怪我人2人。ただし最強。

 リバースカース号は三本マストの帆船たちと比べるとかなり背が低く、油断すれば轢かれてしまいそうな感じがあった。人混みの極まったお祭り会場で、人の波のなか子どもが移動しているような感じだ。


「帆船の森に迷い込んだみたいだな」


 王国海軍の戦列艦と暗黒の船は激しい海戦をくりひろげている一方で、周囲の帆船は蜘蛛の子を散らすように逃げているため、海上は無秩序であった。そこかしこで船同士が衝突している。さらには流れ弾を喰らっている船も見られる。


「砲撃の鳴るほうへ向かえばたどり着けるはず。ニンフム、お願い」

「お任せください、船長」


 ミス・ニンフムは器用に舵をきり、ブルーコーストから離れたい船たちの流れに逆らって、逆行してブルーコーストに近づいていく。船の魔法『追い風』があるので、細かい方向転換もお手の物のようだ。


 轟音がどんどん近づいてくる。


 帆船の群れを抜け、視界がひらけた。

 鈍い砲の音が内臓を震わせるほどおおきく響き、数百メートル先で縦列をなしている王国海軍の戦列艦がまた一隻大破した。船員たちは沈みゆく船から飛び降りて逃げだしている。


 流れ弾がリバースカース号にも1発命中する。手すりが吹っ飛び、着弾した砲弾が甲板に凹みをつくって跳ねた。「うわぁ!」セツは狼お耳をビクッとさせて、尻尾の毛を逆立て、びっくりして海に落ちそうになる。俺は手を伸ばして襟を掴む。


「大丈夫か、気をつけろよ」

「はわわ、おじちゃん、ありがとうなのです……!」


 危ないところだった。


「なんて射程してるのよ」

「すでに暗黒の船のローアー砲射程圏内です。狙い撃たれることはないですが、近づくほどに被弾率はあがります。お気を付けください」

「ラトリス! やばいよ、海軍の船が木っ端微塵になってるって!」


 クウォンは「おーい、泳げ―! 頑張れぇぇ!」と、聞こえるはずもない海兵たちへ必死の応援をする。


「俺たちも木っ端微塵にされないようにしないとな」

「ええ。狙われたらおしまいです」

「でも、戦うためには近づいてこっちも大砲をあてないとでしょ?」

「なに言ってるのよ。リバースカース号には大砲なんてないわよ」

「ええ!? それじゃあ、どうやってあいつら倒すの!?」


 クウォンは絶望の表情でラトリスをみつめる。


「どこかに大砲が隠されてるとか、船の魔法でぶっとばすのかと思ってたのに!」

「あったところで戦列艦を木っ端微塵にする火力の前じゃ、リバースカースみたいな可愛いちっちゃい船、赤子の手をひねるように沈められちゃうわよ」

「えぇ、ダメじゃん……」


 クウォンが落ち込むような顔をすると、リバースカースの行く手に真っ白い霧が発生した。それは海上をすべる綿あめのようにスーッと移動する。リバースカース号とは一定の距離が常に保たれており、船がその海霧に追い付くことはない。


「あれ? なんも見えなくなっちゃった!」

「剣術馬鹿、前に教えたことあったでしょ。船の魔法『海霧』よ。あれで射線を切っていっきに近づくの。見えない敵はどんな火力があろうと攻撃できないわ」


 ラトリスは「ひとまず情けない海軍は隠してあげるとして……」とつぶやきながら、戦列艦たちを海霧でやさしくつつみこんでいく。


「ラトリス、頭良いね! さっすがもふもふ様! でも、近づいてどうするの? リバースカースは大砲ないんでしょ?」

「そこからはあたしたちの得意分野よ。まぁ、あんたが一番得意でしょうけど」

「うーん、ラトリス、難しいこと言うね」

「つまり、乗り込んで叩くってことよ」

「あぁ!」


 クウォンはパーッと顔を明るくし、クレイモアを抜き、肩に担ぎ「任せておいて! 全滅させてやる!」と頼もしい声でいった。


 リバースカース号は船首から一定の距離に海霧を保ち、戦列艦たちを覆い隠したあとは、さらに奥へ押し込むようにして、戦列艦と暗黒の船の射線を妨害しつつ、暗黒の船をすっぱり海霧で覆いかくして進んだ。


「よーし、あと少しね」


 生き残っている戦列艦たちへクウォンとラトリスは手をふる。

 

「戦列艦ってでけえな」

「そりゃ、王国海軍の軍艦だもん! 立派じゃないと困るよ!」

「まぁそれはそうだが。でも、遠目に見た感じ、暗黒の船のほうがデカそうだったんだよなぁ……」


 すれ違って遠ざかる戦列艦たちでさえ十分デカい。暗黒の船はもっとサイズ差がある。俺たちはいったいどれだけの敵を相手にしようとしているのだろうか。


 こっちは重傷者ラトリス、なぜか骨折してるクウォンと、調理人の一般人という戦力構成なのも不安を抱かせる材料だ。


 進むごとに勇気がなくなっていく。つくづく自分が凡人だと思いながら前方の海霧を眺めていると、徐々に海霧が薄くなっていることに気づいた。


「あれ? ラトリス? あれ大丈夫なのか? こっちの姿見えちゃうんじゃ……」

「おかしいわ……どうして……霧は出してるはずなんですが。船の魔力も十分に溜まってるはずなのに」

「これは厄介なことになりました」

「ニンフム、どういうこと」

「この状況下で魔法でつくりだした海霧が自然消滅することはありません。あるとすれば魔法で打ち消された場合のみです」

「それってつまり……」

「暗黒の船には霧への備えがあったようです。あの船自体の魔法か、あるいは強力な魔法使いが乗船していたのか。兎にも角にも、海霧は反対魔法で破られました」


 海霧が消え去り、視界が晴れた時、それは壁のようにそびえていた。


 デカい。デカすぎる。

 城かな? 城を見上げているのかな?

 俺たちはこれに喧嘩を売ろうとしていたのか?

 あーらー、大砲があんなに……海のうえでプカプカ浮いてる格下の船を粉々にするのにちょうどいい距離ではないか。あと何度か角度を調整されたら終わりだ。


「あっ、やば」

「うあぁあ!? 格好の的すぎる! ラトリス逃げないとぉお!」

「船長、死にたくないのです!」

「お姉ちゃん、死ぬときはいっしょ」

「この角度、撃ちおろされるのに最適な角度と距離のようです」


 船員がみんな泣いて、喚いて、叫んでいると、轟音が響き渡った。

 思わず目をつむりそうになったが、暗黒の船の砲撃ではなかった。

 暗黒の船のうえから船員が海に落下している。大砲で撃ち抜かれた?


「暗黒の船が攻撃されてるのか?」


 沖側の戦列艦たちからの砲撃ではない。ブルーコースト側からの砲撃だ。


 巨大な船影の向こう側、港から発進したばかりの船がみえた。

 白鯨みたいなデカい船だった。暗黒の船へ砲火を浴びせているのはそいつだ。


「レバルデスの狩猟艦!」


 ラトリスが叫んだ。


「それも、あれって海賊狩りの船じゃない……まさか、シャルロッテが?」

「あの子、寝起きはよかったからな。もう起きたんだろ」

「そういう問題かなぁ? でも、すごいや、シャルロッテの船、暗黒の船に負けないくらい大きい船だよ! あれならやっつけられるんじゃない?」


 白い狩猟艦は船首にある大きなカノン砲で暗黒の船の横腹を食い破るように襲いかかっていた。戦列艦よりも二回りくらい大きい船で、大砲もたくさん積んでいる。

 

 暗黒の船はあっちに意識をもっていかれているようで、俺たちのちいさなリバースカース号はうっすら残っている海霧にまぎれてしれーっと船尾にゴツンっと頭をぶつけることができた。

 

 暗黒の船のほうがずっと背が高いので甲板からは乗り込めないが、マストに登れば、ギリギリ船尾にあるはみ出した外通路へと飛びこめた。


 俺とラトリスとクウォンで船内に突入する。

 

 船内では話に聞いていた”異形”──魔族たちがひしめいていた。

 大声で叫び、忙しそうに駆けまわり、重たそうな砲弾を大砲に詰めては発射する。船内はかなりめちゃくちゃで、大穴が空いている箇所も多い。戦列艦との戦いに加え、シャルロッテの狩猟艦ともぶつかっているせいだろう。


 いざ乗り込んでみて、改めて感じるが、クソデカい船だ。船尾からみた船首方面への奥行きが、体育館みたいになっている。こいつは簡単には沈まない。


 船のなかはひどい悪臭で満ちており、鼻が曲がりそうになる。

 匂いの原因はおそらく、そこら中に散らばっている人間の死体だろう。白骨遺体と言ってもよいかもしれない。とにかく腐敗臭がひどすぎる。


「うげえ、臭すぎ……」

 

 ラトリスは涙目になり、お耳をヒコーキみたいにペタンとさせている。可哀想に。クウォンはそんなラトリスの頭をナデナデし「我慢だよ~」と励ます。


「俺もけっこうキツめだ……衛生観念はわかりあえそうにないな」


 鈍い炸裂音が響き、その1秒後、外から砲弾が撃ちこまれてきた。大砲まわりで作業してた魔族らがまとめて千切れて吹っ飛ばされ無惨になる。


「危ない現場だな。長居するべきじゃない。さっさと済ませるか」

「暗黒の魔塊はこの船の魔力を支える心臓です。リバースカースと同じ魔法の船ならば、心臓を奪えば自壊するかも」


 暗黒の魔塊、こいつがリバースカースの使命であり実利である。こいつさえなくなれば船は力を失う。暗黒の船を沈められれば一石二鳥。レイニやシャルロッテ、海兵たちやブルーコーストを守れて一石三鳥で気持ちがいいって算段だ。


「霧払いをもつ暗黒の船に乗り込めたのは奇跡みたいなものです。暗黒の魔塊、しっかりいただくとしましょう」

「人間ガイルゾッ!!」

「あっ、バレた」

「作戦開始! なんか邪悪そうな物を見つけたら報告を!」


 魔族たちはまさか船内に敵が潜んでいるとは思っていなかったようで、動きに動揺がみられた。三者三様に駆けだし、多様性に富んだ魔族たちをぶった斬り進む。


 砲弾がせまってくる気配がすれば、急いで腹ばいになってフレンドリーファイアされないように気を付ける。


「うわあ!? なんかわたしのところばっか砲弾飛んでくるんだけど! シャルロッテのやつ、わざと狙ってるんじゃないでしょうね!?」

「獣人ダ! 捕マエロッ! スリ潰セェ!」

「うるさいし、臭いし、喋んないでくんない」


 ラトリスは灼熱をまとったブロードソードで魔族の分厚い身体を、武器のうえからすら溶断し、転がってる砲弾を蹴り飛ばして敵の頭にシュートしたり、燃え盛る斬撃をとばして、火薬に引火させ、凶悪な誘爆で破壊のかぎりをつくしている。

 獣の俊敏さで天井と壁、支柱を蹴るように走り、破壊的な赤熱の魔力剣で、一刀両断で魔族たちを委縮させ、さがらせる。誰もラトリスのもふもふ尻尾に触れることすらできない。


 烈火ごとき戦いぶりだ。

 重症なので無理しないでほしいが。


「ていやーっ! とうやぁー! たぁああ! ちょわぁっ!」


 クウォンのほうはまさしく台風の目って感じだ。彼女を中心に旋風が乱れ、分厚く丈夫なクレイモアが可哀想になるくらい酷使されている。船内に等間隔で備えられた支柱ごと魔族を断ち、動きがとまることない。

 剛力のたまものに見えるが、実際のところ受け流しと跳ね返しも含有している。アイボリー流の基礎であり全てを高度につかってる。力と技、攻撃と防御、完全な剣技で、四方八方を囲まれてもまったく怯まなく、死傷者を量産していく。


 まさしく無双の戦い。

 片腕骨折しているので多少はいたわってほしい。


 しかし、あれだな。ふたりがあまりにド派手に大立ち回りするものだから、だれも俺の方にこないな。覇気がなさすぎて忘れられてるようだ。ほら、いまも「モフモフノ方ガマシダ! ソッチカライゲェ!」とか叫んで、俺の横を通りすぎていった。あっ、船外からの一般通過砲弾に撃ち抜かれて退場した。可哀想に。


 激しすぎる船内乱闘を弟子ふたりに完全に任せるかたちになってしまったが、まあ、あのふたりの戦いぶりを見るに、俺のような雑兵は必要ないみたいだ。


 魔族たちは先天的に魔力を扱えると、先ほどミス・ニンフムから聞いたときは「そんな奴らの群れにどう勝てと?」と、だいぶ緊張したが、蓋を開けてみればどうだ、うちの子たちはあまりにも強すぎて、相手が魔力集団だと忘れてしまう。


「ん、あれは……」


 俺は外からの砲撃で空いた船壁の穴から外をみやる。景色が波で上下に揺れるなか、ボロボロになっている狩猟艦がみえた。暗黒の船もダメージを受けているが、狩猟艦ほうも相応の被害を受けているようだ。


 狩猟艦は強力だが、暗黒の船はもっと強いというのか。

 体力と攻撃力の差を考えるに、あっちはもう限界だろう。

 あの子は賢い子だ。きっとこうなることは覚悟だった。そのうえで街を守るために……あの子が信じる正義を執行するため大砲を受ける盾になったのだ。


「シャルロッテ……早くこの船を活動停止させないと。あの船はもうもたない」


 クウォンとラトリスが暴れているのは、この船のスケールでいえば、まだひとつの区画でしかない。一層の船尾部分。時間の問題だが、まだすべての戦力を惹きつけられてはいない。この船は狩猟艦とブルーコースト、それに戦列艦のほうへも攻撃する能力を有したままだ。


 確か『暗黒の魔塊』がなくなれば、船が自壊するとかだったか?

 弟子たちばかりに身体を張らせるわけにはいかない。一番、健康体の俺がなにを後方腕組みしているのだ。


「ラトリス! 羅針盤を!」

「っ、お願いします、オウル先生!」


 放り投げられたそれを受け取り、蓋を開け、俺は針の揺れる方向を確かめる。

 さぞ強い力を放っているだろうブツがどこにあるのか……上か。

 俺は蓋をパチンッと閉じて「こっちだ!」と叫び、派手に暴れまわる猛火と嵐をひきつれて上甲板への階段をかけあがった。

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