万力の甲板長ドントリル
魔王海軍三等殲滅艦ニガストノイアの第三指、その上甲板には絶え間ない怒声と砲撃の音が響きわたっていた。炸裂音すらかき消すほどの声量で軍団を鼓舞しているのは、上甲板でひと際大きな体躯を目立たせる巨漢の魔族だ。
「クズドモ、弾ヲ込メロ、休ムナァ!」
”万力の甲板長ドントリル”は特等船員のひとりだ。一等船員のさらにうえの階級にあたり、副船長と同等の権威をもつ。ドントリルは特等船員のなかでも、もっとも目立ち、多くの船員の行動を決めることができ、また短気で粗暴で恐ろしいほどに強く、暴力で支配することを好むため、皆、彼のことをひどく恐れていた。
「ドントリル、黙レ」
怒鳴り散らかすドントリルを一言で黙らせたのは、これまた体躯の凄まじい魔族だった。それが声をだすだけで船員たちはぴたりと黙り、皆が息をひそめた。船員たちは怖気にすくみあがる。決してあのお方の怒りにふれてはいけない。
蛸の触手のような頭髪を大量にもち、手を動かさずに粛清と制裁をおこなう彼こそ殲滅艦ニガストノイアの第三指船長、魔王海軍大佐”千眼のアラノイア”だ。
ぎょろぎょろとした複眼で四方を常に監視し、船尾楼にある高さ7mもある玉座で頬杖をついて、ふんぞりかえっている。手元にある人間の死体をつまんで口にほうりこみ、丸飲みすると、樽のようなコップで大酒を飲む。
千眼のアラノイアは苛立ちげに肘掛けをガンッと強く打った。その音は魔法の力をもち、ドントリルの怒声よりも船員たちの脳を直接震わせた。
「侵入者ダ。強兵ガ入リ込ンダ」
船長は船のすべてを掌握していた。船内で争いごとが起きていようと、船尾楼のうえからでもそのことに気づけるのだ。
「アレハモウイイ。侵入者ヲ迎撃シロ」
アラノイアは大破しかけている狩猟艦から興味をなくしたように視線をきり、心を震わせる魔法の声で船員たちへ命令した。
「「「「「ウァァアアアア──!!」」」」」
船員たちは咆哮をあげ、武器をぬいた。
広大な甲板にいる化け物たちがいっきに船内へ降りていこうとする。
その時だった。
船内へ続く階段から巨大な嵐が吹きあげてきた。
「うぉお!
その天下無双にして破壊の嵐のごとき剣気は、船内へ降りようとした魔族たちを粉々に砕き、そのまま天空を穿たんとするほどに突きあげられ、メインマストに傷をつけ、帆を支える索具をベチベチとぶった斬っていく。
甲板が一部割れ、魔族たちが下の階に落ちていくなか、その若き豪傑は亜麻色の髪を旋風になびかせて、上甲板に飛びだした。
「はい、最上階到着っ!」
”無双のクウォン”はクレイモアを担ぎ直し、にひーっと笑顔を深めると、上甲板にいる魔族の数に武者震いをする。内陸で戦地を転々としてきた彼女にとって、無数の兵が待つ敵陣へ先駆けすることは、華であり、誉であった。ゆえに震える。
千眼のアラノイアは船尾楼から不躾な侵入者の登場をしっかりと目撃していた。ピタリと静まりかえった空気を肘掛けを打つことで破り、ただ一言「殺セ」と告げた。呼応して船員たちは咆哮をあげ、クウォンへ襲いかかった。
「剣術馬鹿、ひとりで行き過ぎだって」
「あっ、ラトリス、遅れてる~!」
”無双のクウォン”と”もふもふのラトリス”が魔族たちを襲うなか、冴えないおっさん──オウル・アイボリーは最上階まであがってくるだけで、額に汗をにじませ「ふぅ」と一息いれていた。
「やれやれ、俺が先頭走ってたのに気づいたら置いていかれてるんだもんな」
オウルは若者たちの元気に参りながら、羅針盤をとりだす。周囲でクウォンとラトリスが暴れているため、針が定まるまで、じーっと待つことができる。
「あいつ、かな?」
オウルは船尾楼のうえにいる、一番偉そうで強そうな魔族、千眼のアラノイアを発見する。船がとてもデカいため目標まで100メートル近い距離がある。
「コイツダケ弱ソウダ!」
「あっ、流石にバレるか」
オウルは羅針盤の蓋を閉じて、しまい込むと「気配断ち失敗」と言いながら、斬りかかってきた魔族の汚い武器を受け流して、首をはねて絶命させる。
(あのデカいやつ。デカいってことは強いってことだ。あいつのとこにいこう)
オウルは刀を片手に、弟子ふたりがド派手に暴れる一方で、地味な剣技で前へ前へと進んでいく。
ふたりの英雄が注意を引いてる間に、オウルはスイスイ進んでいたが、その様子を普段から甲板中に目を光らせている監督者は見逃さなかった。
「小賢シイヤツメ!」
オウルのまえに立ちはだかった壁は”万力の甲板長ドントリル”だった。
「でかすぎんだろ……」
「矮小ナ種族メ、喰イコロシテヤル!」
身長差は4m以上あった。オウルは目を丸くして、見上げてしまう。
万力の甲板長ドントリルは、手にした鉄塊のようなハンマーで思い切り殴りつける。オウルは一歩下がり攻撃を回避。だが、身体がふわっと1mくらい跳ねてしまう。オウルだけじゃない、周囲の魔族も衝撃のせいで跳ねている。
馬鹿げた腕力である。
ドントリルはオウルの情けない様子に笑みを深め、圧倒的に有利な立場からふるう暴力を楽しむ顔にかわり、貧弱な人類の肉と骨を潰さんと素手を伸ばした。
オウルは「なるほど」とひとつ納得した風にし、刀でスッと斬りつける。
(無駄ダ。俺ノ魔鎧ハ人間ゴトキニハ絶対ニ抜ケナイ!)
ドントリルの指が第二関節から切れて、4本スパッと宙を舞った。
それぞれオウルの胴体ほどもあるデカい指が甲板に散らばった。
甲板長は痛みに涎を垂らし悶え、欠損した手をかかげ、怒りの形相を浮かべる。
「ブチ散ラカシテヤルッ!!」
遊びはおしまいだ。もう手加減はない。
ドントリルはその棍棒に紫色に滲む燃える魔力を纏い、目と口からメラメラと燃える紫の炎を溢れださせ、この世の生物とは思えないほど邪悪な諸相を顕現させると、床をぶち抜くほどの勢いよくオウルを叩きつぶさんとした。
次の瞬間、ドントリルの地獄の鬼のように燃え上がっていた顔面が砕けた。
棍棒がその顔面にめりこみ、下あごだけを残して、頭部の大半が消し飛んでいる。
「おお、すごい膂力だ、こんな跳ね返したのは初めてかな」
オウルは嬉しそうに言った。
それは彼にとっては特別なことではないかった。
アイボリー剣術基礎編『受け流し』。
それは応用でも発展でもない技であり、入門者は入門したその日から、剣を置くその日まで、繰り返し修練を積むすべての基礎だ。
それは同時にアイボリーの理合の究極思想でもある。相手の力でもって相手を制すること。大陸でパリィとして知られるこの技は、相手の攻撃によって相手の体勢を崩し、隙をつくることを示す。しかし、実践値は非常に低いため、一般的な剣術では理論が語られるだけにとどまっている。
真面目に取り組みつづけた者がいるなど誰が思うだろうか。毎日同じことの繰り返し。成長してる実感はまったくない。それはまるで砂浜の粒を数えるような日々。
それしかないから、華々しい剣技に見向きもせず、ひどく渋く、どこまでも地味で、成熟するまで果てしない道のりを歩き続ける。ついには力の受け流す方向を自在に操り、相手の攻撃力をそっくりそんまま跳ね返すまでに練りあげた。
苦しみの十年は、その場所へ彼を導いた。
彼は誰も知らぬ頂で、ひとりだけ本物になったのだ。
「パワーはたしかに凄いが……これなら捌きようはあるかな」
オウルはなんでもない風に言って、自信をつけると「ほらボーっとすんなよ」と、近くで動揺している魔族の首を跳ね飛ばし、再び船尾楼を目指しはじめた。
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