飛剣のレイニ

 魔族の指揮官スバラ・コロは戦場に起きた変化をすぐに察知した。

 沿岸部から街の中心へ向かうためのゆるい坂道、銃弾の雨をあびながら歩む魔族たちの足がとまり、彼らのまえに人間の騎士がたちふさがったのだ。


 女だ。紺色の頭髪のまだ若い女の騎士。

 敵の列にいれば収穫物に数えるだけの存在のはずだ。

 でも、この場にいるだれも彼女を侮ることはできなかった。

 

 女騎士は蒼瞳で海岸線を覆う魔族を睥睨し、群れに挑んでくる。

 手にしたロングソードを振るい己よりずっと大きい魔族を斬り捨てる。

 武器を打ち合うことはせず、見事な剣技でいなして、一刀で確実に無力化してくる

 

 女騎士のまわりには踊る剣たちが漂い、それらは主のもとに戻っては、次なる獲物へ狙いをさだめて、宙空を泳いで襲いかかる。彼女の死角から襲いかかる魔族は、もれなく飛ぶ剣により貫かれて命を落とす。攻防において隙がない。


飛び鯨の凍角フロストホーン


 振るう刃の数はすべてで6本。ひと振りの剣を握り駆け、5本を撃ち放つ。それらは凍える魔力をおび、ひとたび貫かれれば、血肉を凍らせてしまう。


 魔族は人間でいうところの魔力の覚醒者に該当する。その暴力は人間が束になってかかっても敵わない。いまは状況がまったく逆になった。魔族の暴力は決して飛剣の女騎士をとらえることはできず、ただ無惨に氷のオブジェばかりが増えていく。


「人間ノ英雄カ」


 スバラ・コロは警戒の色を強め、かたわらの魔族たちへ顎をクイっと動かし、指示をだし、強兵を倒すべく、実力者の二等船員2名を動かした。


 二等船員は三等船員を統率する側にある魔族であり、すなわち能力を認められている者である。魔族における統率力とは、多くの場合は実力と同義である。


「ブルァ! 薄イ薄イ! 絞リコロシテ見ルカ!」


 二等船員のひとりは体躯で女騎士より遥かにおおきかった。

 異常発達した腕をほつれる糸のように展開し、伸縮する触手を射出し、女騎士を捕まえ、暴力の餌食にせんとする。


 女騎士は一振りで触手を斬り飛ばし、指をピッと動かし、浮遊する剣を2本飛翔させ、二等船員の胴体と頭部に突き刺さり絶命させる。


「馬鹿ガ、ドケィ!」


 死に絶えた二等船員をどかし、サイのような角をもつ魔族が駆けてくる。体躯のわりに迅速な動きでせまり、手にした大鉈で女騎士を両断せんと剣をふりおろした。


 女騎士は大鉈を受け流し斬り返す。サイの魔族は手で襲いくる刃をはじいた。魔力で強化された分厚い皮は、深く傷つき凍てつくが致命傷には程遠い。


(オレノ魔鎧ガ傷ツクダト?)


 軽々とふられている剣であるが、その一撃一撃が必殺の威力を秘めている。サイの魔族は船員のなかでも実力者であるがゆえ彼我の差を悟れてしまった。


 すぐさま飛剣がよそから飛んでくる。

 サイの魔族は大鉈で上手くはらいのけてみせた。


 だが、飛剣に意識を向けた時、隙が生まれた。

 女騎士はサッと踏み込み、綺麗な弧を描く一振りで、太い片腕を斬り飛ばした。

 悲鳴をあげる魔族にとどめを刺し、女騎士はスバラ・コロのほうへ向きなおる。

 

(ん、あいつが指揮官っぽいね)

(アノ人間、異様ナ技ヲ使ウ)


「人間ノ雌、ワタシガ直々ニ砕イテヤロウ」

 

 スバラ・コロは腰の蛇腹剣を抜いた。重厚な刃が組み合わさった複雑な武器だ。刃の重みで骨肉を断ち斬る残忍な武装に魔法の炎がやどっていく。火炎をまとった蛇腹剣は生命をふきこまれた石像のようにのたうち動きはじめた。


 邪悪な魔法武器がめいいっぱいに振られた。痩躯なわりに侮れない腕力である。

 燃える蛇腹剣が波打つように女騎士を狙った。石垣と道が破砕された。


(ん、すごいパワー。喰らったら死んじゃう)


 女騎士は攻撃を回避し、腕を横にふり、さきほど二等船員2名を始末するために放った飛剣を回収するなり、すぐ放った。燃える蛇腹剣は暴れるように地を打って跳ねて飛剣をはじいて、スバラ・コロのもとまで届かせない。


 女騎士は大きく迂回するように波打ち際を走って、スバラ・コロに迫る。

 燃える蛇腹剣は、地を削るように跳ねて彼女の行く手をさえぎる。


(この剣、魔法のちからで動いてる。役目は私との間合い管理かな?)


 女騎士は飛剣をすべて引き寄せ、自分のもとに5本集めると、左右に散らし、二方向からスバラ・コロを襲わせた。

 魔法使いは片手で蛇腹剣を従え、空いている手に火炎球を握りつぶした。途端、火炎のカーテンが一方向をさえぎり、飛剣を受ける。地面から吹きあがる火力は凄まじく、飛剣の軌道を乱し、威力を減退させた。


 だが、もうひとつの方向の飛剣は防げていない。

 スバラ・コロは別方向から飛んでくる3本へも火炎のカーテンで対処しようとするが、術が間に合わないと悟るなり、己の反応速度を信じて避けようとする。


 一本目の回避に成功する。

 二本目は右足の太ももを貫通し、三本目は左肩を撃ち抜いた。

 スバラ・コロは苦痛に咆哮をあげ、しかし、蛇腹剣を握る手をゆるめず、集中力を高め、剣にこめた魔力を維持している。


 女騎士は黒い小舟のうえを跳ぶよう移動し、燃える蛇腹剣の執拗な追撃を回避し、飛剣が命中したタイミングをみて飛び込んだ。蛇腹剣との対峙。凍える魔力をまとったロングソードは武骨で重厚な破壊の鞭を強力にぶったたいた。


 魔力と魔力が衝突し、蛇腹剣が反発力によってどかされた。

 スバラ・コロと女騎士の間にはもうなにもない。


「辞メロォッ!!」

「ん、無理」


 鋭い一撃が魔族の指揮官の頭を斬り飛ばした。


 海上で爆発音が響いた。

 さきほどから大砲の音が鳴り続けているが、それとは性質の違う音だ。

 洋上で砕け散っているのはレ・アンブラ王国海軍の戦列艦だった。


「そんな……っ」


 女騎士の表情に焦燥がうかぶ。

 いますぐに基地に戻らなければ。

 そんな気持ちに駆られる。


 しかし、海岸にはいまも黒い小舟たちが魔族たちを乗せてせまってきている。

 後続をこのまま見過ごすことはできない。

 この戦場は自分がいなければ持ちこたえられない。

 

 女騎士は部下たちの無事を祈りながら、すぐに海へ向き直り、飛剣でこれから上陸しようとしている魔族たちを狙い撃ち迎撃をはじめた。


 また派手な爆音が轟いた。

 戦列艦はまた無惨にも破壊された。

 暗黒の船の海戦はあまりにも暴力的で、あまりにも一方的だった。


 5隻の戦列艦は縦にならび、暗黒の船へ次々と砲撃をあびせているが、暗黒の船が沈む様子はない。逆に暗黒の船が紫色の火炎を炸裂音とともに響かせれば、たちまちズダダダン! 片舷側90門が絶え間なく放たれ、王国海軍の船は船体を粉々に砕かれ、マストも索具も破壊され、しまいには火薬庫で誘爆を起こし大破した。


 大人と子供が戦っているようであった。


 怒りと悲しみが湧くなか、横目に見守る海上で不思議な現象がおこった。

 海霧が向こうから押し寄せてくるのだ。かなりの速度で、壁のように。


 それらは恐ろしい火力にさらされる戦列艦たちを保護する天使のヴェールのように、たちまち覆い隠してしまった。

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