4話-4

 ……数分間ほど走って安全な場所に辿り着いたところで、抱えていた子供を地面に降ろす。


「はぁ、はぁ……大丈夫か? 怪我はしてないか?」


 今までの事で動揺していた子供は、上手く声が出せなかったのだろう。

 俺の言葉にただ頷く事しかできない。


「そ、そうか……それは良かった。ここからは、君一人で逃げるんだ。俺は少し休憩してから逃げる事にするよ。心配しなくていいからな」


 そう言ってその場に座り込んだ俺を子供は暫くの間、心配そうに見つめていたが、やがて逃げてきた道とは逆方向へ走り出していく。


「……聞き分けが良くて、助かる」


 俺は子供の背中が見えなくなると同時に立ち上がり、スーツへ着替える為に近くの路地裏へと歩を進めた。




「よく聞け、愚民ども! この街が破壊されるのは、オレのせいじゃない! 警察や赤いマフラーの男が、オレを止めることができないからだ!」


 超音波を放ち、街を破壊しながら滅茶苦茶な理屈を述べるフレーダー。


「滅茶苦茶言ってんじゃねえぞ!」


 路地裏でスーツに着替えてフレーダーが暴れている現場に戻ると、奴の背後から飛び掛かり不意打ちを仕掛ける。


「うおっ!?」


 咄嗟の事で反応できないフレーダーを何発か殴りつけてから、一度後退する。

 ……結構強く殴り付けたつもりだが、フレーダーの身体には傷一つ付いていない。


「全然効いてないか。やっぱりズルいな、ガイストバックルってやつは」


「現れたな、ヒーロー! ここで貴様を血祭りにあげてやる! ガイストバックルの新たな力、思いしれ!」


 此方に振り返ったフレーダーの身体から黒いもやが吹き出すと、それぞれが黒い人形ひとがたへと姿を変え、襲いかかってきた。


「な、なんだ!? こいつら!?」


 突然目の前に現れた新たな敵を前に動揺してしまった俺に、黒い人形はただ無機質に攻撃を仕掛けてくる。


「そいつらは影人形シャドードール! オレの意のままに動く忠実な兵士だ! こいつらさえいれば、スピネなんて必要ねえ!」


 高らかに叫ぶフレーダーだが、奴に反応している暇はない。


「くっ……」


 先陣を切った影人形の拳を受け止めるが、残り二体の影人形が続けてこちらに襲いかかる。


「三対一なんて、卑怯だな!」


 拳を掴んでいた影人形を蹴飛ばすと、身を屈めて後から迫っていた影人形たちの攻撃を躱し、反撃に殴り付ける。


「卑怯? 随分と弱気じゃないか、ヒーロー。それと、お前の相手はそいつらだけじゃないぜ!」


 影人形の後方からフレーダーが超音波を放つ。


「おっと、四対一だったか! 俺にビビったから部下に任せたのか思った!」


 慌ててその場から飛び退き、超音波を間一髪のところで回避する。


「減らず口を! オレ達を相手に勝てると思っているのかよ!」


 ……なるべく奴の注意をこっちに引き付ける為に挑発したが、四対一は流石にきついかもしれない。

 警察が駆けつけるまで持ちこたえるのが一番なのだろうが、その間にもフレーダーの手により街が破壊されてしまう。

 耐えるのではなく、果敢に攻めるほかない。


「……上等だ! まとめて相手してやる!」


 まずは、影人形の力を測る。

 両手の拳に炎を纏わせ、一番近くの影人形へと駆けだす。


「オラァ!」


 影人形が俺に反応して攻撃を行うよりも早く炎の拳を叩きこみ、バランスを崩した所を蹴り飛ばす。

 三メートル程蹴り飛ばされた影人形が地面に倒れると同時に、もう二体の影人形が両手を広げながら襲いかかってきた。


「動きが遅い!」


 先に近寄ってきた影人形を掴んで殴り付けると、続けて近寄ってきていた影人形目掛けて投げつける。

 そして倒れた二体の影人形へと炎を放ち、焼きつくした。


「まずは二体!」


 霧散していく影人形を一瞥するも、最初に蹴り飛ばした影人形の元へと接近して、拳を振るう。

 しかし、俺の攻撃が当たる前に体勢を立て直した影人形が距離を取った事で、振り抜いた拳は空を切った。


「影人形は貴様の動きを見て、対応できるように進化していく! 貴様に待ち受けているのは敗北の二文字だ!」


 ……影人形が俺の事を学習しようと、その上をいけば問題ない。

 影人形に対しジェット噴射を用い、先程よりも速く動いて炎拳を叩きこむ。

 今まで比べてパワーもスピードも神代町した一撃を喰らってよろめく影人形へ、二度三度と拳を叩きこんでいく。


「コイツでトドメだ!」


 ふらつく影人形の顔の辺りを蹴りつけ、吹き飛ばす。

 地面に倒れた影人形は、起き上がることなく黒い靄に戻り、消えていった。


「さて、どうするフレーダー? 自慢の影人形は全て倒したし、大人しくお縄についたほうが良いんじゃないか?」


「……ククク」


 折角作り出した影人形を全て倒されたというのに、フレーダーは不気味に笑う。


「な、なんだ? 気でも狂ったか?」


「……気が狂った? そんな訳ないだろ。むしろ、これからお前の気が狂うんだよ。ガイストバックルの力が影人形を生み出すだけじゃないってのを、見せてやろう! ウガァァァァァァ!!」


 フレーダーが雄叫びを上げると同時に、奴の背中から悪魔を思わせる巨大な黒い翼が飛び出した。


「う、うわっ!? 更に化け物になった!?」


「ククク、ここからが本当の戦いだぜ! ヒーロー!」


 背中の翼を羽ばたかせフレーダーが飛翔すると同時に、羽ばたく際に生じた突風が襲いかかってくる。

 吹き飛ばされてしまわないように、突風が収まるまで何とか堪えたが、このままだとマズい!


「ハハハハハハ! 超音波を食らえ!」


 案の定、身動きを取れずにいた俺に、滞空しているフレーダーから超音波が放たれた。

 不可視の超音波を側面に飛んで避けると、地を蹴りフレーダーの真下へと全力で駆け抜ける。


「オラァァァ!」


 駆け抜けた勢いのまま跳躍し、フレーダーを殴り飛ばすべく拳を振るう。


「おっと、空を飛ぶオレ様にお前の攻撃が当たる訳無いだろ!」


 背中の翼を羽ばたかせ、更に上空へと逃げるフレーダー。

 ……靴裏からのジェット噴射である程度は高く跳躍できるが、精神力を大きく消耗する為に奴と同じ高さまで上がるのは厳しい。

 何とかして引き摺り降ろす必要がある。


「まともに殴りあったら俺に勝てないからって、空に逃げるのは卑怯だろ! その図体は飾りか!」

「クックックッ……」


 俺に煽られてもフレーダーは地上に降りてこようとせず、ただ不気味に笑うだけ。


「どうした! なにが可笑しい!」


「マスクに隠れてるせいでどんな顔をしてるのかわからないが、攻撃が届かないで悔しそうな表情だと思うと、愉快でたまらねえ。そして、その顔が今から苦痛に染まると思うと、笑いを堪えられねえんだ」


 ……こいつ、もう勝ったつもりか。

 だったら、その鼻を明かしてやる!


「そうかい。随分と余裕みたいだが、油断してるんじゃ――」


「危ないぞ! 後ろだ!」


 フレーダーに奥の手を使って攻撃を仕掛けようとした瞬間、聞き覚えのある声が耳に届く。

 声に従い後ろへ振り向くと、影人形が此方に襲いかかってこようとしていた。


「な!? こ、こいつ!」


 炎を放ち、影人形を焼きつくす。

 先程の影人形は全員倒したしフレーダーから新しく生み出された様子もないのに、いつの間に現れたんだ?


「隙ありだ!」


「しま――」


 思考が影人形の方に向いてしまったせいか、目の前に迫っていたフレーダーに気づけず胸倉を掴まれたかと思うと、そのまま空中へと連れていかれる。


「くっ……は、離せ!」


「影人形は再生できる! 油断したのはそっちみたいだったな! そして、言われないでも離してやるよ!」


 勝ち誇った様子のフレーダーは暫く急上昇すると、俺の胸ぐらから手を離す。

 地上から三十メートル程の高さで解放された俺は当然、地面に向けて落ちていくほかない。

 ……普通の人間なら運が良くなければ死ぬだろうし、運が良くても大怪我は免れないだろうが、俺は超能力者。

 靴裏からのジェット噴射で落下速度を抑え、ゆっくりと着地。

 さて、フレーダーが降りてくるまで僅かに時間がある筈だ。

 視線を先程、聞きなれた声がした方へと移す。

 ……委員長がカフェの入り口で此方の様子を窺っており、先程俺に声をかけてくれたであろう二郎は委員長を店内に連れ戻そうとしていた。


「委員長! 危ないから店内に戻るんだ! 彼の邪魔になる!」


 更に二人の背後から多田さんが二郎に加勢する。

 ……わかってはいたけど委員長、やっぱりメチャクチャだな!?


「影人形の邪魔をしたのがどんな奴かと思えば、こいつは好都合だ!」


 マズい!

 少し遅れて地上付近まで下りてきたフレーダーが、二郎たち気づいて超音波を放とうと口を大きく開く。

 ……そして俺は二郎達を守るべく彼らの前に割り込むと、フレーダーを見据えた。

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