魔法の船

 物資を積み終わり、リバースカース号は港を出発する運びとなった。ドッゴとコッケがしっかり乗ってるのを確認し、セツとナツはタラップを船にひきあげる。


 3人で船って動かせるのかな、と素人ながらに思っていると、近くの索具さくぐ──マストを支える紐類──がひとりでに動きだした。どこかで誰かが引っ張っているのかと思ったが、見える限りではセツもナツも別の場所で作業していて、それらしい動きはみえない。普通にポルターガイスト現象が起きている。


 あたりを見渡す。右舷左舷船首船尾あらゆる方向からマストに伸びてるそれらが張ってたり、緩んだりしてる。たたまれた帆は意志ある索具たちに解放され、風を掴み、船が地味に動きだした。


 後部甲板を見やる。舵をとる少女がいる。

 知らないひと乗ってるんだが。


「ラトリス、不審者が船の操縦を奪ってるようだが」

「そういえばニンフムのことをお伝えしていませんでしたね」

「ニンフム?」

「その不審者のことです」


 ラトリスに連れられ、後部甲板にあがる。

 舵を取る少女、白い髪に、白い肌、宝石のような瞳、やたら綺麗で……綺麗すぎる。露出した肩や膝は、球体関節をもっている。人間じゃないようだ。


「彼女はゴーレム・ニンフムといいます。リバース・カース号の管理者ですね」

「現状、一番スピリチュアルなやつが出てきたが」

「ふふ、そうですね。不思議な存在です。なにせ魔法使いの被造物ですから」

「魔法使いの……この船の元々の持ち主か」

「はい。彼がわたしにリバースカースをくれる時に、いっしょに連れて行っていいと言ってくれたんです。船の操縦は完全ですし、船と魔法的に連結することができて、あのように手で触れなくても、彼女ひとりで索具を操って、風を掴んで、船体を安定させることができます」

「はぁ、このちいさい子が。すごいなぁ」

「この子のおかげでこの規模の船でも、まったく船員を増やす必要がなく、旅を続けられてるんです」


 いわく普通の船は操縦するだけで、もっと多くの乗組員が必要になるらしい。素人ながらに俺が思った疑問はただしかったようだ。


「船長、どうぞ」

「ありがとう、ニンフム」

「ラトリスが舵をとるのか?」

「一応、船長なので!」


 出発準備までがニンフムの仕事ということかな。

 

「よーそろー!」


 ラトリスの掛け声で、船が動きだす。

 俺はゆっくりと遠ざかっていく港を見つめる。

 向こうから黒い怪物たちが港に走ってくるのが見えた。

 

「うわ、伝説級の怪物たちがわらわらと。本当に恐ろしい島ですね、ここ」

「船出を察して出てきたのかもな。あいつらは俺に恨みがあるんだ」

「でも、こうしてみると、先生のことを見送りにきたみたいじゃないですか?」

「あいつらはそんな優しい生き物じゃないからなぁ……」


 やつらが凶暴な怪物であろうと、陸の怪物が海を泳ぐことはない。


 ちいさくなっていく島を俺はいつまでも見ていた。

 嫌な思い出が多すぎるし、苦しい時間が長すぎた場所だが、それでもこれまで過ごした愛着の故郷だ。ちょっとだけ、マジでほんのちょっとだけ寂しさを感じる。


「じゃあな、俺はいくぜ」


 掠れた声でつぶやく。無意識にこぼれた言葉。それは、かつての俺への、商船に乗らなかった自分に向けての別れのつもりだったのだと思う。


 魔法の船リバースカース号は強力な追い風を受け、快速で島から離れ、暗雲の空と強い風、雨、雷に、つまり激しい嵐に襲われた。


「うあぁあああ!? いきなり荒れだした!? 何が起こってるんだ!?」

「オウル先生、気をつけてください! 島のまわりから中途半端に離れると呪いの影響がもっとも強まるんです! しばらく嵐がつづきます!」


 この世の終わりみたいな高波が規則的に襲ってくる。高く昇っては、ほとんど自由落下みたいな浮遊感と衝撃がくりかえした。想像を超える航海だ。島に帰りてえ。

 

 ゴーレム・ニンフムは雨風に打たれながら、表情を変えずに俺のとなりで同じマストにしがみついている。


「下層甲板に移動したほうがよろしいかと。海に落ちたら海蛇シーサペントの餌ですので」

「ご忠告ありがとう! そうさせてもらう! ドッゴ、コッケ、いくぞ!」

「くあぁあ!」

「こ、こけええ!」


 タイミングを見計らって、船内に転がりこみ、同じく船内で震えて互いを支え合っていたセツとナツと合流、俺たちはともに呪いの嵐を耐えた。


 すべてが収まった時、海は信じられないほど晴れやかだった。

 数時間の間つづいたあの嵐が嘘だったみたいに青い空が広がっている。


「おじちゃん、どうやらブラックカース島の呪いの範囲から完全に離脱したみたいなのです!」


 セツはそう言って「記念写真を撮りましょう!」と、写し機で俺とナツを画角にとらえ、パシャっと1枚撮影した。


「おじいちゃん、気分が悪そう」

「たはは、おじさんにはあれはキツかったかな。おじさんにはさ」


 ナツに「俺はまだおじいちゃんではないよ」という言外のメッセージを伝えつたえておく。とても大事なことなので。なので。


「オウル先生、ご無事でなによりです。初めての船、初めての大荒れでびっくりされましたよね」


 ラトリスはびしょびしょになった髪をかきあげながら、一段高くなった後部甲板から降りてくる。


「流石に死を覚悟したかな。ラトリスは平気そうだね」

「嵐の海はわりと慣れてますので」


 どんだけ死線を越えてきたんだ。


「ブラックカースは島にたどり着くより、島から離れることに問題があるって言ってたけど、いまの嵐がそれだったってことかい?」

「そのとおりです。この船だから耐えられました。普通の船なら海の藻屑です」

「それじゃあ、もう穏やかな船旅が続くってことでいいのかな」

「問題がなければ、ですかね」


 ラトリスとともに船長室に入る。机のうえに広げられ、固定された海図を彼女は指で示し、ずーっとなぞっていく。指がとまったのはレモールという名のついた島。彼女に教えてもらった目的地。羅針盤の示す、暗黒の魔法使いメギストスがブラックカースから渡った最初の足跡だとか。


「レモール島までは、この神速の船ならだいたい1週間くらいで着けます。それまでは危険な航路は存在しないので、穏やかに船での生活に慣れていただければと思います」


 穏やかに何日か経った。

 船のうえでの生活を送るうち、要領を掴んできた。


 ひとつ気がかりなのは、食事が島でしばいたビッグマウスの肉の余りと、豆と乾パン、塩漬け肉を食べることばかりということだ。


 ビッグマウスの肉はそろそろ腐敗の限界なため、昨日で捨ててしまったので、今日からは食卓がより制限されたものになるだろう。

 

 さらに追い打ちをかけるのが、船に積んだ水は2週間ほどで腐るらしいということ。幸い、この船はもう数日で港に寄れるので今回の航海では心配する必要はないが。


 舐めていたわけじゃないが、航海の過酷さをすでに感じはじめている。


「この飯ずっとはキツイな。保存がきく食い物じゃないといけないっていうのが最大の問題だから……例えば冷蔵庫とかあればいいんだけどな……そうすれば食材も水も長持ちするだろうし……でも、あるわけないしなぁ」


 料理をかじってる者として、食事事情の改善を切に願った。

 最悪、俺だけならいい。島サバイバルの最初の数年はわけわからない怪物を、試行錯誤の調理で喰って耐えてきたんだからな。

 

 気がかりなのはラトリスたちのことだ。まだ若く、未来のあるあの子たちがこんな食事を続けるのは間違いなくよくない。絶対いつか病気になるだろうし。

 

 解決不可能に思えるこの課題には、実はひとつの解決方法がある。

 

 これは魔法的な話だ。この船リバースカース号がもつ能力のひとつとして、魔力が高まることで、この船は形状と機能を進化させることができるらしい。


 ラトリスはこの能力を使って、綺麗なベッドルーム、普通に船にはまず備わってないほど充実した眠りをあたえてくれる代物を望み、事実備えることに成功している。


 魔力を高める手段は、以前ラトリスが教えてくれたように暗黒の秘宝を船室におさめることだ。ラトリスがの願望で各種機能がアップグレードされた実績があるのなら、俺の願望たる冷蔵庫や調理場などもあるいは手に入るのかもしれない。


「暗黒の秘宝とかどっかに落ちてねえかな」

「くああぁ」

「こけえ」

「ん? なんだあれ、船か?」


 黄昏て海を眺めていると、洋上に影を見つける。ラトリスにもらった単眼鏡をのぞきこむと、2隻の船がなにやら動きをとめているように見えた。

 

「オウル先生、行き先をすこし変更してもいいでしょうか?」


 ラトリスはが背後から声をかけてきた。


「ラトリスがそうしたいのならすればいいが……レモール島にはいかなくていいのか?」

「食料の水の具合からして、寄り道する余力はあると思いまして」


 ラトリスは羅針盤を見せてくる。

 針は洋上の2隻の船を差し示していた。


「その羅針盤って……メギストスの足跡を追うための?」

「ええ。ですが、厳密には闇のちからに反応するものです。レモール島よりも、あっちの船影に強くひっぱられてます。針の揺れから察するに、たぶん暗黒の秘宝があのどちらかの船にあるのかと」

「まじか。行こう。絶対いったほうがいい」


 そして、豆と乾パン、塩漬け肉の日々に別れをつげよう。


「よかったです。わたしもそのつもりでしたので。こほん、オウル先生にわざわざ言うことではないですが、戦いの準備をお願いします。突撃後、すぐに白兵戦をしかけます」

「ぇ? 白兵戦?」

「あの感じだとおおかた、海賊船が商船から略奪してる最中なんでしょう。商船の逆サイドから乗り込む算段です。この船の隠されたちからをお見せしますので、どうかみていてください!」


 当たり前のようにラトリスは言い、にひーっと笑顔を浮かべ、セツとナツへ号令を飛ばし、後部甲板へあがり舵をぐるんぐるんっと回転させた。


 どうやら荒事のようだ。

 弟子に見限られないようせいぜい役に立つとしようか。

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