弟子が海賊になってた

 ビッグマウスはとても美味しい食材だ。

 見た目のグロテスクさに騙されてはいけない。


「オウル先生、それ本当に食べるんですか……?」

「当たり前だろう。すっごく美味しんだぞ」


 引き締まった筋肉はやや筋っぽいが、時間をかけて湯であげることで、ホロホロと崩れ、口当たりがよくなる。8本の足は大家族なら奪い合いになること間違いないほどの美味な部位だ。


「へ、へえ、そうなんですねえ……オウル先生が言うのなら、そうなのでしょうけど……うわっ、ぐちゅって言いましたよ!?」


 ビッグマウスはケツあたりに脳みそとか内蔵とかが詰まっている。このうち名前はわからないいくつかの臓器を摘出する。糞が詰まっていたり、するので慎重にとりださないといけない。初めてビッグマウスを食べた時は、どの内臓が美味しいのか知らなかったので、適当に口にいれて、地獄をみた。詳細は語る必要はないだろう。


「わたしは船にまだ食料があるので、えーっと」

「ラトリス、すこし待っててくれ。すぐに料理するからな」

「えーっと、オウル先生、わ、わたしは……その」

「ラトリスは昔からたくさん食べるもんな。大丈夫だ、言いたいことはわかる。腹ペコで仕方ないって顔してる」

「(お願いだからいますぐ調理を中止してって顔です……!)」


 10年間で何度も調理した食材を、こうして弟子に振舞うことができる。今日ばかりは食の追及をしてきてよかったと、これまでの時間をすこしだけ肯定的にみれる。


「ん、あれは」

 

 船からタラップが掛けられ、埠頭と船が繋がる。

 船員と思わしき少女が2名降りてくる。

 よく似た顔立ちで、おそらく姉妹なのだろう。


 ふたりともモフモフ耳と尻尾がある。視界内のもふもふが飽和状態だ。姉妹のそれはラトリスのピンッと立った長く尖った耳とちょっとちがって、やや丸みがある。尻尾はふっくらしてるがラトリスよりはスリムだ。

 

 若いというか、幼いとさえいえるだろうか。

 まだ10代前半くらいな気がする。


「そういえば、ふたりの紹介がまだでしたね。オウル先生、この子たちは狼族の双子でして、リバースカース号の乗組員をやってもらってます」


 こんなちいさい子たちが?


「こっちの元気な子がセツです」

「はい、元気ですっ! セツはリバースカース号の甲板員ですっ! 趣味は船の掃除と積荷の確認、お料理とお洗濯にですっ! ハマってることは写し機でいろんなものを撮ることなのですっ! よろしくお願いいたします!!」


 桃色髪の獣人少女は元気に手をあげ自己紹介してくれた。

 ちっちゃいのによく働いててえらいなぁ。


「おじちゃんがオウル・アイボリーですかー?」

 

 おじちゃん。そうだよね、もう俺おじちゃんだよね。


「船長からお噂はかねがねっ! 世界最強という噂は本当だったのですっ!」


 セツは横に転がっているビッグマウスの死体を見て言った。ラトリスから誇張されすぎて伝わっているようだ。


「そして、こっちの大人しい子がナツです」

「ナツ、だよ」 


 寡黙な印象を受けるのは緑髪で緑のもふもふを備えた少女だ。


「おじいちゃんのことは船長から聞いてる、よ」


 おじいちゃんは言い過ぎでは?

 

「元気なようで結構。みんなお腹いっぱいにしてやろう」


 料理ははかどり、日は落ち、空には星々の輝きがあらわれていた。

 朝からじーっくり時間をかけて、ようやくビッグマウスの調理が完了した。

 浜辺で火を囲みながら、鍋から節足の第一関節を割ってやり、ラトリスに渡す。


 ラトリスは震えながら受け取り、ぷりぷりした肉を見つめる。ごくりと生唾を飲みこむと、目をつむって身にかじりついた。もぐもぐし、ハッとした顔になる。


「美味しい……これ美味しいですよ!?」


 ラトリスは尻尾をパタパタさせ、耳をピクピク動かす。


「これすっごい美味しい、ですよ!? ナツも食べてみるです!」

「ナツはこの足を確保済み、だよ」


 大事そうに蜘蛛足を抱える緑髪と、それを奪おうとする桃髪。どうやらあっちの双子も気に入ってくれたようだ。


「さあ、今度はこの蜘蛛みそで食べるといい」


 甲殻を皿に加熱処理したみそをつける。ラトリスはもっちゃもっちゃお腹いっぱいに食べてくれた。向こうの双子にもウケてる。


「くあぁあ」

「こええ!」


 ドッゴとコッケにも大ウケだ。

 好き嫌いせずなんでも食べてえらいぞ。


 食事が落ち着き、焚き火をはさんで向こう側、桃色髪のセツが妹と思われるナツのほうに寄りかかっていびきをかいて眠りはじめた。ナツのほうも眠そうだが、膝上の姉の頭を、砂上におとさないように睡魔に耐えているようだ。


 大量の食材を処理するのに、8時間くらい作業しつづけていたので、流石に疲れた。いますぐにベッドに身を投げたい気分だ。しかし、ラトリスといくらでも話をしたいので、俺もあのちいさな少女に習ってもうすこし眠気に耐えようか。


「もうお腹いっぱいか? まだ足はあるぞ?」

「大満足です、これ以上は、ちょっと、流石に食べれないです」

「遠慮しなくていいんだからな」

「いえ、実はもう1時間くらい前から満腹でして……」


 ラトリスは口のなかにまだ食べ物が残ってるまま、険しい表情でつぶやく。しまった。無理に食べさせてしまったか?


「ラトリス、すまん。勝手に舞い上がってた。無理しないでくれ……」


 彼女は意を決したようにごくりと呑みこみ、はぁーっと息をつく。


「いえ、大丈夫です。とっても美味しかったです。……あはは、なんだか昔に戻ったみたいですね。この島の景色、すっかり変わっちゃいましたけど、でも、オウル先生のご飯のおかげであの頃を思い出せました」

「そうか、それはよかったよ。ところで、ラトリス、さっき船長ってあの子たちに呼ばれてたけど、あの立派な船はおまえの船なのか?」

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました」


 ラトリスは半眼になり、我が意を得たりと笑みを浮かべる。


「いかにもわたしの船です。リバースカース号。先生をたすけるための船です」

「俺を助ける、ため?」

「オウル先生は島にいたのでご存じないかもしれないですが、この島、ブラックカース島って外では呼ばれてまして」

「禍々しいな」

「そうなんです、恐ろしく禍々しいんです。潮の流れの関係上、この島に近づくとひきよせられて、舵が利かなくなって、嵐に呑みこまれてしまって……そうなった船の船の運命は決まってます」

「そ、それは」

「海の藻屑です」


 悪魔の島かな。


「どうりで10年間、船が近づいてくる気配もなかったわけだな」

「ええ。だからリバースカース号が必要でした。あれは魔法の船でして、呪いの影響を受けないんです。先生を助けだすためにあるような船ですね」

「魔法の船? そんなものどうやって……」

「魔法使いから譲ってもらったんです。お願いしたらくれました」


 世の中には10万ドル ポンッとくれるやつもいるし、船くれるやつがいてもおかしくはないか。


「くああ」


 ドッゴがラトリスの太ももに頭を乗せた。撫でろ、ということだ。ラトリスはわしゃわしゃ撫でながら「でも、タダではなかったです」と続ける。


「そういえば、ラトリスは今なにしてるんだ?」

「職という意味なら、海賊になりますね」


 海賊という職業。島にまだひとがいた頃、商船の水夫から聞いたことがある。船の乗組員というのは薄給な仕事であり、商売がうまくいかないと、航海先で降ろされることもあるくらい扱いも粗いのだという。ゆえに船乗りたちは海賊化する。俺が話を聞いた水夫も「来年には俺も友人たちと海賊になる予定さ」などと言ってた。わりとカジュアルに海賊になるんだな、と若き俺はとても驚いたものだった。


「あの海賊か。海賊ってなにするんだ?」

「いろいろですよ。ひとに頼まれて船で物や人を載せて運んだり」


 俺が思ってるより、全然まともだな。


「あとは商社から依頼を受けて、競合他社の貿易船を待ち伏せして、積荷をいただいてよそにいって売り払ったりもしますね。レバルデスの倉庫を襲ったりしました。危険ですけど、一回で年単位の活動資金が手に入ることもたびたびです」


 あー、これは海賊ですね。本物の海賊です。


「わりと危ない仕事なんだな」

「そうですね。でも、自由にやっていくにはこれ以上の職はないですよ。腕があれば稼げますし、暇もつくれます。世界貿易会社にマークされたあとは苦労しますけど」


 この世界のルールは原始的な原理原則だ。

 自分の身は自分で守るし、自分の飯のタネは自分で手に入れる。

 国も会社も面倒なんざみてくれない。社会保険も生活保護もハローワークもなければ、年金も福祉もない。商船で奴隷のように働いてた水夫たちは、そうするしかないから海賊になる。


 その観点で言えば、この世界、この時代、ラトリスの職業はカルマ的に悪に寄ってはいても、特別に糾弾されるような生き方ではないのだろう。


 思えば、この子は昔からそういう感じではあった気がする。

 道場で剣を学んで才能を開花させると、木剣をいつでも持ち歩くようになり、よく他人と衝突しては流血沙汰をおこし、港では水夫たちと喧嘩して小銭を稼いで、俺の誕生日に贈り物とかをしてくれたこともしばしば。


 海賊になる素質は最初からあったのかも。


「海賊になったのはいろいろ経緯があるんですけど……そんな具合に冒険資金をためて、船を買って、リバースカース号の伝説を追って、気が付いたら10年も経ってしまいました。もうすこし早く助けにこれたらよかったんですけど」

「大変だっただろう、ラトリス、本当にありがとうな。助けにきてくれて嬉しいよ」


 俺が言うべきは感謝だ。謝罪ではない。

 ラトリスは鼻の下をこすり、尻尾をパタパタさせながら「いえいえ」と誇らしげに言った。


「オウル先生が無事で、本当によかったです。明日にでもこの危険な島を脱出しましょう」


 ラトリスは俺を指差す。


「今夜のところはひとまずここまでにしましょう。オウル先生、眠たかったですよね」

「そういう顔していたか」

「はい、トロンってしてます。船にベッドがありますから使ってください。陸地よりもリラックスして寝れると思いますので」


 まだまだ積もる話はあったが、ひとまずは休むことにした。

 翌朝、島を脱するため、俺たちは動きだした。

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