情状酌量

 緑炎のカーテンが晴れる。

 魔法の力が消失したのだろう。


「船長ガ、魔力モナイ人間に……!」

「馬鹿ゲテル、コンナコト、アリエルワケガ……」


 魔族たちがおののいた様子で俺を取り囲んでいる。

 襲いかかってくる感じはなさそうだ。


「これどうやって持っていこうか」


 動かなくなったデカい身体に『聖ナル肉杯』とやらが刺さってる。最初の形状とずいぶん変わったしまっているし、このサイズの剣はとても持ちあげられない。

 困り果てていると「巨人狩りグレイテストカットォ!」という威勢の良い声とともに、凝縮された嵐のような剣風が駆けぬけた。


 魔族たちが吹っ飛ばされて、メインマストが叩き斬られ、甲板と船尾楼に一筆書きの深い傷をつくりだした。数十匹をまとめて粉砕する破壊神みたいな攻撃に怖気たようで、クウォンを相手にしていた魔族たちは戦意を喪失している。

 

「あっ、オウル先生! こんなところにいた!」

「あれ? ラトリスはどこに置いてきたんだ?」


 クウォンが「ん!」と言って指差す先、ラトリスが燃え盛る剣気をまとう刃で、魔族たちをなぎ倒してる。周囲には先ほど俺の前に姿をあらわした骸骨の剣士がいる。蛇人の魔法使いを探すと、死体が転がってるのをすぐにみつけた。


「てか、うわ! このでっかいの倒したの!? オウル先生が!?」

「一応な」

「とんでもなく強そうなのに! やっぱり、オウル先生は世界最強なんだ!」

「見た目ほど強くはなかったぞ。剣術はほぼ素人だった」

「そりゃオウル先生からすれば世界中の剣士みんな素人だよ」


 クウォンはいつもおおげさだ。

 

「ん、このでっかいの、なんか凄い邪悪なちからを感じる!」


 クウォンは暗黒の魔塊について聞いてきたので、俺は視線でしめす。


「クウォン、この剣、抜けるか?」

「え? このキモい剣? うわぁ、先生、そうやって嫌な仕事をおしつけて!」

「だって俺じゃ持てないんだし仕方ないだろ。道場ではできる子が率先してやるって教えてたはずだ。今こそ教えを活かすときだぞ」


 クウォンは不平を言いながらも、デカくてキモイ剣『聖ナル肉杯』をひきぬいた。これが魔族の口のなかから出てきたことは黙っておいたほうがいいだろう。


「おっとっと。これ重たいや」


 重たいやでは済まされないサイズの武器だが、クウォンは簡単に持ちあげた。頭のうえに乗せることでバランスをとっている。化け物なのだろうか。

 若者の元気に関心していると、急にドシーンと強い揺れが横殴りしてきた。クウォンはコケて『聖ナル肉杯』に下敷きにされ「ぐへえ!」と悲鳴をあげ、俺はゴロゴロ転がって、甲板の端っこまで転がってしまう。


 狩猟艦が船首を暗黒の船にぶつけていた。

 接舷箇所から金髪をなびかせた美少女が黒い甲板に降り立つ。


「あぁぁ! ちょ、シャルロッテ、いまはよせッ!」


 俺は叫んだが、疾風迅雷の剣気はすでにほとばしり、俺が甲板の端で頭をぶつけている間に、クウォンのそばに瞬間移動されてしまった。俺は移動により生じた衝撃波に顔面を叩かれて目を細めることしかできない。


 クソ速ええや。悪いクウォン。俺は助けられん。


「グァァアッ!」


 クウォンのすぐ近く、身動きのとれない彼女に船員がこれ幸いにと襲いかかろうとしたが、悲鳴を残して両断され、彼方までぶっとばされてしまった。

 

「もしかしてあたしのこと助けてくれたの?」


 シャルロッテは巨剣の下敷きになっているクウォンを見下ろし、次いで俺のほうを見て、最後に向こうで俺と同じように転がっているラトリスを見やる。

 見るからに不服そうな顔で、深くため息をつき、俺に視線を戻して口を開いた。


「これよりレバルデス世界貿易会社は職務を遂行します。海を脅かす存在を可及的速やかに排除するため、暗黒の船の魔族を掃討します」


 シャルロッテが俺をみながら話してくるその背後、ずっと向こうのほう狩猟艦との接舷部位から海賊狩りたちが降りてくる。俺がしばいたオブシディアンとかいう海賊狩りとデカい体躯の丸メガネも乗り込んできてる。


「先生、ラトリスに人の顔に落書きをしないように、教育をお願いします」

「あぁ、そういえば……そうだな、それは了解しよう」

「そういうことですので。……では、ひとまずのところはこれで」


 話は終わりだ、と言わんばかりにシャルロッテは言葉を切った。


「……え? どういうことだ?」


 シャルロッテは視線を外そうとし、ムッとしてこちらを見てくる。その眼差しはとても不満そうで、訴えかけてくるようなものだ。


「ギレルド王子の駆逐号は暗黒の船との交戦により大破しました。ブルーコーストから離れようとする海賊船を追いかける能力はありません」

「あぁ、たしかに。けっこう壊れてるな」


 俺は狩猟艦の損傷具合を見て納得し、言葉の続きを待っていると、シャルロッテはハンティングソードを手に、狩猟艦の衝突からたちなおる魔族たちへ襲いかかった。


「え? ちょ! シャルロッテ、どういう意味──」

「オウル先生、全部言わせないであげてよ! 野暮だよ! ここはシャルロッテの心意気をありがたくもらっとこ!」


 クウォンはそう言って、お腹に乗っている巨剣を「よっ」と言って、持ちあげた。俺はクウォンに合流し、海賊狩りたちが魔族を制圧する銃声と、シャルロッテの鋭い剣撃が響くなか、船尾方向のラトリスを目指して走った。


「シャルロッテ! いまこそ再戦を申し込むわ!」


 ラトリスはもふもふの尻尾をこれでもかと毛を逆立てて、戦意を剥きだしに叫んでいたが、俺はそんな彼女をタックルするように担ぎ上げた。


「ちょ、お、オウル先生……降ろしてください、あいつをぶっ飛ばさないとわたしの気がおさまら……じゃなくて、追跡されます」

「ラトリス、察しが悪いぞ。シャルロッテの心意気をくむんだ」


 ラトリスは身をよじり、頬を染めて、「自分の足で走れます……」と、不満をもらしたが、この子の性格を思えば、上甲板に戻る可能性があったので、俺は抱っこしたままリバースカース号まで戻った。


「おかえりなのです! 船長、おじさん、クウォンお姉さん!」

「はーい、ただいま~、あっ、これは良い子は触っちゃだめだよ! とんでもない呪物だからね!」


 クウォンが甲板にデカい剣をぼーんと降ろす一方で、俺はミス・ニンフムに船をだしてもらった。


 暗黒の船からゆっくりと遠ざかっていく。

 俺はラトリスをそっとおろす。


「はぁ、はぁ、息が……腰にくる重さだったな……」

「先生、なんてこと言うんですか」

「いや、別にラトリスが重いって意味じゃなくてだな」


 正直、重すぎだとは思ったが、言わないでおく。

 剣とか銃とか装備類の重さ、あと衣服の重さもあるのでな。ラトリス自身の重みについては未解明ということにするのが優しさだ。

 

 暗黒の船からは絶えず銃声と剣のぶつかる音など、争いの音が聞こえる。

 あの子の実力を思えば、あの船にいた戦力に遅れをとることはない。

 

「どうしてあいつ逃げしてくれたんですかね」


 ラトリスは隣に並んで暗黒の船を見上げながらたずねてくる。


「俺もわかってないんだが……俺たちが乗り込んで、そのおかげで暗黒の船の砲撃をやめさせたともいえるな」

「それじゃあ義理ですか?」

「たぶんな。暗黒の船が狩猟艦を完全に沈めるのを止めたって考えている可能性はあるさ」

「あいつそんな話のわかるやつじゃないですよ」


 ラトリスは「オウル先生はあいつのこと良く見過ぎです」と唇をとがらせた。


 実際のところ、俺も理由はわからない。

 でも、考えることはできる。

 

「なあ、ラトリス、俺はシャルロッテに可哀想なことをしたかな」

「それって基地でしばいたこと言ってます?」

「そうだ」

「先生が気にすることなんてありませんよ。あいつはカスです。裏切り者です」

 

 久しぶりの再会だというのにこんなことになって……。

 シャルロッテだって俺に味方して欲しかったはずなんだ。

 なのに俺はあの子を突き放つようなことをしてしまった。


 ラトリスとシャルロッテ。

 道を違えたふたりだが、どちらが間違っているとも思わない。


 ラトリスは海賊だが、レバルデスや他の悪い海賊からしか盗らないと言ってる。アウトローなりに誇りをもって生きてる。世のルールに反しているが、世のルールが絶対に正しい時代なんてない。情に厚い子なのは俺がよくわかってる。シャルロッテが言うほど極悪狐ではないし、人間の道を踏み外しているとも思わない。


 シャルロッテは海賊狩りで秩序の維持におおきく貢献してる。でも、ラトリスいわく彼女は冷徹だという。超国家の権威と莫大な資本をもつレバルデスが都合よく世界を動かすための歯車になったのだと。俺も彼女がラトリスを斬ろうとしたのは恐かった。もう変わってしまったのだな、と。

 でも、彼女は俺たちを逃がしてくれた。感謝なのか、あるいは職務上、海賊より魔族への対応が優先だったのか……理由はわからないが、俺はあの子を、ラトリスが言うような情のない奴だとは思えない。


 彼女たちは信念を抱いている。

 己の正義をもち、道を選ぶ意志力がある。

 俺がついぞ自分の手で手に入れられなかったものだ。


「ラトリス、お前は偉いな」

「へ? そんな急に褒められても……そうですかね?」


 もふもふ尻尾がパタパタ元気に動いた。


「シャルロッテも偉い子だ」

「むぅ、あいつは偉ぶってるだけです。裏切り者です。レバルデスの犬です」


 ラトリスはすっかり小さくなった暗黒の船を見つめて不服そうな声をだした。

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