1話‐4

 

「畜生。なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ……」


 赤いマフラーの男に襲撃されてから意識を失い、気が付いた時には手足が縛られ、身動きの取れない状態で警察に捕らえられていた。

 そして今、護送車に乗せられて刑務所へと向かう途中。


「ムガー! モガー!」


 向かいの席に座っている池羽は俺のように手足だけではなく、口まで塞がれてしまっていた。

 こうなってしまっては超能力を使えないし、逃げ出すことは不可能だろう。


「何を言ってんのかわかんねえよ。……クソ! お前が奴に負けなきゃ、こんな事には――」


「おいお前ら! 静かにしろ!」


 同席している警官から警告されてしまい、俺と池羽は黙り込むしかなくなってしまう。

 この護送車の行き先は、超能力者を含むヴィランが収用される刑務所。

 警備は普通の刑務所よりも厳重と聞いたことがあるし、脱獄は困難……いや、限りなく不可能に近い。


「いいか? 変な事を考えるんじゃないぞ。もし逃げ出そうというのなら――うわっ!?」


 何とかして脱出する算段を考えていたその時、大きな音がした後に護送車が大きく揺れた。


「うおぉぉぉ!?」


 護送車が揺れた振動で、車内の至る所に体をぶつけてしまった。

 ……暫くして、揺れが収まる。

 外の様子は分からないが、俺達が車の側面に倒れこんでいる所から推察するに護送車が横転してしまったようだ。


「うっ……。な、何が起きた!? 一体――」


 俺の隣にいる警官が怒声をあげるが、途中でその声が途切れる。

 警官の頭を水泡が包み、その口を塞いでしまったからだ。

 怒声をあげようとした警官だけではない。

 俺と池羽以外の車両にいた全員……つまりは警官だけが、呼吸する術を一瞬にして奪われてしまう。

 警官達の顔を包んでいた水泡は、彼らが意識を失うと同時に、霧散していった。


「グ、グムムー!?」


 池羽は何が起きているのか知りたがっているように、此方に向けて呻きながら訴えている……と、思う。


「五月蠅いんだよ! 何が言いたいのかわかんねえよ、この――いててて!?」


 言い返す事のできない池羽を罵倒した瞬間、車の転倒時に身体を打ち付けたさいの痛みが走り、呻いてしまう。


「な、なんだか知らないけど、今日は散々な――うわぁっ!?」


 強盗も失敗して身体も痛めてしまった愚痴をこぼしていると、護送車の扉が勢いよく開かれる。

 開かれた扉の先に視線を向けると、見事の無い装甲服に身を包み、頭部を覆うタイプのメットを装着した人影が此方を見下ろしていた。


「な、ななな……」


『貴方達が数日前に宝石店で強盗を行った超能力者ですね。私の事は『ヴァッサ』と呼んでください』


 困惑し言葉を失う俺の様子を意に介する事なく、自己紹介を始めた不審者。

 肉声ではなく合成音声で喋っており、その正体が男なのか女なのか、老人なのか或いは若者なのかもわからない。


『異常を察知した警察が駆けつけるまで、時間がありません。貴方たちを解放するので、私に付いて来てください』


 何故かはわからないが、こいつは俺を助けに来てくれたらしい。

 ……それ自体はありがたいのだが、こいつはなんで俺を助けてくれる?

 俺を助けたとして、こいつになんのメリットがあるというのか。


「ちょ、ちょっと待てよ!? いきなりそんな事言われても、信用できる訳ねえ! アンタが今の惨状を引き起こしたっていうんなら、俺達はその所為で死にかけたんだぜ!? それに、なんで俺たちを助けるんだ!?」


『理由を話している暇はないので、これで信用してもらう事にしましょう。動かないでください』


 ヴァッサは僅かに考えるような素振りを見せたあと、俺達に向けて手を翳す。

 次の瞬間、掌から凄まじい勢いで射出された何かが、俺と池羽の手足に取り付けられていた拘束具が切断した。

 ……もし動いていたら、俺達の手足が切断されていたであろう位には、すっぱりと。


「あ、危ねえだろ!? 拘束具を破壊するんならそう言えよ!」


 いくら拘束を解除してくれたからって下手すれば大怪我をしていた。

 それにさっきも車が横転して殺されかけたし、そうほいほいと付いて行けるほど、俺はこいつのことを信用できねえ!


『不服ならば結構。ここにいれば警察に保護してもらえるでしょう。尤も、この状況が貴方の仕業ということにされて、長い刑務所勤めに性を出せるのでしょうか?』


「お、オレはアンタに付いていくぜ! このまま大人しく刑務所にぶちこまれるくらいなら、アンタに従った方がまだマシだ!」


 ヴァッサが現れてから今まで黙っていた池羽は、慌てた様子で口元の拘束を取り払って立ち上がると、護送車の外へと飛び出していく。


『賢明な判断、感謝します。そちらの方は着いてこないみたいなので、私達二人だけで――』


「ま、待てよ!? 俺も連れていけ!」


 ……このままここにいたって、人生終わったも同然。

 それなら池羽の言う通り、コイツの話に乗った方が万倍マシだ。


『そうですか。それでは、ここから離れましょう。……警察が嗅ぎつけてくる前に』


 そう言って踵を返すヴァッサを、池羽と共に追いかける。

 ……俺達、これからどうなっちまうんだ。

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