4話-2

「ボス! なんで奴との戦いを邪魔した! あそこまで追いつめたんだから、最後までやらせてくれても良かっただろ!」


 赤いマフラーの男から渋々逃走してアジトに戻り、怪人への変身を解いてから戦いを邪魔した理由を問いかける。

 あのまま戦っていればオレが勝っていただろうに、ボスは何を考えているんだ?


『貴方にはまだやってもらいたい仕事があるので、あそこで捕まってもらっては困るんですよ』


 機械音声だから当然なのだが、ヴァッサの声には何の感情も宿っていない。

 こちらは必死だというのに、それがオレを更に苛立たせる。

「あそこで捕まったら困るって、オレが奴に負けると思っていたのか? 確かにアンタが来た時はちょっと押されてたかもしれないけど、それより前は圧倒してた! アンタがくれたガイストバックルの力があれば、あの状況からでも勝てた筈!」


 ヴァッサが現場に現れた時、確かにオレは奴に殴られて地面に倒れこんでいたし、不利な状況であった。

 だが、奴と違ってオレにはガイストバックルがある。

 十分に勝利の目はあったんだ。


『何の理由があるかは知りませんが、彼は本気を出しきっていません。私たちを包囲するほどの炎を、貴方との戦いで使いましたか?』


 ……確かにオレやスピネと戦っている時、奴は超能力によって生み出した炎を格闘戦の補助や小さな火の玉を打ち出したり、攻撃を防ぐ事くらいにしかつかっていない。

 大量の炎を使ってきたのはさっきオレ達を包囲しようとした時が初めてだし、何ならあのままオレ達を焼き尽くす事も可能だったのに、それをやらなかったのだ。


「あ、あの野郎! スピネはともかくオレまで嘗めやがって。……どういうつもりだ!」


『理由は分かりませんが、それは大事ではありません。大事なのは、彼が本気を出していなかったという事。彼我の戦力を見誤れば、敗北に繋がります。それに、貴方はガイストバックルの力をまだ完全には使いこなしていません』


 ……奴が本気を出そうが、オレとの戦力差があろうがどうだって構わない。

 問題は奴をどうやって始末するかだ!

 それはそうと今、ヴァッサが気になる事を言っていたな。


「ガイストバックルを使いこなせてない? なら、どうすれば使いこなせるようになる? オレは何をすればいいんだ!」


『……今日の様に私の指定した日、指定した時間に行動を起こしてください。そして、彼が現れ次第その相手を。もし彼が現れるよりも早く警察が駆けつけるようだったら、逃げてください』


 ……ヴァッサはオレの質問に答えず、今日と同じように動けと命令してくる。

 このスカした態度が、時々鼻に付くな。


「ボスの命令に従うのは構わない。だけど、まずはガイストバックルの力を引き出す方法を教えてくれ! 奴を叩き潰せる力が欲しいんだ!」


『……いいでしょう。まだまだ未熟ですが、スピネよりはガイストバックルを使いこなしていますし、次のステップに進みましょうか』


 ヴァッサが相変わらずの無機質な機械音声を発すると同時に、オレの腹部に付いたままのガイストバックルに触れる。

 次の瞬間、オレの脳裏に知らない……いや、知らなかった筈の情報が流れ込んできた。


「く、ククク。スピネの奴、この力を使えないまま警察に捕まっちまうなんて、勿体ないことをしたな」


 ガイストバックルの真の力を振るえなかった、スピネへの憐れみと優越感。

 そして、この力で赤いマフラーの男をズタズタにする光景を想像し、思わず笑みを浮かべてしまった。



「見てみろよ、これ。フレーダーの奴、この一週間、滅茶苦茶に暴れてやがる」


 昼飯を食べ終わって校庭のベンチで休んでいると、二郎が新聞記事を片手に話しかけてくる。

 二郎の言葉通り、フレーダーと戦った日から一週間経ったが、残念なことに未だに奴を倒せていない。

 ……まあ、それにも理由があるんだけど。


「ああ、そうみたいだな」


「そうみたいだなって……まるで他人事だな? 何とかしたいって思わないのか?」


 二郎は返事を聞くと、周囲を見渡して人がいない事を確認してから、小声で喋り始める。

 ……大声で喋ったらどうしてやろうかと思ったが、流石にそれくらいの気は回るようだ。


「そりゃあ俺だって何とかしたいけどさ、奴と遭遇できなきゃどうしようもないだろ?」


 俺は変わらずパトロールを続けているし、フレーダーは先程も言った通り一週間ほとんどを暴れまわっているのだが、奴に出会う事は一度も無かった。


「……悪い。俺が実際に戦う訳でも無いのに、妙に焦っちまって。それにしてもフレーダーとなんで遭遇できないんだ? これだけ派手に暴れてるんだから、一日くらい遭遇してもおかしくないだろ?」


「さあ? そんな事、俺が知るかよ。……学校を抜け出してパトロールできればどうにかなるかもしれないけど、そういう訳にもいかないしな」


 この一週間、フレーダーが暴れていたのは平日の昼間のみで、何故か休日は現れなかった。

 そして好き勝手に暴れまわり、警察が駆けつけたらそそくさと撤退するという姑息な事を繰り返している。

 俺の活動できるのは平日の放課後と休日だけだから、フレーダーと活動時間が全く噛み合わないのだ。


「……今度遭遇した時こそは、確実にフレーダーを仕留める」


 フレーダーに好き勝手させている自身への苛立ちを抑え、そして気合を入れる為に左の掌を右の拳で軽く叩く。


「しょ、ショウの言う通りだな。俺もサポートを頑張って――」


「いたいた! 火走君に一条君、少しいいかな?」

 続いて決意表明しようとした二郎だったが、その鼻を挫く様に快活なイメージを抱かせる、茶髪のポニーテールが特徴的な女子生徒が話しかけてきた。

 ……確か、同じクラスの生徒だった筈。


「俺達に用事? えっと、君は確か……?」


「おいおい、鳥野とりのさんだろ。ショウ、クラスメイトの名前も憶えてないのか? ごめんね鳥野さん、コイツ、こういうところがあるんだよ。キツく叱っておくから、許してやってくれ」


 そうそう、確かそんな名前だった。

 二郎が、哀れむような目で俺を見ながら、背中をバシバシと叩いてくる。


「ご、ごめん鳥野さん、もう覚えたから。後、二郎は後で覚えておけよ」


「あ、アハハ……気にしてないから、大丈夫だよ。それはそうと本題に入るけど、君達は明後日の創立記念日に予定とか入ってる?」


 この学校の創立記念日か。

 学校自体が休みになるし、朝からパトロールにでも勤しむかと考えていた所だ。


「委員長が忙しいから、代わりに伝言を頼まれてさ。二人が良かったら、またヒーローについて教えてほしいって」


 ……委員長からの伝言?


「委員長が俺も誘ったのか? 二郎は先週の続きもあるから誘われるのはわかるけど、何で俺?」


「火走君を誘う事にしたのは、たださ……じゃなくて、アタシだよ。委員長を男子と二人だけで遊びになんて行かせられないって言って……行かせられないでしょ?」


 妙な言い回しなのは気になるが、鳥野さんの言い分もわかるな。

 もし俺が委員長と友人なら、二郎というか、男子と二人きりにさせるのは絶対に避ける。


「な、何だ、それ!? 俺が委員長に何かするとでも思ってるのだったら、買い被りすぎだ! そんな度胸ない! まあ、いいや。俺は問題ないけど、ショウはどうする?」


 妙なところで自信を表す二郎はさておき、少し考える。

 ……委員長からの誘いは嬉しいけど、今はフレーダーを一刻も早く捕まえる必要があるし、遊んでいる暇は無い。

 となれば、返事は決まりだ。


「……誘われたのは光栄だけど、俺はやめ――」


「ショウも行くよな! よし、決まりだ! 集合場所と時間はどうなってる?」


 誘いを断ろうとした瞬間、二郎が割り込んできて勝手に返事をし、話を強引に進めていく。


「オッケー、集合場所や時間はまた後で連絡するから」


「お、おい二郎! 俺は――モガ!?」


 異を唱えようとするが、二郎によって口を塞がれ、何も言えなくなってしまう。


「ふ、二人って仲が良いんだね。それじゃあ、アタシは委員長に伝えてくるよ」


「ありがとう、鳥野さん! それじゃあ、委員長に宜しくな!」


 鳥野さんは若干困惑したように笑いながら、そのまま立ち去っていく。

 ……二郎の突然の奇行のせいで、誘いを断る事ができなかった。


「おい二郎、どういうつもりだよ」


「何の話だ?」


 二郎を問い詰めるが、こちらから視線を逸らしてくる。

 コイツ、すっとぼけるつもりか。


「断るつもりだったのに、勝手に話を進めやがって。早いとこフレーダーも見つけないといけないのに……」


「まあまあ、たまには気分転換もいいじゃないか。あまり根を詰めすぎると、戦う前に疲れちまうぜ?」


 二郎の奴、余計な気を回しやがって。

 だがしかし、二郎の言うことにも一理ある。

 フレーダーが現れなければ、奴を探してパトロールする意味もない。

 スピネと戦ってから毎日パトロールを続けていたし、少し休憩を挟むのもありか。


「……仕方ない。今更、断る訳にはいかないしな。仕方ないから付き合ってやるよ」


「いやー、悪いな。話を勝手に進めちまって」


 俺が折れたのを見て、二郎はヘラヘラと笑いながら謝罪の意を口にする。

 ……表面上謝罪しているけど、まったく悪いと思ってないな。


「ただし、何か事件が起きたら俺はすぐに抜ける。その時は、お前にも協力してもらうからな?」


「へいへい、わかってるぜ、相棒――イタタタ!?」


 俺の背中を叩こうとした二郎の腕を掴み、そのまま捻りあげたことで二郎が悲鳴を上げる。

 ……本当は何も起きない方がいいけど、もし実際に事件が起きて俺が抜け出す時、どうやってコイツが対処するのか、お手並み拝見といこうじゃないか。

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