5話-1

「犯罪者共が野放しになって暴れているのは、政府の対策が不十分だからだ!」


「国は危険分子を管理……いや、排除して! 私達の安全を保証しなさい!」


 フレーダーを倒してから数日が経ったある日、パトロールを兼ねて私服で街をふらついていると、大きな声で騒ぎ立てる集団の姿を目撃する。

 なんの騒ぎなのかと眺めていると、集団の中から中年位の女性が一人、俺に近寄ってきた。


「すいません。よろしければこれ、どうぞ」


 女性はそう言って、俺にビラを差し出す。


「……どうも」


 俺がビラを受け取るや否や、女性は再び集団の中へと戻っていく。

 渡されたビラの内容を確認して、思わずため息を一つ吐いてしまった。


「超能力者を隔離しろ!」


「そうだ! 奴らの所為で、私達は危険に晒されるんだ!」


 ……スーツを身につけていないで良かった。

 彼らは、超能力者に反発している反超能力者団体らしい。

 ヒーローを目指して超能力を用いて活動している時の俺は、目的がどうであれ彼らからすれば差別対象になるだろう。

 ビラの内容は胡散臭い笑顔を浮かべた男性の写真と共に、超能力者は犯罪者予備軍だの人格面に問題がある社会不適合者など、超能力者への偏見を助長する内容が書かれていた。


「彼らの気持ちもわかるけど、ある事ない事吹き込まれるのはな……」


 彼等の言う通り、犯罪に手を染めてヴィランと化す超能力者は多いし、偏った意見を持つ者が出てくるのは仕方のない面もあると思う。

 俺だってヒーローを目指して活動しているが、それも非合法なものには違いない。

 何も知らない人からすれば、いつ自分たちに危害を加えるかわからない存在だ。

 ……とはいえ、俺にとっては不愉快な内容書かれていないビラを丸めると、その場に投げ捨てようとする。


「……ヒーローがポイ捨てするのは、駄目だよな」


 直前で思いとどまり、丸めたビラを鞄に仕舞うと、デモ現場から立ち去る為に歩き出す。

 ……その時だった。


「う、うわ!? なんだ、こいつ等!」


 デモの参加者の一人が何かに気付き大声をあげる。

 その声に反応してデモ集団へと視線を向けると、黒い何かががデモの参加者を襲っているのが視界に入る。


「か、影人形!? 何でこんな所に!?」


 デモの参加者を襲っているのは、フレーダーと戦った時に奴が産み出した影人形だった。

 デモ周辺の警備を行っていた警察官は不意をつかれ、抵抗できずに倒されてしまう。

 デモの参加者達はパニックに陥り、我先にとその場から逃げ出そうとする。


「マズいな。早く何とかしないと」


 ……一刻も早く、スーツに着替えなくては。

 辺りを見回して人気の無さそうな路地裏を見つけると、戦う準備をするために駆け出した。




 スーツに着替えてから路地裏を飛び出し、様子を窺う。

 影人形は、合計で四体。

 ……いや、フレーダーが言っていたことが正しければ、影人形を生み出すのはガイストバックルの力。

 なら、『親』となる存在も近くにいる筈だ。


『おいS、急に連絡してきて一体どうした?』


 ヘルメット内のスピーカーから、着替えている間に連絡をとっておいた二郎の声が響く。


「反超能力者たちがデモ活動をしているところに影人形が乱入して、デモの参加者や警察を襲い始めた。住所を教えるから、なるべく近寄らないようにSNSで拡散しておいてくれ」


『こういう時のためにお前の持ってるスマホのGPSで、現在地がわかるようにしておいてよかったな。俺は俺のやれることをやるから、お前は怪我しないように気を付けろよ』


 最後に余計な心配をしてきた二郎は、そのまま通信を切る。

 さて、どう処理するかな?


「だ、誰か! 助けてくれ!」


 ……とりあえず、他の人たちが逃げやすいように、囮になるか。


「おいお前ら! 俺が相手をしてやる!」


 混乱の収まらないデモ現場に向けて、大声で叫ぶ。

 すると、逃げ遅れた人たちを襲っていた影人形のうち一体が、俺の声に反応するように何もついていない顔を此方に向ける。

 ……目の前の人ではなく、俺に注意を向けたか。

 音に反応しているのか、はたまたある程度の自己判断力を有しているのか。

 ……あるいは、奴らを操っている親がどこかで現場を監視しているのかもしれないが、何にせよ今は都合が良い。

 こちらに迫る影人形の拳を躱すと、火拳の連打をその胸部へと叩きこんで吹き飛ばすと、地面に倒れたその身体が黒い靄になって宙に浮く。


「……またか。まったく、厄介な奴らだ」


 黒い靄は霧散せずに、再び集まり影人形へと変化する。

 以前、影人形に不意打ちされたのは、この能力のせいらしい。

 影人形を倒すには、操っている親の精神力が尽きるまで戦うしかないということだが、それでも目的は達成できた。

 ……影人形の一体が一度は倒されたことで、他の影人形も逃げ遅れた人に向けていた注意を俺に向けざるをえなくなる。


「どうした? かかってこいよ!」


 更に注意を引くべく挑発をしながら、四体の影人形と睨み合う。

 ……先に動いたのは、影人形だった。

 二体の影人形が掌を此方に向けると、黒い靄の塊が射出される。


「飛び道具まで!? だけど、そんなもの!」


 炎の壁を生み出し、迫る黒い靄を防ぐ。

 しかし、その間に別の影人形がその身を焦がしながら炎の壁を通り抜け、俺に近づいてきていた。

 ……焦げるということは、多分ダメージもある筈。

 腕に炎を灯して飛び掛かってきた一体目の影人形を躱すと、その背後にいた二体目の影人形に掴みかかった。

 当然、影人形は抵抗を行おうとするがもう遅い。


「これでも食らえ!」


 炎の勢いを強めて影人形を焼き尽くし、その胸部に拳を叩き込む。

 黒焦げになった影人形から地面に倒れると同時に背後に向けて火球を放ち、戦闘の間に迫っていた二射目の黒い靄の塊に当てて相殺。

 今焼き尽くした影人形は、黒い靄となったあとも再生することなくそのまま消滅した。

 どうやら、一定以上のダメージを与えることでも消滅させられるらしい。

 そうとわかれば他の影人形も消滅させるべく、少し離れた場所で此方に掌を向けている二体の影人形の元へ走りだす。

 ……しかし、俺が影人形の元へと辿り着く前に、此方に向けられた掌から黒い靄の塊が撃ち出された。


「無駄だ!」


 拳に炎を灯し、黒い靄を地面にたたき落としながら影人形の元へと走る。

 射撃の間にはインターバルがあるらしく、掌を此方に向けたまま硬直している影人形。


「大サービスだ。この距離なら当てられるだろ?」


 目の前で立ち止まり挑発する俺の言葉をこいつらが理解できているかは分からないが、影人形の掌に黒い靄が集まっていく。


「……勿論、当たる気は無いけどな!」


 黒い靄が大きくなった瞬間を見計らい、片方の影人形に足払いを仕掛けてバランスを崩すと、影人形を盾にするように背後に隠れると同時に、もう片方の影人形が黒い靄を射出。

 盾にした影人形に黒い靄が直撃すると同時に、もう一人の影人形へと突き飛ばし、炎でまとめて焼き尽くした。


「さて、残ったのはお前だけだな!」


 霧散し消えていく二体の影人形を一瞥したあと、残った一体へと火球を撃ち込む。

 影人形は抵抗すらできずに燃え尽き、暴れていた影人形がいなくなったことで辺りはシンと静まり返った。


「これで終わり……いや、まだこいつらを生み出した『親』が残っているはずだ」


『正解ですよ、ヒーローさん』


 上空から響いた声に反応して視線を向けると、ヴァッサが宙に浮きながら俺のことを見下ろしていた。

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