リバースカース号の使命

 ラトリスの指示のもと必要な物資を荷積みすることになった。俺は荒れ果てた変わり果てた街を案内し、作業はその後も順調に進んだ。

 

「この船、どこに向かうんだ? 島のみんなのところか?」


 荷積み作業中、何気なくラトリスにたずねた。


「すこし休憩にしましょうか」


 ラトリスはそう言って、ニコリと笑み、俺の荷物をもって船にあがっていく。


 船長室に通される。甲板でセツとナツがまだまだ作業をしているのを見るとちょっと申し訳なくなるが、おっさんの体力の限界ということでしばし休ませてもらおう。


 セツが「もういらないからおじちゃんにあげるのですっ!」と言ってくれたココナッツジュースを片手に、ワインソムリエみたいに液体を弄ぶ。


「島のみんなは売られちゃいました」


 ワインソムリエが止まる。

 

「売られた?」


 聞き返すと、ラトリスは口を引き結び、静粛な雰囲気でうなづく。


「売られたって……なんで、どういう経緯で?」

「わたしたちはみんな商船団の船に乗り込んで、状況が急速に悪化していく島から脱出することになったんです」


 義父の置き手紙にそんなこと書いてあったな。


「その時の商船団は4隻の船からなる船団で、詰め込めればギリギリ船に乗れるかどうかって感じで……その時点で、商船の乗組員たちからは『全員は乗れない!』『半分は島に残れ!』って意見があって。事実、そうだったんです。船にのったほとんどの島民はほとんど飲まず食わずで次の港までわたることになったんです。船にはもともとの乗組員たちの分の食料と水しかありませんでしたから。積荷を減らしてわたしたちを乗せてもらった分、彼らに逆らうことなんて許されなかったです」


 ラトリスは当時の過酷な脱出を語った。最初の港につくまでにすでに死者がでていたという。荒波にさらわれた者もいたらしい。


「海を渡ったあとからが大変でした。何百人もの島民を受け入れてくれるところなんてなかったです。迫害を受けまして……わたしや道場の子たちはそこで立ち向かったので、ずいぶんトラブルを起こしもしました」


 想像に難くない。ラトリスが黙ってやられるわけがない。


「わたしたちは外の世界のことなんてまったくわからなかったんです。多くの島民は生活ができる場所へ連れて行ってくれるという”親切な人”についていきました。親切な人たちが奴隷商だって知ったのは、何カ月も経ったあとでした」


 言葉がでなかった。みんなあの島から無事に脱出して、外で平和に暮らしていると思っていたのに。ほとんどが奴隷にされたというのか。


「みんな散り散りになって……全部、レバルデス世界貿易会社の庇護下にいる商人たちがやったんです。あいつらは世界を繋ぐとか、海の平和を守るとか、綺麗なことを言っては、現地のひとが望んでもない開発をしたり、強制的な移民をおこなったり、横暴で最悪なやつらなんです。レバルデスのやつらはみんなクズばっかなんです」


 ラトリスは目元に影を落とし、憎しみのこもった声をもらした。


「もう島の人間も、道場のみんなも、どこにいるかなんてわからないです。最初のころは探しもしましたけど、途方もない話で……いつしかわたしも諦めてました」

「ラトリスは大丈夫だったのか? 当時のお前はまだ子どもだったし、狐族なんて目立つだろう。どこかに連れてかれたりは」

「もちろん、目はつけられてましたけど、しばらくは抵抗してました。でもみんないなくなって、わたしもみんなのところに連れてってもらうっていう話に騙されて……でも、運ばれてる最中だった商船で、奴隷たちとクーデターを起こして、奴隷商たちを海に突き落として、船を奪って自由を手に入れました!」


 ラトリスはニヤリと笑みを浮かべ、ピースサインをつくる。


「その時からわたしは貿易会社に海賊あつかいされるようになりましたね」

「そういう経緯があったのか……剣術が役に立ってよかったよ」

「えへへ」


 赤い毛束しっぽがふりふり揺れる。褒めてほしそうだ。過酷すぎて笑えないが、その勇敢さと強さがあったからこそ、彼女はいま生きているのだろうな。奴隷か、海賊か、生か死か、そうした選択がこの世界では平気で起こるっぽいな。きっちい。


「というわけで、オウル先生には申し訳ないですが、島のひとたちに会うことは、もう難しいと思います。当時、探していたわたしですら見つけられなかったうえ、いまでは時間も経ってますから」

「辛かっただろうに話してくれてありがとうな、ラトリス」

「昔のことですから、わたしのほうは整理はついてます。先生のほうこそ、気になることがあれば遠慮なく聞いてください。知っているかぎりお教えします」


 俺はココナッツジュースを揺らしながら、かつての道場の子たちを思い浮かべる。みんなよい子だった。剣の才能があって、いつも美味しい美味しいってご飯を食べてくれて、こんな俺を先生と慕ってくれて……目の奥が熱くなる。


 この調子だとたぶん義父もダメだろうな。もし無事だとか居場所がわかっていればラトリスから伝えてくれてるはずだ。彼女が口を開かないということは、たぶんあのひともくたばったか、奴隷として売られたか。いや、でもあんなじじい奴隷として価値があるかどうか……安らかに眠ってくれ、口うるさかった親父よ。


「そうだな。知りたいことはいろいろあるが……ラトリスは海賊はつづけるのかな?」

「しばらくは。オウル先生を助けることができたので、最大の目的はすでに果たしたんですけど……もう大事なことがありまして。この海で魔法使いとの約束を果たさないといけないです」

「約束? 魔法使いってこの船をくれた人のことかい?」

「はい、その約束を守ることが船を譲ってもらう条件だったので。反故にするわけにはいかないんです」


 ラトリスは決意の表情で、船長室の机を撫でる。


「実はオウル先生にもその約束を果たすことを手伝ってほしいと思っていまして」

「俺に?」

「もちろん、先生がよろしければ、なのですが」


 自信なさげに彼女は言葉尻を弱めた。


「話を聞かせてくれるかい、ラトリス」

「うーんと、どこから話しましょうか……」


 ラトリスは肘を抱き、窓辺に移動すると、広がる海を眺める。しばしそうしたのちこちらへふりかえった。


「魔法使いには大事な役目があったんです。でも、彼は老いて久しく、船があっても使命を果たせなかったです。船をわたしに譲る条件として、魔法使いは役目の引き継ぎを願ったんです」


 老いで果たせなくなった使命、か。


「その役目というのがですね……暗黒の魔法使いを倒すことなんです」

「暗黒? いかにも悪そうな魔法使いだな」

「はい、悪い魔法使いなんです。とても邪悪で、呪いをあつかう者。名はメギストスと言います。この魔法使いは呪いのかかった”暗黒の秘宝”というものをまいては、それに関わった者の人生を不幸に陥れたり、時には土地そのものを呪ったりして混乱を生み出してるんです。ブラックカース島もメギストスに呪われた島のひとつです」

 

 まじかよ、諸悪の根源にもほどがあるだろ。最低だな、メギストス。


「魔法使いとメギストスには因縁があるらしくて、老人はどうしても彼を倒さないといけないと言ってました。わたしにとっても復讐すべき敵だったので、快諾したんです」

「やつがどこにいるのかはわかってるのか?」

「いえ、それはまだ。少なくとも10年前、メギストスはブラックカース島に来ました。そしてこの島を呪ったあと、脱出し、どこかへ姿を消しました」

「10年かぁ。流石に見つけるのは難しいかもな」

「そうでもありませんよ、オウル先生。メギストスは強大ですが、それゆえに足跡を残します」

「足跡?」

「ええ。彼は歩いた場所、移動した航路、あるいは残した暗黒の遺物……それらをたどっていければ、いずれメギストスにたどり着くことができるはずなんです」


 辿るか。難しそうではあるが。


「でも、どうやって追いかければよいかなんてわからない。そうですよね、先生?」


 心を読まれた? 


「そんな時に役にたつのがこちら! はいどん!」


 テレビショッピングみたいに机にぺちーんと置かれたちいさな箱。

 フタがパカっと開く。針がぐるぐるまわって、たくさんメモリがついてる。


「これは羅針盤?」

「魔法使いの羅針盤です。これはメギストスの居場所を特定できるんです」

「すごいな。これがあればいちころじゃないか」

「ですが、先生、ちょっと問題もありまして」

「?」

「なんと、この羅針盤はまだメギストスのもとに導いてくれないんです」


 嘘ついてんじゃん。


「嘘じゃないです、先生。この魔法の道具には十分な魔力が足りてないだけで」

「また心読まれてなかった?」

「メギストスが撒いた呪いのかかったアイテムを集める必要があります。おなじ邪悪なちからにまみれた道具を集積して、この船底に納めれば、船の魔力とともに羅針盤も強くなります」

「あぁ、そのまま行く感じだ」

「いまは力が弱いですが、それでもかつてメギストスが辿った足跡には、暗黒の力が残っています。追跡し、しかるべき報復をします。それがこれからのリバースカース号の目的になります」


 なるほど、だいたいのことはわかった。この魔法の船の使命、魔法使いがラトリスに託した役割、正義感の強いラトリスは魔法使いの願いを叶えようとしてることも。


「先生、その、どうですか。無理強いなんてしません。先生はもう大変な苦労をされてますし、そのうえでこんな面倒なことに巻き込むのも弟子として情けないですし」


 ラトリスが俺を必要としている。俺を助けにたくさん時間を使ってくれた命の恩人が、だ。期待に沿えるかわからなくても、この子を助けてやらないといけない。助けてやりたい。動機は十分だ。


 俺は求めてたじゃないか。船に乗りたいってずっと思ってたじゃないか。こんなおっさんになってしまったが、今でも心のどこかでキッカケを待っていた。心臓の律動が高まるのを感じる。困難だとわかってるのに、愚かにも、幼稚にも、俺はちょっとワクワクしてしまっている。良い大人が恥ずかしい限りだが。


 かつての青年オウル・アイボリーが思い描いた夢。

 続きはここにあったのかもしれない。


「俺が断るわけがないだろう? 海賊だってなんだってなるさ。メギストス……個人的にも世間的にも、絶対にくたばったほうがいい悪い野郎にちがいない。いっしょにしばき倒そうじゃないか」


 俺は精いっぱいの笑顔で彼女の誘いを快諾した。

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