6話-4

「我ら、ノワールガイストに歯向かったことを、後悔するといい!」

 ヴァッサがそう言うと同時にスピネが地を駆け、フレーダーが空を飛ぶ。

 ……先程までよりも力を増した二体の怪人に加え、容赦なく襲いかかってくるヴァッサを相手にするのは、無謀かもしれない。


「うおォォォ!!」


 だけど、俺は逃げない。

 雄叫びを上げながらジェット噴射で飛び上がり、暴れて周囲を破壊しながら近づいてきたスピネを殴り付ける。

 そして、空から迫るフレーダーに火玉をお見舞いしながら地上に降り立つと、今度はヴァッサ目掛けて駆け出した。


「これでもくらいなさい!」


 俺を迎え撃つべくヴァッサが次々に水弾を放つが、時にかわし、時に炎を灯した両手で叩き落としながら距離を詰めていく。


「はあァァァァァァ!」


 そして、彼女に肉薄すると同時に攻撃を仕掛ける。

 ……だが、ヴァッサは彼女自身も言っていたように相当な実力で、暫く格闘戦を繰り広げるが、互いに決定打を与えることはできない。

 しかし、彼女が次に放った言葉で、事態は大きく動き出す。


「……周りを見なくても、大丈夫ですか?」


 その言葉に周囲の様子を窺うと、スピネとフレーダーがパワーアップしたことで戦いの範囲は更に広がっていたことに気づかされる。

 逃げずに観戦していた野次馬も、流石に身の危険を感じて逃げ出そうとしていた。


「ひ、ひぃ!? だ、誰か助けて!!」


 同時に、逃げ遅れた者も出てくる。

 俺と同じくらいの年の頃の男子学生が、スピネに近寄られたことで腰を抜かしてしまったらしく、逃げられずに悲鳴を上げる。


「待て!」


 即座にヴァッサを振り払い、男子学生とスピネの間に割り込むと、そのまま炎を放ちスピネを一時的に追い払う。

 ……そして視界の端に現れたフレーダーが、大きく口を開いた。


「ぐっ……ぐあァァァ!!」


 咄嗟に両手を広げて男子学生を庇うと同時に、フレーダーの超音波が襲いかかってきた。

 池羽が変身していた時と変わらない威力の超音波をまともにうけてしまい、片手で頭を抑えながら片膝をつく。


「うっ……うわァァァァァァ!」


 ようやく動けるようになった男子学生が、転がりかけながらも逃げ出していくのを見送ってから、怪人たちと再び戦うべく立ち上がろうとする……が、立ち上がることができない。


「こ、これは!?」


 足と地面を接着するように白い塊……スピネの糸が付着していた。

 超音波を受けている時なのか、男子学生に注意を向けていた間なのか。

 いつの間にかスピネの糸を喰らっていた訳だが、そんなことを考えている暇はない。

 すぐに炎で糸を焼きつくし、再び立ち上がろうとする。


「がふっ!? ぐあっ!!」


 しかし、そこに飛んできた水弾をかわせずモロにくらってしまったことで立ち上がることができない。

 更に続けて放たれる水弾を避けられず、おまけに風呂桶をひっくり返したような水流が頭から降り注ぐ。

 ……そして、両腕の点火装置から小さな破裂音がしたと同時に、装置から黒煙が立ち昇った。


「火種が無ければ、貴方の超能力は使えない筈ですよね? まだ抵抗するつもりですか?」


 ヴァッサはスピネとフレーダーを両脇に従えながら、勝ち誇った様子で俺を見下ろしてくる。


「……当たり前だ。超能力が使えないくらいで、諦める訳ないだろ」


 再び戦うべく、立ち上がろうとする……が、ダメージが大きく、上手く起き上がることができない。

 ……そんな無様を晒す俺を見て、ヴァッサはどこからか取り出したガイストバックルを俺の目の前に放り投げる。


「……ど、どういうつもりだ?」


 ガイストバックルを手に取りながら、ヨロヨロと起き上がりヴァッサの腹の内を探る。


「ガイストバックルを使えば、貴方の超能力……いえ、貴方自身の真価を引き出すことができます。諦めない貴方の真価を見てみたくなっただけですよ。……それと、ガイストバックルを使っても埋められない力の差というものを、貴方に教えてあげたいというのもありますね」


 ガイストバックルに視線を落とすと、鈍く光る銀色の表面に、ひび割れたヘルメットが……ボロボロになったスーツが映し出される。


「さあ、貴方の真価を、私に見せてください!」


 ……ガイストバックルを使えばスピネやフレーダー、そしてヴァッサのように、強力な力を手にすることができるのは、確かだ。

 多分、今の俺が彼女に勝つにはガイストバックルにすがるほか無いのだろう。

 だけど、そうする訳にはいかない。


「……お前みたいなヴィランの言う事を、聞く気は無い。というか、怪しすぎるんだよ!」


 俺はガイストバックルを放り投げ、ヴァッサ達を見据える。


「残念です。ガイストバックルを使えば、ノワールガイストに忠誠を誓うように洗脳できたのに。……尤も、強い精神力があれば抗うこともできましたけど」


 ……やっぱり、罠だったか。

 自分の勘を信じて良かった。


「それで? 超能力もガイストバックルも使わずに、どう私達三人を相手に戦うつもりですか? 勝ち目はありませんよ? まさか、逃げるつもりではありませんよね?」


「……例え勝ち目が無くても、諦めずに立ち向かうだけ。それに、俺はヒーローだ! ここで逃げたら被害がもっと大きくなるのがわかっていて、逃げる訳にはいかないんだよ!」


 痛みで今にも倒れそうな身体を奮い立たせるべく、自分自身に言い聞かせるように叫ぶ。


「……愚かですね。なら、貴方を徹底的に叩き潰し――」


「よく言ったぞ! それでこそ、ボクの見込んだヒーローだ! さあ一条君。彼に例の物を!」


 物騒な事を口走るヴァッサの言葉を遮るように、俺の背後から女の子の声が響く。

 思わず振り替えるとそこには、妙に丈の長い白衣を羽織った多田さん。

 そして何故か、楕円形の箱のような物を持った二郎の姿もあった。


「お、おい! ここは危ないから早く逃げろ!」


「そ、そうしたいのは山々だけど、まずはこいつを受け取れ!」


 逃げるように促す俺を二郎は無視し、手に持った箱を此方に放り投げる。


「何をしようとしてるのかわかりませんが、見逃すとでも――きゃっ!?」


 当然、怪しい動きをヴァッサが見逃す訳もなく、邪魔をするために手を翳すが、彼女の身体にどこからか放たれた光弾が当たると、そのまま痺れたように動きを止める。

 スピネもフレーダーも、ヴァッサの命令が無いせいか、その場から動こうとしない。

 そして、俺はその隙に放物線を描いた飛んできた箱をキャッチする。


「特製の麻痺弾だ! 一発しかないし少しの間だけど、動きは止めたから、今の内にそいつを使え!」


 なんでそんな物を持っているのかわからないが、小さな拳銃を構えた多田さんが、箱を使うように促す。

 手元の箱に視線を移すと、側面からレバーのような物が飛び出しており、本体の中央に円形のガラスが嵌め込まれていた。


「つ、使うってどうやって!」


「そいつを身体の正面、腰の辺りにあてがうんだ! 覗き窓を外側に向けて!」


 彼女の言う通りに腹部にあてがった瞬間、箱の側面からベルトが飛び出して俺の腰を一周して、軽く締め付けくる。


「な、何だよ、これは!?」


「次はレバーを回して、思い切り燃え上がらせろ!」


 驚く俺に反応する事もせず、彼女は使い方の説明を続けていく。

 燃え上がらせるって何だよと思いながら、彼女の言葉に従いレバーを回す。


「……ああ、そういう事か」


 一度レバーを回した瞬間、円形のガラス……覗き窓越しに、箱の中で火花が散るのが見え、俺は多田博士が何を言わんとしているのか察する。

 もう一度をレバー回し、散った火花を自身の超能力で激しく燃え上がらせた。


『stand-by phase』


 燃え盛る炎によって、覗き窓から真紅の光が漏れると同時に、箱から電子音が鳴り響く。


「よし! 最後は君の声で、変身コードを言うんだ!」


「……へ、『変身』? それよりも、そろそろこいつがなんなのか――うわっ!?」


『change phase』


 教えてくれと続けようとした俺を遮り、箱が再び無機質な音声を発すると、俺の視界が赤い光に包まれる。


『battle phase』


 そして三度、箱から無機質な音声が響くと共に光が収まり、真っ赤に染まった視界も元に戻る。


「こ、これは……!」


 ヴァッサの超能力のよって作られた水溜まりに、ソレか映る。

 赤と黒、二色を基本とした配色にフルフェイスのヘルメット。

 俺は、新たなスーツを身に纏っていた。

 ……自作のスーツとよく似ているが、明らかに違う箇所もある。

 まずは俺の腰で、炎により煌々と光りを放つ箱。

 そして、身体の各所に配されたプロテクター。

 明らかに、俺が作ったスーツよりも金がかかっている。

 ……ただ、深紅のマフラーだけは俺が今まで身につけていたのと、同じ物だ。


「そいつは君の為に作ったD(デュアル)X(クロス)チェンジベルト、ブレイズドライバー! 今のようにスーツを瞬時に装着できるし、君の戦闘データを解析している上にパワーアシストを搭載してるから、今までよりも戦いやすくなってる筈だ! そして、マフラーは君のヒーローとしてのこだわりだろうからら残しておいたよ!」


 成る程、スーツ自体もフィットしてるし、掌の点火ボタンも自作スーツと同じ場所に付いている。

 そしてブレイズドライバーの起動方法も相まってまさしく、俺の為に作られたスーツと言うわけか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る