虚偽と真実

 事件から三日が経った。シャルロッテは荒れ果てた沿岸部を見回りした足で、レバルデス世界貿易会社ブルーコースト支社にやってきた。支社はいま大変に慌ただしく、どこの部署もてんやわんやである。

 

「70年ぶりの魔族の再来、か。そんな大事件の舞台がまさかブルーコーストになろうとはな」

 

 煙草をふかすこの男はブルーコースト支社の治安維持部長である。でっぷり太った下っ腹と目の下の隈が不摂生を物語っている。

 治安維持部長は、煙草で溢れそうになっている灰皿に、吸殻をねじこみ、視線をあげ、机のまえにいる金髪の美しい娘を見上げた。


「んで、報告書をつくり直してきたのか」

「はい。確認をお願いします」

「ふん、まったく、若いもんは報告書すらまともに作れない。本社の人間が聞いてあきれる。職階に見合った仕事をしてくれよ、シャルロッテ船長殿」


 治安維持部長は目をひん剥きながら、そう言い、報告書を受け取った。


「昨日の報告書でも、十分に役割を果たせていたと思いますが」

「俺の判断を疑うのか。上司は絶対だよ。部下が勝手なことをはじめたら、どうやって収拾をつけるのだね。ええ? 艦船を預かる身ではわかってくれるだろう」

「では、今回のものはご期待に応えられるものと思います。ところで、以前も言いましたが、部内での喫煙は控えるべきかと。煙草の煙が嫌だと、ある社員が匿名で私に申告してきたこと、お話したはずです」

「またその話か。不満があるのなら、自分で足で、俺のまえにくればいい。そいつはあなたのことを都合よく利用しているだけだよ。なにより、これはあなたが気にすることじゃない。支社のことは支社で、部内のことは部内で解決する。あなたは部外者なのに不必要なことにまで口を出す癖がある。よくないよ」

「私はこの部の人間です。あなたの態度は多くの社員を委縮させていることにお気づきでしょうか。執行課の一部は監査能力も期待されて海を渡ります」

「ん? まさかお前、ただの海賊狩りじゃないのか?」


 治安維持部長は冷汗を額ににじませる。

 シャルロッテは顔色ひとつ変えずにつづける。


「支社の状況は報告書をすでにつくっているので、それが書き直されるかはあなた次第ですよ、治安維持部長」

「むぅ……」

 

 治安維持部長とシャルロッテの牽制のような会話は、徐々に治安維持部長の旗色が悪くなっていった。


「……監査役がひっかき回して不和を招いては本末転倒じゃないかな……ここにはここのやり方がある……こほん、まあいい。その話はまた今度にしてくれないかな、シャルロッテ船長殿。あいにくと業務がたまっていてね」

 

 シャルロッテを追い出したあと、治安維持部長は不機嫌そうに椅子にふんぞりかえって鼻を鳴らした。


「この俺を脅してるのか? クソガキが」


 彼がシャルロッテを気に喰わないのは2つの理由がある。


 ひとつ目は、体制的に生まれる不満だ。

 狩猟艦に乗り海をまたいで平和を守る執行課は、特別な存在であり、彼らは本社治安維持部にその籍を置いている。職務のために海を渡る彼らは、本社を遠く離れての活動が長くなるため、支社を転々とし仕事と補給、成果報告などをおこなう。一時的に本社治安維持部から、支社治安維持部に出向する形をとる際、支社の者は本社社員である執行課を厚く待遇する慣習がある。悪い言い方をすれば、遥々出向してきたの”よそ者”の要望にふりまわされることが多々あるのだ。


 ふたつ目は、個人的な不満だ。

 それはシャルロッテの職位等級が支社部長クラスに高いのである。P22──それがブルーコスト支社治安維持部長の等級だが、出向社員であるシャルロッテはこれと同じP22の職位等級をもっているのだ。理由は部長が支社社員なのに対し、シャルロッテが本社社員なことが一つ。もう一つはシャルロッテに手腕がありすぎることだ。


(本社の人間はだいたいムカつくが、あのガキは特別腹が立つ。純粋そうな顔して、清廉潔白ぶっているが、その実、腹のなかでは黒い思考をもってるに違いない。出世欲にまみれた汚い手段をとってるのは明白だしな。あんな生娘が、レバルデスに40年務めてる俺と同じ等級だと? ふざけるのも大概にしろ。どうせ心のなかでは俺のことを見下してるんだろ? 俺は忘れてない。出向してきて何日も経ってないうちに、勝手に警備課の備品管理体制に講釈をたれやがったことを)


 治安維持部長は深くため息をついてから報告書に目をとおす。


「ニガストノイアの第三指。70年前にも何度か確認されてる魔族どもの殲滅艦とな。ふむ、最終的にギレルド王子の駆逐号により、船員のほとんどを無力化、のちに数名の捕虜を確保、魔力封じの拘束具でいまも監禁中……この戦いの勝利には”もふもふのラトリス”と”無双のクウォン”、そして”オウル・アイボリー”の勇敢な強襲がおおきく貢献した? ……これではダメだな。シャルロッテはなにもわかっていない。正義は我々になくてはならない。こんな報告してどうする。そもそも誰だよ、オウル・アイボリーって」


 事件報告の大分は治安維持部長によって、シャルロッテに不利な内容は強調され、ブルーコースト支社ひいてはレバルデスという名前にとって不利なことは有利なように、と書き換えられた。


 結果、報告書はシャルロッテ率いる海賊狩りが”もふもふ海賊”とぶつかり敗北をきしたことはそのままに、もふもふ海賊が暗黒の船へ大きな打撃を与えたことはなかったことにされ、代わりにレバルデス治安維持部沿岸警備課の功績が足された。


「これでいい。新聞社をつかって真実を世に広めてやろうじゃないか」


 レバルデス世界貿易会社と同一資本で運営されるシマエナガ新聞社は、治安維持部長の描いたシナリオにそって、報道をおこなった。街中では飛びまわるシマエナガたちによって週刊新聞がくばられた。


「おお、やはり、レバルデスが頼りだな」

「あの恐ろしい魔族どもを撃退できるのは彼らだけじゃな」

 

 市井はレバルデスの大活躍をありがたがった。

 だが、真実知るものたちは声を発した。


 レ・アンブラ王国海軍はシマエナガ新聞社の記事を痛烈に批判し、ブルーコーストを守ったのが本当は誰なのかを語った。彼らの活動が功を奏したのか、翌週の記事には『王国海軍角鯨の騎士団いわく「もふもふ海賊は名前のとおり悪いやつらじゃない」とのことである。』という短い一文が載せられることになった。


 新聞騒動のすこしあと。

 アンブラ海の各所で新しい手配書が大量に市中に出回った。

 

────────────────────

発行元:レバルデス世界貿易会社

     WANTED

  『もふもふのラトリス』

   罪状:海賊行為

    DEAD OR ALIVE

【懸賞金】

 1億8000万シルバー

【特徴】

 獣人、狐族、赤毛、もふもふ

────────────────────

────────────────────

発行元:レバルデス世界貿易会社

     WANTED

  『無双のクウォン』

   罪状:海賊行為

    DEAD OR ALIVE

【懸賞金】

 1億1000万シルバー

【特徴】

 人間族、亜麻色の髪、大きな剣、高身長

────────────────────


 治安維持部長は改変のなかで”もふもふのラトリス”と”無双のクウォン”が手を組み、レバルデスの『主席執行官ファーストオーダー』が率いる部隊を倒したシナリオを書いた。シャルロッテの報告では「私は世界最強の剣士オウル・アイボリーに敗れただけであって、ラトリスに負けたわけじゃない」とされていたが、治安維持部長はより市井に説得力のあるシナリオを提供したのだ。


 『主席執行官ファーストオーダー』が名もなき中年に敗れたなど誰も信じれないからだ。


 しかし、これもまた真実知るものたちは黙ってはいなかった。

 とはいえ、抗議などが行われたわけではない。密かに噂が流れだしたのだ。俺は真実を知ってるぜ、という得意げな海賊狩りたちによって。


 いわく「ちがうんだって。もふもふのラトリスも、無双のクウォンも想像を絶する実力者だが、シャルロッテ様を負かしたのも、暗黒の船の船長を討ったのも、全部あの、冴えない普通のおっさんがやったんだよ」──とのことであった。

 

 かくして海にもふもふ海賊の名前が広まり、海賊狩りたちは、もふもふ海賊の謎のメンバー”普通のおっさん”について、ひそかに語るようになっていった。



 















 ────────────────────────────────

 こんにちは

 ファンタスティック小説家です


 第9回カクヨムコンテストに応募する本作『秘島育ちのおっさんなんだが、外の世界に出たら最強英雄の師匠にされていた』は、ひとまずキリが良いのでここで終わりとなります! もしかしたらいつか続きを書くかもしれませんが!


 オウル達の物語はまだ続いていきます。最後のほうに出てきた不穏な魔族とは、海を穿つ呪いとはなんなのか、第八の海とはどこにあるのか──。オウル達はメギストスを追いながら、この世界にある秘密と伝説、まだ見ぬ強者に遭遇し、気づかぬうちにその名声を高めていくことになるでしょう。


 ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。

 星とか作品フォローとか、たくさん支えられたおかげで書けました。

 コメントも全部返信できてませんが、ちゃんと読んでます。感謝します。


 次のコンテストに出るまで旧作を更新しようと思います!

 興味ありましたらそちらも読んでみてください!


【完結してない旧作たち】

『俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活』

『異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。』


 あとがき終わります!

 最後に、この作品が面白いと思ってくださったら★★★評価やコメントをよろしくお願いいたします! では、またどこかでお会いましょう!

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】 秘島育ちのおっさんなんだが、外の世界に出たら最強英雄の師匠にされていた ファンタスティック小説家 @ytki0920

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画