1話‐2

「……それじゃあ、また見舞いにくるから」


 声をかけても目を覚ますことのない両親に別れの挨拶を済ませ、病室を立ち去る。

 返事がないのにも、すっかり慣れてしまった。

 ……十年前、超能力者の引き起こしたテロ事件に巻き込まれた両親は一命こそ取り留めたものの、今日に至るまで意識不明で寝たきりのまま。

 治安が悪化したせいで両親を失った子供が一人で生きていくという事もあるらしいが、幸運な事に俺は叔父夫婦によって引き取られ、不自由なく暮らすことができた。

 ……割愛するがそれから色々あり、高校入学を期にヒーローを目指して活動を始めている。

 昔の事を思い返している間に、病院の駐車場まで辿り着くと、ポケットから掌サイズのケースを取り出す。

 ケースの中から小さくしたバイクを取り出して地面に置くと、手元にあるキーを操作してバイクの圧縮を解除。

 あっという間にバイクは元の大きさへと戻っていく。

 この二十年近くで、科学技術は大きく進歩した。

 昔はバイクを縮小させる技術が無かったなんて、俺からすれば到底考えつかない事だ。

 それはさておき、バイクに跨るとスマホを取り出し、情報収集を開始する。


「……三丁目のコンビニで、万引きが発生か。今日は比較的静かだし、警察の対応は間に合いそうだけど、一応向かっておくか」


 超能力者が現れて二十年近く経ち、この国の……いや、世界中で治安は悪化の一途を辿っていた。

 SNSをチェックすれば、どこで事件が発生しているかがすぐにわかってしまう。

 ……本当は犯罪なんて起きず、俺の様な奴の出番が無いのが一番良いのだけど、そう考えているだけで犯罪が無くなる訳でも無い。

 周囲に人がいない事を確認してから近くの路地裏へとバイクを走らせると、制服からお手製ライダースーツに着替えてヘルメットをヒーロー活動用の物へと被りなおす。


「よし、点火装置には問題無し」


 スーツに取り付けた点火装置の動作チェックを行い、火花が散るのをこの目で確認。

 いざ戦闘となった時にスーツが機能しないようじゃ、自分の身すら守れないからな。


「さて、それじゃあ今日も一生懸命、町の平和を守るとしますか」


 ヒーロー活動用のスーツに着替えた俺は、マフラーを靡かせながら三丁目のコンビニへとバイクを走らせた。




 二十一時。

 夕方から数件ほど万引きや引ったくりのような軽い事件が発生したが、いずれも俺が到着する前に警察によって無事解決。

 ……ヒーローとしては失格かもしれないが、俺の出番が無いのは良い事だ。


「これ以上は明日に響いてくるし、そろそろ帰るかな」


 あまり遅くまで活動を続けていると、勉強に支障がでてしまう。

 家に向けて進路を取ろうとしたその時、スマホから通知音が響いた。


「『市街地の宝石店で強盗事件、最近多発している強盗事件と同一犯とみられる。現在警察と交戦中』……大丈夫だと思いたいけど、様子だけでも確認しておくか」


 ……既に警官が対応しているらしいが、どうやら戦闘にまで発展している様子。

 警察も早々やられはしないだろうが、一応確認だけはしておこうと強盗現場までバイクを走らせる。

 ……そして現場に辿り着いた俺を出迎えたのは、地面に倒れ伏した警官達に、俺を威圧するように睨みつけてくる大柄な男だった。


「警察じゃねえな、一体何者だ?」


 こちらの姿を一瞥した男は、吐き捨てるようにそう言う。

 ……まあ、尤もな疑問だ。

 素顔を隠しているフルフェイスのヘルメットという怪しい格好をした奴が現れたら、こういう反応になるのは当たり前だと思いながら、男の言葉を無視して近づいていく。


「おいお前、何の用だ? ここは今、立ち入り禁止だ。怪我したくなきゃさっさと立ち去りな」


 男は苛立ちを隠そうとしないが、すぐに攻撃を仕掛けず俺に警告してくる。

 態々警告をしてくれたところ悪いが、立ち去る気など毛頭ない。

 まずはこれから邪魔になるバイクを片付ける。

 相も変わらず俺を睨みつける男を無視しながら、キーを弄ってバイクを圧縮し、ケースに入れてポケットに仕舞う。

 ……さて、そろそろ相手をしてやろうか。


「おい! 無視するんじゃ――」


「お前に用事がある。宝石店での強盗事件を起こしたのは、お前で間違いないな?」


 ようやく返事が返ってきたのが嬉しかったのか、男はニヤリと口角をあげる。


「……お前、どこかで見たことがあると思ったら、半年くらい前からここいらで悪党退治をしてる、正義の味方気取りのヤツだな?」


 ……先程男の言葉を無視していた俺が言えた義理じゃないだろうが、こちらの問いかけに答えないとは教育がなってない。


「正義の味方気取りか。間違ってないとは思うけど、正面切って言われると――」


「何をごちゃごちゃ言ってやがる! こいつをくらえ!」


 確かに俺はまだヒーローでは無いが、それでも正義の味方ではあると思いたい。

 その事を口にしようとした瞬間に男が動いき、明らかに人間が発するものではない衝撃波が俺を襲う。


「くっ」


 衝撃波によって怯んで男から思わず視線を逸らしてしまうと、高所から俺に向けて光弾が迫ってくるのが視界の隅に映る。

 咄嗟に頭を庇うように腕を上げ、スーツの掌についているボタンを押して拳から火花を散らす。

 火花は一瞬にして大きく燃え盛る炎へと変化し、俺に向けて一直線に迫る光弾を呑みこんで掻き消す。

 ……これが俺の、炎を操る超能力。

 格闘戦においては炎を拳に纏い、靴裏や肘の辺りから爆発を起こすことで攻撃速度を加速させる事ができる。

 攻撃は勿論、今のように防御に使用する事も可能。

 ……自分で言うのもなんだが、かなり強力な能力だと思う。


「その炎、テメエも超能力者か!」


 男が俺の超能力の存在に気付くが、それはこちらも同じ。

 先程の衝撃は、こいつの超能力なのだろう。


「そっちも超能力者みたいだな。それに、どこにいるかは分からないけど、もう一人隠れてこっちを見てるな」


 光弾が向かってきた方向から判断するに上方からの狙撃、射角からしてビルの屋上ではない。

 多分、どこかの部屋から狙っているのか?

 何にしても厄介だし、早めに目の前の男を倒さないといけない。


「ビビッてんじゃねえぞ! お前の居場所までは割れてない――」


「余所見とは、俺も嘗められたもんだな!」


 先程は不意を突かれてしまったが、今度はこっちの番だ。

 靴裏から火花を発生させると、ジェット噴射のように燃え上がらせて男の懐に潜り込み、拳を叩きこもうとする。


「見てないわけ、ないだろ!」


 しかし、残念な事に俺の拳は男に受け止められてしまった。

 体格に差がある分、単純な力比べならこっちの分が悪いか。

 ……なら、スピードで勝負だ。

 再びジェット噴射で男に近づくと、連続で拳を振るう。

 勿論、もう一人のほうも忘れてはいない。

 狙撃を防ぐために、俺と男を囲むように炎の壁を生み出し、狙撃主の視界を塞ぐ。


「な、なんだ!? これは――ぐあっ! や、やめろ!」


 自らを囲む炎に怯んだ隙を突き、反撃させる暇を与えないよう矢継ぎ早に攻撃を仕掛ける。


「な、何してる! 早く助けろ、糸川――ぐおっ!?」


 猛攻に晒され、狙撃主のものと思われる名前を呼んだ男に、とどめの一撃をお見舞いする。

 肘からのジェット噴射で勢いを増した拳が鳩尾にクリーンヒットしたことで、男は呻き声を上げてその場に崩れ落ちた。

 ……目の前の大男を無事に倒すことはできたが、まだ安心できない。

 先程狙撃してきたもう一人の居所を探るべく、空中に炎を放って辺りを照らす。


「そこか」


 ビルの壁に張り付き、銃を構えてこちらを狙う男の姿を視認。

 どうやって壁に張り付いているのか少し疑問に思うが、そんなことを考えるよりも撃たれる前に仕留めなくては。

 助走で勢いをつけてから跳躍すると同時に、点火ボタンを押して靴裏から火花を散らすと、ジェット噴射のように激しく燃え上がらせて大きく飛び上がる。


「な、何なんだよ! お前は一体何者だ!? なんの目的で邪魔を――」


 まさか高所まで一気に追い付かれるとは思っていなかったのであろう男が、拳を振りかぶった俺を見つめながら驚愕の表情を浮かべて問いかけてくる。

 それにしても俺が何者か、か。

 ……そうだな。


「俺はヒーロー……を、目指してる。だから、お前たちを倒す」


 特別に何をしているのか教えてから男を思い切り殴りつけた後、気絶して地面に落下していく男を抱えながら着地する。

 ……超能力者の相手をするのは初めてだったけど、何とかなってよかった、

 ホッと一息つきつつ、反抗されないように二人を拘束しようとしたその瞬間、パトカーのサイレン音が聞こえてくる。

 もう少し早く来てくれればよかったのだが、まあいい。

 警察が来るまで男たちを見張る事にした俺から十メートルほど距離をとって数台のパトカーが停まると、警官がピストルを構えながら飛び出してきた。


「警察だ! 手を挙げてその場に膝を着け!」


「こいつら二人が強盗犯だ。少なくとも大男の方は超能力者だから、しっかり拘束してから連行しろ」


 警官の言葉を無視してそう伝えると、その場を立ち去るべく踵を返す。

 明日も学校だし、早く帰らないとな。


「ま、待て! 参考人として、お前も署まで来てもらうぞ!」


 だがしかし、さっさっとこの場から逃げたい俺の意思には関係なく、警察が俺を呼び止めてくる。

 ……いくら俺がこいつらを捕まえたからといって、警察も事情を聞く必要があるし、素直に帰してくれる訳ないよな。


「折角のお誘いだけど遠慮しとくよ。それじゃ!」


 そして俺は、警察のお世話になる気はない。

 即座に炎の壁を生み出して警官達の視界を塞ぐと、バイクを取り出すと元の大きさに戻して跨る。

 ……すっかり遅くなってしまった。

 これ以上帰りが遅くなると、叔父さん達を心配させてしまう。

 早くこの場から離れる為に、バイクのアクセルを全開にして走り出した。

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