エピローグ
『だから、悪かったって何度も言ってるだろ? 俺だって逃げようとしたんだけどさ、多田さんがお前達の戦っている場所に近寄っていくのが見えて、危ないから止めようと思ったんだよ』
ヘルメット内の通信機から、二郎による先日の説明もとい、言い訳が聞こえてくる。
『そうしたら、「ちょうど良かった! ボクじゃ非力すぎて投げられないから、君に頼んだ!」とか言ってきて強引に、えーっと? ブレイズドライバーだっけ? そいつを俺に渡してきたんだ。まあお前もピンチみたいだったし、何かの助けにればと思って協力したわけよ』
……二郎なりに色々と考えていたのはわかったが、それとこれとは話が別だ。
「今回は助かったから良かったけど、次からは危険な真似はするなよ? 俺が逃げろと言ったら、すぐに従ってくれ」
一応は感謝の意を示しつつ、次はないと釘を刺す。
こうしないと、また無茶をしそうだしな。
『わ、わかった。……しかし、あれからもう一週間か。まだ昨日のことのように思い出せるぜ』
「……ああ、俺もそうだ」
俺が現場を離れた後で、駆けつけた警察に連行されたヴァッサは今、ヴィラン用の特別な刑務所に収監されたらしい。
……案の定というか、彼女は警察の調査に非協力的で、ニュースなどでは動機が一切不明と報道されている。
俺達の通う高校にも、毎日のようにマスコミが詰めかけてきて、迷惑な事に非常に騒がしかった。
……とはいえ、彼女の事を教師や生徒に聞いてみても返ってくるのは『彼女があんな事をするような人には見えなかった。今でも信じられない』といったマスコミにとっては面白くもない返事なので、一週間経った今では学校前に詰めかける記者の数も大分減ってきた。
……しかし、人気者の彼女が捕まった影響……傷口は、非常に大きい。
生徒は多かれ少なかれ、同じ学校に通う生徒から犯罪者が出た事にショックを受け、特に彼女と親しかった鳥野さんのように、暫く学校に来ることができない状態になる人もいた。
教師は流石に休職するような人はいなかったけど、マスコミへの対応と生徒へのケアで皆、非常に疲労困憊した様子だった。
俺の様に彼女の本性に直に触れた者でもなければ、皆の様な反応になるのも当然だろう。
……いや、多田さんはいつもと変わりないように振る舞っていたな。
でも、多少元気が無いように見えるのは、気のせいじゃないだろう。
『……委員長はなんで、あんな事をやったんだろうな』
入学して数ヶ月で、学校の皆から高い評価を得ていた委員長。
彼女の才能には目を見張るものがあり、それ故に何故今回の様な手段で世界を変えようとしたのか、俺にはまったく理解できない。
委員長ならもっと真っ当な手段で世界を変える事だってできたと思うのは、俺の考えすぎなのだろうか。
「そんなこと、俺が知るかよ」
……ヴァッサのターゲットになっていた半野は、超能力者に襲われた被害者という立場を利用してますます活動に精を出している。
正直、ヴァッサを倒して半野を助けた事を、少しだけ後悔している。
半野は俺の事をヴァッサの一味で、自分を助けたのはマッチポンプにほかならないと主張しているし、少ないながらも本当にそう信じている人まで現れる始末だ。
本当はヴァッサに手を貸して、半野のような奴がのさばらない世界を作ったほうが良かったのだろうか?
……いや、俺は間違った事はしていない。
少なくとも、ヴァッサのやりかたでは今のように悪い方向にしか進まない筈だ。
もしも彼女に協力していたら、俺はヒーローである資格を無くしていただろう。
「それじゃあ、そろそろ目的の場所の到着するから、一度通信を切る。落ち着いたらまた連絡する」
二郎との通信を切ると、俺は燃え盛る炎の中を進んでいく。
何故そんなことをやっているのかというと、パトロール中に人だかりを見つけたので何事かと近づいてみた俺の目に映ったのは、勢いよく燃え盛るアパート。
そして、上階に取り残された子供がいると言い、燃え盛るアパートに戻ろうとするのを周囲に止められる女性。
そういうわけでこっそりとアパートに突入して、今に至ると言うわけだ。
……本当はこの炎を消してしまえれば良いのだが、ここまで燃え広がっては俺の超能力でも完全に消し去ることは不可能。
自分の周囲に燃え移らないようにしながら進むのが、精一杯だ。
……目的の階層まで到達するが、炎の勢いは増しており、視界は悪い。
もう手遅れかもしれないという予想が脳裏を過るが、奇跡的に炎が燃え移っていない道の真ん中に倒れていた、小学校低学年位の男の子の姿を見つけたことでその心配は杞憂に終わる。
「おい! 大丈夫か!」
超能力を駆使して炎が燃え広がらないようにしながら、急いで少年に駆け寄り声をかけると、少し呻いてから目を開ける。
「……おじさんは、誰?」
「俺が誰かは後で教えるけど、君を助けにきたヒーローだと思ってもらえればいい。後、おじさんじゃなくてお兄さんだ」
おじさんと言われた事は非常に遺憾なので即座に訂正しながら、少年を抱え上げて元来た道を戻ろうとする。
その瞬間、目の前で天井が崩れ落ちて道が塞がれてしまった。
「ま、マジか。巻き込まれないで良かった……」
怪我をしなかっただけマシだと思いたいが、また崩落しないとも限らないし、少年にどれだけの体力が残っているかわからない以上、長居はできない。
周囲を見渡すが、脱出できそうな場所は……一ヶ所だけか。
「少し危ないことするから、しっかりと掴まってろ」
問い掛けに男の子が頷くのを確認すると、男の子を抱き上げている腕に力を込め……近くの窓ガラス目掛けて駆け出した。
男の子が怪我をしないように俺自身の身体で窓ガラスを突き破り、空中に飛び出す。
「な、なんだ!? 誰か出てきたぞ!」
野次馬の一人が俺に気付き声を上げるのを聞きながら、空中で姿勢を変えて、そのまま地上に着地する。
かなり危険だったが俺やスーツ、そして男の子には傷一つ無し。
……このスーツじゃなきゃ間違いなく俺は怪我してただろうし、多田さんにはそのうちお礼をしないとな。
「もう大丈夫だぞ。一人で立てるか?」
男の子が再び黙って頷くのを確認してから地面に降ろす。
「ああ! 無事で良かったわ!」
母親が駆け寄ってきて、男の子を抱き締めるのを見届けてから、俺は即座にこの場を立ち去ろうとする。
「ま、待って! お、お兄さんは、何者なの?」
しかし、男の子に呼び止められたことで、足を止める。
そういえば、後で教えると約束してたな。
「俺は――」
男の子に自らの名前を名乗ろうとして、言葉に詰まる。
そういえばヒーローとして名乗った事がないし、そもそも名前を決めていなかった。
まさか、本名を名乗る訳にもいかないだろう。
どうするべきか考え、俺の事をニュースでどう呼んでいたか思い出す。
……名前に拘りは無いし、ニュースで呼ばれていた名前で構わないか。
ダサい名前なら、話は別だったけど。
「俺はブレイズライダー。ヒーローだ」
ブレイズライダー 紅蓮の騎手 鷹目九助 @hawk_eye_nine
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます