3話-1

「早く金を寄越しな! さもないと、この銃が火を噴くぞ!」


 人通りの少ない街はずれのコンビニ店内に、強盗犯の怒声が響き渡る。


「わ、わかったから、銃を下ろして――」


「うるさい! 本当に撃つぞ!」


 怯えながらレジを操作する店員にピストルが押し付けられ、強盗犯の罵声が飛んだ。


「ひ、ひぃ!?」


 強盗犯の引き金を握る指に力が入るのに気付いた店員は、悲鳴を上げてレジからお金を取り出す。


「そうだよ。最初からそうしていれば――」


「そこまでだ」


 そして俺は、ようやく金が手に入って嬉しそうな様子の強盗犯に背後から声をかけた。


「なっ!? だ、誰だ貴様――熱ッ!?」


 強盗犯は驚きながらも銃口を向けてきたが、発砲されるよりも早く、炎を灯した拳でピストルを握る。

 炎により急激に熱されたピストルに強盗犯はたまらず手を放し、その隙に俺はピストルを握っていないほうの拳で強盗犯を殴りつけた。

 そして強盗犯が倒れると同時に、掴んでいたピストルをカウンターの内側へと放り投げる。


「おいアンタ。そのうち警察が来るから、それまで隠れてろ」


「は、はい!」


 倒れた強盗犯から視線を逸らさないまま、呆気に取られていた店員に隠れるように促す。


「く、クソッ! 店内に誰もいないのは確認したぞ! 外にいる見張りは何をやっているんだ!」


 強盗犯が、外にいた見張りへの悪態を吐きながら立ち上がる。

 ……俺がここにいるっていうのがどういうことか、わかりそうなもんだけどなあ。


「……表にいた奴らなら、全員倒してきた。残ってるのはお前だけだぞ」


「は、はぁ!? 一人相手に何やってんだ!? ……こ、こうなったら、一人で逃げてやる! お前をたおしてからな!」


 ようやく状況を察した強盗犯は驚きつつも、仲間を見捨てて逃走を図るべく此方に向かってくる。

 ……今の一連のやり取りで互いの力量差がわかっているだろうに、まさか立ち向かってくるとは。


「一応警告しとくけど、大人しくしていれば拘束するだけで――」


「隙ありだ!」


 ……わかってはいたけど、抵抗してきたか。

 穏便に済ませてやろうと思っていたのだが、話を聞かないこいつが悪い。

 身を屈めて攻撃をかわし、強盗犯の足を払う。


「ぐっ!? こ、このーーうお!?」


 反撃の隙など与えない。

 バランスを崩して地面に倒れ、痛みに呻く強盗犯の腕を掴み、強引に立たせる。


「ぐふっ!?」


 そして、強盗犯の鳩尾を思い切り殴りつけた。

 意識を失った強盗犯を掴んでいた手を放すと、その場で力無くその場に倒れこむ。


「さて。やる事やって、さっさと立ち去るか」


 ポケットから取り出した結束バンドで強盗犯の手足を縛り付け動きを封じてから、コンビニの外に出る。

 外に停めてあったバイクに乗り込む途中、コンビニ前で拘束されている強盗犯の仲間達が目を覚ましており、此方に向けてモゴモゴと何か言っているようだ。

 猿轡を噛ませているから何を言おうとしているのかサッパリわからないけど、どうせ碌な事を言っていないだろうというのは分かり切っている

 強盗犯一味を気にも留めず、現場から離れるためにバイクを走らせた。

 ……スピネを倒してから数日が経ち、俺はいつもの通りパトロールをして、犯罪者と戦っている。

 いや、変わった事が一つだけあったな。


『おいS! 大丈夫だったか!』


 ヘルメット内に追加したスピーカーから、音量を下げているにも関わらず喧しい声が響く。


「超能力じゃなかったし、持っていた銃器も大した物じゃなかったから問題ない。それよりも、煩いからもう少し声を小さくしてくれ」


 スピーカーの向こう側にいる声の主……二郎に無事と声量を下げるように伝える。


『わかった、気をつける。それじゃあ、疲れてるところ悪いけど新しい事件だ。そこから南西に五キロのコンビニで、強盗が発生してるっていう情報が入ったから、向かってくれ。……しかし、どうしてこうも事件が起きるんだ? 他のヒーローや警察は何をしてるんだよ』


「ヒーローなんてそうそういないし、警察も最近は人手不足になっている所為で、犯罪者への対応が追い付かないって叔父さんが愚痴を言ってたよ」


 二郎に返事をしながら、指示された場所へとバイクを走らせる。

 ……どうして二郎が俺に協力するようになったのか。

 事はスピネを倒した日へと遡る。




 スピネを倒し、人気の無い路地裏でスーツから制服に着替えようとしていた俺は、その現場を二郎に目撃されてしまう。

 慌ててヘルメットを身に付けて正体を隠そうとするが、時すでに遅し。


「しょ、ショウ……? ま、まさかお前が、赤いマフラーのヒーロー……?」


 信じられないといった様子で二郎が呟くが、今の俺には二郎がどんな気持ちかなんて考えている余裕はない。

 俺がヒーローを目指して日夜活動しているとバレる訳にはいかないし、何とかして誤魔化さなければ!


「……な、何の事かな? ショウ? 一体誰の事だい? お、俺……いや、僕はヒーローを目指しているだけの、名乗るほどでも無い男。断じて君の知り合いじゃない。わかったらこの場からさっさと立ち去って、今日のことは忘れろ!」


「……誤魔化そうとしてるところ悪いけど、無理がある! 慌ててヘルメットを被りなおしてたけど、もう顔を見ちまったよ! というか『僕』ってなんだ! お前、そんな話し方しないだろ!」


 駄目だ、誤魔化しようがない。

 頭を抱えてその場にうずくまる。

 ……どうしてこうなった?

 いや、そんなの俺が迂闊だっただけなのだし、そんな事はもうどうでもいい。

 大事なのは、この状況を切り抜けること!

 ……その為には、手段を選んでいる場合じゃないな。


「……お、おい? 大丈夫か?」


 暫く悩んでから、覚悟を決めて立ち上がった俺を、これから何が起こるのかを知りもしない二郎は心配してくれている。

 その気遣いを有難く感じると同時に、これからやる事への申し訳なさを感じてしまうな。


「……全然大丈夫じゃない。とりあえず、これからお前を思い切りぶん殴る。そうすれば、記憶が飛ぶかもしれないからな」


 もうどうしようも無いし、記憶喪失チャレンジに賭ける事にしよう。

 拳を鳴らしながら近づいていく俺の様子を見た二郎は、慌てた様子で後ずさった。


「おい、逃げるな。一瞬で終わらせてやる。そんなに痛くしないから、安心して殴られろ!」


「ま、待て待て!? おおお、落ち着け! 別に他言したりしねえよ! というか、そんなにって結局は痛いんじゃねえか! ジャーナリストとして……いや、友人として色々と聞きたい事はあるけど、見張っててやるからとりあえず着替えろ! 他に人が来たらまずいだろ!」


「……逃げるなよ?」


 二郎が黙って頷いたのを確認すると、手早く制服へと着替える。

 ……とりあえず、記憶喪失させるのは保留だな。


「もう大丈夫だ……俺も大分落ち着いた。いきなり殴ったりはしない」


 スーツを鞄に片付けて二郎に近づこうとするが、近づいた分だけ二郎は後ずさる。


「ほ、本当か? 本当に何もしないんだよな?」


「お前が今見た事を、絶対に他言しないって約束できるなら」


 二郎は僅かに考える素振りを見せた後、恐る恐るといった様子で近づいてくる。

 とりあえず、信用してもらえたようだ。


「それにしても二郎、何でお前がこんな所にいるんだ?」


「駅前で事件が起きているって知って野次馬に向かおうとしたんだけどさ、向かう途中で事件解決したから大人しく帰ろうとしたんだよ。そうしたら、最近ニュースで報道されているヒーローが路地裏に入っていく姿を見かけたんだ。しかも、俺が一押ししているヒーロー。そうなったらもう、後を付けるしかないだろ」


 ……マジか。

 二郎に後を付けられていたうえ、気がつきすらしないなんて、戦いで疲れているとはいえ不用心すぎだな。


「よしわかった。次からはもっと尾行に気を付けるとするよ。それじゃあまた明日―――」


「ちょ、ちょっと待て。俺の方も色々と聞きたい事があるんだ。どうせもう正体がバレちまったんだから、ちょっとくらい質問してもいいだろ?」


 面倒なことにならないようにさっさと話を切り上げようもするが、二郎は呼び止めてくり。

 ……やっぱりそうきたか。


「悪いけど、スーツの修理をしないといけないから今日は無理だ。……明日、必ず話すから今日は勘弁してくれ」


「わかったよ。明日は根掘り葉掘り聞いてやるから、覚悟しとけ」


 そう言い残すと、二郎は路地裏の入り口に向かって歩き始める。

 ……意外だな。

 二郎の性格ならもっと食い下がってくると思っていたんだが。


「立ち止まってどうした……いや、俺がこの場で話を聞こうとしない事がおかしいって思ってるのか?」


 二郎は立ち止まって振り返ると、考えを見透かしたかのように言い放つ。


「い、いや、そんな事はーー」


「気を遣うなよ。俺だって、必要なら空気は読むぜ? それに、お前も正体がバレて冷静じゃないだろうしな」


 ……まさか二郎に気を使われてしまうとはな。


「悪い。お前の事を誤解してたよ」


「気にすんな。お前がヒーローだったっていう事実に興奮して、正常な判断ができなくなってるだけだからな。もし冷静だったら、この場で質問攻めにしてるところだ。それじゃあ、また明日な」


 ……普通は逆なんじゃないのか?

 路地裏から立ち去っていく二郎の背を見送りながら、そんなことを考えてしまった。

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