4話-5

「させるか!」


 超音波を防ぐために、目の前に炎の壁を作りだす。

 炎と超音波がぶつかった衝撃により炎の壁が揺らぎ、火の粉が俺達に向かって降り注いだ。


「ぐっ……!」


 炎を操る超能力を駆使して降り注ぐ火の粉はすぐさま炎の壁へと戻し、炎の壁を揺らぐ事のないようにする。

 ……そして、超音波が止むと同時に炎の壁を消滅させる。


「……超音波を防げるかわからなかったけど、やってみるもんだな。おい、あんたたち、早く隠れ――」


「ありがとうございます、ヒーローさん。以前も助けて貰ったのに、碌にお礼もできず申し訳ありませんでした」


 二郎達に退避を促すのを遮る様に、委員長が一歩前に出てきて俺に話かけてくる。

 ……いや、今この状況で言うことか!?


「お礼とかしなくていい! 邪魔にならないようにどっかに隠れといてもらえるのが、一番助かる!」


「そ、そうだよ! 早く店内に戻ろう! 多田さん! 委員長を連れてくのを手伝って!」


 俺に話を合わせた二郎が多田さんと一緒に、委員長をカフェの中へと消えていくのを見届けた後に、炎の壁を消滅させる。

 ……ちゃんと仕事をしてくれたな、二郎。


「おいおい……あんまり仕事の邪魔をするんじゃねえよ!」


 二郎たちに気をとられている隙に、気がついたら近くまで迫っていたフレーダーが俺を捕まえようと手を伸ばしてくる。

 即座に伸ばしてきた手を払いのけると、両拳に炎を灯して飛び掛かった。


「仕事? 街を破壊して人を襲うことが仕事だって言うのか? ふざけやがって!」


 仕事っていうのは叔父さんのような警察官……いや、誰かに必要とされているものだと俺は思う。

 だから、人に迷惑をかけているフレーダーの所業を仕事と認めたくない。

 前述の憤りに加え、二郎や委員長に手を出したことに対する怒りをエネルギー源にフレーダーを次々と殴り付ける。


「次でトドメだ!」


 スピネと同じようにガイストバックルを破壊すればフレーダーは元の姿に戻る筈。

 そう考えて、最後の一撃を加えるべく、ガイストバックル目掛けて拳を振り抜く。


「こ、ここで終わるわけにはいかない!」


 しかし、拳がガイストバックルに届くよりも早く、フレーダーの超音波が俺を襲った。


「ぐっ……」


「きょ、今日のところはここまでにしておいてやる! 次こそは、このフレーダーがお前を倒す!」


 超音波のダメージで苦しむ俺にそう吐き捨てながら、フレーダーは翼を羽ばたかせて、地上からでは俺の手が届かない高さまで飛翔する。


「に、逃がすか!」


 こっちのダメージも小さくはないが、逃げようとしているということは奴も相当の疲弊しているということ。

 地面を蹴ると同時に、靴裏からのジェット噴射で高く跳ぶ。

 しかし、俺がジャンプしている間にもフレーダーは更に高く、俺の手が届かない位置まで飛んでいく。


「残念だったな! オレがいなくなるのを、地上から指を咥えて眺めてな!」


 もう俺が何もできないと判断したのか、先程まで背を向けて逃走していたフレーダーが此方に振り向き、地面に落下していく俺を見下ろしながら勝ち誇ったように吠えた。

 ……奴が油断したお陰で、俺にもまだチャンスは残っている


「逃がすかって、言っただろ!」


 右手をフレーダーに向けて振り抜き、拳に灯していた炎を火球としてフレーダーの腰……ガイストバックルに向けて放つ。

 突然のことに油断していたフレーダーは火球を防げず、ガイストバックルに着弾し燃え上がった。


「何をするかと思えば、この程度の炎でオレを倒せるわけないだろう!」


 奴の言うとおり、あの程度の炎ではガイストバックルを燃やし尽くす前に消されてしまうだろう。

 だから、更に畳み掛ける!


「いや! その炎がお前を倒す!」


 着地すると同時に、ガイストバックルに纏わせた炎へ意識を集中。

 次の瞬間に炎が爆発し、ガイストバックルがヒビ割れた。


「な、なんだと!? いや! この程度なら、まだ――お、落ちる!?」


 ガイストバックルを失ってなお戦意を失わないフレーダーだったが、ガイストバックルの方が限界を迎えたらしい。

 奴を宙に留めていた翼が消失したことで、地面に落ちていく。

 そして、フレーダーが地面に衝突すると同時にガイストバックルが砕けて爆発し、フレーダーの身体が爆炎にのみこまれた。


「……やったか?」


 爆炎が収まったあと、元の姿に戻ってピクリとも動かないフレーダーに近寄り様子を窺うが、反応はない。

 スピネを倒した時と同じように怪我をして気絶もしているが、命に別状は無さそうだ。

 起き出してからまた暴れても困るし、スーツから結束バンドを取り出してフレーダーを拘束する。

 ……炎を爆発させるのには精神力をかなり消費するし、決着がつかなければ危なかった。


「お、おい、彼があの化け物を倒したのか? というか、人間だったのか!?」


「こ、今度は赤いマフラーの方が暴れだしたりしないよな?」


 戦いが終わったのを察した街の人たちが騒ぎだしたし、残っていると面倒なことになりそうだ。

 ポケットから取り出したバイクに跨って、俺はこの場から一度離れる事にした。




 人気の無い場所でスーツから私服に着替えた後、現場に残っている二郎たちと合流する為に急いでカフェへと戻る。 


「ショウ! 無事だったか!」


「そっちこそ、大丈夫だったか? 別の超能力者が現れて戦闘が起きたって聞いて、心配したよ。ところで、暴れてた奴はどこにいったんだ?」


 カフェに到着した時、フレーダーの姿は既になかった。

 俺がフレーダーと戦っていたことを悟られないようにしながら、奴がどこにいるのかを問いかける。


「ああ、化け物になってた奴なら警察に連れてかれたよ。それと、誰もお前の事を心配してる訳じゃない。お前が助けた子供が無事なのか気になったんだから、勘違いするんじゃないぞ?」


「……安全な所まで送ってきたから大丈夫だ。全く、口が減らないな」


 まあ、皆が無事なのは知っていたけど、演技は大事だ。


「またまた、そんな事言って一条君、さっきまで火走君の事を凄く心配してた癖に……」


「と、鳥野さん、幻覚でも見てたんじゃないかな? こんな事件に巻き込まれて疲れてるんだよ」


 ……二郎の奴、なんやかんやで心配はしてくれていたのか。

 正直心配されてないと思っていたから、少し意外だ。


「そんな事より、やっぱりヒーローは格好いいな! あんなに近くでヒーローの活躍を見れるなんて、ある意味ツイてたのかもな」


 照れ隠しなのか、二郎は先程までの俺の活躍へと話題を移そうとする。


「本当に格好良かったですね。私、益々ファンになってしまいそうです」


「……うん。少し気になることもあるし、彼のことをもう少し知りたくなってきたよ」


 そんな二郎に同調するように、委員長と多田さんも俺の活躍を褒めたたえてくれる。

 ……俺自身が直接言われている訳じゃないが、面と向かって評価されると照れ臭くなるな。


「そうだよね。ちゃんとアタシたちの事も守ってくれたし、少しだけ興味が湧いたよ」


「興味が出た? それなら俺がヒーローについて教えてあげよう」


 鳥野さんの反応が好ましいものとみるや否や、二郎はすぐさまスクラップブックを取り出し始める。

「それは遠慮しとくよ」


「……そうかぁ」


 二郎は自分の提案を即座に断られ、少ししょんぼりとしている。

 ……当然の結果だろうに、そんなにショックを受けるなよ。

 とりあえず、俺も話を合わせておくか。


「へえ、そんなに格好良かったのか。会えなかったのが少し残念だよ」


「……私は、火走君も格好良かったと思いますよ」


 ……え?


「は、はぁ!? い、委員長!? 急に何を言い出すんだい!? 彼のどこが格好良かったっていうんだ!?」


 突然のことに呆気にとられた俺に代わり、多田さんが俺の思っていることを代弁する。

 ……少し引っ掛かる言い方だが、気にしないぞ。


「自分の身を顧みずに、置き去りにされていた子供を助けにいったじゃないですか。中々できる事じゃないですよ」


「う……。そ、そう言われると確かにそうだが……しかしねぇ……」


 さらりと返事を返す委員長に、多田さんは言い返そうとするが言葉に詰まる。

 ……顔が妙に火照ってきた気もするが、多分先程までフレーダーと戦っていた事が原因なんだ。

 決して委員長に格好良いと言われたり、誉められた事が原因じゃない。


「そ、そんなの、偶々俺が早く気付いただけで、俺が気付かなきゃ誰か他の人が――」


「ショウ、照れてんのか? 顔が赤いぜ」


「そうだね。思い返せば本当に格好良かったし、謙遜する必要なんてないのに」


 ……ヤバい、かなり照れ臭くなってきた。

 まさかこんな状況になるなんて。

 ……二郎、そのニヤケ面は単純に俺をからかっているだけだな。

 後で覚えておけよ。


「こ、この話はここで終わり! 二郎! さっき戦ってたヒーローの事を教えてくれ!」


 話題を変える為に二郎にヒーローの話を振ってやる。

 単純な二郎の事だから、話題に乗ってくるはずだ。


「よし! まずはさっきのヒーローの名前からだな! ……とは言っても、自分で名乗ってるところは目撃されてないから、テレビでは勝手に名前をつけて――」


 ……二郎が話を始めた所で街の様子を眺める。

 先ほど戦闘が行われたというのに、何事も無かったかのように人々は元の生活に戻っていく。

 街は少しだけ破壊されてしまったが、怪我人が殆ど出なかった事が大きいのだろう。

 それは、俺がヒーローを目指して活躍したお蔭というのは言い過ぎではない……と、思いたい。

 ……俺がヒーローを目指して戦うのは、結局は自分の為なんだけどな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る