1話‐1

 ……辺り一面に広がる火の海に瓦礫の山。

 そして、立ち昇る黒煙。

 目の前に広がっていた光景は、悪夢と呼んで差し支えないだろう。


「お父さん……お母さん……ど、どこにいるの?」


 姿の見えない両親を探し、俺は歩き続けていた。

 一刻も早く逃げなければ自身の身も危ない状況ではあったが、幼かった自分にそこまで考えられる程の余裕は無い。


「お父さん! お母さん! 返事をしてよ!」


 両親と一緒に出かけたショッピングモール。

 モール内を歩いていたら突然爆音が鳴り響いて意識が遠のき、目が覚めた時にはこの惨状が辺り一帯に広がっていた。


「――か? そ、そこに、いるのか?」


「お父さん!」


 父さんの声が聞こえた瞬間、脱兎の如く走り出した。

 早く両親を見つけて、こんな場所から一刻も早く立ち去ろうという一心で、父さんの声がした方向へと向かう。


「そ、そんな……」


 ……現実は、俺の楽観的な考えをいとも容易く打ち砕く。

 崩れた瓦礫に足が挟まれ、身動きの取れなくなっている両親の姿がそこにはあった。


「か、母さん達の事は、気にしなくていいから……早く逃げなさい……」


「お父さん! お母さん!」


 母さんの言葉を無視して駆け寄り、瓦礫を退かそうとする。

 しかし、子供の腕力ではビクともしない。


「……こ、ここは危険だ。すぐに、火の手が回るから……は、早く逃げるんだ」


「母さん達は大丈夫。ここから出たらすぐに追いかけるから、先に逃げなさい」


「で、できない! 僕一人で、ここから逃げるなんて……」


 二人の言葉を聞いても、僕はその場を離れない。

 ……当たり前だ。

 今の父さん達だけで瓦礫の下から抜け出せるとは思えない。

 ここで逃げてしまったら多分、二度と両親には会えなくなってしまうだろう。


「……と、父さん達の言う事を聞きなさい!」


 父さんの怒鳴り声に思わず身を竦ませるが、俺はそれでもその場から離れようとはしなかった。


「で、でも、お父さん達だけじゃここから出られない……僕が、僕が何とかしないと……」


「……だ、だったら、助けを呼んできてくれ。……あ、安全な場所まで行って、誰か大人の人を呼んでくるんだ」


 ……父さんの言う事は、尤もだ。

 非力な子供である僕の力では、悔しいが両親を助ける事はできない。


「わかった。絶対に助けを呼んでくるから。だから、待ってて!」


 俺はそう言うと両親に背を向け、その場から駆け出す。

 ……両親の言う事が僕を逃がす為だという事はわかっていた。

 既に火の手は近くまで迫っている。

 いますぐにここから離れなければ、無事では済まないだろう。


「……そうだ、それでいいんだ」


「あ、あなただけでも、助かって良かった。どうか、無事に逃げて……」


 まるで最後の別れを言うような両親の言葉が耳に届き、振り返りそうになるのを堪えて必死に走る。

 俺が助けを呼ばなくては、本当に両親が死んでしまうという一心で。

 ……しばらく走り続けたが他の人はおろか、人影すら見かけない。

 怪我人や死人を見かけなかったのは不幸中の幸いと言えるかもしれないが、今の僕にはそんな事を考えている余裕はなかった。


「誰か! 誰か助けて! お父さんとお母さんが死んじゃう!」


 助けを求め、叫びながら走り続ける。

 もう手遅れかもしれないという思いを振り切り、体力の続く限り走りながら叫び続けた。


「子供!? そこに誰かいるのか!」


「助けてください! 早くしないと――」


 その時、耳を劈く大きな爆音と共に炎が吹きあがり、視界が真っ赤に染まる。

 突然の事に一瞬驚かされるが、ここで立ち止まる訳にはいかない。

 歩みを止めずに前へ進んでいくと視界が晴れ、目の前に顔の上半分を覆うマスクを被っている、怪しい人物の姿が現れた。


「ほ、炎に巻かれて無事!? この子、ひょっとして超能力者――いや、そんな事を考えている時じゃないな。今から、君を安全な場所まで送り届けよう。だから、安心してくれ」


 マスクの人は何やらブツブツ呟いた後、首を振ってから僕を抱え上げる。

 ……この人の言う事を聞けば僕は助かるだろうけど、このまま立ち去る訳にはいかない。


「ま、待って! お父さんとお母さんが、まだこの奥にいるんだ」


「そ、それは本当か!? なら、早く助けに――いや、まずは君を安全な場所に送り届ける。それから、君の両親を助けに向かう」


 マスクの人は驚いた様子を見せた後、少し考え込む様な素振りを見せてから苦々し気な声色で僕にとっては辛い判断を伝えてくる。

 ……僕を安全な場所に送り届けてから?

 冗談じゃない!

 そんな事をしていたら父さんと母さんが……。


「大丈夫! 僕は大丈夫だから、それよりもお父さんとお母さんを助けて!」


 俺は即座にそう言うと、マスクの人の腕の中で大丈夫だとアピールする為に暴れ始める。

 ……今にして思えば、マスクの人は両親が生きている可能性は低いと判断したのだろうけど、幼い俺にはそんな事はわかりようがなかった。


「……確かに、これだけ暴れる事ができれば大丈夫そうだね」


 訴えを聞きいれてくれたマスクの人は僕を地面に降ろすと、その身を屈めて僕に視線を合わせてくる。


「君の両親の事は私に任せてくれ。私はヒーローだからね、必ず助けて見せるよ。だから、君は安全な場所に避難して両親を安心させるんだ」


「……わかった。お父さんとお母さんを、お願いします」


 ヒーローと名乗ったマスクの人は口元を緩めて僕の頭に手を置いた後、何かに気づいた素振りを見せると、身に付けていたマントの一部を破りとる。


「その前に、腕から血が出てるから、これで止血しておこう。……君の名前を教えてほしい。お父さんとお母さんに君が無事だという事を伝えてあげないとね」


 気づかないうちに怪我をしていた腕に、マントの切れ端を包帯代わりに巻き付けるマスクの人に向け、俺は口を開く。


「……僕の、名前は――」




「――ョウ、起きろショウ!」


 体を揺さぶられる振動に瞼を開くと目の前には友人である、一条いちじょう二郎じろうの姿があった。


 ……どうやら、子供の頃の夢を見ていたらしい。

 まったく、気分が悪くなる夢だ。


「やっと起きたか。そろそろ次の授業が始まるから、早く次の教室に移動しないと、遅刻しちまうぜ」


「すまん二郎、助かるよ」


 起こしてもらった事に感謝しつつ体を起こし、授業の準備を始める。


「ショウ、最近ずっと眠たそうだけど大丈夫か? 何かあったのか?」


「勉強のやり過ぎかな? ……少しは加減しないとな」


 こちらの様子を気にかけてくる二郎に、当たり障りのない嘘で誤魔化す。

 ……嘘を教えるのはあまり気がすすまないが、本当のことを教えるわけにもいかない。


「おいおい、お前が勉強なんてするタマかよ」


 二郎が冗談めかして、俺を弄ってくる。

 誤魔化すことができたとはいえ、釈然としないな。


「何にも考えてないお前とは違うんだよ。……よし、準備できたから行こう」


 次の授業へと向かう為に、二郎と共に教室を出る。

 ……しかし、まずいな。

 普段の生活にまで影響が出るとなると、何か対策しないとマズいかもしれない。

 その為に、昨日のヒーロー活動……いや、ヒーローを目指す為の活動について思い返した。

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