5話-4

「な、なんで二人が……」


『おやおや、随分と動揺しているみたいですが、それも当然ですよね。貴方の学友が人質なんですから、驚くに決まっています』

 こ、こいつ!?

 なんで俺と委員長達が同じ学校に通っていると知っているんだ!?


「お、お前!? 何でそれをーーいや、それよりも、二人を解放しろ!」


『……まあ、人質二人は多いですし、一人は返してあげましょう。さあ、しっかりと受け止めてください』


 ヴァッサの言葉通りに多田さんの拘束が弛み、こちらに向かって放り投げられるように飛んできた。


「うわっ!? あ、危ないだろ! ……き、君、怪我は無いか?」


 慌てて多田さんを受け止めたが、衝撃で彼女が怪我をしているかもしれない。

 彼女が無事かを確認する。


『ぼ、ボクは大丈夫。それよりも、ボクじゃなくて彼女を解放しろと言っただろ! 代わりに、ボクが人質になるから!』


 返事をすると同時に、地面に降りた多田さんがヴァッサの元へ向かおうとするが、折角解放されたんだから、そうはさせない。


「ここは俺に任せて、君は早く逃げろ。言う通りにするから、もう一人の人質も解放してくれ」


 多田さんを庇うように前に出て、委員長を助けるべくヴァッサと交渉を試みる。


『これ以上私とお喋りしたいというのなら……いえ、彼女を助けたければ、私に追いついてみてください』


 しかし、ヴァッサは交渉する気が無かったらしい。

 委員長と共に空へ浮かび上がり、そのまま市街地の外に向けて飛んでいった。


「……十中八九罠だろうけど、逃すわけにはいかない」


 元より逃がすつもりはなかったが、委員長を助けなければならない以上、ここで無視するという選択肢は俺の中には無い。

 すぐさまヴァッサを追いかけるべく、バイクを取り出し跨る。


「ま、待つんだ! ボクも一緒に乗せてくれ! 彼女は友達なんだ!」


 アクセルを回そうとしたその時、多田さんが呼び止めてきた。

 友達がヴィランに連れていかれたのだから、心配するのも当然だし、気持ちはわかる。


「危険だから、連れていく訳にはいかない。だけど君の友達は必ず助ける」


 ……気持ちはわかるのだが、連れていくかどうかはまた別の話。

 正直、ヴァッサを相手に多田さんを守りながら戦える余裕は無い。


「いや、ボクが代わりに人質になっていれば、彼女を助けにいく必要もなかったんだから――ま、待ってくれ!」


 断られて尚も食い下がる多田さんを振り切るように、ヴァッサが飛んでいった方向へとバイクを走らせた。




 逃走するヴァッサを追いかけて、郊外にそびえ立つ廃ビルへと辿り着く。


『ちゃんと着いてきていますね。さあ、あと少しです』


 上空から此方を一瞥したヴァッサは、委員長と共にビルの屋上へと消えていく。


「……進むしかないか」


 罠の可能性を考えて少しだけ尻込みするが、委員長を人質に取られているし、逃げる訳にはいかない。

 覚悟を決めてビルの中へと突入し、屋上へと続く階段を駆け上る。

 ……奴の使う超能力がどんなものか検討はついているが、俺が勝てるかどうかはまた別の問題。

 せめて、委員長だけでも無事に逃がせればいいのだが。

 ……意外なことに、妨害を受けずに最上階まで辿り着き、屋上への入り口である扉を勢いよく蹴り開く。


「お前の言う通り来てやったぞ! 彼女を解放しろ!」


『最初からそのつもりですよ。さあ、貴女の役目は終わりです』


 ヴァッサがそう言うと、委員長の拘束が解かれる。

 委員長は少しふらつきながらも一人で俺の元へと駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫か? 怪我は?」


 俺はヴァッサがあっさりと委員長を解放した事を意外に思いながらも、彼女が無事か確かめる。


「だ、大丈夫です。それよりもごめんなさい。ヒーローさんに迷惑をかけてしまって……」


「いや、無事ならそれでいい。それよりも、早くここから逃げるんだ」


 委員長に逃げるよう促すと、彼女を庇うようにヴァッサの前へと歩み出る。

 ……ヴァッサが何かを仕掛けてくるかと身構えていたが、委員長は無事に屋上から立ち去り、特になにも起きなかった事に拍子抜けしてしまう。


「……俺がお前の仲間になるって言うまで、彼女を解放しないと思ってた」


 人質や情報を盾に、俺に仲間になるよう勧誘してくるものだと思っていたので、ヴァッサの行動は予想外だ。


『そんな手段で仲間にしても意味がありません。貴方自身の意志で私達と共に行動してもらわなくては、いつ裏切られるかわかりませんからね。さて、まずは何故、私が貴方の素性を知っているかから話しましょうか』


 ……色々と思惑があるようだけど、向こうが態々情報をくれるっていうんなら、貰っておいてやろうじゃないか。


『まずら貴方の活動時間を調べさせてもらいました。平日は夜間だけですが、休日は一日中活動をしていますね。つまり、平日の昼間は活動できないという事が、これだけでわかります』


 ……正体がバレないように、気をつけていたつもりだったんだけどな。

 俺もまだまだって所か。


「成程ね、今度からバレないようにもちょっと気を遣うよ。だけど、それだけじゃ俺が学生……しかも、人質にしていた娘たちと同じ学校の生徒だなんて、わからないだろ?」


『その点に関してはフレーダーが役に立ってくれました。貴方が彼を倒した日、この辺りの学校では、彼女たちの来ていた制服の高校だけが創立記念日で休みだったんですよ。知ってましたか?』


 ……フレーダーが平日の夜間に暴れなかったのは、俺の身元を探るための策だったと。

 そして、俺はまんまと策略に嵌まってしまった訳か……いや、それだけじゃまだ、特定できない。


「……たまたまその日が休みだった社会人っていう可能性もあるだろ? なんでそう言い切れるんだ?」


『勿論、その可能性も考えていました。ですが人質になっていた彼女たちを貴方が見た時や、今の話を聞いた時の反応を見れば結論は自ずと出ます』


 ……決め手は、俺が墓穴を掘ったという事か。

 しかし、ここまで調べてくるとは厄介な奴。

 やっぱりコイツは今日、ここで仕留めるほかにない。


「色々教えてくれてありがとよ。お喋りはこれで充分か? これから刑務所に入るんだから、しっかりと喋っておけよ」


『……まだ話をしてあげても良いのですが、貴方はそれを望んでいないようですね。一応、もう一度聞いておきましょうか。私たちの仲間になるつもりは?』


「一切無い!」


 ヴァッサの勧誘を断り、屋上のコンクリートを蹴って駆け出す。


『手荒な真似は嫌いですけど、お望みとあらば仕方ありません』


 その発言とは裏腹に、ヴァッサはその場から動く事は無い。

 不自然なほど簡単にヴァッサの元へと辿り着いた俺は、拳を勢いよく振りぬいた。


「くッ……」


 しかし、振りぬかれた拳は容易く躱されてしまう。

 続けてヴァッサから反撃に繰り出された膝蹴りを、空いている腕でいなして後方へ飛び退く。

 ……これくらいで怯んでいる訳にはいかないし、もう一度攻撃を仕掛ける!


『スピネにフレーダー、そして影人形との戦闘データから、貴方の行動パターンは予測できます。今からもう一度、私に向けて突撃を行おうとしていますね?』


 図星をつかれてしまい、ヴァッサの元へと駆け出そうとしていた足を止める。

 ……用意周到な奴。

 今までに使った攻撃では、見切られてしまう訳か。


「……そんなデータだけで俺を止められるかどうか、試させてもらう!」


 まずは俺の動きにどの程度反応できるか確かめるべく、攻撃を叩きこむ必要がある。

 ヴァッサに向けて突撃すると、再び右の拳を振りかぶった。


『指摘されてなお、馬鹿の一つ覚えで突撃を――!』


 余裕を見せていたヴァッサの声は、俺のとった行動で途絶えた。

 右の拳を振り抜かずに左肩を前に出し、ヴァッサに向けてタックルを繰り出す。


「データなんかで計れると思ったら、大間違いだ! わかったら、さっさと降参しな!」


 地面に倒れこんだヴァッサへ、降伏するように促す。

 口では強く出てみたが、あまり長引くと不利なのは此方だから、早めにケリを付けなくては。


『ああ言えば、貴方がデータに無い行動をとるのはわかっていました。貴方のとる行動など所詮、予想の範疇です』


 冷静に分析を続けていくヴァッサを見て、どうしてここまで冷静でいられるのかと疑問に思う。

 何か罠を張っているから余裕があるのか、それとも単純に虚勢を張っているだけか。

 考えた所で、答えが出る事はないし、考えても意味がないのなら、戦う他にない。

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