面舵一杯
俺は刀の舐めるように検分し、ちょっと刃が欠けてることに気づき、深くため息をついた。理合が完全に成立していれば刃が欠けることはない。リバースカース号のうえでの生活は、釣りと酒、料理と賭け事で満たされていたが……ちょっと怠けすぎたかもしれない。
「オウル先生……! さっすが! さあ、いまこそシャルロッテにトドメを!」
「いやいや、刺さないって。流石に」
シャルロッテはちいさい頃から面倒をみてきた愛弟子だ。殺すことなんてとてもできない。納刀し、背後をみやる。ラトリスは不貞腐れたような顔をして「先生は優しすぎます……」と、耳をしおれさせた。逆である。君たち互いに容赦なさすぎだ。
「あれ? もう終わってる!?」
クウォンが戻って来た。
「シャルロッテが意地っ張りで助かった」
「やっぱり、先生には敵わないみたいだね!」
「クウォンは怪我ないか? ずいぶんふっとばされてたが」
「大丈夫! てか速すぎてびっくりしちゃった! 打ち返してホームランしてやろうと思ってたのに、まさかあたしのほうが気持ちよくぶっとばされるなんてさ!」
クウォンは楽しそうだ。シャルロッテの力に感動しているのかな。
「これ以上、俺たちがホーンドホエール基地にいたら迷惑だろうな」
「そうですね、彼らは王国海軍ですが、世界規模の軍隊を有するレバルデスには強く出れませんから。やつらの強権は一国家を越えてるんです」
都市長の兵をあれだけシャットアウトしていたホーンドホエール敷地内に、これほど強引に乗り込んで捜索をしてくるあたり、力関係がうかがえる。
「レイニには悪いことしたな……これ以上シャルロッテとともレバルデスとも衝突するべきじゃないだろう。さっさと港を出ちまおう」
「でも、レイニ、今夜はさよならパーティのために準備してくれてるって……」
「パーティなんかもうどうでもいいでしょ、剣術馬鹿。レイニにはあとからシマエナガ郵便で謝れば大丈夫よ」
俺たちは近くで戦いを傍観していた海兵へ事情を手短に話しておき、一応、レイニによろしく伝えておくようにだけ言っておいた。
「先生、せめてあいつの顔に落書きしておきます」
「はぁ、それくらいなら好きにしたらいいんじゃないか」
ラトリスの気がおさまるのならそれで良いだろう。シャルロッテの綺麗な顔に猫みたいなおひげがインクで塗られるのを見届けて、俺たちは船にもどった。
「あっ、船長たち戻って来た!」
「くあぁあ! くぁあ!」
「こけっ! こっけぇ!」
リバースカース号ではセツとナツが荷物の積み込みを終えて、ミス・ニンフムが出航準備を整えてくれており、すぐに埠頭を離れることができた。
「ヨーソロー。船長、出港します」
「イタタタタ……! こら、セツ! もっと船長に優しくしなさいよ!」
「船長、動かないでください、暴れたら消毒できないのです!」
「あたしは尻尾を押さえるね!」
動きだした船の上、思ったよりボロボロだったラトリスは、セツとナツに手当てされ、ついでにクウォンに尻尾をもふもふされてしまうのだった。
船が沖に出た頃。
鈍い炸裂音がはっきりと聞こえた。ごく短い間隔でズダン、ズダダン! と連続して音が聞こえた。船員はみな、ぴくっとして顔をあげた。
処置されているラトリスを置いて、俺はすぐに手すり側に移動する。
大小たくさんの帆船が停泊しているブルーコーストの港に視線をむけた。
洋上、その船影は黒い煙と紫の炎を吐いていた。
ブルーコーストへ絶え間なく砲火を浴びせているようだ。
攻撃を受けている港では豆粒みたいにちいさな人々が逃げ惑っている姿がみえる。
リバースカース号はゆっくりと港を離れる一方で、反対側の海からその黒い船はブルーコーストへどんどん近づいていく。港から帆船たちが逃げだしていく。逃げる帆船が大多数ななかで、立ち向かっていく船もあるようだ。
あの角鯨のマークは……王国海軍の戦列艦だ。黒い船の暴挙をとめるために、さっきまでいっしょにいた海兵たちが戦おうとしている。
「この混乱に乗じてブルーコーストを離れられそうですね」
天が味方したとばかりにご機嫌なラトリス。
咎めるかのように洋上で爆発音が響き渡った。
戦列艦が弾け飛んだのだ。
誇張なく砕け散った。
黒い船に近づいた途端のできごとだった。
みんな船のうえから、飛び降りて、燃え上がる船から逃げだしている。
「戻ろう、ラトリス」
「戻るってまさか……あそこにですか?」
困惑するラトリス、クウォンは背後から尻尾をむぎゅっと掴んだ。
「いいから戻るの! 見るからにやばそうな船じゃん! レイニたちだけにあの船を任せるつもり?」
「い、いや、だって、それがあいつらの仕事でしょ? 大丈夫だって。どうせ頭のおかしい海賊が暴れてるだけよ。これだけ大きい都市に攻撃するのは無謀の極みなんだから。レバルデスも、都市治安維持隊も、王国海軍もいる。どんなに強い船だろうと袋叩きにされて終わりよ」
ラトリスは楽観的にそう言って、肩をすくめる。
その背後、またひとつ戦列艦が砕け散った。黒い船の戦闘能力は圧倒的である。
「今朝、レイニにある恐い話を聞いた。黒い船の話だ。洋上でほかの帆船を大破させる火力を搭載しているらしくてな、海賊よりも野蛮な破壊を楽しむやつらだとか」
「でも、さすがにブルーコーストの戦力のまえならあれくらいはどうとでも」
「ラトリス、シャルロッテとその部下の海賊狩りたちはあたしたちが倒しちゃってるんだよ!」
「うぐっ、それはそうだけど……ん?」
ラトリスは何かに気づき、懐から羅針盤をとりだす。
羅針盤の揺れる指針がガタガタと鳴って、黒い船を示していた。
「あっ……あの船、凄い……闇の力の塊みたい……」
ラトリスは茫然とし、ミス・ニンフムのほうを見やる。
「船長、あれは『暗黒の船』のようです」
ミス・ニンフムは表情を変えず告げた。
「あの船には暗黒の魔塊が搭載されています。どうなさいますか、船長」
「その口調、もう戻れって言ってるじゃん……」
「暗黒の船ってことは、魔族の?」
「よくご存じですね、ミスター・オウル。あの船に乗船するものたちは人間ではありません。その本源はメギストスが傾倒しているものと同質の暗黒の魔力であり、リバースカース号が破るべき呪いそのものです」
あの船自体がこの海を乱している災いそのものというわけだ。
俺もクウォンも、セツもナツも、ミス・ニンフムも、ドッゴとコッケでさえ、視線一点に集まり、ラトリスは気まずそうな表情を浮かべる。
「わかった、わかってるから。はぁ、大丈夫、シャルロッテは寝てるはず。今こそおじいさんとの約束を果たさないと、ぅぅ、うぅ~……面舵一杯!」
ラトリスは覚悟を決めた顔で、景気よい指示をだし、ニンフムは思いっきり舵を切った。リバースカース号は旋回し、ブルーコーストへ引き返しはじめた。
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