3話-3
その翌日、カラオケ代を請求したときに二郎から渡された小型のマイクとスピーカーをヘルメットに組み込み、二郎のサポートを受けながらヒーローを目指し活動する事になった。
最初はどうなる事かと思っていたけど、二郎が予想外に頑張ってくれた事で以前よりも効率よく活躍できている。
ヒーローを目指している事がバレた時、最初はどうなるかと思ったが結果的に良い方向に転がったのは結果オーライといったところか。
「そろそろ現場に到着する。Jは指示がないかぎり、引き続き情報収集を頼んだ」
『了解S。……気を付けろよ』
通信機での連絡中は、お互いをイニシャルで呼ぶように決めた。
正体がバレる要因はなるべく排除する必要がある。
この間みたいに迂闊な事をして、これ以上誰かに正体がバレる訳にはいかない。
「さて、このコンビニか」
現場に到着した俺はバイクから降りつつ周囲の様子を窺い、違和感に気づく。
……ちょっと、静かすぎる。
今までに何度かコンビニ強盗を捕まえたことはあるが、店内から強盗や店員の声が聞こえてきていた。
不審に思いながらもコンビニに近づいてみるが、人影は見当たらない……というか、人の気配がしない。
この辺りは元々人通りがすくない上に、すっかり暗くなって人気がないのはわかるが、それにしても物音一つしないのは不気味すぎる。
「……とりあえず、店内に――ぐあっ!?」
薄気味悪さを感じつつも意を決して店内に入ろうとしたその時、耳を覆いたくなる不快な音が響きわたり、更に強い衝撃によって膝を着いてしまう。
「い、一体何が――」
「待ってたぜ! ヒーロー!」
状況を把握しきる前に、どこかから現れた男に蹴飛ばされてしまった。
……地面を転がされた痛みに耐えて立ち上がり、男の姿を見据える。
「オレのことを憶えているよなぁ? 以前テメエにやられた借りを、返しに来たぜ!」
そこにいたのは、俺を憎らしげに見つめる大男。
確か、スピネと組んでいた超能力者か。
『おいS!? どうした! 何が――!』
「……厄介そうな奴が出てきた。通報は任せる」
こちらを心配する二郎を遮り、通信を切る。
きっと、スピネと同じようにこの男もガイストバックルを持っている筈だ。
目の前に集中しなければ、足元を掬われてしまう。
「ああ、憶えてるぜ。逮捕されたニュースで実名が出てたけど確か、池羽だったか? お前も糸川みたいに、コードネームがあるんだろ?」
「察しのとおり、オレは『フレーダー』! お前にやられたオレは、もういねえ!」
フレーダーと名乗った池羽は雄叫びを上げ、自身の超能力である超音波を俺に向けて放った。
そしてその衝撃に、俺は再び膝をついてしまう。
「ぐっ……」
「そして、これがオレの新たな力!」
案の定、ガイストバックルを取り出したフレーダーは、バックルを自らの腹部に宛がうと、その身体が黒いモヤに包まれる。
「させるか!」
変身するのを、ただ指を加えて見ているわけにはいかない。
点火装置を起動させ、ガイストバックルを破壊するべく火の玉を撃ち出す。
……しかし、黒いモヤにより攻撃は防がれ、ガイストバックルまで届かない。
「その程度の炎! この力の前じゃ無意味!」
叫びと共に黒いモヤが消え去り、フレーダーが再び姿を表す。
全身を覆う黒い体毛に、赤く染まった瞳と鋭い牙。
その姿はスピネとは異なるものの、異形の怪人へと姿を変えていた。
「強化された超音波を喰らいな!」
赤く染まった瞳をギラつかせながら放たれる超音波。
超音波から逃れるために側面へと飛び退くと、背後にあったコンビニのガラスが衝撃波によって砕け散り、店内にガラス片が散乱する。
この威力、奴が馬鹿正直に説明していた事は本当らしい。
「ちょっと姿が変わったくらいでいい気になるなよ!」
フレーダーが強くなったのは十分に理解したけど、だからといってここで弱みを見せるわけにはいかない。
ジェット噴射を使って駆け出し、フレーダーへと近づいて拳を振るう。
このあいだ戦っているからわかるが、大柄な体格から繰り出される攻撃は強力。
だけど、超音波をまともにくらう前に接近戦をしかけて手早くトドメをさす必要がある。
「態々近づいてくれるとは、バカな奴め!」
俺が振るった拳は、フレーダーに容易く受け止められてしまった。
カウンターとして放たれた膝蹴りを空いている手で受け流すと、フレーダーと離れすぎないように気を付けながら飛び退き距離を取る。
スピネに比べて戦い慣れているみたいだし、格闘戦に持ち込んでもこちらが有利とはならないか。
……だけど、ここで諦めるわけにはいかない。
地面を蹴ると同時に脚を大きく上げ、靴裏からジェットを噴射しながらフレーダー目掛け、勢いよく回し蹴りを放った。
「くっ……」
蹴りを受け止めたフレーダーだが、その衝撃で姿勢が崩れたのを見逃さず、間髪入れずに何度も拳を叩きこむ。
「その程度の攻撃、何とも無いんだよ!!」
……しかし、フレーダーは大して痛がる素振りを見せずにそう言い放つと口を大きく開き、超音波を発する。
「ぐあっ!?」
至近距離にいたせいで避ける事もできず、衝撃によって吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「これがガイストバックルの力だ! お前もオレ達の仲間になるっていうのなら、この力を味わうことができるぜ?」
俺のことを見下ろしながら、勝ち誇った様子を見せるフレーダー。
……コイツもスピネと同じように俺の事を仲間に誘うのか。
その理由はわからないけど、俺の返事は決まっている。
「断る。お前らみたいなヴィランの仲間入りなんて御免だ。それに、化け物になるのは嫌だね」
痛みを堪えて立ち上がり、フレーダーの誘いを即座に突っぱねる。
これくらいでヴィランになるなら、初めからヒーローなんて目指す訳が無い。
……とはいえ、どうやってこの状況を打破したものか。
一度退いて対策を練って出直して、スピネの時みたいに白昼堂々と暴れられても困る。
しかし、無茶をしてやられたら本末転倒。
……付かず離れずの距離で、時間を稼ぎながら作戦を練るか?
「そうか。オレとしてはお前がいなくても構わないんだが、ボスはお前の事を随分と買っているみたいだからな。強引にでも一緒に来てもらうぜ。……コンビニの中には人質がいるから、お前が抵抗したらどうなるかわかるよな? ヒーロー!」
時間を稼ぐ為に飛び退こうとした瞬間、俺の考えを見透かしたかのように人質の存在を知らせてくる。
……そういうことなら、人質を解放するのが先か。
フレーダーから注意を逸らさないようにコンビニ内の様子を窺うが、人の姿は見当たらない。
そうなるとバックヤードで拘束されているのか、フレーダーが嘘を言っているかのどちらかだな。
「さあ、わかったなら大人しく――うぉっ!?」
……まずは、奴の言ってることが本当か確かめる。
喋り続けるフレーダーに火球を撃ち込み、奴の元へと駆け出した。
「お前を倒せば、一緒に行かなくても済むよな!」
拳に炎を宿しながらを大きく振りかぶり、フレーダーを殴り付ける……振りをする。
「馬鹿め! そんな炎、効かないと言ってるだろ!」
フレーダーに放った火球は、奴の放った超音波にかき消された上に、その勢いは衰えず俺に襲いかかろうとしている。
……狙い通り。
迫る超音波を避けず、その場で跳躍して身体で受ける。
「馬鹿め! 俺に近づけるとでも思っていたのか!」
勝ち誇ったように吠えるフレーダーだが、こっちは近づいた理由はフレーダーを倒す為ではない。
遠距離から一方的に攻撃できるのなら、その優位性を保つために超音波で攻撃を行うだろうと考え、それを逆に利用してやったまで。
超音波に吹き飛ばされた俺が向かう先は、コンビニの中。
商品棚の上を通過し、奥にある冷蔵食品棚まで吹き飛んでいく。
……俺が突っ込んだ衝撃で店の商品が幾つか駄目になってしまったかもしれないが、人質解放の為だし仕方ない。
「いたた……。覚悟はしてはいたけど、結構キツいな」
……わかっていても痛い事には変わりがないし、起き上がるのも少しつらいな。
だがフレーダーは今は警戒しているが、起き上がってこない俺の様子を怪しみ、すぐに見に来るはずだし、休んでいる時間は無い。
身体のあちこちに感じる痛みを堪えながら、フレーダーに悟られないよう、バックヤードまで身を屈めて駆け抜けた。
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