5話-2

「そっちからお出ましとは、探す手間が省けた。影人形の次は、お前を倒す!」


『そう焦らないでください。今日は貴方と戦うつもりはありませんよ』


 ヴァッサはゆっくりと地面に降り立ち、此方に近づいてくる。


「止まれ! 戦うつもりがないっていうのなら、なんで俺の前に現れた!」


 ヴァッサは俺の言葉を聞くと、足を止めてその場に立ち止まる。

 ……妙に素直だが、何を考えているんだ?


『無論、貴方を私たちの仲間に迎え入れるためです。素晴らしい力を持っているのに、その力をもて余しているなんて勿体ないと思いませんか?』


 部下を使って勧誘して断られたから、今度はボス自らのスカウトってわけか。

 ……そうまでして俺を仲間にしたい理由があるのか?

 確かに俺の超能力は強力で、単純な火力勝負なら余程の事がない限り、負けない自信がある。

 とはいえ、態々自分たちに敵対している奴を勧誘するよりも、そこらのチンピラを捕まえて、スピネやフレーダーのようにガイストバックルを与えて頭数を揃えた方が良いんじゃないのか?


「俺を仲間にしたいんなら、もっと良い土産を持って来いよ。例えば、その仮面の下がどんな顔してるのかとかさ!」


 考えても奴が何を考えているかの答えなんて出ないし、そもそもスカウトを受けるつもりもない。

 勧誘を断ると同時に、ヴァッサの元へ走り出す。

 奴の能力は未だにわからないが、先手を打って倒してしまえば関係ない。


『申し訳ありませんが、その要求は受けかねます。貴方が仲間になって組織の信頼を勝ち取る日が来たのなら、素顔をさらす日がくるかもしれませんね』


「そうかよ。なら、力尽くで剥ぎ取る!」


 靴裏からのジェット噴射で加速して一気に近づくが、ヴァッサが俺に掌を向けたことで、先日の地面を破壊した攻撃を思いだし立ち止まる。


「チィッ!」


 まともに攻撃を受けたらただですまないことはわかっているし、作戦変更。

 いつでも動けるように身構えつつ、火の玉を放つ。

 ……しかし、火球がヴァッサが炎に届くことはなかった。

 ヴァッサに直撃する筈だった火の玉が、突如として割り込んできた透明な『何か』に阻まれ、消えてしまう。


『今度はこちらの番です』


「うわっ!?」


 続けてヴァッサの掌から射出された透明な『何か』が、俺のスーツの一部を切り裂く。

 ……咄嗟に回避した事でスーツが傷つくだけで済んだが、まともに喰らったら体に穴が空いていたかもしれない。


『避けましたか。その実力、やはり排除してしまうには惜しい』


「まだ諦めてないのか? 人のスーツを台無しにしといて、今更仲間になってくれるなんて思ってねえよな?」


 俺はさっきの影人形との戦いで消耗しているけど、影人形を生み出して暴れさせるのにも体力は使うはず……と、思いたい。

 今の体力差がどうであれ、少しでも有利に戦いを運ぶべく、軽口を叩きながらヴァッサの様子を窺う。


『今日のところは無理みたいですね。ですが、貴方はきっと私達の同志になるはずです。貴方と私は、似ていますから』


「……は?」


 ヴァッサから放たれた予想だにしていなかった言葉に、思わず間抜けな声を出してしまう。

 俺とヴァッサが似ているだって?

 一体どこを見てそんな事を――いや、お互い見た目が不審者であるという意味では似ているかもしれない。

 ……そんな事よりも、もっと聞き捨てならない発言があったぞ。


「おい! 私達ってことは、スピネやフレーダー以外にもまだ仲間がいるのか! それに、俺とお前が似てるって、一体どういう事だ!」


『勿論、私以外にも優秀な人間が揃っていますよ。それに、あの二人は仲間ではなく捨て駒です』


 ヴァッサの言うことに嘘がなければ、アイツらを捨て駒にしたのは置いといて、ガイストバックルも一緒に使い捨てたということ。

 つまり、人を怪物にできる代物を惜しみなく使えるわけだ。

 ……それって、かなりヤバイ。


『もう一つの質問にも答えてあげてもよいのですが、そろそろ潮時。今日はこのへんにしておいてあげましょうか。それでは、ごきげんよう』


 恐ろしい想像をしてしまった俺に構わず、ヴァッサは宙に浮く。


「ま、待て! 話は終わってないし、お前を逃がすつもりも――」


 我に返って逃走を図るヴァッサを追いかけようとするが、ヴァッサが俺に向けて手を翳すと同時に再び透明な何かが射出された。

 射出されたモノは、視認しにくいものの、辺りの景色を僅かに歪ませているお蔭で大体の位置はわかる。


「そんな攻撃――ぐあっ!?」


 ヴァッサの攻撃を避け、駆け出そうとした瞬間、背後から衝撃を受け吹き飛ばされ、その場に転倒してしまう。


「こ、このッ……」


 背中をさすりながら起き上がって周囲を見渡す。

 ……既に、ヴァッサの姿は見えなくなっていた。

 そして、遠くからサイレンの音が響いてくる。


「逃がしたか。だけど、収穫はあったな」


 現場から離れる為にバイクに跨りつつ、スーツに付けられた傷跡と、背中をさすった手を眺めながら呟く。

 ……僅かだが、水滴が付着していた。 




「……それが昨日の出来事って訳か。よく無事だったな」


「怪我が無かったのは不幸中の幸いだ。スーツが傷付いたのはちょっと痛いけど、あれくらいなら修復できる」


 ヴァッサと戦った翌日、昼休み中の騒がしい教室内で二郎に情報を共有する。

 周囲に人がいる状態でこんな話をして大丈夫なのかと思うかもしれないが、堂々としていれば案外気付かれないものだ。


「なあ、お前が助けた奴等って反超能力者団体だろ? 自分に害を及ぼすような連中を、よく助けられるな」


 ……ああ、そういえばそうだったな。


「影人形がいきなり出てきたから、そんな事を考えてる暇も無かった。まあ、助けられたんだし、少しは考え方を変えてくれるかも」


「……残念だけど、そうは思っていないらしいぜ」


 そう言うと二郎は何処からか新聞を取り出し、手渡してくる。

 新聞を受け取り紙面に目を通すと、昨日の事件についての記事と、スーツ姿の男性の写真が掲載されている。

 半野(はんの)という名前のこの男が、反超能力者団体のリーダーらしい。


「なになに? 昨日の集会を襲撃したのは、私たちの邪魔をしようとする超能力者による陰謀である……だって? 証拠も無いのに、どうしてそう言い切れるんだ?」


 ヴァッサが反超能力者団体を襲撃したのは事実だが、ヴァッサは警察が駆けつける前に撤退したからその事を知っているのは俺だけ。

 単に超能力者への反感を煽りたいだけにみえる。


「その後はもっと酷いぜ。新聞を丸めて投げ捨てたくなった位には」


 記事の続きに目を通すと、襲撃してきた機械人形達を撃退した超能力者……つまりは、俺について書かれていた。


「襲撃現場に姿を表した炎を操る超能力者。彼もまた我々を襲撃した妨害者の仲間だと考えています。自作自演で私たちを助ける事で、超能力者に対する世間からの評価を上げようとでも考えているのでしょう……なるほど、これは酷い」


「全くです。本当に酷い人達だと思います」


 背後から聞こえた声に思わず驚きつつ振り返ると、委員長が俺の見ている新聞記事をのぞき込んでいた。

 ……いつものような笑顔を浮かべてはいるが、どことなく怒っているような雰囲気を感じ取れる。


「い、委員長? いつからそこに?」


「火走君達が新聞を取り出した辺りからですね。何を読んでいるのか気になってしまって、つい覗き見してしまいました」


 ……どうやら、最初の方の話は聞かれてないみたいだ。

 それにしても、ここ最近はよく委員長と話すけど、少し嬉しいとか、そんなやましい気持ちは一切無い。

 無いったら無いんだ


「俺は気付いてたけど、ショウがどんな反応するか面白そうだったから様子見させてもらったぜ。それにしても、委員長でも他人を悪く言う事があるんだ」


「一条君、私は聖人じゃありません。私にも、怒る時位ありますよ。このインタビューを受けている半野さんという方、助けてもらったのにとても酷い事を言っているので。……つい、感情的になってしまいました」


 二郎や委員長の言う通り、この半野という男が酷い奴なのは間違いないとは俺も思う。

 ……だけど。


「こいつの考え方は間違っているとは思うけど、少しは理解できる。多分、怖いんだろう」


「……怖い、ですか?」


「自分の持ってない力を持つ人が怖いんだよ。それに、超能力者が出現するようになってから治安が悪化したのも確かだし、仕方ない面もあると思う。だからといって、こいつみたいに超能力者全員を敵視するのはどうかと思うけどな」


 誰かを助けても、感謝されないこともある。

 ……そう考えておかないと、正義の味方になろうなんて思えない。

 俺の言葉を聞いた委員長は一瞬呆気にとられたような顔したが、すぐにいつもの笑顔を浮かべる。


「火走君って、優しいんですね」


「……お、俺が優しい? 一体何を言ってるんだよ」


 あまりに突拍子の無い事を言われ、思わず聞き返してしまう。


「自分と違う考えを持っている人を理解するのって、中々できる事じゃないと思います。それに、見ず知らずの子供を助けに飛び出したり、私を助ける為に自分より多い人数の男性相手に声をかけるなんて、優しくないとできませんよ」


 ……自分の取った行動が、まさかここまで良いように捉えられていたとは。

 俺にとっては半野よりも、委員長の事が理解できない。

 しかし、ここまでストレートに褒められるのは何だか照れ臭いな。


「……いや、俺は別に優しくなんて――」


「おーい、委員長! 少し手伝ってほしい事があるんだけど、大丈夫かい?」


 照れ隠しで委員長の言葉を否定しようとした時、多田さんが教室の外から大きな声で委員長呼ぶ。

 ……多田さんが俺のことを睨んでいる気がするのは、多分気のせいだろう。


「はい、大丈夫ですよ。それじゃあ、用事ができたので失礼させてもらいますね」


 そう言って教室の外へと歩いていく委員長の後ろ姿を、二郎と共に見送る。


「それらしい事を言って好感度稼ぎとは、中々やるじゃないか」


「……俺は思ったままの事を言っただけだ。それよりも何で、この記事を俺に見せたんだよ?」


 馬鹿馬鹿しい話題を変えるため、少し疑問に思っていたことを問いかける。


「只のお節介だよ。こんな奴等を無理して助ける必要があるのか聞こうと思ってたんだけど、さっきの様子だと余計な事をしたみたいだな」


「……本当に、余計なお世話だ」

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