6話-2

 ……気が付くと、見知らぬ天井が視界に広がっていた。


「……いつの間にか、寝てた?」


 上体を起こし、寝ぼけ眼で辺りを見渡すと、リビングのソファーで寝ていたことに気付く。


「……もう一眠りするか」


 何とか家まで帰りついたが、自室のベッドに辿り着くまえに力尽きたのだろうと納得しかけ、再び眠りに落ちようとする……が、起きた時に視界に入ったのが見知らぬ天井だという事を思い出して、ようやく意識が覚醒。

 再び上体を起こして辺りを見渡すと、ここが叔父さんたちと一緒に住んでいる家ではないことにようやく気付く。


「ど、どこだ、ここ!?」


 慌てて起き上がって近くに置いてあった自分の鞄を見つけると、中身を確かめながら意識を失う直前に何があったのかを思い出す。

 確か、街まで戻る途中に人気の無い場所でスーツから制服に着替えた筈。

 その後、朦朧としながら街を目指して歩いていたけど、途中で力尽きてその場で倒れてしまった。


『しょ、ショウ君!? 大丈夫かい!?』


 何とか起き上がろうとしたけど、身体に力が入らず、近くを通った女の子が慌てた様子で俺の名前を呼んでいるのに気付いたところで、意識を完全に失ったんだ。

 ……俺を呼んだ声にどこか聞き覚えがあり、少しだけだが懐かしい気持ちになったな。


「……結局、ここはどこなんだ?」


 意識を失う直前のことを教えてくる思い出すことはできたが、今どこにいるのかという謎は更に深まった。

 意識を失う前に声をかけてきた女の子が、俺を助けてくれたと考えるのが一番筋が通っている。

 しかし、そうなると一つの疑問が生じるのだ。


「あの子、一体誰なんだ?」


 助けてくれたであろう女の子の正体に、全く心当たりがない。

 聞き覚えがあるような気もするのだが、知り合いには俺の事を名前で呼ぶ女の子なんていないのだ。

 女の子の正体に思考を廻らせていると、ガチャリと扉の開く音がする。


「目が覚めたようだね。一応傷の手当てはしておいたけど、痛みは平気かい?」


 意識を失う前に、俺の名前を呼んでいた声。

 扉の方に視線を向けると、ビニール袋を片手にぶら下げた多田さんが、心配そうな様子で見つめている。

 ……聞き覚えのある声だと思っていたけど、多田さんだったのか。


「あ、ああ、大丈夫」


 なんで多田さんの声を聞いて懐かしく思ったのか疑問だが、それよりも大事な事がある。

 先程の彼女の言葉を聞いて自分の身体を見てみると、確かにヴァッサとの戦いで負った傷が手当てされていた。


「……なら、良かったよ。委員長を探している途中で、ボクが偶然通りがかったから良かったけど、放置していたらどうなっていたことか……一体、何があったんだい?」


 どうやら、早く帰れと言った俺の言葉を無視して、多田さんは俺たちの後を追いかけていたらしい。

 そして、街に戻る途中だった俺と鉢合わせた訳か。

 ……さて、まさか本当の事を話すわけにもいかないし、どう説明しよう。


「た、偶々あの辺りを歩いていたら、二郎が関心を寄せている赤いマフラーの男と、ヴィランの戦いに巻き込まれて、逃げてきたところを多田さんに会った。……そ、そういえば、委員長を探していたと言ってたけど、彼女は赤いマフラーの男が助けてくれていた。逃げる途中ではぐれたけど、無事だったよ」

 多田さんに余計な心配させないように、その場で即興で考えた作り話を披露する。

 貴女の友達が実は悪の組織に所属しているヴィランでしたなんて、話せるわけがないだろ。


「委員長といまだに連絡がとれないのは少し心配だけど、君がそう言うのなら無事なんだろうね。……驚いてるみたいだけど、何か変なことを言ったかい?」


 ……正直ら多少は疑われると思っていたから、あっさりと俺の言葉を信じてくれたことに思わず面食らってしまった。

 どうやらその内心が表情に出てしまったらしく、多田さんが訝しげに問いかけてくる。


「い、いや、いつもなら嫌みの一つや二つ、飛んできてもおかしくないから、少し意外だっただけだ」


 これ以上怪しまれないためにも、もう一度嘘で誤魔化す。

 ……半分くらいは、本音だけど。


「た、確かに、普段はいつまで経ってもボクの事を思い出さない君に苛立って、強く当たることはあったかもしれない。だけど、怪我人相手にそんなことする訳ないだろう」


 多田さんは僅かに動揺する素振りを見せつつ、普段の行動の釈明を始める。

 実際に強く当たられている俺としてはたまったものではないが、それよりも、ボクの事を、思い出さないだって?


「ちょっと待ってくれ。俺と多田さんって、昔どこかで会った事があるのか?」


「……しまったな。本当は黙っておくつもりだったけど、つい口が滑ってしまった」


 彼女が俺に強く当たっているだろう理由について問いかけると、多田さんは一瞬ピタリと動きを止めたあと、バツの悪そうな様子でそう口にする。


「小学校に入学するよりも前の、小さい頃の話しだから、君が覚えてないのも仕方ない……冷静になって思い返すと、忘れられていたくらいで、結構ひどい態度をとってなかった、ボク? いや、忘れていたほうが悪い……うーん」


 なにやら唸りながら考え事を始めた多田さんをよそに、彼女とどこであったのか考える。

 多田さんと話が正しければ、かなり幼い頃、両親と一緒に、あの忌まわしき事件に巻き込まれる前――ぐっ!?


「た、助けてくれてありがとう。もう遅いし、こ、これ以上居座るのも悪いから、お邪魔させてもらうよ」


 事件の事を思い出したせいで気分が一気に悪くなり、おまけに吐き気まで催す。

 これ以上、多田さんに余計な迷惑をかけないために鞄を掴んで立ち上がると、玄関に向かうためリビングを出る。


「……やっぱり、ボクが悪い――えっ? ちょっ、ちょっと待ってくれ! もう少し君と話が……というか、安静にしないとーー」


 多田さんが心配そうに呼び止めてくる声が背後から聞こえるが、無視して玄関に向かうと、そのまま急いで靴を履き、外に飛び出し走り出す。

 ……そして、多田さんの家から離れたのを確認してから立ち止まり、息を整える。

 何とか吐き気は収まったが、気分はまだ優れない。


「ハァ……ハァ……道理で、多田さんの事を覚えてないわけだ」


 ……両親の意識が戻らなくなってから、それ以前の事を思い出そうとすると、どうしても事件のことが頭に過り、気分が悪くなってしまう。

 だから、事件よりも前の事は思い出さないようにしていたし、そのせいで小さい頃の記憶なんて殆ど無いも同然だ。


「思い出せないこと、多田さんに伝えなくちゃ……いや、先に委員長を止めないと。二郎に連絡……スーツの修理が先か?」


 今日一日だけで色々な事があったせいか、考えが上手く纏まらない。

 ……とりあえず、落ち着いて考えを纏めるためにも、家に帰らなくちゃ。




……翌日。

 帰宅したあと、スーツを修理するのに深夜までかかってしまい、朝から非常に眠くて身体もだるかった。

 だけど、学校を休む訳にもいかない。

 教室に辿り着いてヴァッサ……委員長の姿を探すが、彼女の姿は見当たらなかった。

 そのままホームルームが始まっても姿を見せず、担任の教師から委員長と、何故か多田さんも病欠した事が告げられる。

 ……昨日の今日で委員長と会ってもどんな顔をすればいいかわからないし、彼女が学校に来ていないのはありがたい。


「やっと見つけた。パトロールに出てから連絡が無かったから、少し心配したんだぜ? まあ、連絡が無かったってことは、何も無かったんだろうけどな」


 他人と絡む気力も無く、昼休みに人通りの少ない場所で休んでいると、二郎が声をかけてくる。

 ……結局、スーツの補修を済ませた後は疲れてそのまま寝てしまい、連絡を忘れていた。


「例の反超能力者団体を襲撃しているヴァッサと遭遇して、一戦交えたくらいだな」


 二郎は一瞬だけ呆気にとられた様子を見せるが、すぐに我に返る。


「そ、それって、かなりヤバくないか!? 少なくとも、そんなにあっさりと話すような事じゃないだろ!」


「煩いぞ、誰かに聞かれたらどうする」


 あまりの大声に耳を塞ぎつつそう言うと、二郎は慌てて周囲に人がいない事を確認してから、ヒソヒソと喋り始める。


「だ、大丈夫だったのか? ……いや、学校に来てるってことは大丈夫か。じゃあ、ヴァッサには勝ったんだよな?」


「……いや、負けた。俺を仲間にしたいから、少しだけ見逃すってさ。勝てるヴィジョンが思い浮かばないし、どうしたもんかな」


 ヴァッサの残した言葉を思い返しつつ、これからどうするべきかを考える。

 仲間になるのは論外だが、今のままではヴァッサに勝てないのも事実だ。


「そこまで言うなんて、どんだけ強かったんだよ」


 二郎に話した所でどうにかなる訳でもないだろうが、一応は俺の相方だし話してみるか。

 ……それに、誰かに喋れば多少は気が楽になるかもしれない。


「……能力的にはどうにかなる筈だ。相性は悪いけど、火力を出せば押し切れる」


 水を操る超能力は確かに厄介だが、多少精神的に消耗しても、炎をぶつけて蒸発させればどうにかできる。

 それよりも問題なのは、本当にヴァッサを倒して良いのかと悩んでしまうことだ。


「そ、それならなんで勝てないんだよ? 何か、他に理由があるのか?」


「……俺の内面を見透かされている気がするんだ。俺は奴と同じく、他人の事を下に見てるんだとよ……正直、否定できなかった。助けた筈の反超能力者団体は俺の事を拒絶してくるし、敵の筈のヴァッサは自分と同類だって言って仲間に勧誘してくるんだぜ? 俺がヒーローを目指すのなんて、誰も求めてないんじゃないのかって……何の為に戦えばいいのか、わからなくなってきた」


 俺の話を聞いた二郎は、暫く何かを考える素振りを見せる……事もなく、呆れた様子で即座に口を開いた。


「お前、今更そんなことで悩んでるのか? なら、言わせてもらうけど。そんな事で悩んでる暇があるなら、もっと自分に正直になれよ。自分に嘘をついてまで、ヒーローやってるんじゃねえよ」


 あっさりと言い切った二郎に虚をつかれてしまい、暫し呆然とするがすぐさま我に返る。


「自分に嘘をついているって、どういう事だよ」


「……お前がヒーローになった理由だ」


 俺がヒーローになった理由?

 そんな事で嘘をついて、何の得があるんだ。

 虚を付かれてしまい、ポカンとする俺を見て二郎は再び呆れたような素振りを見せる。


「……自覚が無かったのかよ。なんやかんやでお人好しのお前が、自分の居場所を作るなんて理由でヒーローになる訳ない。もっと真っ当な理由だろ」


「……その言い草だと、お前は俺がヒーローになった本当の理由ってやつがわかってるみたいだな?」


 正直、二郎の言っている事が本当なのか自分にもわからない。

 それでも、俺の中で何か、答えを得る助けになるかもしれないと考えてしまうと、聞かずにはいられなかった。


「自分が戦える力を持っていて、普通の人よりは強いから、その力で戦えない人を守りたいからヒーローをやってるんだろ。……なんか、言ってて恥ずかしくなるな」


 ……ダメ元で聞いてみたが、正直驚いている。

 何の為に戦うのか悩んでいたが、人を守る為に戦うか。

 結構、しっくりくるじゃあないか。


「……ありがとな、二郎。お蔭で気が楽になったよ」


「そうか、助けになったなら良かった。しかし、素直に礼を言われると何だか気持ち悪くなってくる」


 二郎は照れ臭そうに頭を掻きながら、言葉を続ける。


「この際、ついでに行っておいてやる。お前は自分がヒーローの真似事をしているって言ってたけどな、少なくとも俺からしたらお前は立派なヒーローだぜ。俺だけじゃない、お前に助けられた委員長や鳥野さん、それに多田さんもそう思っている筈だ」


 ……素直に礼を言ったら気持ち悪いとは、失礼な奴だ。

 それにしても、委員長が俺の事をヒーローだと思っている?

 ヒーローだと思われたうえで仲間に勧誘されているのは、昨日話した時点で分かっている。

 疑問なのはヴァッサの正体である委員長の事が、今の話の流れで何故出てきた? 

 ……ああ、そう言う事か。


「相談に乗ってくれてありがとう。そういえば、言うのを忘れてたけど、ヴァッサの正体は委員長だったよ。いやあ、正体知った時は面食らったよ」


 そういえば、ヴァッサの正体が委員長だということを教えていなかったな。


「……は? はぁぁぁぁぁぁ!?」


 二郎は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした後、今日一番の叫び声が響く。

 ……近くに人がいないのは、幸運だったな。


「……いや、そんな事ある訳ないだろ!? だってよ、委員長だぜ? というか、仮にそうだとしても、言うタイミングがおかしくないか!?」


「俺も信じられなかったけど、実際に目の当たりにしてしまったんだよ。お前にヒーローの事を聞いていたのも、俺の情報が知りたいからだって言ってたぞ。お前から聞いた情報がわかりやすいって褒めてたぞ。良かったな」


 俺の話を聞いた二郎は、すこぶる微妙な表情を浮かべる。

 ……話のタイミングについては、二郎と腹を割って話すのが少し照れ臭くなったのもある。


「褒められても嬉しくねえ。というか、結局お前目当てで近づかれてたのかよ」


「俺を仲間に勧誘する為だから、間違ってはないんだけどな……」


 純粋な好意だったら俺も嬉しかったのだが、自分の目的の為に仲間に引き入れたいだけなのだから俺も二郎もついていない。


「それにしても、まさか委員長がなぁ。一体、何が理由なんだよ?」


 ……優秀な自分達が世界の支配者になるなどと言っていたが、そんな世迷い事を態々聞かせる必要もないだろう。


「さあな。今わかってるのは、委員長を止める必要があるって事だ」


「何か当てはあるのか? 委員長が次に何かやりそうな場所に張り込む? それとも、委員長の家にでも突撃するか?」


 後者は却下だ。

 委員長がヴァッサだという客観的な証拠が無い以上、突撃した俺たちが警察のお世話になる。

 少し考え、スマホを弄る。


「当ては、なくはない。これを見ろよ」


「……連日で襲撃されておいて、まだ活動するのかよ」


 二郎に見せたスマホの画面には、半野率いる反超能力者団体が、今日行う予定のデモ活動の案内が表示されていた。

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