はシャルロッテの剣がわずかにはらんだ雑を捉え、シャルロッテの剣を、彼女の手首の関節の可動域の外へ、さりげなく、しれーっとずらしてしまう。
蒼雷を纏っていた神速の刃が、汗すら細切れにするなかで、バィィンッ! へし折れるほどにしなって、勢いよくはじけてふっとんでいった。
これは理合への理解度が高い者への有効な技。
気持ち良い順流を断つアイボリー剣術発展編の技『破潮』だ。
「あっ」
シャルロッテはなにも握っていない手をふりぬいてから、呆けた顔をする。
俺は剣の速度を殺しつつ、十分な威力で彼女の首裏を峰打ちした。
時間にしてせいぜい5秒程度の仕合。
なのに全身からドワッと滝のような汗がにじむ。脳も体も熱い。
シャルロッテはよかったが、俺のほうは下手になっている気がする。
それとも二日酔いの影響か?
あるいは島でデカい怪物しか相手にしてこなかったせいもあるかもしれない。
どのみちこんながっつり戦う機会があるなら勘を取り戻さないと。
「はぁぁぁ……流石に疲れたなぁ」
新鮮な涼しい海の風を、俺は胸いっぱいに吸いこみ、深く息をはいた。
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