1話-3

 昨日のことを……いや、それよりも前の事を考えてみるに、ヒーローになろうとしなければ普通に過ごせるんだろうが、そういう訳にもいかない。

 超能力者が現れ世間に認知されるようになった後、自身の力を悪用する者たちが出てくるようになり、犯罪件数は増加の一途を辿っている。

 そのせいで、平穏に過ごしている俺のような超能力者まで対象に含めた、超能力者への排斥運動が活発になってしまっている始末だ。

 厄介事に巻き込まれないように俺が超能力者であることは同居している叔父さん達にも隠してきたが、いつバレてしまうかもわからない。

 超能力者であることを積極的に明かしていくつもりはないが、もしバレてしまった時の為に超能力を犯罪に使うような奴らとは違うと言い張れる、ヒーローになる必要がある。

 だから、ヒーローを目指す事をやめるわけにはいかない。


「おいショウ? 話、聞いてんのか?」


 いつの間にか午前の授業は終わって、今は昼休み。

 授業中の間、これからどう普段の生活とヒーロー活動を両立していくか考えていたが結局、答えは出ずじまいだった。


「……あぁ、駅前のドーナツ屋の話だろ? プレーンシュガーが美味しいよな。コーヒーにもよく合う」


 手元の缶コーヒーを持ち上げながら、二郎に返事をしてやる。

 どうせ大した事は言ってないし、適当に対応しておけばいい。


「そんな話してねえよ。俺が知りたいのは、お前はどのヒーローが好きなのかっていう話だよ。自らの肉体を使って戦うヒーローか? テクノロジーの力を駆使して戦うヒーローか? それとも、超能力を正義のために使うヒーローか?」


 ……前述のとおり、超能力者の一部は、自らが得た力を悪用し、自分の欲望のままに行動を始めた。

 力を持った人間の、悲しい性とでも言うべきなのだろうか?

 ……おまけに治安の悪化に伴い超能力者では無い者達まで銃器を持ち出し、悪事を働き始めた。

 そしていつしか、犯罪者の中でも強大な力を持った者達は『ヴィラン』と呼ばれるようになった。


「どのヒーローが好きかって言われてもな。ヒーローオタクのお前と違って、俺はヒーローに興味ないし」


「何を失礼な! 俺はなぁ、只のオタクじゃない! ヒーローたちの活躍を皆に伝える、正義のジャーナリストになるのが、俺の将来の夢! ……よし、ヒーローの魅力を伝える練習がてら、何人かおすすめのヒーローをお前に紹介してやるよ」


 ……オタクなのは認めるのかよ。

 聞いてもいないのにベラベラと話し続ける二郎を他所に、俺は思索に耽る。

 世の中にいるのは、昨日俺が戦ったようなヴィランばかりではない。

 自らの得た超能力や、科学によって作られた装備を生かし、人助けを始める者も現れたのだ。

 彼等は企業がスポンサーに付いて装備面、金銭面でのバックアップを受けていたりする人もいれば、個人で活動するような人もいる。

 目的も人それぞれで、金や名声が欲しいといった割りと俗な理由の奴もいれば、正義感から何の見返りも無く活動する者もいる。

 勿論、俺みたいに自己保身の為に戦う奴だっているだろう。

 そんな彼等は人々から『ヒーロー』と呼ばれるようになったのだ。

 ……他のヒーロー達と一緒に戦えれば楽なのかもしれないが、犯罪者の数に比べると、ヒーローの数は少ない。

 そういう訳で活動を始めてから今日に至るまでの数ヶ月間、俺は一人で多数の犯罪者と戦い続けてきた。


「ストームガールなんかはやっぱり人気だな。強いし、真っ当に正義の味方として戦っているのはポイントが高い。……それに、可愛いっていうのは最高の長所だ。後はジャスティスマスク。ヒーローを語るのなら彼は外せない。最初にヒーローとして活動を始めて、今でも一線級の――」


「興味無いって言ってるだろ」


 二郎の話を遮りつつ、缶コーヒーを啜る。

 友人だからこいつが悪い奴で無いのは知っているが、こういうところが玉に瑕なんだよな。


「……仕方ない。最後にするから最近の俺の一押しだけでも紹介させてくれよ」

 そう言って新聞の切り抜きを張り付けたスクラップブックを開き、俺に見せつけてくる。

「!? ゲホッ! ゴホッ……」


 ……開かれたページの中身を目にした途端、飲んでいたコーヒーが気管に入ってしまい、思わず咽こんでしまう。


「お、おい、どうしたんだよ? 大丈夫か」


 スクラップブックが汚れないように、流れるような速さで手元に引き寄せた二郎が、一応は俺の心配をしてくる。


「だ、大丈夫。ちょっと咽ただけだ」


 ある意味お前の所為なんだけどな、と言いたくなるのを堪えながらハンカチで汚れた机の上を拭きつつ返事をする。


「そう言うなら大丈夫か。それで、彼についてどう思う?」


 二郎はもう一度スクラップブックを俺に差し出してくる。


「数か月前からこの辺りに現れた謎のヒーロー。夜な夜なバイクに乗って街を駆け抜け、犯罪者を倒して事件を解決し、去っていくんだ」


 スクラップブックの中身は新聞記事の切り抜きで、ヒーローになろうと活動している時の俺の姿がバッチリ写っていた。


「昨晩も強盗事件を起こした犯罪者を倒して立ち去ったんだぜ。たしかニュースになったのは今日の朝刊が初めてだけど、活動自体は春先から始めてるみたいで、俺は前々から彼の情報を――」


火走ひばしり君? 大丈夫ですか?」


 長々と語る二郎を遮り、一人の女子生徒が俺の名を呼ぶ。


「……い、委員長? 大丈夫って、一体何が?」


 腰ほどまでの長さの艶やかな髪に、町で見かければ誰もが思わず振り向いてしまうであろう端正な顔立ち。

 我がクラスの委員長、水城みなしろ あめが、心配そうに俺のことを見つめていた。


「えーっと、咳込んでいたので、体調が優れないのかと思って」


 成程、さっきのやり取りを見ていて声をかけてきたわけか。


「気にしなくていいよ! コーヒーが気管に入っただけだから、心配ないって」


「おい、何でお前が返事をする?」


 俺が何か言うよりも早く、二郎が代わりに調子よく返事をする。


「そうですか。それなら良かったです」


 委員長はホッとしたような表情を浮かべた後、俺に向けてニコリと笑いかける。

 俺は向けられたその笑顔を、何故だか直視することができずに、そっぽを向いてから口を開いた。


「し、心配してくれるのは有難いけど、なんで俺を気に掛けるんだ? 委員長とは碌に話した事も無い筈だけど」


 同じクラスとはいえ、クラスの中心人物ともいえる委員長だ。

 意図的とはいえあまり目立たない俺とは、今日までほとんど話したこともないのに。


「お、おいショウ! 折角心配してくれてる委員長に、なんて事を!」


 なぜか二郎が憤慨するが、特に親しくもない人に急に心配されるなんて、何か裏があるんじゃないかと疑ってしまうのも無理はないと思う。


「なんでって、そんなの、同じクラスの仲間だからに決まってるじゃないですか。クラスメイトの事を心配するのが、そんなにおかしい事ですか?」


 しかし委員長は、俺の予想とは裏腹に笑顔を絶やす事なくさらりとそう言ってのけた。

 ……先ほどまで疑ってた自分が情けなくて、彼女の笑顔が眩しく直視できない。


「……ごめん委員長、俺が間違ってたよ」


 心配してくれている人のことを疑うなんて人としてどうなのかと思い直し、自戒も込めて委員長に謝罪する。


「そうだぞ! しっかり反省しろ!」


「うるさい。さっきから何様のつもりだ」


 横から茶々を入れてくる二郎を小突きながら、委員長に向けて頭を下げる。


「謝ってもらわなくても大丈夫ですよ。早く頭を上げてください」


 下げていた頭を上げて委員長の顔色を伺う。

 怒っている様子は微塵もなく、先程と変わらない笑みを浮かべたままだった。


「いや、水城委員長。ボクとしては、火走君には頭を下げさせておいたほうがいいと思うな」


 委員長の機嫌を損ねなかったのにホッとしたその時、別の少女の声が耳に入ったので、声のしたほうへと視線を向ける。

 いつの間に近くにいたのか、そこには小学生と見間違う背丈に、短く切り揃えた髪が印象的な少女の姿があった。


「あら、多田さん? それはどうしてですか?」


 委員長が、少女……俺たちのクラスメイトである、多田ただ あやへと問いかける。

 彼女はその幼い見た目とは裏腹に頭脳明晰で、俺たちと同い年ながらどこかの企業で新技術の開発・研究をしたりしているらしい。

 そんな天才がなんで飛び級もせず、俺が通うような平凡な学校にいるのか疑問に思ったこともあるが、それよりも重要なことがある。

 ……俺は、彼女のことが苦手なのだ。


「君に優しくされて、デレデレしているその男の姿を見たくないからね。それに、申し訳なさそうにしている方がスッキリとするからだ」


 何故だかわからないが、多田さんは俺に対して妙に当たりが強い。

 他の人に対しても同じように接しているんじゃないかと思うかもしれないが、先程委員長と話しているように他のクラスメイトとは普通に話しているし、そういうわけでもない。

 彼女と初めて話したのは一月ほど前のことで、話している途中から当たりが強くなったのだが、理由がさっぱりわからないのだ。


「ま、まあまあ、私は気にしていないので……それよりも一条君、そのスクラップブックの中身って何ですか? どんな事を調べているのか、少し気になっちゃって」


 委員長は困ったように笑いながらも、二郎の持つスクラップブックに話題を移す。


「え!? こ、こいつの中身は、その――」


「中身はヒーローについての事ばかりだよ。こいつ、ヒーローオタクだから」


 何故だか言い淀む二郎に代わり、奴が大事に持っているスクラップブックの中身を説明してやる。

 別に俺が説明してやる義理はないが、委員長が知りたがっていたしな。

 先程心配にしてもらったし、こっちが親切にするのは自然な事の筈。

 ……さっきからうるさい二郎に少し仕返ししようと思ったとか、そういう気は一切無い。

 おそらく、多分、きっと。


「ヒーローですか! 私も少し興味があるんですよ」


 ……委員長の返事は俺の予想していたものとまったく違っていた。

 嘘だろ、まさか好意的な反応が返ってくるなんて思ってもみなかったぞ。


「……マジ?」


「へえ、委員長も興味があったとは、意外だね」


 二郎が呟き、多田さんは意外そうな様子で委員長の方を見ている。

 ……ドン引きされればいいなと思っていたのに、思惑が外れてしまうなんて。


「ま、マジかー。委員長もヒーローに興味を持っていたのか。……それで? 委員長はどんなヒーローが好きなの? 俺はやっぱり彼かな。最近この辺りで悪党退治を行い、昨晩は超能力者をもやっつけた――」


「水城。ちょっと手伝ってもらいたい事があるんだが、構わないか?」


 二郎が長々と語り始めている途中で、教室の外から担任の先生が委員長へと声をかける。


「はい、わかりました! ごめんなさい、一条君。また今度、お話を聞かせてくださいね」


 委員長は俺達に会釈した後、教室の外へと向かう。

 ……彼女は俺達と話している間、終始笑顔を絶やす事は無かった。


「……いやぁ、本当にいい子だよな」


 委員長の出て行った扉をぼんやりとした様子で眺めながら、二郎が呟く。


「急にどうした? 変な物でも食ったのか?」


「成績優秀でスポーツ万能、才色兼備という言葉がピッタリ。それでいて男子からだけじゃなく、女子からの人気も絶大ときたもんだから凄いよな」


 ……確かに、委員長の悪口を聞いたことが無い。

 良い子ちゃんぶってて気に入らないとか、嫉妬からくる根も葉もない噂話の一つや二つありそうなもんだけど、そういう話を全く聞いた事が無いのは素直に凄い。

 二郎なんか喧しすぎて正面からうるさいと言われる事などしょっちゅうなのに、人間こうも違うものなのか。


「おまけに俺達みたいな非モテにも分け隔てなく接してくれるんだぜ。ああいう子が彼女に欲しいよ」


「最後の寝言はどうでもいいが、その前の発言は異議ありだ。まさか、俺もお前と同じカテゴリーに含まれているっていうのか?」


 聞き捨てならない言葉に、俺は柄にもなく憤慨してしまう。

 俺がモテるかどうかはさておき、二郎のような喧しい奴と一緒にされるのは心外だ。


「いつも一緒だし、そう見られているのは妥当だよ、火走君。それと、委員長は皆に優しいから、変な勘違いをしてデレデレしてるんじゃないぞ、みっともない」


「だ、だから、デレデレなんてして――無視!?」


 俺と二郎のやり取りを見ていた多田さんは言いたいことだけ言うと、こちらの返事を聞くことなく立ち去っていく。


「まあまあ、気持ちはわかるが落ち着けよ。それよりも、さっき言ってた駅前のドーナツ屋、今度連れてけよ。美味しいんだろ? プレーンシュガー」


「……ああ、気が向いたらな。俺は疲れたから寝る。休み時間が終わる前に起こしてくれ」


 ヒーローとしての活動でつかれているのに、二郎や多田さんとのやりとりで余計な体力を使わされたし、仮眠をとろう。

 二郎の返事を聞くより早く、俺は机に突っ伏した。

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