4話-1

 フレーダーへの追撃を邪魔をした人影が地面に降り立ち、俺の行く手を遮る様に立ち塞がる。

 身に纏っている装甲服で体型はわからず、ヘルメットで素顔を隠しているうえに、声も合成音声を使っている所為で、年齢も性別も何もかもわからない。

 ……外見の怪しさなら、俺といい勝負だ。


「お前、何者だ」


『……初めまして、ヒーロー。私の名は『ヴァッサ』。この愚かな世の中を憂い、救世を行う者』


 ……こっちから聞いといてなんだけど、何を言ってるんだ?

 愚かな世の中だの、救世だのと、訳のわからない事を宣う関わってはいけないタイプ。

 本当なら無視するのが一番だけど、関わらざるを得ないのが辛い。


「何を言ってるのかよくわからないけど、そこを退け。俺はその男に用事があるんだ」


『それはできません。この男にはまだ役目が残っていますから』


 ……薄々わかってはいたが、やっぱりフレーダーの仲間か。

 だとすると、これで一対二の構図。

 おまけにこっちはフレーダーとの戦いでダメージを負っているし、かなりマズい。


「ぼ、ボス!? 何をしに来た!」


『貴方を助けにきました。作戦は失敗したので、この場は退きますよ』


 撤退してくれるというのなら有難いというのが本音だが、ヴァッサの口ぶりから察するに、このコンビニを襲撃したのは計画的な犯行。

 なにが目的なのかはわからないが、ここで奴らを逃がすと、また同じような事件を引き起こすかもしれない。


「お、オレはまだ負けてねえ! すぐにコイツを倒して――」


『……お願いしているのではありません。これは命令ですよ』


 食い下がろうとするフレーダーだがヴァッサの発言に押し黙り、その声から感じる圧に俺も思わず気圧されてしまう。

 合成音声で喋っているから感情なんて感じ取れない筈なのに、奴から底知れない悪意を感じる。


『わかったのなら、退きますよ。ではヒーローさん、貴方の勧誘はまた次の機会に。また会いましょう』


「ま、待て! 逃がすと思ってるのか!」


 ……ビビっている場合じゃない。

 このままコイツらを逃がすなと、そして形振り構っていられる状況じゃないと、俺の直感が告げている。

 二人のヴィランを追い詰めるべく、彼らを包囲するように炎を展開。

 これで、簡単には逃げられないだろう。


『思った通り、素晴らしい力。ですが、私の前では無意味』


 ……しかし、ヴァッサが腕を一振しただけで、奴らを囲う炎は全て一瞬の内に消え去ってしまった。


「な、なんだと!? い、いや、逃がすわけにはいかない!」


 その事実に一瞬だけ動揺するが、すぐさま我に返ってヴァッサの元へと駆け出した。


「さっきまで好き勝手しやがって! これでもくらえ!」


「しま――ぐっ!?」


 ヴァッサに近づこうとするが、隣にいたフレーダーの放つ超音波をモロに受けてしまう。

 身体中に響く痛みに思わず膝をついてまうが、これしきのことで怯んでいる暇は無い。

 すぐさま立ち上がり、再び走り出そうとする。


「……畜生!」


 だが、奴らから視線を外してしまった、たったの一瞬。

 その間に、奴らはこの場から跡形も無く消えてしまっていた。

 ……おまけに、小さくだがパトカーのサイレン音も聞こえてくる。

 ここに残っていると厄介な事になるな。

 バイクを取り出し元の大きさに戻すと、跨がってエンジンを回す。


「J。こちらSだ」


 バイクを走らせその場を離れながら、ヘルメット内の通信機を起動させ二郎と連絡をとる。


『やっと連絡したか! 一体何があったんだよ!』


「……悪い。少し声のトーンを落としてくれ。頭痛が……」


 超音波をもろに喰らってしまった影響もあってか、いつになく二郎の声が頭に響く。


『す、すまん。……それで、一体どうしたんだよ?』


「この間倒したスピネの相方の、フレーダーって奴が俺の事を狙ってきた。結構痛めつけられたけど、なんとか無事だ」


「ず、随分あっさりしてるけど、本当に大丈夫なのか!? スピネの相方って、奴と同じように化け物になって襲ってきたんじゃないのか!?」


 今起きていた事の冒頭部だけでこの驚き方か。

 ……全部話したらどれだけ五月蠅く喚くのか、想像するだけで話すのが億劫になってくる。


「大丈夫だったから、こうやって連絡できてるんだろ。フレーダーに関しては厄介だけど、今回は追いつめることができたし、なんとかできる。問題は、後から現れた奴らのボス、ヴァッサだ」


『一人だけじゃなくて、二人も出てきたのか!? ……よく無事だったな』


「アイツ等が逃走を選択したから、こうしてお前と話せてるのかもな」


 もし、あのまま二人を相手にしていたら……いや、ヴァッサ一人だけが残っていたとしても、俺は負けていたかもしれない。


『……情報を整理しとこう。メモを取るから憶えている事や感じた事を話してくれ。どんな些細な事でもだ』


「フレーダーに関しては大丈夫だ。何をやってくるかはわかったから、問題ない。問題なのは、ヴァッサの……痛ッ……」


 話している最中に頭痛がして、思わず呻き声を漏らしてしまった。

 ブレーキをかけ、その場にバイクを停める。


『お、おい、どうした? やっぱり怪我してるんじゃないのか?』


「フレーダーの超音波が未だに効いてるみたいだ。……少し、頭痛がする」


 このまま運転を続けると、事故を起こしてしまう。

 コンビニからは十分離れたし、この辺りで少し休むか。


『……大丈夫か? 疲れてるようなら、情報を纏めるのは明日にしようぜ』


 俺の体調を心配してか、二郎が情報整理を後回しにするよう提案してくれる。

 心遣いは有難いが、それよりも早く情報を纏めておきたい。


「これから人気の無い場所で着替えるから、それまでに情報の整理を終わらせる。俺の前に現れたヴァッサだけど、戦おうとせずにフレーダーを連れて逃げようとしたんだ」


『成程、そのまま奴らを逃がしてやったんだな。まあ、折角追い詰めたヴィランを逃がすことになるのは惜しいけど、二対一で相手するよりはマシだよな』


 ……一人で勝手に話を進めないでほしい。

 ジャーナリストになるんなら人の話をちゃんと聞くべきだとツッコミたいところだが、残念ながら今の俺にはその余裕も無い。


「いや、逃がしてやろうかとも思ったけど、俺の直感がすぐにでも奴等を倒すべきと判断した。だから、逃げられないように炎で奴らを包囲した」


『……お、お前、勘でそんな危険な行動にでるのかよ。それで? その後はどうした?』


 俺の話を聞いた二郎は、呆れ気味に呟く。


「……俺の炎が一瞬で消されたうえ、フレーダーの超音波に怯んでる隙に逃げられた。そのすぐ後に警察が近づいてたのに気付いて、俺もすぐに逃げ出すことにしたんだ。とりあえず、戦った時の状況についてはこれで終わり。ヴァッサの能力に関する情報は炎を消せる事と、地面を砕く位の威力を持った何かだ」


 ヴァッサは手の内をほとんど見せていないが、それでも奴の有する超能力の片鱗は目の当たりにした。

 手がかりは少ないけど、対策を練るにはどんな超能力なのか、少しでも明らかにする必要がある。


『……地面を砕く方から推測するのは難しいけど。火を消す方ならある程度予想できるな。水をぶちまけて消化したか、酸素を無くして燃焼できないようにしたか、あるいは炎自体を吹き飛ばしたって所か? 火を消す方法なんて限られてるだろ』


 普通なら二郎の言う通りだろう。

 しかし奴は超能力者で、普通の考え方は当てはまらない……かもしれない。


「単純に火を消すっていう能力の可能性もある。ひょっとしたら、俺と同じ炎を操る能力かもな」


 炎を消したという面で考えてみても、ヴァッサの超能力を絞りきることはできない。

 今わかっている事は、俺と相性が悪いという事だけだ。


『対抗策はあるのか?』


「……ああ、勿論だ。先手を取って殴り倒す。これに限る」


 ……少し考えてみたけど、頭痛が酷くてまともな対抗策が思い浮かばない。


『何だ? その脳筋全開な――』


「そろそろ人気の少ない場所に着きそうだ。残りは明日話す」


 二郎の言葉を最後まで聞かずに、そのまま通信を切る。

 ……今の作戦が作戦として成り立っていないのは、自分でもわかっている。

 だが俺の超能力が効かない以上、無理やり殴る以外に方法は無い。


「……どうしたもんかな」


 人気の無い場所を見つけ、バイクを停めながら呟く。

 次に奴らと戦うまでに、何か対策を講じなくてはならない。

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