4話-3

 創立記念日の当日。

 集合時間の十分前に、集合場所である駅前に到着。

 ……先日発生した俺とスピネによる戦闘の痕跡は綺麗サッパリ無くなっており、戦いがあったということすら感じさせない。


「そこのカワイ子ちゃん! 一人で何してんの? 暇なら俺達と一緒に遊ばない?」


「申し訳ありません。友達を待っているので、遠慮させていただきます」


 二人組の男に遮られていたせいですぐには見えなかったが、聞き覚えのある声が耳に入る。


「俺が一番乗りだと思ってたけど、そういう訳でもなさそうだな」


 様子を伺ってみると、委員長が困ったような笑みを浮かべながら、チャラチャラした格好の、日焼けした男二人にナンパされていた。

 ……しかし、どれだけ古臭いナンパだろうか。

 今は、二〇四〇年だぞ?


「そんなつれないこといわずにさぁ、友達より俺たちといっしょに遊ぶ方が絶対に楽しいよ? だからいっしょに――」


「そこにいたのか。少し待たせたみたいだな」


 委員長に声をかけると、先程まで浮かれていた男達の表情が、残念そうなものへと変わる。


「おいおい、彼氏持ちかよ。そうならそうと言ってくれよな」


 男たちは舌打ちをし、立ち去っていく。

 ……随分と物分かりがいいじゃないか。


「大丈夫? 変な事されてないか?」


「ええ、大丈夫ですよ。それよりも、助けていただいてありがとうございます」


 委員長は朗らかな笑みを浮かべ、ペコリと頭をさげる。


「気にしなくてもいい。それよりも、笑いながら誘いを断っていたら本気で嫌がってるって思われないだろ?」


「あの人達も悪気があってやっている訳では無いと思うんです。だから、あまり酷い断り方をして傷つけたくないんですよ」


 ……ああいう輩には遠慮なく、言うべき事はハッキリ言ってしまって構わないと思うけど。

 この間、スピネとの戦闘中に助けてくれた時も思ったのだが、変な事件に巻き込まれたりしないか心配になってくるな。


「それにしても、委員長に先を越されるとは。今日は早くに目が覚めたから、一番早く到着したと思ってたんだけどな」


「皆と遊ぶのが楽しみで、早く来すぎてしまいました」


 ……成程、二郎が言っていた彼女にするなら委員長、というのが少しだけわかった気がする。

 それにしても、皆と遊ぶ?


「今日来るのって、俺と委員長以外は二郎だけ――」


「ボクと鳥野さんもいるんだよ。おはよう委員長。火走君、随分とカッコつけてたじゃないか」


 声のした方へ振り向くと、二郎と鳥野さん……そして、何故か不機嫌そうな様子の多田さんが近づいてくる。

 鳥野さんはともかく、多田さんまでいるとは。


「委員長を男子だけと遊ばせる訳ないでしょ? それよりも火走君、ナンパを簡単に追い払うなんて中々やるじゃん」


 ……多田さんと鳥野さんの言葉から察するに、俺と委員長のやり取りは初めから見られていたらしい。


「誉めてくれるのはいいけど、様子を見てたんならもっと早くに声をかけてくれよ」


「いやあ、話しかけようとしたんだけどさ、何かいい雰囲気になりそうだった様子を見ようぜって提案したんだ。まあ、あんまり面白くはなかったかな」


 ……原因は二郎か。


「二郎、後で覚えておけよ。とりあえず、落ち着ける場所にでも行こう」


 このまま立ち話をするのもなんだし、場所の移動を提案する。


「それなら、私が雰囲気の良い喫茶店を知ってますから、そこに行きましょう」


 先頭に立って歩き出した委員長に続き、喫茶店へと向かう。

 ……多田さんがずっと俺のことを睨んできているが、指摘すると面倒だし気付かないフリをしておくか。




「それでさ、ヒーローにも営利目的でやっている人と、人助けそのものを目的としてやっている人がいる訳なんだよ。金目的でヒーローとはけしからんなんて言う人もいるけど、俺はヒーローとして活躍するだけで立派で、両者に貴賤は無いと――」


 駅前から少し歩いた所にある喫茶店。

 俺達はオープンテラスの席に座って、委員長御所望の二郎によるヒーロー談義を聞かされていた。

 ……いや、話を聞いているのは委員長と、意外にも多田さんの二人。

 二郎が喋り始めてから五分経った辺りで、俺と鳥野さんは手元のスマホを弄り始めていた。

 そんな俺達を気にも留めず、朗々とヒーローについて語り続ける二郎。

 そして二郎の話を、いつもと変わらない笑顔を浮かべて相槌を打つ委員長に、メモをとっている多田さん。


「ひ、火走君? 一条君っていつもこんな感じなの?」


 この独特な空気に耐えられなくなったであろう鳥野さんが、自分と同じように暇そうにスマホを弄っている俺に声をかけてくる


「ああ、そうだよ。二郎の奴、一度口を開くとずっと喋り続けるんだよ、壊れたスピーカーみたいに」


 二郎に聞こえるように鳥野さんの質問に答えるが、二郎は喋るのを止めようとしない。

 ……わかってはいたが、ここまでとは筋金入りだな。


「へ、へぇ……大変そうだね」


 鳥野さんが投げ掛けた言葉には、若干の憐れみが込められていた……ような気がした。


「中学の時から友達を続けてれば、嫌でも慣れる。それに、今みたいにスマホを弄って話を聞いてなくても気にしないからな。聞く気がなければ、適当に流しておけばいい」


「と、友達をそんな雑に扱うの……」


 俺の返事を聞いた鳥野さんは、若干困惑したように見える。

 しかしだ、困惑されても俺と二郎は普段からこういう友人関係なんだから仕方ない。

 そして俺と鳥野さんの間を、沈黙が支配した。

 ……うん、普段鳥野さんと話すことが無いから、どういう話題を切り出せばいいのかわからん。

 何とか話題を探そうと思考を巡らせるが、特に思い付く事はない。


「と、ところで一条君。ものすごく熱心に話してるけど、どうしてそこまでヒーローに入れ込めるの?」


 沈黙にいたたまれなくなったであろう鳥野さんが今度は二郎に話を振った瞬間、待ってましたと言わんばかりに立ち上がる。

 ……タイミング、見計らってたわけじゃないよな?


「よく聞いてくれたな、鳥野さん! 俺の夢は、ヒーローの素晴らしさを皆に伝えるジャーナリストになる事なんだ! その為に、いつもショウ相手にこうやって練習してるんだよ! ……まあ、今は興味のある人にしか話を聞いてもらえないから、まだまだなんだけどな」


 いつもやかましかったのは、練習のつもりだったのか。

 ……二郎がジャーナリストを目指しているのは前から聞いていたし知っていたけど、本気だとは思ってなかった。


「凄いねえ、一条君はもう将来について考えてるのか。アタシの夢は、金持ちのイケメンと結婚して幸せな生活を送る事かな。そういえば、委員長には将来やりたい事とかあるの? 委員長の夢、凄く気になるな」


 成程、二郎のやかましいヒーロー談義から話をすり替えるつもりか。

 興味が無い人からしたら、苦痛でしかないもんな。


「私のしたい事、ですか……具体的に何をするかというのは考えていませんが、世の中の為になる事をできたらいいですね」


「……私欲にまみれているアタシの夢が、恥ずかしくなってきたよ」


 委員長、ひょっとして俺よりヒーローらしい夢を持っているんじゃないのか?


「いや、鳥野さんの夢も素敵だとボクは思うよ。ボクは自分の作った発明で、多くの人を救うというのが夢……というか、今の目標かな。……さて火走君、後は君だけだ。皆、自分の夢を話したんだから、君の夢も教えてもらおうか?」


 鳥野さんへのフォローを入れつつ、しれっと自分のことを述べた多田さんが、ニヤッと笑いながら問いかけてくる。

 一見他意はなさそうだけど、その裏に確かな悪意を感じたのは俺の気のせいということにしておこうか。

 ……正直、将来は何をやりたいかなんて、考えた事が無い。

 昔からヒーローを目指すべくひっそりと特訓に明け暮れ、最近はヒーローを目指すのに忙しくて、そんな事を考える暇は無かった。

 ヒーローになるというのが、一応夢にはなるかもしれないが、それを口にするわけにもいかない。


「俺の、俺の夢は――」


「う、うわぁぁぁぁぁぁ!? ば、化け物!?」


 暫し考え込んでから、適当な嘘を述べるべく口を開いた瞬間、何かに怯えるような叫び声が周囲に響き渡った。

 俺はすぐさま立ち上がり、叫び声の聞こえた方へと視線を向ける。


「逃げ惑え、カス共! そしてオレの圧倒的な力に怯え、ノワールガイストにひれ伏せ!」


 この一週間探し続けていたフレーダーが目の前で叫び、今にも近くにいる人たちへと危害を加えるべく暴れまわる。

 ……すぐにでも奴を倒しに行きたいところだが、どうする?

 スーツとヘルメットは鞄の中に用意しているが、着替えるには何とか理由を付けて二郎たちから離れなくてはならない。


「……ん? あ、あれは!?」


 どうにかして戦う算段を考えていた俺だったが、ある事に気がついてしまい思考を中断せざるをえなくなってしまう。


「ヤバいよ! 早く逃げないと!」


「み、皆さん、まずは一度、店内に避難しましょう。それから様子を見て裏口から逃げるのが良いと思います」


 委員長と鳥野さんが立ち上がり、周囲の人に声をかける。


「委員長の言う通りにしよう。ボク達が残っていたら、警察やヒーローの邪魔になってしまう」


「よ、よし! そうと決まったら、早速――し、ショウ!? なにやってんだ!?」


 二郎たちは喫茶店内へと逃げ込むが、俺は皆とは逆の方向……フレーダーのいる方へと駆け出していく。


「子供が取り残されてる! 二郎は皆を頼んだ!」


 破壊の限りを尽くすフレーダーから逃げ遅れ、奴の近くに取り残されてその場にうずくまっている子供の姿を見つけてしまい、脚が勝手に動いていた。


「全て破壊しつくしてやる!」


 周囲の事を気にせず暴れまくるフレーダーの超音波を全力疾走で掻い潜り、子供の元まであと一歩と言うところまで近づく。


「ほう、逃げ遅れた奴と助けにくる馬鹿がいたか!」


 しかし、自身から離れていく人しかいないなかで、態々近づいていけばどんな単細胞が相手でも流石に気付かれてしまう。

 フレーダーが子供目掛けて、容赦なく超音波を放った。


「させるか!」


 関係無い人を傷つけさせるわけにはいかない。

 蹲っている子供へ向け、手を伸ばしながら思い切り跳ぶ。


「自分の身も顧みずに飛び込んでくるとは、馬鹿な奴め」


「ぐっ……」


 間一髪、子供を胸に抱きかかえてフレーダーに背を向け蹲る。

 ……子供を守る事には成功したが、俺自身は超音波をモロに受け止めてしまう。

 呻き声を上げながらも背中越しに伝わる超音波の衝撃に耐えて立ち上がり、この場から逃げ出す為に全力で走り出した。


「腰抜けが、逃げ出したか」


 フレーダーの吐き捨てた罵倒を背に受けながら、俺は心の中で誓いを立てる。

 ……覚えてろよ。

 すぐに戻ってきて、お前を叩きのめしてやるからな。

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