5話-3

 夕暮れどきの無人銀行内。

 破壊されたATMの前で、覆面を被った三人の男と対峙する。


「……大人しく捕まっておいた方が、痛い目を見ずに済むぞ?」


「余計なお世話だ! あとちょっとで金を奪えていたのに邪魔しやがって……お前ら! やっちまうぞ!」


 学校帰りにいつものようにパトロールを行っていると、無人銀行に強盗が押し入ったという情報が入り、駆けつけてみたら強盗の真っ最中。

 残念なことに不意打ちする前に気付かれてしまった為に、正面から相手をする事になってしまった。

 まあ、最終的にこいつらを殴り倒す事には変わりない。


「やっぱり言っても無駄だったか。それじゃあ、遠慮なく!」


 警告を無視して殴りかかってきた強盗たちの攻撃を捌き、最後に掴みかかってきた強盗を蹴りつけた。

 そして地面に倒れていく強盗の服を掴んで引き起こすと、ジェット噴射で加速させた拳をお見舞いする。


「い、今の炎! こいつ、超能力者か!?」


「察しがいいな。これで早く降参したほうが身のためだって、わかっただろ?」

 手を離したことで呻き声を上げることも無く地面に倒れた強盗を一瞥したあと、自分達に視線を向けられた事に気がついた強盗達が狼狽えだす。


「お、落ち着け、お前ら! 俺だって超能力者だ!」


「……何?」


 狼狽える仲間を落ち着かせようとした強盗の放った言葉を聞き、咄嗟に身構える。

 まさか、超能力者が紛れていたとは。

 ……こいつがどんな超能力を使って来るかわからない以上、迂闊に手を出せば返り討ちにされてしまう。

 しかも俺の超能力は既に知られているぶん、こっちが不利だ。


「俺の手汗が滲まなくなる超能力! どんなに緊張しようとも、手が滑ってしまう事はないし、デート中に何も気にする事なく手を繋ぐことができる! この能力に目覚めた瞬間、俺は悪の道に生きると――」


 超能力者と称した強盗の顔目掛け、右ストレートを叩きこんで黙らせる。

 地面に倒れていく二人目の仲間を見て、ただ腰を抜かすしかできない残った一人に話しかける。


「なあ? こいつ、何であの超能力で自信満々だったんだよ」


「……さ、さぁ? そんなのこっちが聞きてえよ。……それよりも降伏するんで、これ以上は勘弁してください」




 強盗の降伏宣言を聞き入れた俺は、三人を結束バンドで拘束してから無人銀行の外に出てバイクに跨がる。


『S、無事か?』


 通信機の電源をONにすると同時に、二郎が安否を確かめてきた。


「問題ない。銀行強盗の件は片付いた。警察に通報はしてるか?」


『勿論、お前が現場に向かった時点で一応な……とはいえ、俺が情報を知ってる時点で誰か通報してると思うけど。さて、今のところ他に事件は起きてないみたいだけど、これからどうするつもりだ?』


 スマホの画面に目を向けると、二郎の言う通り何の通知も受け取ってない。


「……もう少し、パトロールをしてから切り上げる」


『そうか、何かあったら連絡しろよ』

 二郎との通信を切り、バイクのエンジンを回して走り出す。

……本当に、このまま何も起きなければいいんだけどな。




 そんな俺の願いが叶う事は無かった。


「ま、また我々の活動を妨害しようというのか! や、野蛮な超能力者め!」


 街中で例の反超能力者団体の集会を見かけたので、昨日の事もあり嫌な予感がして物陰からこっそりと様子を窺っていたら、影人形が現れて反超能力者団体を襲い始めたのだ。


「……あいつらは気にくわないけど、俺のやる事は決まってる」


 スーツにはもう着替えており、戦う準備は万全。

 人混みの中で暴れる影人形目掛けて走り出す。

 逃げ惑う人々の間を掻って影人形に近づくと、その勢いのまま殴り飛ばす。


「ば、馬鹿野郎! ソイツが倒れた方向に人がいたら、どうするつもりだったんだ!」


 追撃を仕掛けようとしたとき、背後から聞こえてきた罵声に気を取られてしまう。

 勿論、人がいない方向に向けて殴り飛ばしたんだけどな。

 声のした方に視線を向けると昼間、二郎から見せて貰った記事に載っていた男……半野が、腰を抜かしながらも声を荒げて喚いている。


「お、お前のことは知ってるぞ! 最近この地域で暴れまわっている超能力者だ! どうせこの化け物とグルなんだろ!」


 ……犯罪者と戦うためとはいえ、暴れまわっているのは事実。

 とはいえ、面と向かって否定されるのは少しへこむな。


「おいおい、一応助けにきてやったっていうのに、随分な態度だな」


「う、うるさい! 超能力者なんて、どいつもこいつも社会に不要な存在だ!」


 どうやらこの男、こっちが何を言っても聞かないタイプの人間らしい。

 まあ、あれだけ元気に喋る事が出来れば放っておいてもとりあえずは問題ないだろう。

 影人形に視線を戻すと既に起き上がっており、掌を突き出して俺……ではなく、未だにその場で喚き散らす半野へと向けた。


「危ない!」


 腰を抜かしている半野を庇い、黒い弾丸に炎を放って相殺する。


「おい、大丈夫――」


「ち、近寄るな! この化け物が!」


 ……助けられておいて、この口振り。

 過去に何があったのか知らないが、超能力者への恨みは相当に根深いらしい。


「じゃあ、早く逃げろよ。邪魔だからさ」


 まあ、こいつの事情なんて俺には関係ない。

 戦うのに邪魔者なだけだし、早いところどこかにいってもらおう。


「邪魔とはなんだ! お前たちみたいなのがいるから――」


「半野さん! 早く逃げましょう!」


 逃げろと促されてもなお、罵声を浴びせ続ける半野。

 しかし、助けにきた仲間に担がれてこの場から連れ出されていく。

 ……ヒーローを目指している以上、あんな奴も助けないといけないのが少しだけやるせない気分になるな。


「……さて、これで全力を出せるか」


 とにかく、半野がいなくなった事でこの場に残っているのは、俺と影人形だけ。

 影人形が先に動き、俺に向かって突進を仕掛けてくる。


「少しいらついてるんだ。さっさと決めさせてもらう!」


 影人形の突進に合わせ、炎拳を叩きこむ。

 吸い込まれるように胸部へ向かう拳は、影人形を貫いた。

 胸部を貫く拳を引き抜くと共に、黒いモヤに変化する影人形。


「これで終わりだ!」


 再び集合し人の形を成そうとする黒いモヤだったが、炎を放ち燃やし尽くすことで、先程の宣言通り速攻でケリをつけた。

 ……これで目の前の敵は全て倒したが、きっと影人形を操っていた奴が近くで様子を窺っているはず。


『流石です。やはり、影人形程度では相手にもならないですね』


 予想していた通り、影人形が倒されるタイミングを見計らったように、つい先日聞いたばかりの機械音声が背後から響く。

 即座に振り向くとそこには、予想していた通りヴァッサの姿があった。

 相も変わらず素顔を隠しており、どのような表情で俺を誉めているのかさっぱりわからない。


「やっぱり近くに隠れていたか。探す暇が省けて助かるぜ」


 即座に臨戦態勢へ移り、攻撃を仕掛けるタイミングを伺いながら話しかける。


『貴方とは直接交渉するべきだと思っています。こうして姿を表したのも、私なりの誠意と考えてください』


 ……口ではああ言っているが、掌を此方に向けていつでも攻撃できるようにしているあたり、俺の意見を聞くつもりは無さそうだ。


「……誠意を見せてもらったところ悪いが、俺の答えはこうだ!」


 炎を宿した拳を大きく振りかぶりながら、ヴァッサに向けて走り出す。

 全力で叩きのめさせてもらうぞ!


『あら、随分と野蛮なんですね。少し見損ないましたよ』


 此方の動きに対応して飛び退いたヴァッサの掌から、透明な何かが此方に放たれる。


「お前に見損なわれたところでなぁ!」


 ヴィランにどう思われてるかよりも今は、迎撃の為に放たれた攻撃が迫ってきていることの方が問題だ。


「チッ!」


 思わず舌打ちをしながら足を止めると、攻撃を防ぐべく炎の壁を噴き上がらせる。

 次の瞬間に炎の壁に穴が空くが、迫っていた何かも蒸気となって消滅。

 そして、壁の穴から見えるヴァッサの姿は、先程よりも十メートルほど後方に一瞬で移動していた。


『ここでは落ち着いて話も出来ませんね。場所を変えるので、私に付いてきてくれませんか?』


「誰が付いていくかよ! 今ここで、お前を倒す!」


 炎の壁を消しながらヴァッサの提案を一蹴し、宣言通りヴァッサを倒すべく飛びかかる。


『私の言う事を聞く気はないみたいですね。……でしたら、こういうのはどうでしょう?』


 その言葉と共に、どこからともなく二つの人影がヴァッサの前に現れ、その人影を見た俺は、動きを止めざるをえなくなった。


「人質か!? す、すぐに二人を解放しろ!」


 目の前に現れた二つの人影は、どんな仕掛けがあるのか宙に浮いた状態で固定されている。

 それだけでも十分驚くに足りるが、俺が驚いたのにはもっと他の理由があった。


「ご、ごめんなさい、ヒーローさん……」


「き、君が何者か知らないけど、彼女を解放するんだ! 人質ならボク一人でいいだろう!」


 人質にされていたのは、申し訳なさそうに此方に謝罪する委員長と、そんな委員長を解放するようヴァッサに訴えかけている多田さんだったのだから。

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