6話-3

「……昨日に比べて警備の警察官が増えてるな。流石に警戒はするか」


「なあショウ? なんであいつら、あそこまでしてデモ活動をしたいんだ? 俺にはさっぱりわからん」


 放課後、反超能力者団体によるデモの様子を二郎と共に少し離れた物陰から眺める。

 既にスーツは着ているので、後はヴァッサが現れるのを待つだけだ。


「そんなこと俺に聞かないでくれ。……それよりも、ヴァッサの超能力なら、あの程度の数は簡単に一掃できる。ヴァッサが現れたら、なるべく早く邪魔しないと」


「委員長の超能力、そんなに強力なのか? 勝機あるんだよな?」


 ヴァッサが一度に操れる水の量はわからないが、昨日戦った時の余裕がある様子からして余力を残していたと考えた方が良いだろう。

 ……正直、勝機は薄い。

 しかし、ここで負けるわけにはいかないし、逃げるなんてもっての他だ。


「何とかして見せるさ。それにしても、何でお前がここにいるんだ? 邪魔だから早く逃げろよ」


 虚勢を張り、二郎を心配させないように返事をしながら逃げるように促す。

 二郎を守りながら戦う余裕は無いし、できれば安全な場所にいてもらいたい。


「委員長が犯罪者だなんて、自分の目で見るまでは信じたくない。それに、お前がいるんだから大丈夫だろ?」


 ……信頼されているのはありがたいが、そうじゃない。


「あのな、俺はお前が邪魔だから――」


「キャーーー!!」


 二郎に再度逃げるように促そうするが、突然響き渡る女性の悲鳴によって俺の声は掻き消される。

 悲鳴のした方に視線を向けれると、複数の影人形がデモの参加者に襲い掛かっていた。

 警官も応戦しようとしているのだが、デモの参加者が邪魔になりまともな抵抗もできないまま次々に制圧されていく。


「ち、近づくな、化け物!」


 そして叫び声の先、デモ現場の中心部である半野のいる方向へ、ガイストバックルの力で怪人化したヴァッサが近づいていた。


「……委員長は、絶対に俺が止める。二郎、もう一度だけ言っておくけど、ここから早く逃げろ」


 二郎にそう言い残し、返事を聞くことなく広場に駆け出し、一番近くにいる影人形へと殴り掛かる。

 倒れこんでいる男性を押さえ込んでいた影人形を殴り飛ばし、続けて背後から迫っていた影人形に炎を放つ。


「あ、あんた、超能力者か!?」


 何かを言ってくる男性を無視し、次のターゲット見つけて走る。

 警官の首を締め付けている影人形の腕を、炎を纏わせた手で掴みとって引き剥がした。


「大丈夫か! 無事なら逃げ遅れている人の補助を頼む!」


 咳込んでいる警官に指示を出しながら、よろめく影人形に炎の拳を叩き込んだ。


「げほ! ごほ……ま、待て! 君は一体――」


 悠長に話している暇は無い。

 咳き込む警官を無視し、次の影人形を倒すために逃げ惑う人混みを駆け抜ける。


「だ、誰か! 私を助けろ!」


 視界に映った影人形を次々と倒し、警官やデモの参加者を助けながらヴァッサの元へと辿り着いた所で、半野の助けを求める声が響く。

 ヴァッサは半野に向けて掌を翳しながら何かを話しかけているが、半野はそれどころじゃないようで明らかに聞いていない。

 大の大人が情けないと言いたいところだが、女の子とはいえ化け物に睨まれてる状況じゃ仕方ないか。


「だ、誰でもいいから、この超能力者……いや、化け物を逮捕しろ!」


 喚き散らす半野のお蔭で、ヴァッサは俺が近くにいる事に気付いていないようだ。

 こちらに気付いていないのなら、好都合。

 一撃でガイストバックルを破壊するべく、足音を潜めて忍び寄る。


「おい、後ろにいるお前! 何を悠長に歩いてる! 早く私を助けろ!!」


 ……マジかよ。

 半野の言葉に反応して、後ろへ振り向いたヴァッサと目が合った。


「中々に早い到着ですね、ヒーローさん。昨日の答えは出ましたか?」


「……お前の仲間になるっていう話の答えなら、もう決まってる」


 返事を聞いたヴァッサは、一歩下がって半野の元へと通れるようにする。


「き、貴様等! やはり仲間だったか! 卑劣な超能力者め……」          


「……さあ、貴方の答えを、その行動で示してください。その愚か者に裁きの鉄槌を!」


 ヴァッサの声に従い、腰を抜かしながら喚く半野の元へと一歩踏み出して……その場でクルリと反転し、ヴァッサへと殴り掛かる


「これが、俺の答えだ!」


 咄嗟の事に反応できないヴァッサを殴り飛ばした後、半野を助け起こすべく彼の元へと駆け寄る。

 ……大きな怪我は負ってないみたいだな。


「ち、近寄るな、化け物! お前たちみたいなのがいるから――」


「……それくらい喚き散らせるなら、大丈夫か。アンタが超能力者の事をどれだけ嫌っているかなんて、俺には関係ない。邪魔になるから、早く逃げろ」


 本当なら腰を抜かしている半野を運んでやるべきなのだろうけど、生憎今はそこまで余裕がない。

 酷な話だが、何とか自分の力で逃げてもらう他ないだろう。


「恩着せがましい……ヒィッ!」


 俺の言葉を聞いてなお半野は喚き散らそうとするが、拳に宿した炎を見せつけてやると怯えたように悲鳴を発し、立ち上がって逃げだしていく。


「女の子を殴るなんて、酷い人ですね。それにしても、あんな奴を何故助けるのですか? 正直、助ける価値は無いですよね?」


 殴られた部分を擦りながら、いつもと同じ調子でヴァッサが声をかけてきた。

 ……俺だって、普通は女の子を殴るなんて言語道断だと思う。

 しかし、今のヴァッサは超人的な力を持つヴィランで、そんなことを言っている余裕はない。

 俺の拳をまともに受けてなお、平然と起き上がって話しかけてきているのだから。


「……俺は、ヒーローだ。助けを求めている人や戦えない人がいれば、彼らを助けるのがヒーローの役割だ。それがどんな奴だったとしても……俺の事を嫌ってる奴でも、助けを求める声があれば、それに応えるだけだ!」


「……貴方の事を諦める気はありませんが、今は何を言っても無駄のようですね。それにしても、やはり貴方は甘い。自分に害をなすかもしれない愚か者を助けるんですから」


 ……確かに彼女の言う通り、俺は甘いのかもしれない。

 だけど、俺は自分が信じ、選んだ道を突き進む!


「……どうせ同じ学校の生徒だってバレているから言うけど、俺は君の事を知っている。少なくとも、こんなことをやるような人じゃないと思ってた。……何で、人を傷つけたりする! こんなことを続けても、余計に超能力者の立場が悪くなるだけだぞ!」


「例え私が何もしなくても、彼らは超能力者を虐げる事をやめないでしょう。そんな人達を相手に話しあおうなんて、考えるだけ無駄。……それよりも、力で言う事を聞かせる方が余程早くて簡単で、最も効果的です」


 一縷の望みをかけて彼女の説得を試みるが、委員長は聞き入れるつもりはないらしい。


「……君がどんな人間か知っても、君の事を助けたいと思っているんだから、俺が甘いって言うのは間違ってないかもしれない。……だけど、君のやり方は間違っている! 邪魔な人間を無理矢理排除しても、超能力者に対する風当たりが強くなるだけだし、君は無意味に罪を重ねるだけだ! だから、君にこれ以上罪を背負わせない為に……ヴァッサ! お前は、俺が止める! これは、俺のヒーローとしての覚悟だ!」


 話しあいでどうにもならない以上、俺にできるのは彼女にこれ以上の罪を重ねさせないようにする事だけ、強引にでも止める事だけ。

 ヴァッサに訣別の意思を告げると、両拳に炎を宿して戦闘態勢へと移る。


「……私を助けたいですって? それなら大人しく仲間になり、私と共に動けば良かったものを。しかし、これでもう遠慮はいりません。私も自分の目的の為に、貴方を排除する!」


 彼女がそう言い終わると、二体の影人形がヴァッサを守るように、俺の前に立ち塞がる。

 ……絶体絶命の状況だけど、他の人達の避難は終わって俺達以外に誰もいないのは幸いかな。


「影人形ごときで、俺を止められると思っているのか!」


「……フフッ。これを見ても、同じことを言えますか?」


 ヴァッサが不敵に嗤うと同時に二体の影人形が自らの体内から何かを取り出し、自らの腹部に宛がう。


「が、ガイストバックル!? まさか!!」


 影人形が取り出した銀色に鈍く光るそれは、間違いなくガイストバックル。

 ガイストバックルから噴き出す黒いモヤに包まれた影人形を見て、嫌な想像が脳裏によぎった。

 そして、その考えが間違っていなかったことをすぐに知る。


「す、スピネにフレーダー!?」


 黒いモヤが消えるとそこにいた二体の影人形は、それぞれスピネとフレーダーがガイストバックルを使い、怪人となった時と同じ姿に変貌していた。


「……折角ですから、教えてあげましょう。一度ガイストバックルを使って変身すれば、その情報は全てノワールガイストの元に集約され、復元することができるのです。再生され、命令を忠実に実行するようになったスピネとフレーダー……そして私を相手にして、ただで済むとは思わないでくださいね?」


 ヴァッサがにこりと微笑みかけてくると同時に、再び俺の目の前に現れたスピネとフレーダーが、勢いよく駆け出す。


「折角倒したっていうのに、再生するなんて有りかよ!?」


 いち早く近づいてきたフレーダーの攻撃を捌きながら、放たれるスピネの糸をかわす。

 一人ずつでも厄介だったのに、二人同時に襲いかかってくるとは。

 だが、負けるわけにはいかないんだ!


「うォォォォォォ!!」


 雄叫びを上げ、炎の拳でフレーダーを殴り付けて振り払い、続けてスピネの元へ突撃。

 反撃しようとするスピネだったが、休みなく攻撃を続ける。


「まずは、お前たちから――ぐぁっ!?」


 地面に倒れこんだスピネとフレーダーにトドメをさそうとした瞬間、背中に感じた強い衝撃――凄まじい勢いで叩きつけられた水の弾丸によって、地に膝をついてしまった。


「二対一でそこまで戦えるのは感心しますが、私を忘れないでくださいね?」


 地面に倒れこみそうになるのを堪え、再び立ち上がるべく、足に力を込める。


「ぐっ……うぁ!?」


 しかし、ヴァッサにより絶え間なく放たれる水弾が、俺の身体を容赦なく痛めつける。

 ……ヴァッサの攻撃が止むと同時に、俺はその場に倒れこんでしまった。


「偉そうに私を助けるだなんて言っておいて、その情けない様ですか。所詮、貴方の覚悟なんて、そんな程度のものでしかなかったみたいですね」


 ……随分と言ってくれるな。

 痛みを堪え、力を振り絞って立ち上がり、ヘルメット越しにヴァッサ達を睨み付ける。


「……な、嘗めるんじゃないぞ。これくらいで俺を……ヒーローを、倒せると思うな! 俺の覚悟を、甘くみるんじゃない!」


 たとえ何度倒れても、何度情けない姿を晒そうとも、俺の覚悟を果たすまで、諦めるわけにはいかない!


「……成る程。強力な超能力は勿論、その精神性は評価するに値します。……私達の目的を邪魔する、敵として!」


 ヴァッサの赤い目が一際強く輝くと同時に、スピネとフレーダーの身体が再び黒いモヤに包まれ、その影が大きくなっていく。


「な、何をやろうと……まさか!?」


 奴らの様子を見て、この間のフレーダーとの戦いが脳裏に過り、これから何が起こるのかを察する。


「今までは貴方を仲間にするため、生かしておく必要がありました。ですが、先程の言葉で、私も貴方と同じように覚悟を決めました。これからの未来を共にする仲間ではなく、邪魔者のヒーローとして徹底的に! 貴方を叩き潰す必要があるということを!」


 ……ヴァッサがそう告げ終えると同時に、黒いモヤが消えてスピネとフレーダーが姿を現す。

 フレーダーは以前戦った巨大な翼の生えた姿に。

 スピネは蜘蛛の胴体から、上半身が生えている異形へと姿を変えていた。

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