5話-5

 奴は重たい装甲服を身につけている。

 なら、一度押し倒せばそう簡単には起き上がれないはずだと考え、倒れこんだヴァッサに飛び掛かる。

 しかし、奴が俺に掌を向けたのを見て即座に横へ飛び退いた。

 同時に掌から勢いよく射出された一筋のソレは俺が飛び退く前にいた場所の、後方にあった塔屋の壁に小さな穴を空ける。


『……避けられましたか。不意を突けたと思っていたのですがね』


「こっちだって、お前とは何回かやりあってるんだ。何をしてくるかの予想くらいできる」


 ……とはいえ、ヴァッサの攻撃を見切っただけでは勝利に繋がらない。

 塔屋に向けていた視線をヴァッサの方へ戻すと、奴は既に立ち上がり俺から距離をとっている。

 俺が目を放したほんの一瞬で、体勢を立て直しやがった。


「どういう構造してるんだよ、その装甲服。見た目よりも軽い? それとも、他に何か仕掛けでもあるのか?」


 軽口を叩きながら、ヴァッサに悟られないようにゆっくりと近づいていく。


『仲間になるのなら教えてあげてもいいですよ? ……まあ、答えはわかりきっていますが』


「勿論断る。……なあ? 何で俺なんかにそんなに執心しているんだ? 仲間のスピネやフレーダーを倒し、今もお前と戦っている憎い敵だぜ?」


 ……攻撃を仕掛けるのに、もっと近づいたほうがいい。

 ヴァッサの気を逸らす為に話を続けながらも、ゆっくりと歩き続ける。


『……それくらいなら良いでしょう。彼らを犠牲にしても、強力な超能力を持つ貴方を仲間にできれば良いという、単純な話です』


「そうか。話してくれて、ありがとよ! あんまり興味、湧かなかったけど!」


 あまり興味が無い話を聞き終えると共に、床を蹴って駆け出す。

 こちらの動きを見て、ヴァッサは再び掌から何かを射出して迎撃を行う。


「さっきも言ってたけどな、何をしてくるかくらい予想はできる! お前の超能力の正体もだ!」


 此方に迫るソレ……高圧で射出された水に対して、火炎放射をぶつけてやる。

 俺の炎は水により消火されてしまうが、奴の高圧水流も俺に届くことなく蒸発する。


「お前の超能力は『水』! 火を操る俺にとっては天敵かもしれないけど、こっちの炎で全部蒸発させてやる!」


 ……大きな口を叩いたはいいが、ヴァッサがどの程度の能力を有しているかまではわからない。

 水を操るだけなのか、はたまた生み出す事まで可能なのか?

 一度にどの程度の量まで操る事ができるのか?

 ……わからない事は多いが、対抗可能だというのがわかったのは、俺にとって追い風になる。

 俺に向けて放たれる水流。

 その悉くを蒸発させながら、ヴァッサの元へと着実に近づいていく。


「うおォォォォォォ!」


 雄叫びを上げ、床を蹴って跳躍し、右腕を大きく振りかぶる。

 ヴァッサもタダではやられまいと俺に向けて水を射出するが、左腕の点火装置から生み出した炎で相殺。

 そして俺は、奴の頭部目掛けて拳を振りぬいた。


「……え? う、嘘だろ?」


 振りぬかれた拳はヴァッサの頭部を捉え……そのまま俺の腕が首の上を通り抜ける。

 ……ヴァッサの頭部が、勢いよく吹き飛んで床に転がったことにより。


「う、嘘だろ!? 殺してしまった!?」


 予想外の出来事にぎょっとしてしまい、我を忘れて素っ頓狂な声を上げてしまう。

 ……いや、よく見ると血が出てない。

 というか、人形じゃないか。

 自信満々に超能力者だと断言したのに、予想が外れて少しだけ恥ずかしくなるが、それ以上に人を殺したわけじゃないとわかってホッとする。

 そんな事を考えていると、ヴァッサの身体だけが動きだし、落下した頭部を拾い、自身に取り付けた。


『……バレてしまいましたか。まあ、構いません。どうせ貴方が仲間になれば、明かしていた事ですから』


「だから仲間にはならないって何度言えばわかるんだ? しかし、どういう仕掛けで動いて……超能力か。人形の中に水を仕込んで、超能力で操ってるんだな?」


 ヴァッサの誘いを断り、時間稼ぎに人形を動かしていた方法を推察しつつ、周囲の様子を探る。

 ……俺の動きに対応できるだけの精度が高い動きをしていたことから察するに、人形を操っていた超能力者は近くで俺たちの事を見ている可能性がある。

 なら、そいつを見つけ出して捕まえれば俺の勝ちだ。


『ご明察です。人形の中に水を仕込んで身体を動かしていました。それはそうと、貴方が何を考えているのか私にはわかります!』


 俺の考えを読み、妨害するべく襲いかかってくる人形。

 隠れている超能力者を見つけたかったけど、そう簡単にはいかないか。

 なら、やることは決まった。


「とりあえず、こいつを破壊する!」


 点火装置を起動させ、両手両足に炎を纏わせる。

 ……今までの戦い方が奴に分析されているのなら、別の戦い方をすれば良いだけ!


『データに無い行動……! まだ何か隠していたのですか?』


「こいつはあんまり使いたくなかったけど、一気に勝負を決める為だ……覚悟しろよ!」


 四肢の末端に宿った炎を、上腕、腿、肩、腰、胴、そして頭部へと延焼させていく。

 夜の帳が降り、暗闇に包まれた廃ビルの屋上。

 ほぼ唯一の光源となって、躰を真っ赤に燃え上がらせた俺はヴァッサ目掛けて突撃する。

 当然、ヴァッサも只見ている筈はない。

 腕を俺に向け、水流を放ち迎撃してくる。

 俺の全身に宿した炎とぶつかることにより、水流は蒸気となり辺りを覆う。


『此方に辿り着く前に、消火すれば良いだけ――!』


 ……ヴァッサが何事か喋っているが、最後まで言い切る事はない。

 蒸気の中から、依然変わらず全身を燃え上がらせた俺が飛び出し、自身に向かって迫る姿を見て思わず絶句でもしたか?

 俺の炎をあの程度の水流で消火できると思うなんて、随分と見くびられたもの。

 ……ここに至って、迷う事などない。

 ヴァッサの元へと一直線に駆け抜ける。


『……ここは一度距離をとり、仕切り直して――』


「仕切り直す? 俺に近づかれた時点でそんなことが出来る訳無いだろ!」


退こうとするヴァッサへ組み付き、全身に灯した炎を更に激しく燃え上がらせる。


『な、何を――』


「ハアァァァァァァ!」


 雄叫びを上げると共に、全身に灯した炎を爆発させる。

 次の瞬間、巻き起こった爆炎が周囲を明るく照らし、爆音が響き、空気が震え、廃ビルが大きく揺れた。

 ……爆発が収まった後、爆心地にはバラバラに破壊された人形と、ボロボロになったスーツを身に纏って立ち尽くす俺が残される。


「ハァ……ハァ……。こ、これだから、あんまり使いたくなかったんだよ……」


 今の技は派手な見た目とは裏腹に俺自身への肉体的な負担は少ないのだが、精神的には滅茶苦茶に疲弊してしまう。

 ……それに、火力が過剰過ぎて生身の人間相手に使う事ができないという大きな欠点があるのだ。

 俺は疲労感からその場に座り込むと、スーツの点火装置が壊れていないか確かめる為に火花を散らす。


「……点火装置はイカれてないか。これなら、修復も楽だな」


 スーツへ与えてしまう負荷も尋常ではない為、後の事を考えるとあまり使いたくない……というか、使う事ができない文字通りの必殺技だった。

 ……暫くの間座り込み、息を整えてからゆっくりと立ち上がる。


「……あんまり、休んでいる暇はないか」


 ヴァッサと思っていた人形の残骸を一瞥し、屋上の出入り口へと向かう。

 早く、人形を操っていたヴァッサの本体を探さなくては。

 すでに逃走しているかもしれないが、まだ遠くへは行っていない筈。

 扉のドアノブに手をかけようとした時、ひとりでに扉が開いた。


「あっ……ヒーローさん、無事だったんですね。凄い音と振動がして、何があったのかと……」


 先に逃がしたはずの委員長が、屋上へと足を踏み入れる。

 ……相変わらず、驚く程に危機感が無い。

 まあ、さっきの爆発の余波で怪我をしなかったのは、幸運だった。


「……まだ残っていたのか。危険だから早く帰るんだ」


 隠れているヴァッサが見つかってない以上、彼女を戦闘に巻き込まない為にもここから立ち去る様に促す。


「これはまた、随分と派手にやりましたね」


 ……しかし、委員長は俺の警告を無視して屋上へと立ち入り、人形の残骸へと歩みを進めていく。


「おい! 危ないから、早く逃げろって――」


「心配してくださってありがとうございます。でも、平気ですよ」


 ……平気だって?

 先ほどの爆発を直接目の当たりにしていないとはいえ衝撃を近くで感じ取っているのだから、どれほど危険かはわかるはずだ。

 それに、ここに来たのだってヴァッサに誘拐されたのが原因。

 それなのに、どうしてこんなに落ち着いていられるんだ?


「……まだ、わからないんですか?」


 彼女の発した言葉を聞いた瞬間に最悪の想像が脳裏を過るが、きっと俺の考えすぎだ。

 怖い思いをしたせいで、少し錯乱しているだけに違いない。

 ならヴァッサを探すよりも先に、彼女を家まで送り届けないと。


「……キミがさっきから何を言っているのか、なにをしたいのかさっぱりわからない。何度も言わせるな。早くここから――」


「私が『ヴァッサ』ですよ。ヒーローさん」

 委員長……水城雨は、いつも通りの優しそうな笑みを浮かべたまま俺を見つめて、俺の想像した最悪の言葉を紡いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る