2話-2

「なあショウ、これから暇か?」


 一日の授業が終えて帰り支度をしていると、二郎が声をかけてくる。

 今日もこれからパトロールに勤しもうとしていたので断ろうかとも考えたが、話くらいは聞いてやることにするか。


「要件によるな。一体どうした?」


「昨日言ってたドーナツ屋の件だよ。お前、最近付き合い悪いから、待っていても連れて行ってくれないだろうし、俺から誘う事にした」


 ……そういえば、そんな事も言っていた。

 最近は友人と遊ぶ事も無かったし、様子がおかしいと勘繰られるのも面倒だから付き合ってやろう。


「わかった。それじゃあ――」


「火走君に一条君。少しお時間大丈夫ですか?」


 今から行くかと、返事をしようとした俺に割り込んで、声をかけてくる生徒が一人。

 声のしたほうに視線を向けると、委員長がいつも通りの笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「い、委員長!? 全然、問題無いよ! それで、何の用?」


 俺が反応するよりも早く、二郎が返事をする。

 ……先程俺と話していた時に比べて、二割増しでイキイキとし始めたな。


「二人と一緒にドーナツ屋さんへ付いて行っても大丈夫ですか? この間のヒーローに関する話、一条君から聞かせてもらいたいと思っていたんですよ。それに、甘いものには目がありませんから。……勿論、お二人が良ければですけど」


 マジかよ、委員長。

 ヒーローに興味があるというのは、社交辞令じゃなかったのか。


「大歓迎だ! ショウも構わないだろ?」


「俺は……」


 了承しようとした口を一度閉じて、考える。

 連れが一人増えるくらいは、何の問題も無い。

 問題は無いのだが……。


「二郎、俺は用事を思い出したから、二人で行ってこいよ。場所はあとで連絡してやるからさ」


 二郎が、彼女にするなら委員長などとほざいていた事を思い出したのだ。

 それならば、二郎と委員長を二人きりにしてやる方が良いだろう。

 ……二人きりにするお膳立てをしてやるのは少し癪だが、二郎が委員長と付き合えるわけないだろうし、夢くらいは見させてやってもいいじゃないか。


「な!? ななな、何を言ってるんだ!? 委員長と二人でなんて……」


 狼狽え始めた二郎の肩に手を回し、二人で委員長から距離を取る。


「お前、彼女にするなら委員長って言ってただろ? こんなチャンス、そうそう訪れないからな。気を使ってやったんだよ」


「そんな……、俺にも心の準備ってものがあるんだぜ? それをお前、いきなりこんな……」


 うじうじと言い訳を始めた二郎の両肩を掴み、正面から向き合う。


「俺はお前ができるヤツだって信じているんだ。それに、このチャンスをモノにしなきゃ、男じゃないだろ?」


「しょ、ショウ……お前、俺の為にそこまで……!」


 俺の話を聞いた二郎は、声を震わせて涙ぐむ。

 面白そうだから即興で盛り上げてみただけでここまで感動するとは。

 ……いや、実は俺に、人を焚きつける才能が秘められていたのかもしれない。


「よし、俺やってやる!」


「その意気だ。それじゃあ行ってこい。心配するな、骨は拾ってやる」


 覚悟を決めた二郎の背中を叩き、委員長の元へと送り出す。


「応! ……ん? 最後に何か――」


「あの、一体、何を話しているんですか? やっぱり、急に同行しようなんて迷惑でしたか?」


俺達がコソコソと話す様子を伺っていた委員長が不安げな様子で口を開く。


「大丈夫! 大丈夫だよ! それじゃあ、早速行こうか。じゃあなショウ! ……報告を楽しみにしてろよ」


 最後の言葉を俺にだけ聞こえるように小声で告げると、慌てた様子で委員長の元へと駆け出していく二郎を見送る。

 ……どうせ振られるとは思うけど頑張れよ、二郎。


「へえ? 一条君と委員長を二人きりにしてあげるなんて、意外だね」


 二郎と委員長が教室から出ていったあと、背後から声をかけられる。


「……意外って、なんでそう思ったんだよ」


 いつの間にか近くにいた多田さんに、今の言葉の意味を問いかける。


「ボクの見たところ、君は彼女の事を好ましく思っているように思えたからね」


「こ、好ましく!? ……いや、委員長は良い娘だと思うけど、彼女とは親しくないし、そんなこと考えたこともないよ」


 唐突に委員長への好意を指摘されて少し焦ったが、今の発言に嘘偽りはない。

 しかし多田さんは納得していないのか、疑わしいものを見る目を、俺に向けていた。


「そうは言うけど、本当は――おっと、委員長からメール? ……ふむ、ボクもドーナツ屋に誘われたし、行ってくるとしようか。君のさっき言ったことが本当なら、二人が良い感じになるように応援しても、構わないだろ?」


 多田さんはスマホの画面を見ながらも、チラチラとこちらに視線を向けながら問いかけてくる。

 彼女はなんで、俺にそんなことを聞いてくるんだ。


「好きにすればいいんじゃないか? 俺が止める義理もないし」


「……ふむ、それじゃあそうさせてもらおう。もし君の考えが変わったなら、いつでもドーナツ屋に来るといい」


 返事を聞いた多田さんはそう言って立ち上がると、途中何度かこちらを振り向きながら、教室を出ていく。

 一体、何がしたかったんだ?


「まあいいか。二郎だけじゃなくて、俺も頑張るとしますか」


 ……今更合流するのもなんだし、今日はパトロールに専念しよう。




 時刻は十七時半。

 街中をバイクで走り回っていたが、スマホから事件発生をしらせる通知が鳴り響いたことでバイクを停める。 


「……まだ暗くなってないのに、随分と早いな」


 スマホを取り出し、通知を確認する。

 ……駅前に怪物が現れて通行人を襲撃。

 既に警察が対応しているが怪物は人質を取っており、手を出すことができないらしい。

 怪物は人質解放の要求として昨晩、自分と戦った赤いマフラーの男を呼べと言っているそうだ。

 SNSにアップされた画像を見ると予想通り、怪人と化したスピネの姿が映っている。


「思っていたよりも、動くのが早いな」


 まさか、昨日の今日で暴れだすとは。

 結果的にとはいえ、二郎の誘いを断ってパトロールしておいて良かった……ん?


「ちょっと待て。駅前だって? ……二郎達がいるじゃないか!?」


 二郎に教えたドーナツ屋の場所は駅前だ。

 ひょっとしたら、スピネの人質にされているかもしれない!

 こんなことになるなら、二郎たちに付いていくべきだったか……。


「考えていても仕方ない。頼むから、無事でいてくれよ」


 一刻も早く、駅前に向かわないと。

 焦る気持ちを抑えながら、バイクを走らせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る