2話-4
「さっきはよくもやってくれたな。今度はこっちの番だ!」
高所へと這い上がったスピネが吼えると同時に、その腕から糸が放たれた。
迫る糸を避けながらスピネに近づく為に駆け出すが、こちらの様子を察したスピネは反対側の壁へと糸を貼り付け、まるでターザンのように動いて逃げだした。
……白昼堂々と犯行に及んでた癖に、こういうところは慎重になりやがって。
「この野郎、ちょこまかと……」
元々持っていたであろう壁をはい回れる超能力に、ガイストバックルで得た力が組み合わさったことでかなり面倒な奴になっている。
二人がかりで俺一人にやられた奴を相手に、ここまで苦戦させられるなんて思ってもみなかった。
もしも二人で襲われていたら、もっとマズい事態になっていたかもしれない。
……そういえば、もう一人の大男はなんでここにいない?
「……なあ、もう一人の奴はどこにいったんだ? お前が脱獄したって事は、アイツも多分一緒に脱獄してるよな? お前ら、組んでいたんじゃないのか?」
作戦を考える為の時間稼ぎも兼ねて頭に浮かんだ疑問を口にする。
すると、今までは軽薄そうに笑っていたスピネの表情が、一瞬にして引き攣ったものへと変化し、赤い瞳が妖しく輝く。
「あんな奴の事なんか、どうでもいいだろ! どうせお前は俺に倒されるんだからよぉ!」
何だかわからないけど、どうやら俺はスピネの地雷を踏んでしまったらしい。
スピネは怒りの感情を隠そうともせずに怒鳴り散らす。
……よし、もっと煽って冷静さを失わせて、隙を作るか。
「もしかして喧嘩でもしてたのか? 触れられたくない事だったり……?」
喋っている最中、足元に違和感を感じ、下を向く。
靴底に、白い塊が貼り付いていた。
「し、しまっ――うわっ!?」
いつの間にか糸を踏んでいたことに気付きすぐに燃やそうとするが、それよりも早く俺の身体は引っ張られ、スピネのいる高さへと勢いよく引き寄せられる。
なんとか逃げ出そうとするが、スピネはそれよりも早く手繰り寄せた俺を蹴り飛ばした。
「ぐあっ!?」
蹴られた痛みに耐えて受け身をとろうとするが、追撃に放たれた糸が俺の身体を絡めとり、そのまま地面に叩きつけられる。
……俺のスーツは自身の超能力に合わせて耐燃焼性で且つ、動きやすい素材で作っている。
動きやすく、そして自身の超能力を十全に発揮できるように作ったこのスーツは、残念ながら防御面においてはあまり優れているとはいえない。
何が言いたいのかというと、今のはすごく痛かったということだ。
「池羽の馬鹿なんて必要ない! 頭脳担当だった俺が力を手に入れたんだから、お前の相手なんて俺一人で充分だ! 俺は強いんだよ!」
スピネの怒声と共に、瓦礫を貼り付けた糸が迫る。
超能力で防ぐのは間に合わない。
咄嗟に左腕を前に出して自分の身を守る。
「うわっ!?」
スーツの両腕には、点火装置の制御部が仕込んである。
単純な仕組みの装置だが重要な部分で、それ故に防御面に不安のある俺のスーツの中ではヘルメットに次いで頑丈に作った部分だ。
……それでも、あまり頑丈でない事には変わりない。
瓦礫が制御部を覆っているカバーを叩き割ると、腕に衝撃が伝わり、電気部品が破壊されて火花が飛び散る。
「クソ! 壊れたか!」
左手の点火ボタンを押すが、火花は散らない。
これで此方の戦力は下がってしまった訳だが、諦めるわけにはいかない。
「よくもやってくれたな! 修理するのにも、結構お金がかかるんだぞ!」
残った右手の点火装置を起動させ、拳に炎を宿すと、スピネ目掛けて走り始める。
だが、俺が近づくよりも早く、スピネは先程と同じように距離をとりながらより高所へと逃げ出していった。
「そいつはざまあみろだ! もう片方も壊してやるよ!」
スピネは再び瓦礫を糸に貼り付け、こちらにぶつけようと振り回す。
「そう何度も同じ手を――!?」
飛来する瓦礫を殴り飛ばし反撃を仕掛けようとするが、一瞬の間にスピネは俺の目の前まで近づいていた。
「同じ手じゃねえよ!」
不意に放たれたスピネの蹴りを、上体を逸らす事で何とか躱して反撃をしかけようとする。
しかし、スピネは素早く飛び退いて距離をとられてしまった。
距離をとられても炎を放てればどうにかなるだろうが、野次馬に当たるかもしれない以上、今は駄目だ。
……ここは先に叔父さんたちを解放して、警察に野次馬を避難させてもらうべきか?
次の作戦を考えながら、警官達が拘束されていた場所を横目で見る。
「……え?」
思わず、すっとんきょうな声が出てしまう。
いつのまにか、警官たちがいなくなっていた。
というか、戦いに集中していて気がつかなかったけど、野次馬もいなくなってる!?
「ヒーローさん! 貴方がスピネの注意を引き付けている間に、警察は解放しました! 周囲の人たちを避難もほとんど終わったので、思い切り戦ってください!」
突然のことに呆気にとられていた俺の耳に、戦闘が行われているこの場には到底似つかわしくない、少女の声が響く。
声のした方向には、此方に手を振ってる委員長と、どこか不安そうにしている多田さんの姿があった。
……俺が戦っている間に警官を助けてくれたのはありがたいけど、今は感謝している場合じゃない!
「早く逃げろ! ここは危険だ!」
未だに残っている二人に、逃げ出すように声をかける。
一緒にいた筈の二郎の姿が見えないのは気になるが、今は彼女たちを逃がすのが先決だ。
「委員長、彼の言うとおりだ。ボクたちがいても彼の邪魔になるだけだから、早く避難しよう」
「余計な真似をしやがって! ……うん? 何だ、丁度いいじゃねえか!」
委員長の服を引っ張りそそくさと逃げようとする多田さんだったが、それよりも早くスピネが二人に気付き、手を向けた。
多分だが、二人を人質にしようとしているのだろう。
「させるかよ!」
スピネの思惑通りにはさせない為に、委員長たちとスピネの間に割り込むべく走り出した。
しかし、俺が辿り着くよりも早く、スピネの手から糸が放たれる。
「間に合えぇぇぇ!」
左手を前に伸ばしながら地面を蹴り、残っていた点火装置を起動させて、右足からのジェット噴射で強引に加速する。
「……この野郎! 邪魔ばかりしやがって!」
糸が貼り付いたのは、委員長でも多田さんでもなく俺の左腕。
二人の様子を窺うが、怪我はないようだ。
無理をした所為で少し体が痛いけど、委員長たちが無事ならそれで構わない。
そう思えばこの程度痛み、大したことじゃない!
「……ありがとうございます、ヒーローさん」
委員長は一瞬呆気にとられたような顔になるが、すぐにいつものような笑顔を浮かべ、ペコリと頭を下げた。
……こんな状況でも笑えるなんて、肝が座りすぎだろ。
「礼はいいから早く逃げるんだ。俺にとってはそれが一番のお礼になる」
「あ、ありがとう。ほ、ほら委員長! 彼の言うとおり今のうちに安全な場所へ!」
俺の言葉を聞いた多田さんはコクリと頷いて委員長の手をとり、こちらに背を向け駆け出していく。
「待ちやがれ! 逃がすと思って--ぐっ!?」
「おっと、お前の相手は俺だ! 最後まで付き合えよ!」
二人を追いかけようとしたスピネを、左腕に貼りついたままの糸を掴んで引っ張って引き留める。
「……よし、わかった! 先にお前を始末してから、あの女を捕まえてやる!」
スピネの怒声とともに、糸が貼り付いていた左腕が奴の方に引っ張られて、バランスを僅かに崩す。
「そんなことさせるかよ! 最後まで付き合えって言ったろ!」
即座に近くのフェンスを掴んで腰を落とし、その場で力を込めて踏ん張って、スピネに対抗する。
「抵抗するつもりなら残念だが、俺は超能力でここから離れる事は絶対に無い! お前が疲れてしまうまで何時間でも付き合ってやる! つまり、俺の勝ちだ!」
足掻く俺の様子を見下ろしながら、スピネは高らかに自分の勝利を宣言する。
確かにスピネは超能力で壁から離れないだろうし、そもそもガイストバックルの力でパワーアップしているから単純な力比べでも勝負するのは厳しい。
奴の言う通り、力比べでは俺の負けだろうな。
「そうかい。それじゃあ、力比べは俺の負けでいい」
スピネの勝利宣言を聞いた俺はフェンスを掴んでいた右手を放すと、引っ張られるままにスピネへと引き寄せられる。
「だけどな、お前を倒すことはできる!」
スピネに引き寄せられるままに……いや、靴裏からのジェット噴射で更に加速しつつ右拳に炎を灯し、力強く握りしめる。
「早い!? 糸を切らないと――」
「もう遅い!」
ジェットの勢いを右腕に乗せ、スピネの腹部……ガイストバックル目掛けて振りぬいた。
詳しいことはわからないがスピネが異形の怪人になったのは、ガイストバックルが原因の筈。
こいつを破壊すれば、スピネも元の姿に戻る……と、思いたい。
「ぐえっ!?」
「まだだ!」
地面に落下し、よろめきながらも何とか着地したスピネの目の前に降り立つと、右手を大きく振りかぶる。
「こいつで……止めだ!」
スピネの腹部……先程の攻撃でヒビ割れたガイストバックルへと三度、拳を叩きこむと同時にガイストバックルが炎に包まれる。
「ガハッ!?」
拳の連打を受けたスピネは仰向けに吹き飛んでいく。
そして、奴が地面に倒れこむと同時にガイストバックルが粉々に砕けて、スピネの身体が包まれるように爆発した。
……爆発した!?
「お、おい!? 大丈夫か!?」
全く想定していない出来事に、スピネの安否を確認するべく駆け寄る。
今の爆発は、俺の超能力によるものではない。
きっと、ガイストバックルに備えられた自爆装置か何かだったのだろう。
「……息はあるな」
爆煙が晴れたあとには、人間の姿に戻ったスピネが倒れこんで気絶していた。
軽く見た限り負傷はしているが、命に別状はないだろう。
……いくらスピネがヴィランだからといって、死んでもいいわけじゃないし、生きてて良かった。
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