6話-5

「夜更かしして急ピッチで作ったせいで寝坊して学校には行けなかったけど、お陰で間に合った! さあ、そよブレイズドライバーで昨日のボクと委員長の仇を討ってくれ!」


 ……意気揚々と叫ぶ多田さんには悪いが、正直気味が悪い。

 一体、いつの間に俺のデータを取っていたんだ?

 しかも、マフラーへの拘りまで見抜かれているなんて。


「くっ……ふざけた真似を!」


 ……どうやら、今はその事を考えている暇は無いらしい。

 麻痺から回復したヴァッサは、今までの余裕ある態度から一転して、怨嗟の声を上げながら多田さんを睨みつける。


「スーツは助かったけど、これ以上ここにいると危ない! 二人とも、早くここから離れろ!」


「まあ少し待ってくれ。まだスーツの説明は終わっていない。両手の点火ボタンを同時に押すと、追加の――な、何をする一条君!? 離すんだ!」


 危機的状況にも関わらずスーツの話を続けようとする多田さんだったが、そんな彼女の言葉を遮るように二郎が彼女を担ぎ上げる。


「やる事はやったし、後は彼に任せよう! これ以上残っても、あの怪人だけじゃなくてヒーローも怒らせるだけだ!」


 そう言うと二郎は暴れる多田さんを担いだまま、俺に背を向け逃げ出していく。


「そう易々と逃がしません! スピネにフレーダー! 多田博士と、ついでにヒーローオタクを追いなさい!」


 逃走する二郎達を逃がすまいと、二体の怪人に指示を飛ばすヴァッサ。


「おっと、お前達の相手は俺だろ!」


 上空から二郎達を追跡しようと飛び上がったフレーダーを追いかけるべく、地面を蹴る。

 スーツに搭載されているらしいパワーアシストのおかげでジェット噴射を使わなくても、同じくらい高く跳躍できる事に驚きながら、フレーダーの背中に着地する。


「俺と一緒に、落ちようぜ!」


 フレーダーの翼を掴んで、炎を放ち動きを止める。


「グギャァオォォォ!!」


 自身の身に起きた異変に気付いたフレーダーが唸り声を上げると、グルリと此方に首を回転させて口を開く。


「これでもくらえ!」


 超能力を放つべく大きく開いた口に火球を叩き込んで怯ませてから、地上に飛び降りる。


「なあ一条君! 後ろから蜘蛛みたいな化け物が追いかけてきてる! もっと早く走らないと、追いつかれてしまうぞ!」


 地上ではスピネが下半身から生えた六本の脚を忙しなく動かし、猛スピードで二郎達を追跡している。


「そ、そんなに言うなら降りて自分の足で走ってくれ! ……それに、あいつが任せろって言ってたから、多分大丈夫!」


 担ぎ上げている多田さんに返事をする二郎。

 その動きを封じるべく、スピネが腕から糸を放つ。


「だから……俺が相手だって言ってるだろ!」


 二郎達とスピネの間に着地すると、放たれた糸を焼き払い、近寄ってきたスピネを殴りつける。


「ぐっ……グオォォォォォォ!!」


 衝撃に後退さるスピネは威嚇するように咆哮するが、次の瞬間にはヴァッサの命令通り二郎達を追いかけるべく、俺の頭上を飛び越えるために跳躍する。


「……頭上には、気を付けた方がいいぜ?」


 ……俺が今までそう呟くと同時に、スピネは炎上しながら墜落してきたフレーダーによって押し潰されてしまい、二体まとめて地面に叩きつけられた後、爆発を起こして消滅した。

 これで残るは、ヴァッサだけ。


「……どうした? 彼等を追わなくて良いのか?」


「今から追いかけても、貴方に邪魔されてしまうだけでしょう。……しかし、多田博士にはガッカリさせられました。優れた頭脳を持ちながら、なんであんな愚かな行動ができるのでしょう。こんなことになるとわかっていたのなら、昨日は貴方の相手をせずに彼女を攫うべきでしたね」


 新たなスーツを提供した多田さんに余程鬱憤が溜まったのか、ヴァッサは忌々し気に去り行く多田さんの背中を睨み付けた。

 ……少しだけ性格悪いなとは思うけど、流石に言い過ぎだと思う。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 気になるのは、最後の言葉だ。


「彼女を攫うべきだった? お前の狙いは、俺じゃ無かったのか?」


「折角ですし、教えてあげますよ。元々、私のターゲットは多田博士でした。性格は置いておいて彼女の科学者として優秀な頭脳は、ノワールガイストにとって必要な存在でした」


 ……確かに、このスーツを作れる技術力と頭脳は素晴らしい才能だとは思う。


「今みたいに敵に回すと厄介なことになるのはわかっていたので、そういう意味でもなるべく早い段階で確保しておきたかったんです。なるべく私の手を汚さないように、スピネとフレーダーを使って誘拐しようとしたんですが、その度にどこかの誰かに邪魔されてたんですよ。困ったものです」


 ……そういえば、最初にスピネと戦った時以外は、多田さんが近くにいたな。


「……邪魔したのがどこの誰かは知らないけれど、女の子を誘拐しようなんて奴らには、一切同情できねえな。ざまあみろ」


 俺とヴァッサは会話をしながらも、互いに隙を伺い、一定の距離を保ったままジリジリと動き続ける。


「私個人としては、その邪魔者に少しシンパシーを感じたので同志にしたかったんですけど、振られてしまいましてね。今からでも彼が、私に同調してくれれば素晴らしいと思いませんか?」


「諦めろ。その邪魔者はきっと、君にシンパシーなんか感じてない。だけど、今でも君と戦うことは今でも望んでいると思うぜ?」


 回りくどい喋り方で、隙を作るべく牽制しあう。

 ……今の彼女の言葉に嘘が混ざっていないとは思うし、彼女もきっと俺の言葉を聞いて同じ事を思ってくれて、戦いをやめてくれれば最高だ。

 ……だけど、彼女は俺の言葉では止まらないだろう。


「残念、また振られてしまいました!」


 先に動いたのは、ヴァッサだった。

 白いドレスのような、動きにくそうな格好とは裏腹に機敏な動きで距離を詰めてきた彼女は、手刀を振るい、蹴りを放ち、俺を追い詰めようとしてくる。

 だが、俺もやられるつもりはない。

 今までよりも性能が向上したスーツで、文字通り思うように身体を動かしてながらヴァッサの攻撃を受け止め、反撃を仕掛ける。

 ……幾度かの攻防の末、隙を見つけた俺は両腕から拳の先まで炎で覆うと、大きく振りかぶりながら殴りかかかった。


「おっと、今のは危なかったですね。なら、これでどうです!」


 拳が当たる直前、上体を逸らして攻撃をかわしたヴァッサはそのまま飛び退いて俺から距離をとると、腕を大きく振り回す。

 同時にヴァッサの身につけているドレスの両袖が触手のように変化し、周囲を破壊しながら此方に迫る。


「正真正銘、怪物になっちまったのかよ!」


 振り回される触手を避けながら的確に攻撃を加え、少しでもダメージを与えていく。

 意味があるかわからないけど、やらない理由は一切ない。


「怪物だなんて、酷い言い種ですね。なら、今の貴方の覚悟と実力を認めて、もっと凄いものを見せてあげましょうか!!」


 次の瞬間、ヴァッサの身に纏う白いドレスの一部が、吸盤の付いた巨大な触手へと変化する。

 袖口の先端が変化した触手が片腕に三本ずつ、両手で合わせて六本。

 更にスカート部の縁が変化した触手が四本の、合計十本の触手。

 スカートの触手を足代わりにして浮き上がったヴァッサは、腕の触手を俺に叩きつけようとしたり、瓦礫を掴んで投げつけてきた。


「ガイストバックルてのは、何でもありなのかよ!」


 迫る触手と瓦礫をかわしつつ、俺が避けたら回りの野次馬に被害が出そうな攻撃を受け止めてヴァッサの攻撃を捌く。

 今までのスーツだったら耐えきれていなかっただろうし、多田さん様々だな。

 とはいえ、このまま攻撃を捌くだけでは、ヴァッサに勝つことはできない。


「今度はこっちの番だ!」


 ヴァッサの動きを止めるべく、炎を放つ。


「無駄です!」


 しかし、彼女の超能力によって生み出された水により、あっさりと消火されてしまう。


「私の超能力は、貴方の天敵! 貴方の使う炎など一瞬で消火してしまえますし、新しいスーツを着ていようとも、貴方の行動パターンは把握済みです! 万に一つも勝ち目はないので、諦めなさい!」


 ……確かにスーツが新しくなったといえ、このままでは体力は消耗する一方だ。

 此方の能力を把握しているうえに、怪人となったヴァッサに持久戦を挑んでも勝ち目がないのは自分でもわかっている。

 なら、どうすればいいか?


「俺が諦めるなんて、思ってないだろ! それに、その程度の水で俺の炎を消せると思ってるのなら、見くびられたもんだな!」


 彼女の想定を上回る、必殺の一撃を叩き込んで勝負を決めるしかない。

 叩きつけられる触手や飛来する瓦礫を掻い潜りながら駆け抜けて、ヴァッサとの距離を詰める。


「とうッ!!」


 足元に放たれた高圧水流を跳躍してかわすと、空中で姿勢を変えて右足をヴァッサに向けて突き出しながら炎を灯し、駆け抜けた時の勢いを乗せた飛び蹴りを放つ。


「その程度の攻撃、抑え込んでみせます!」


 此方に向けて突き出された掌から、迎え撃つべく放たれた水流により、足に灯した炎が消えていく。


「うおォォォォォォ!」


 ヴァッサに対抗するように、小さくなっていく炎を燃え上がらせ、水流を蒸発させて突き進む。


「くっ……はあァァァ!」


 足代わりにしている触手を地面に食い込ませ、腕から伸びる六本の触手を纏め、攻撃を直接防ぐように突き出してきたヴァッサ。

 ……足先が触手に触れた瞬間、このままでは押し負けると悟る。

 最後の一押しに何かできることはないかと考えを巡らせーー多田さんが最後に言っていたことを思い出し、両手の点火ボタンを同時に押した。

 次の瞬間、背中の装甲が展開して追加の点火口が露出し、火花が散る。


「うおりゃあァァァァァァ!!」


 背中から散る火花を一気に燃え上がらせ、ジェット噴射で身体ごと押し込み、攻撃を防ごうとする触手を焼き払いながら進んでいく。

 ……そして、行く手を阻む触手を焼き払って、ヴァッサのガイストバックルに炎の飛び蹴り――必殺の一撃を叩き込んだ。


「くっ……あァァァァァァ!!」


 悲鳴を上げて吹き飛び、地面を転がるヴァッサを見据えながら着地する。

 ……ドレスから生えていた触手は消滅し、ボロボロになりながらも、彼女は立ち上がった。


「ま、まだ……私には、為すべき……ことが、あります。……あ、貴方と……同じように、ここで終わるわけには……いかないんです!」


「……いや、ここで終わりだ」


 この戦いを終わらせるために、ひび割れたガイストバックルを完全に破壊するべく、燃え移っていた炎を更に激しく燃え上がらせながら、彼女に背を向ける。


「……ああ。どうやら今回は、私の負け――」


 彼女は自らの敗北を悟ったのか、全てを諦めたように穏やかな様子で言葉を紡ぐが、最後まで言い終える前にガイストバックルが爆発し、爆炎に飲み込まれた。


「ま、待てよ! あいつ――彼が任せろって言ったんだから、素直に逃げるぞ……って、もう終わってるのか?」


「見ろ、一条君! ボクの作ったスーツで、彼がヴィランを――えっ?」


 振り向くと、息を切らした様子の二郎に、呆然とした様子で一点を見つめる多田さんの姿。

 多田さんの視線の先には、地面に倒れて動かないヴァッサ――いや、委員長。

 委員長が今、どんな表情をしているのか、俺からはわからない。

 ……俺は三人を背に、二度と振り返ることなくその場から立ち去った。

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