2話-3

 駅前に向かう途中、人気の無い場所に立ち寄りスーツに着替え、ヘルメットを装着。

 バイクに後付けしたホログラム発生装置を起動し、バイクの外装とナンバーを偽装して正体がバレないようにしてから駅前に駆けつけた俺が目にしたのは、巻き込まれないように逃げ惑う人々と、危機管理能力が足りないのか呑気にスマホで写真を撮っている野次馬に、人質をとられて抵抗ができないまま糸によって拘束された警察官達。

 ……そして、街灯の上には小学生くらいの男の子を腕に抱えたスピネが、俺のことを見下ろしていた。


「ようやく来たか。待ちくたびれたぜ」


「待ち合わせをした覚えはないんだけどな。……もし、その子に何かしたんなら容赦しないぞ!」


 バイクをケースに収納しながら、スピネの腕の中でぐったりとしている男の子の様子を伺う。

 ……まずは男の子を救出する事を考えろ。

 スピネと戦うのは、その後だ。


「心配しなくても、人質は無事だぜ。捕まえた時に泣きわめいて煩かったから変身してみせたら、気を失っただけだ。人質に極力危害を加えないようにと、命令もされてるしな」


 ……目の前で怪人となったスピネの姿を見てしまったのなら、気を失いもするか。

 男の子に大事の無い事がわかりホッと胸を撫でおろすが、奴の手の内にある以上は気を抜くわけにはいかない。


「そうか。なら、お前のお望み通り来てやったんだ。早くその子を解放しろ」


「そんなに焦んなよ。今解放してやるから、しっかり受け取りな!」


 スピネはそう言い放つと、明後日の方向に男の子を放り投げた。


「ふざけんな!」


 突然の事に悪態を叫びながらも、男の子に向けて駆け出す。

 だが、このままでは間に合わない。

 手を前に伸ばしながら跳躍し、点火装置を起動させて靴裏からのジェット噴射で加速。

 地面に落下していく男の子を庇うように胸に抱き抱えるが、代わりに俺の身体が地面に打ち付けられた。


「ぐっ……ひ、卑怯な奴め。何てこと――!?」


 痛みを堪えながらスピネに怒鳴るがその途中、足首に違和感を感じて視線を向けると粘着性のある糸が貼りついており、その糸はスピネの手首に繋がっていた。


「卑怯で結構。勝てば良いんだよ!」


 スピネがそう言うと手首の中へと糸が巻き取られていき、俺はスピネの方へと引き寄せられてしまった。

 せめて男の子だけでも助けようと、地面と体が擦れる痛みに耐えながら男の子を地面に降ろすが、俺は抵抗できずにスピネのいる街灯まで引きずられて宙吊りにされる。


「とどめだ! このまま頭から真っ逆さまだぜ!」


 勝ち誇ったようなスピネの言葉とともに奴の手首から糸が切れ、吊るされていた俺の身体は重力に従い落下していく。


「そう簡単に、思い通りにさせるかよ!」


 両掌の着火ボタンを押して、両拳から火花を散らす。

 ……小さな火花だが、俺にはこれだけで充分。

 火花を燃え上がらせると、地面に向けて炎を噴射。

 その勢いで上体を起こして、そのままの勢いで街灯上のスピネのもとまで跳びあがると、拳を勢いよく振りかぶって殴りつける。


「ぐえっ!?」


 情けない声を出しながら地面に落下するスピネを掴みつつ、足に付着した糸を焼き切って着地。


「もう一発だ!」


 スピネから手を放すと同時に、再び拳を振り抜き、顎を殴り飛ばす。

 仰向けに倒れるスピネに追撃を仕掛けるか考えるが、地面で倒れている男の子の安全を確保するのが優先。

 彼を抱え、拘束された警察官達の元へ走る。


「あんた達、大丈夫か? 今解放して――!?」


「……お、俺達なら大丈夫だ。それよりも、その子を安全な場所へ!」


 ……お、叔父さん!?

 叔父さんは警官だしこういうこともあるかとは思っていたけど、不意に見知った顔と出会ってしまった事で一瞬だが思考がフリーズしてしまう。

 いや、今は困惑している場合じゃない。


「い、いや、あんた達でこの子だけじゃなくて、周りの人たちも避難させてくれ。俺は奴の相手をしないといけない」


 叔父さん達を拘束している糸をほどくべく、身を屈めながら話しかける。

 ……俺の火を操る能力は、非常に強力。

 それ故に、使い方を誤ってしまえば危険な力。

 俺自身は超能力による体質のお陰か、熱いくらいで火傷はしないが、他の人はそうもいかない。

 もし周囲の人を巻き込んでしまった場合、その被害は非常に大きくなってしまう。

 先程の様な緊急時でもない限り、派手に炎を使うのはできるだけ避けておきたい。

 スピネが起き上がってくる前に、邪魔なギャラリーを叔父さんたちが安全な場所に避難させてくれないと困るのだ。


「駄目か。ほどけないし、切れそうにもない。ちょっと熱いかもしれないけど、我慢してくれよ」


「お、おい!? 何をするつもり――危ない! 後ろだ!」


「後ろ? なにが――ぐあっ!?」


 糸を焼き切ろうとした時、叔父さんが大声で何かを警告した。

 なにがおきたのかと周囲を見渡そうとするが、背中に強い衝撃を感じ、地面に倒れこんでしまう。


「ハハハハハハ! 倒れたふりだよ! 油断したな!」


 スピネが起き上がりながら、高らかに笑う。

 その手首からは糸が伸びており、俺の背中に貼り付いていた。

 綺麗に顎に決まっていたし意識を失っていてもいいものだったが、もう起き上がってくるとは。


「……も、もう少しだけ、倒れておいてくれたら良かったのにな」


 あと少しで叔父さん達を解放できそうだったが、仕方ない。

 痛みを堪えつつ背中に貼り付いた糸を焼き剥がすと、スピネに向けて駆け出した。


「チッ! まだ立ち上がってくるか」


 スピネは舌打ちしてその場で地団駄を踏むと、砕けた瓦礫に糸を射出して貼り付ける。


「なら、こういうのはどうだ!」


 そして、瓦礫の貼り付いた糸を振り回した。

 飛来する瓦礫を避けてしまおうかと考えるが、すぐにその考えを打ち消す。

 もし俺が避けてしまったら、背後の警官……叔父さん達に当たってしまうし、避ける事は出来ない。


「くっ……ウオォォォ!!」


 ……避ける事ができないなら、他の方法で対処すればいい。

 拳から発生させた火花を燃え上がらせると、拳に纏わせる。


「オラァ!」


 雄叫びを上げながら迫っていた瓦礫を地面に殴り落とし、反撃を仕掛けるべくスピネの元へと一気呵成に駆け抜ける。


「は、早い!? この野郎!」


 スピネは近づいてきた俺に拳を振るうが、その動きは大振り。

 攻撃をかわして、奴の懐へと潜り込む。


「これでもくらえ!」


 炎の拳を、隙だらけの身体に叩き込む。

 ガイストバックルの力で異形と化していても流石に火は熱かったのかスピネは怯み、反撃することなく後ずさった。

 ……身体能力が強化されていてもスピネは喧嘩慣れしてないみたいだし、格闘戦なら俺の方が有利。

 反撃する隙を与えずに、攻撃を続ける!


「ぐっ……近づかれると不味いな」


 何度か攻撃を加えられたことで自身の不利を悟ったスピネが、建物の壁に向けて糸を射出。

 高所への逃走を図りだした。


「逃がすか!」


 ギャラリーの多いこの状況。

 先程のように瓦礫を振り回されたりしては、被害が拡大する。

 スピネの逃走を阻止するべく、手を伸ばして捕まえようとするが、後一歩というところで届かずに、空を切ってしまった。

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