6話-1

「……冗談を言ってる場合じゃない。安全な場所まで送るから、ついてきてくれ」


 委員長の口から発せられた言葉を信じることができない俺は、ここから離れようと言い出すことしかできない。

 しかし、委員長は俺の様子を一瞥すると、人形の残骸を手に取った。


「メモリーカードは無事ですね。人形が破壊された時はどうなるかと思いましたけど、これで今の戦闘データも残すことができます」


 いつもと全く変わらぬ口調に、変わらぬ雰囲気。

 なのに今、俺の目の前にいる委員長は、今までの彼女とはまるで別人のように感じてしまう。


「……もう一度だけ言わせてもらう。ふざけるのはやめて、俺と一緒にここから離れるんだ」


 委員長が悪い冗談を言い続けているという、一縷の望みを託した最後の勧告。

 その望みを耳にした委員長は、にっこりと笑いかけてきた。


「ええ、冗談を言っている場合じゃないのはわかっています。なので、本当の事しか言っていません。私が『ヴァッサ』。フレーダーやスピネに指示して暴れさせていたのは私ですし、水を仕込んだ人形を操って貴方と戦っていたのも、勿論私ですよ」


 ……一縷の望みは、委員長のから紡がれた言葉によりあっさりと潰えた。


「何で……何で、色んな人達に危害を加えるような真似をする? 俺には君が、そんな事をするような人には見えなかった」


「私が人に危害を加えるようには見えないですか。……そんな風に思っていただなんて、貴方はとんでもないお人好しですね」


 委員長は一瞬だけ驚いたような表情を見せるが、すぐにいつもの笑顔に戻る。

 ……よく考えたら、委員長と話すようになったのは最近の話。

 俺が学生という面と、ヒーローのようなことをやっている面があるように、どんな人間にもいろんな側面があるのは当たり前なのかも。

 ……いや、それでも委員長がヴィランだったなんて、信じられない。


「その人のよさに免じて先程の疑問に答えてあげましょう。私は、この世界をより良い方向へと導いていきたいんですよ」


 そういえば以前、将来の夢についての話題になった時に似たようなことを言っていた。

 ……いや、それならなんで、人を襲ったり街を破壊する?

 意味がわからない!


「世界をより良い方向へ導くっていうんなら、人を襲ったりするのは逆効果だろ! 何を考えてるんだ!」


「そんな事はありません。世界を導く為に必要なのは、私たちのような超能力者や、優れた才能を持つ一部の人間による支配なんです。その事がわからない……ましてや、超能力者を排除しようとするような、私達の足を引っ張る事しかできない人は不要なんですよ」


 ……半野が率いる反超能力者団体を襲撃していたのも、彼女の目的にとって邪魔だからという訳か。

 確かに、委員長の言うことにも一理ある……かもしれない。

 優れた人間が先頭に立って導く。

 凄く合理的な話じゃあないか。


「君は、間違っている」


 ……だけど、俺はそれを認める訳にはいかない。


「自分の意志に沿わない人達は強引に排除するのが正しいって、本気で思っているのか? 目的の為なら、関係無い人や街に被害が出ても構わないのか!」


「愚問ですね。大義の前には、多少の犠牲など些事にすぎません」


 ……少しは考え直してくれるかと思っていたけど、ここまでバッサリと切り捨てられるなんて。

 普段の委員長を見ていたから、ひょっとしたら説得できるんじゃないかと思っていたけど、話は通じない。


「……仕方ない。本当はこんなことしたくはなかったけど、君を警察に――」


「そうですか? 私と貴方って、案外似ていると思うんですよ。もっと話しあえば、きっと分かり合えますよ」


 しかし、話し合うのを諦めた俺とは違い、委員長は俺の説得を諦めていなかった。


「に、似ているだって? 一体、どの辺りが?」


 そういえばこの前も同じ事を言っていた。

 ……俺と委員長が似ている所?

 普段の学校生活から考えても彼女は学校の人気者で、俺は目立たないようにしている日陰者。

 まったくもって対極の存在じゃないか。


「貴方、周囲の人を下に見ていますよね」


「……は? 何を言ってるんだ。そんなこと、あるわけないだろ!」


彼女から発された言葉に俺は虚を突かれてしまうが、すぐに否定する。 


「周囲の人の力を低く見ているから、自分が代わりに戦って彼らを守ろうとする。私だって、無暗に何の罪もない人を巻き込むのは良くないとは思っています。犠牲は付き物なので、そこは仕方ないのですけど」


 ……彼女は勘違いしている。


「……俺が戦う理由は、ヒーローとして自分の居場所を認めてもらう為だ。君の言うように誰かを守って戦おうなんて大層な理由は――」


「そうやって自分に嘘をつくんですね……まあ、そういう事にしておいてあげましょう。でも、反超能力者団体……私達のような超能力者を拒絶する彼等を守る理由なんてあるんですか? 自分を助けてくれた貴方すら拒絶するような、愚か者達を」


 ……彼女の言う通り、彼等を助けることに意味があるのか、考えていた事は確かだ。

 例え俺が何度助けてやっても、それで彼らの考え方が変わるかは怪しい。


「そ、そんな事、今はどうだっていい! 今は、君を警察に引き渡す!」


 僅かに生じた迷いを振り切るように叫び、地を蹴り駆け出す。

 ……無関係な人も巻き込んで暴れていた悪党とはいえ、相手は女の子。

 手荒な真似はしたくなかったけど、手加減してどうにかなるような相手じゃないし仕方ない。


「話を切り上げて戦闘を仕掛けてきましたか。どうやら、図星だったようですね」


 迫る俺に怯む様子もなく、委員長……いや、ヴァッサは冷静に呟く。


「この廃ビル、水道は通っているんですよね」


 ヴァッサまで後少しと言うところで、背後から感じた気配に思わず飛び退く。

 ……先程まで俺がいた場所を、大量の水が勢いよく流れていった。

 その水はヴァッサの近くまで流れると、今までの勢いが嘘のように彼女の周囲で静止。

 その様子はまるで、ヴァッサの周囲を透明な壁が守っているかのようだ。


「……もう一度、蒸発させてやる!」


 力を振り絞り、先程人形を破壊したように攻撃を仕掛けるか考えるが、威力が強すぎるせいでヴァッサを必要以上に傷付けてしまう。

 ……火傷しない程度にダメージを与えて、無力化させる作戦で行くか。

 そうと決まればまずは邪魔な水壁をどうにかする必要がある。


「はぁっ!」


 水壁へ炎を放つと、炎は消火されるものの、狙いどおり水壁も蒸発。

 ……このまま押しきる! 


「強力な超能力を持っているのに、その力を持て余しているとは勿体ない。では、私も少しだけ本気を出しましょうか」


 水壁の一部分が蒸発し、炎がヴァッサに届こうとした瞬間、彼女の身体から黒いモヤが吹き出し、炎を掻き消す。

 そして、黒いモヤはそのまま彼女を包み込んでいった。


「が、ガイストバックル!」


 ヴァッサが黒いモヤに包まれる直前、彼女の腹部に金色のガイストバックルが装着されていたのを目撃する。


「さあ、大人しくしてもらいましょうか」


 黒いモヤの中からヴァッサの声が聞こえてくると同時に、残っていた水壁が激流のように此方に迫る。


「ぐあッ……」


 突然の攻撃に対して俺は水流を躱すこともできずに飲み込まれてしまい、塔屋の壁に叩きつけられてしまった。

 俺の周囲に纏わりついた水が離れ、床を伝ってヴァッサの元へ流れていくと同時に、異形と化した彼女を目の当たりにする。

 丈の長いスカートの白いドレスを身に纏い、変身前と変わらない黒く長い髪の姿は、スピネ達の変身した怪人の姿とは違い、人間に近い。

 しかし、青い肌と赤く染まった眼が、彼女がガイストバックルの力で人を超えた超人……いや、怪人と化した事を教えてくる。

 ……身体の痛みが引かないせいで起き上がれず、変貌したヴァッサを見ることしかできない俺に、彼女はゆっくりと近寄ってきた。


「貴方の戦闘スタイルは、既に解析済みです。……いえ、例え貴方の事を解析できていなくても、私の勝利は揺るぎません。先程人形を破壊した程の威力の技を放てば、私は反撃する事もできずに倒されていたでしょう。……不必要に人を傷つけたくないと思っているのなら、甘いですね」


「……女の子相手に本気を出すなんて、格好悪いだろ? それに、爆発させると疲れちゃうからあまり使いたくないんだよ。それにしても随分とよく調べているんだな? 結構、大変だったんじゃないのか? 自慢するようなことじゃないけど俺はまだ、そんなに話題になってないぞ」


 なるべく弱みを見せないように、かつ時間を稼ぐために軽口を交えながら矢継ぎ早に喋るが、非常にマズい。

 俺が考えている以上に、彼女はこちらの手の内を見透かしている。

 おまけに先ほど使った自爆特攻は、俺の使える最大の切り札。

 さっきまでなら多少無理をすれば使えたが、今の状態でもう一度使えば只じゃ済まない。

 ヴァッサを道連れにできるのなら兎も角、その前に力尽きてしまうだろう。

 こちらの手札を全てヴァッサに見せた状態で、彼女の超能力を正面から打ち破らなくてはいけない。

 ……悪夢みたいな状況だな。


「確かに、貴方のことがニュースになったのは最近のことですから、少しだけ手間取りましたね。ただ、仲間に引き込もうとしている相手の事、調べるのは当然じゃないですか? ……まあ、そんなに大変じゃ無かったですよ。スピネもフレーダーも使えないなりに働いてくれましたし、私の知人に貴方のファンがいて、あなたが活動し始めたであろう時期の、誰が撮影したかわからないような動画まで見せてくれましたから。彼もまさか、自分の好きなヒーローを倒す為に利用されるなんて思ってもいなかったでしょうけどね」


 ……二郎の奴、無駄に丁寧な仕事をしやがって。

 この場にいない親友を呪いつつ、点火装置のボタンを押して火花を散らす。

 水に濡れた状態でも起動できるか不安だったが、立ち向かう為の力はまだ残っていたか。


「そのクラスメイトも残念だな。可愛い女の子に話しかけられたと思ったら、利用されていただけなんだからよ!」


 反撃を仕掛けるべく立ち上がり、そのままの勢いで拳を振るう。

 彼女から近づいてくれてたお蔭で、ヴァッサとの距離を詰める必要も無い。


「甘さがあるせいで勝てないって言うのなら、そんなの捨ててやる! もう手加減無しだ!」


 ヴァッサが言っていた通り、俺の中には甘さが残っていた。

 見知った相手に全力を出すのは気が引けるが、彼女相手に手加減している余裕はない。

 ジェット噴射を使用し、スピードを上げた拳を何度も振るう。

 ……しかし、ヴァッサは俺の攻撃を悉く躱し、最後には拳を受け止められて、腕まで掴まれてしまった。


「な、なに!?」


 ヴァッサの手を振りほどこうともがくが、びくともしない。

 わかってはいたが、ガイストバックルによって身体能力もかなり向上している。


「……今ので甘さを捨てたと? 口だけですね!」


「ぐあっ!?」


 突然浮遊感を感じたかと思えば、次の瞬間には背中に走った痛みに、呻き声を出してしまう。

 ヴァッサに投げ飛ばされたと気が付いたのは、その直後だった。


「炎を灯さずに只の拳で殴りかかって、私に敵うわけないでしょう? 如何に強力な超能力を有していても、使う本人が弱くては宝の持ち腐れですね。さて、無意識下に甘さが残っている今の貴方では、私に勝つことは不可能。今のままノワールガイストに加入しても、実戦で使うには時間がかかりそうですね」


 随分と酷い言われようだが、確かに彼女の言う通り、甘さがあるかはともかく、今の疲弊した俺では……いや、疲弊していなくても、ガイストバックルで強化された彼女に勝つのは難しいだろう。

 ……それでも、諦めるわけにはいかない。


「そ、そうかい。ヴィランの仲間入りなんてするわけないから、関係ない話――お、おい!? 何をやろうとしているんだ!?」


 弱っていることを悟られないように軽口を叩きながら起き上がるが、目の前の光景……宙に浮かぶ、巨大な水塊に言葉を失ってしまう。


「少しだけ、時間をあげましょう。次に会う時までに同志として共に歩む覚悟を決めておいてください……その時は、貴方の素顔も拝見させてもらいたいですね」


 彼女が言葉を紡ぎ終えると同時に、巨大な水の塊が激流となって再び俺に襲い掛かる。

 すぐさまその場から駆け出して逃げようとするが、それも虚しく瞬く間に激流へと飲みこまれてしまう。

 何とか脱出しようと手足をバタつかせて藻掻くが、水の勢いが強くどうすることもできない。

 しかも、ヘルメット内にまで浸水してきて呼吸が出来なくなり、意識が遠のいていく。

 ……意識を失いそうになった瞬間、首とヘルメットの隙間から排水されたことで新鮮な空気が肺に流れ込み、意識が覚醒。

 咳込みながらも呼吸を整えようとする……が、奇妙な浮遊感と同時に、視界に夜空以外は何も映っていない事に気付く。

 嫌な予感に、辺りを見渡して自身の状況を確認。

 視線を落とせば俺の胸元と共に、先程まで立っていたビルの屋上が映る。

 慌てて振り返ると、遥か彼方の地表が視界に映った。


「うわァァァ!? ま、マジかよ!?」


 激流に押し出されて空中に投げ出されていた事に気が付くと同時に、俺の身体は重力に従って真っ逆さまに地面へ引き寄せられていく。

 ど、どうする!? 超能力で何とか切り抜けて――いや、今の疲弊した状況では、すぐに力尽きてしまうかもしれない。

 打開策を考えている間にも、地面に向け刻一刻と落下していく俺の身体。

 ……このまま死ぬくらいなら、最後まで足掻いてやる。


「うおォォォ!」


 地面に向けてジェット噴射を放ち、落下スピードを減速。

 遠退きそうになる意識を何とか繋ぎ止めながら空中で姿勢を整えると、そのまま地面に着地する。

 ……すぐさまビルの屋上を見上げるが、ヴァッサの姿は無い。


「……し、暫くは待つだって!? 今のは殺すつもりだろ!」


 彼女に届くことが無いのはわかっているが、それでも叫ばずにはいられない。

 きっと、俺が自力で何とかできると踏んで突き落としたのだろう。

 ……しかし、無事に着地できて良かった。

 暫く頭上を見上げていると、パトカーのサイレン音が聞こえてくる。

 この廃ビルが幾ら人里離れた場所にあるとはいえ、小規模だが爆発が起これば警察も動くか。

 今からもう一度ビルの屋上に登ってもヴァッサは既に立ち去っているだろうし、警察に見つかる前に立ち去るしかない。


「とりあえず、人気の無い場所で着替え――ぐっ……」


 バイクを取り出して跨り、エンジンを回した瞬間、意識が一瞬だけ遠退く。

 こんな状態じゃ、バイクは使えない。


「……助けた相手から拒絶されたかと思えば、敵対している筈の奴は俺を仲間に誘ってくる。まったく、どういうことだよ」


 意識を保つために独り言を呟きながらバイクをしまうと、物陰に隠れながら街を目指す。

 ……俺は何の為に戦っているのか、わからなくなってきた。

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