ブレイズライダー 紅蓮の騎手

鷹目九助

プロローグ

『抵抗せずをするな! 強盗の容疑で、貴様を逮捕する!』


 宝石店の入り口で、三人の警官がエナジーピストル……所謂、光線銃を構えながら叫ぶ。

 その視線と銃口は、一人の大柄な男に向けられており、その様子を俺は彼らの頭上から窺っている。


『ククク……』


 大柄な男……俺の相方である池羽いけばのダンナは、警官に囲まれて照準を向けられているという状況にも関わらず、不敵に笑った。


『な、何がおかしい!』


『……俺を止める気か? そいつは無理だな』


 その態度に警官が怒声を上げるが、ダンナはどこ吹く風といった様子で、気にもとめない。


『こ、これが最後の警告だ! 指示に従わないというのなら、実力を行使する!』


『いいぜ。やれるもんなら、やってみろよ』


 警察による最後通牒を受けてもなお、ダンナは不遜な態度を崩さなかった。

 ……まるで、自分が捕まるはずがないと確信しているかのように。


『糸川、オレが動いたらお前も動け。お前から見て右側の奴を狙うんだ』


 耳に装着した無線機から、ダンナの指示が届く。

 ダンナがあそこまで自信満々な理由の一つが何を隠そう、俺という最強最高のパートナーがいるからだ。


「了解。ヘマしないでくださいよ」


 ダンナではなく、自分自身に言い聞かせるように軽口を叩く。

 ……自信を持てよ、俺。

 計画は念入りに練ってきたし、今までも上手くいってきたんだ。

 失敗するはずがない。

 ダンナはそんな俺の様子に気付く事も無く、大きく息を吸い込む。


『お、おい! 何をして――』


『グガァァァァァァァ!!』


 ダンナが口を開き咆哮すると同時に空気が震え、ビリビリとした振動が伝わってくる。

 離れた場所にいる俺でさえ空気の震えを感じられるのだから、近くにいる警官は、立っているだけで精一杯だろう。


「さて、こっちも仕事をしますか」


 ダンナが強盗に入った宝石店。

 その向かいのビルの壁からエナジーライフルのスコープを覗き込むと、振動に怯んでいる警官の一人に照準を合わせ、引き金にかけた指に力を込める。


『グアッ……』


 ライフルから放たれた光弾が警官に当たると、呻き声を残してその場に崩れ落ちる。


『狙撃手!? もう一人いるぞ!』


 残った警官が俺に気付いて周囲を警戒するが、もう遅い。

 身を屈めて突撃し、警官の懐に潜り込んだダンナが拳を振り上げる。


『ぐあっ……』


 ダンナによって殴り飛ばされた警官はわずかに宙を舞い、地面に倒れこみ動かなくなった。

 ……相変わらず、腕っぷしは凄い。

 頼もしさを感じると同時に、俺が警官じゃなくて良かったと安堵する。


『な、何故だ!? 何故、弾が出ない!?』


 残った警官の一人がピストルの引き金を引いたようだが、その銃口から火を噴く事は無かった。


『当たり前だ。それが俺の超能力!』


 超能力……それは性別や年齢を問わず、十人に一人くらいの割合で目覚める、異能の力。

誰がそう呼び始めたのかは知らないが、超能力に目覚めた者は、超能力者(サイキッカー)と呼ばれるようになった。

 そして、ダンナの超能力は近くにいる人に衝撃を与えるだけでなく、複雑な電子機器なら一時的に使用不能にする事ができる超音波を口から放つという、強力なものだ。


『なっ!? き、貴様! 超能力者か――』


 警官はダンナが超能力者であることを知り驚愕するが、俺の狙撃により最後まで言葉を紡ぐことなくその場に倒れこんで動かなくなった。


「ふぅ……」


 ……警官が動かなくなったのを確認してから息を吐く。


「ダンナ、全然動いてないけど、そいつら死んでないよな? 流石に、殺しはごめんだぜ」


『安心しろ、そのライフルじゃ死なない。……お前が設定を間違えてなければな』


 俺が間違えるはずはないだろうが、一応ライフルの設定を確認しておく。

 ……よし、出力は非殺傷設定だ。


『まあ、当たり所が悪ければ死んでるかもな。そんな事よりも、応援が駆けつける前にさっさとずらかるぞ。お前もこっちに来て荷物を運ぶのを手伝え』


「はいはい、今そっちにいきますよ」


 ダンナの指示に従い、手に持ったライフルを背負うとビルの壁を這い降りる。

 ……手足に触れているならどんな物でも絶対に離すことはない。

 それが俺の超能力。

 うだつの上がらない日々を送っていたが、ある日突然、超能力に目覚めた時、俺は自らに宿った力に困惑すると同時に、喜びにうち震えた。

 これで、今まで俺を馬鹿にしてきた奴らを見返してやれると、そう思った。

 ……しかし、その喜びはすぐに失望に変わる。

 どんな物も離さないとは言ったが、結局俺自身の力は常人と変わらないので、重たい物は運ぶことができない。

 それに、今のように壁を這いまわる事はできるが、急ごうとして壁に足だけ付けて走ろうとすれば、重力に負けて足首が折れてしまう。

 こんな超能力じゃ精々、高所作業が安全にできる位で、楽して稼ぐこともできない。

 ……あまりにもしょっぱい超能力を悲観して飲んだくれていた折に、偶々隣で飲んでいたダンナに話しかけて意気投合。

お互いが超能力者だと知った俺達は酒が入っていたのもあって、すぐに自分達の能力を教え合った。

 ダンナは頭脳労働が苦手らしく自身の能力の活かし方を思いつく事が出来ずに悩んでおり、短気なのが災いしてか、仕事が長続きしないとも言っていた。

 その話を聞いた俺は、二人でコンビを組んで強盗をする事を提案したのだ。

 ダンナが現場に現れた警官を制圧し、俺の存在を悟られないように注目を集める。

 俺は作戦立案とダンナのサポート……今の様に視認性の低い服を着て高所からの索敵や狙撃、逃走ルートの指示を行う。

 最初はどうなることかと思っていたが、今回で三件目の成功。

 ……俺とダンナのコンビは、最強だぜ。


『ちょっと待て、バイクの音だ。警察の増援かもしれん』


 地上から十メートルの辺りまで降りたところで、ダンナが制止してくる。


「マジかよ。こちとら仕事を済ませて、さっさとずらかりたいのに」


『お前が無駄な口を叩くからだ。何があってもいいように、援護の用意をしておけ』


 ダンナに急かされ、背負っていたライフルを片手で構えて地上を見下ろす。

 ……時々偉そうなのが癪に障るんだよな。

 今回の作戦だって、考えたのは俺なのによ。


「……頼むから通りすがってくれよ。後は逃げるだけなんだから」


 祈る様にぼやくが、現実は非情。

 バイクのエンジン音は遠ざかる事無く、俺達のいる場所へと近づいてくる。


『警察じゃねえな、一体何者だ?』


 ダンナの言葉を聞くと、スコープ越しに此方に迫るバイクを視認する。

 赤と黒、二色のスーパースポーツタイプのバイクに、お揃いのカラーリングのライダースーツ。

 頭に被っているフルフェイスヘルメットの所為で顔は分からないが、体格からして恐らくは男。

 そして何よりも目を引いたのは、風にたなびく深紅のマフラーだった。


「あいつ、どこかで見たことがあるような……?」


 見覚えのある気がするのだが、どこで見たのか思い出せない。

 ……いや、そんなことよりもこの男は何故、事件の発生している危険な場所に現れた?

 男はダンナから五メートルほど離れた場所にバイクを止める。


『おいお前、何の用だ? ここは今、立ち入り禁止だ。怪我したくなきゃさっさと立ち去りな』


 ダンナが男を威嚇するが、男は反応する事なくバイクのパネルを弄ったかと思うと、バイクがその場から一瞬にして消えてしまう。

 ……いや消えたんじゃない、圧縮されて小さくなっただけだ。

 そういう技術が最近できたのは知っていたが、実際に目の当たりにすると驚くな。


『おい! 無視するんじゃ――』


『お前に用事がある。宝石店での強盗事件を起こしたのは、お前で間違いないな?』


 バイクをケースに入れてポケットに収納した男は、ダンナの言葉を遮り、此方の素性を探ってくる。


『……お前、どこかで見たことがあると思ったら、半年くらい前からここいらで悪党退治をしてる、正義の味方気取りのヤツだな?』


 ダンナの言葉を聞き、あの男をどこで見たのか思い出す。

 犯行を始める前に買った、裏社会で出回っている要注意人物のリストの隅に載っていたんだ。

 半年ほど前からこの街に現れるようになり、俺たちのような犯罪者を捕まえている男。

 つまり、あの男は俺たちの敵って訳か。


『正義の味方気取りか。間違ってないとは思うけど、正面切って言われると――』


『何をごちゃごちゃ言ってやがる! こいつをくらえ!』


 ダンナは男の不意を突くように、超音波を放つ。

 男は超音波による振動で怯み、その場で片膝をついた。


「先手必勝ってやつか」


 ダンナの意図を察した俺は、男に照準を合わせてライフルの引き金を引く。

 放たれた光弾は真っすぐに男へと向かい、その躰を撃ち抜く……はずだった。


「な、なんだぁ!?」


 直前まで何も無かった筈の場所から、男の盾になるように突如として吹きあがった炎が、光弾を掻き消す。


『その炎、テメエも超能力者か!』


『そっちも超能力者みたいだな。それに、どこにいるかは分からないけど、もう一人隠れてこっちを見てるな』


 ヤバい!? 俺の存在がバレた!


「ダンナ! 早くソイツをやっちまってください!」


『ビビッてんじゃねえぞ! お前の居場所までは割れてない――』


『余所見とは、俺も嘗められたもんだな!』


 ダンナが俺に話しかけてきた瞬間、生じた隙を見逃さずに男が動いた。

 立ち上がった男の靴裏から炎が噴き出し、目にも止まらぬスピードでダンナへ肉薄しながら、拳を大きく振りかぶる。


『見てないわけ、ないだろ!』


 男の振りぬいた拳をダンナはいとも容易く受け止め、反撃に移ろうとする。

 しかし、男は次々と攻撃を仕掛け、ダンナは攻撃を凌ぐので精一杯といった様子だ。


「あいつ、中々やるじゃないか。でもな、俺がいることも忘れるんじゃないぞ」


 かなりの腕っぷしであるはずのダンナを追い込んでいく男の実力に驚愕しながらも、俺はダンナを援護するべく再びライフルの引き金に指をかけた。


「その頭、撃ち抜いてやる!」


 ダンナと格闘戦を行う男を目掛けて銃撃する。

 ……しかし、地面から吹き出た炎の壁が光弾を防ぎ、俺の視界からダンナと男の姿を隠す。


『な、なんだ!? これは――ぐあっ! や、やめろ!』


 イヤホンから聞こえてくる、ダンナの呻き声。

 炎の壁の内側の様子は見えないが、かなりまずい状況になっているみたいだ。


『な、何してる! 早く助けろ、糸川――ぐおっ!?』


「む、無理だ! どこに狙いをつければいいのかわからない! というか、本名で呼ぶなよ! ……だ、ダンナ?」


 ダンナが呻き声を上げてから、返事がなくなる。

 嫌な予感がする同時に炎の壁が消えて、地面に倒れたダンナと、ダンナを見下ろす男の姿が視界に映った。


「や、野郎! よくもダンナを!」


 スコープ越しに男を睨みつける。

 ダンナは最高の相方だったし、その相方がやられて黙っている訳にはいかない。

 腕っぷしが強くて超能力もまあまあ強力で、馬鹿だから扱いやすくて作戦は全部俺が考えてやってた。

 その癖、妙に偉そうで……。


「……逃げるか。池羽、お前は頭も性格も良い方じゃ無かったと思うけど、刑務所では大人しく暮らして、早く出所しろよ」


 池羽を見捨て逃走する事を決めて、スコープから目を放そうとした瞬間、男が頭を上げ、此方を見据えた。

 次の瞬間、男の手から炎が噴き出し、俺の周りを明るく照らす。


『そこか』


 スコープ越しに男と目があった……ような気がした。

 何分、奴の目線はヘルメットに遮られており本当に目が合ったかはわからない。

 一瞬冷静さを失いそうになるが、すぐに落ち着きを取り戻す。

 何で俺の場所がわかったのかは知らないが、この高さなら早々には追って来れない筈だ。

 奴がこっちに来るまでに、もっと高所に移動して追跡を撒いてしまえばいい。

 そう考えその場から離れようとしたその時、男は勢いよく駆け出しその勢いのまま跳躍した。

 ……靴裏から炎を、ジェットのように噴射しながら。



「な、何なんだよ! お前は一体何者だ!? なんの目的で邪魔を――」


 真っ直ぐ此方に向かって来る男に向けて、思わず問いかける。


「俺はヒーロー……を、目指してる。だから、お前たちを倒す」


 ……その言葉と共に迫る男の拳。

それが意識を失い、気がついたら警察に逮捕される前に見た、最後の光景だった。

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